第八十六話 北の国のビタミン摂取法
なぞのおじさんに誘われて、俺達はホイホイと後をついていった。
もう、天使とも悪魔とも戦っているのだ。ここで万が一、おじさんが盗賊や詐欺師だったとしても何も怖くない。
人間、慣れというのは恐ろしいものである。
別段無用心というわけではないのだが、何かあったらジャスティーンとオードリーがいるし、アリスだって訓練を受けた軍人だ。文官だったようだが、それなりに実戦訓練はした事があるらしい。そっちは趣味なんだと。
「警戒しないのだね? まあ、君達には強い護衛もいるようだから、必要ないのかな」
「あー、ま、まあ、そ、そうです」
なんかこういう落ち着いたおじさんは、現代世界で俺の雇い主だった社長を思い出して苦手かもしれん。
「私の名はロットバルト。この辺りで暮らしているしがない魔術師でね」
おお、魔術師。
この世界に来て、まともな魔術師に会ったのは初めてかもしれん。
それほど、魔術師になれる人間というのはレアなのだよな、この世界。
「俺は、セブンです。彼女達は、俺の妻と、あと友人のアリスとオードリーとジャスティーンとABC」
アリスやオードリーを嫁扱いしても良かったが、俺は確証が持てるまでは踏み込まない主義なのだ。
草食系だからね!!
俺が名乗り、仲間達を紹介すると、ロットバルトは顔を綻ばせた。
「なんと、君が噂に聞くセブンか! それに、勇者ジャスティーンと鋼鉄王女のオードリー殿下が一緒とは。なるほど、勇者を従える者ね……。伝聞は確かだったようだ。有名人を我が家に招くことが出来て光栄だよ」
「そ、それは、どうも。そ、それで、ロットバルトさん……」
どうも年配の男性は苦手だ。
それを読み取ったようで、アイナがずずずいっと前に出てきて、俺に並んだ。
今は、トナカイが牽くソリと平行して、俺達が歩いているところだ。
この道は村人やロットバルトさんが使っていた道なのだそうで、しっかりと踏み固められている。
風に吹かれてすっかり体が冷えた俺達は、歩いて体を温めているのである。
俺に歩調を合わせてちょっと早足気味のアイナ。
物怖じもせずに、ロットバルトに向けて口を開いた。
「ロットバルトさん、村が天使によって滅ぼされてしまったのはご存知だったんですか?」
「おや、お嬢さんも天使を知っているのかい? ガーデンに残るあらゆる文献からも抹消されている、外なる世界からの使い。それが彼ら天使だ」
「ロットバルトさんはご存知だったんですね」
「ああ。私がこんな北の土地に引っ込んでいるのも、暁の星教団の目を逃れるためさ。そして、いつかやってくるであろう彼らの事を調べていたんだ。そして、ちょっと世界の果てまで出掛けている隙に事が起こってしまった」
ロットバルトという男、この世界の事を調べていたようだ。
世界の果てに行ったと言ったな?
セレーネに目をやると、彼女が説明してくれた。
「ご存知のように、ガーデンは丸いお盆のような世界ですから、果てというものが存在します。プロイス連邦は極北に存在しますから、北の果ては世界の果てなのです」
「よく知っているね。現存する文献をしっかり読み込んでいる証拠だ。その若さで、大したものだよ」
セレーネの説明に好感を抱いたらしく、ロットバルトは目を細めた。
うちの嫁達は、彼にとっては皆、孫のようなものだろう。
俺だって息子くらいの年齢だと思う。
「暁の星教団は、人が世界の真実に触れる事を拒んでいる。彼らは事実上、黒貴族の代弁者なんだよ」
「そうだったんですの……」
オードリーが目を丸くしている。
彼女にとって、俺達が話すことは全て、初めて耳にすることばかりのようだ。
生まれてからずっと、シュヴェルトに閉じこもって生きてきたのだから無理も無い。
あのシュヴェルトに豊富な文献なんてものがあるようには思えないしな。
「では、その黒貴族を倒してしまったセブン様達はどうなりますの?」
「うん、面白い質問だね」
ニコニコしながらロットバルト。
「だが、その答えは夕食を摂りながらでも遅くは無いだろう。到着したよ。ようこそ、我が家へ」
その言葉と同時に、今まで何も存在しなかった雪原に、いつの間にか大きな屋敷が出現していた。
プロイス連邦は、一年の半分を雪に閉ざされる国である。
ヨーロッパの寒冷地は乾燥していて、雪があまり降らない。だが、ドイツやオーストリアっていうのは結構降るのだ。
あの気候のまま、より寒くなったのがプロイス連邦というイメージだ。
ずっと寒いままだと、作物が育たない。
春から短い夏、秋にかけて、この小国家群は冬の備えを行う。
冷害に強い麦を育て、ジャガイモを育て、早く育つ葉野菜を長期保存できるように加工する。
ここでプロイス連邦が多用しているのが、俺が知るドイツが行っている保存と加工の文化である。
彼らは、葉野菜を発酵させて漬け込んでいるのだ。
見た目はまさにザワークラウトに近く、キャベツに似た葉野菜を用いているようだ。
これがどっさり。
そして主食はジャガイモ。これもどっさり。蒸かした丸のままのものと、つぶしてマッシュポテトにしたもの。
そして、肉。
肉団子に、多種多様な腸詰め。香草と一緒に肉を詰めた物は高級品なのだそうだ。
他、ニンジンなどの根菜もあるが、全てピクルスになっている。
小麦のパンもあるらしいが、ロットバルトはジャガイモが好きらしい。
「本で読んだとおりのプロイス料理ですね……!」
一人、セレーネが感激している。
ニナはピクルスやザワークラウトの酸味が気になるようだ。ずっと首をかしげながら食べている。あまり好みでは無いっぽいのに食べきる辺りはえらい。頭をなでてやろう。
「んお? 旦那、何? えへへ、くすぐったいってば」
可愛いやつめ。
他は、海から川に遡上してくる魚を使ったつみれのスープがあり、これはお出汁が出ていてなかなか美味しい。
ただ、全体的に質素な印象だ。
「んー! 腸詰め肉が美味しいですぅ!!」
おっと、クリスがソーセージを大絶賛している。
「おお、嬉しいね。それは我が家の自家製なんだ。私が猟をして捕ってきた獲物を、家人が調理してね」
野豚のソーセージと豚のソーセージの違いを力説された。
食べ比べてみたが、ちょっと風味に違いがあるか? 野豚の方はやや臭みがある気がする。
「ステイツでも割りと、こういう料理は食べるわね。懐かしくなるわ」
アリスはしみじみとソーセージを食べ、ザワークラウトを口にして、ビールを飲んだ。
ああ、麦はビールになってるのかもしれないな。
この季節のビールは、よく冷えていて旨いらしい。
これもロットバルト謹製。不純物の少ないケルシュビールで、黄金色に透き通っている。
実に旨そうにアリスは喉を鳴らし、胃に流し込んでいく。
それを見て、オードリーとクリスがごくり、と唾を飲んだ。
「わたくしもビールをいただきますわ!」
「わ、私もぉ!」
二人でビールを受け取り、アリスにならってぐっとジョッキを傾ける。
そうそう。ロットバルトの屋敷では、ジョッキがガラスなんだ。正確には、彼が作ったクリスタルの亜種らしいのだが……魔術ってのはなんでもありなのか?
「ほおおおお、こ、この爽快な喉越し……!」
「コクも凄いですぅ……! ドシンと来ますぅ!」
「分かってるじゃない。じゃあ、私もおかわり……。こっちの世界に来て、こんなに美味しいビールに会えるとは思わなかったわ。日本のピルスナーは美味しいけれど、こういう重いビールは少ないものね」
すっかり食事風景となっていた。
ジャスティーンは、ABCとわいわい騒ぎながら酒盃を重ねている。
ワインや蒸留酒もあるようで、彼らはもっぱら蒸留酒をちびちびやっている。
無色透明な酒だが、ほんのり果実の香りがする。
「それで、お話の続きですけど」
小食なので、すぐに食べ終わってしまったアイナが話の続きを要求した。
黒貴族を倒した俺達はどうなるのかという話だ。
ロットバルトは、ふむ、と頷く。
「黒貴族は、悪魔の総代だ。知っての通り、悪魔は忌み嫌われる存在ではあるが、同時にこの世界を管理する存在でもある。では、なぜ管理者たる彼らは、人間達に自分を嫌わせたままなのだろうか?」
なるほど、確かに言われてみればそうだ。
黒貴族など、北方最大の宗教組織である暁の星教団を支配している。
人間達の思想など如何様にも変えられるだろう。
だが、現実は違う。
悪魔は忌まわしい存在だし、黒貴族は悪魔を束ねる恐ろしい存在だ。
自分達を嫌わせて、悪魔側に何のメリットがあるのだろう。
俺は考えながら、特に太いソーセージをナイフで切った。
うお、すげえ肉汁!!
こいつをザワークラウトと一緒に食う。
脂身たっぷり、ともすればしつこいと感じられるような、濃厚なソーセージが、ザワークラウトの酸味でいい塩梅に中和されている。ザワークラウトはキャベツのビタミンCを残したまま、乳酸発酵でビタミンをさらに増やしてるんだそうだ。
たんぱく質と脂質とビタミンを同時に取れる食事……、完璧じゃないか。
「七郎さん?」
「あ、ごめん」
食べる方に集中してしまっていた。
問題は悪魔が人間に嫌われたままでどんなメリットがあるかという事だな。
「あのさ、アイナ」
アイナに俺の考えを囁く。
頼りがいある我が正妻殿は力強く頷いた。
「人魔大戦が何度も行われています。この戦争のたび、人類は強い力を得て、技術革新を起こしているようですが、これが目的なんじゃないでしょうか。悪魔から与えられるだけの知識や力では、人間は自分の力で立つ事が出来なくなってしまいます。だけど、悪魔との戦いの中で産み出して行った知識や技術なら……」
「そうだね。私の予想もほぼ、君の考えと同じだ」
ロットバルトは俺の目を見て言った。
こいつもどうやら、悪魔が人間をブリードして、より優れた種を作ろうとしている事に気づいていたらしい。
「種の底上げという点で見れば、まだまだだが、少なくとも戦う技術を身につけた者は、悪魔兵士やドッペルゲンガーと言った存在に太刀打ちできるほどにはなっているね」
悪魔兵士一体で、一般兵士三人分だったはずだ。確かに、ディアスポラの黄金の狐の傭兵達は、被害を出しながらも悪魔兵士やドッペルゲンガーを撃退していたな。悪魔よりも人数が圧倒的に多いということは無かった。
「そして、突然変異で生まれる勇者と言う存在。彼らこそが悪魔が求めていたものだろう。だが、彼らは別々の時代に出現した。基本的に定命の者である人間は、放っておけば死んでしまう。だから、悪魔は彼らを封印と言う形で保存することにした」
ここまではベルゼブブと同じ事を言っている。
ってことは、ロットバルトの研究は正しい事になる……のか? 少なくとも、ベルゼブブが俺に嘘をついていないなら、だ。
「なあ、セブン。君は一体、何なのだ?」
唐突な質問だった。
「ベルゼブブは、セブン様を、勇者の封印を解いて集める為に呼び寄せた、と言っていましたが」
「それは彼なりの強がりだろうね。少なくとも、自分達が千年掛けてやってきた事業を、どう動くかも分からない、ぽっと出の男に任せようなんてどんな酔狂でも思わないんじゃないかな。事実、セブンは彼らの思惑を超えた動きをしている」
俺は、アリトンを倒したときに現れたベルゼブブの表情を思い出した。
あいつは俺を、今まであいつが召喚してきた人間のように、遊戯版の上で自在に弄ぼうとしたのではないか。
「悪魔は人間という生き物を良く知っている。故に、勇者達も悪魔に召喚された者達も、悪魔の思惑の中で生き、そして彼らの計画の中で死んでいった。だが、まさか……」
ロットバルトは面白くてたまらない、という風に満面の笑顔になった。
「カッとなった、とか、悪魔への嫌がらせっていう感情だけで動く人間がいるとは思わなかったんじゃないかな。……というか、ここまで噛み合わない人間がいるなんて、想像もしてなかっただろう」
ええと、それは、つまり?
「七郎さんがコミュ障でひねくれ者で人の嫌がる事をするのが好きだったから、ベルゼブブや悪魔達の思惑を超えた結果になったって言う事ですね」
「えっ」
俺は深く傷ついた。
うわー、グサッと来たわー。
「そう、つまり、勇者を解放する力を持った者が、セブンでなかったとしたら。世界は今までの形のままだっただろうね。今、世界は大きな変革を迎えようとしている。人魔大戦など小競り合いでしかないような大きな変革をね」
ヒエッ……!
胃が痛くなってくる俺なのであった。




