第八十一話 シュヴェルト攻略(なんて大した話じゃない)
「セレーネさんの目が真っ赤です!? 七郎さん、どうしたんですか!?」
「セレーネさん、何かあったら言ってくださいよう」
「セレーネ元気出せ、な!」
うーむ、言うわけにはいくまいよ。
……と言う事で、シュヴェルト城攻略……もとい、嫌がらせ作戦の大綱が決定した。
いきなりオードリーにツブヤキッターで連絡すれば通じて、こっちに飛んで来る(文字通り)だと思うんだが、それだと面白くないじゃないか。
せめて、俺を暗殺しようとしたんだから報いを受けさせるつもりなのだ。
「この時期、シュヴェルトは幾つかの案件を抱えています。傭兵国家ですので、各国の紛争に傭兵を派遣して国の運転資金を稼いでいるわけですが」
いつもの調子に戻ったセレーネが、ざっとわかりやすく説明してくる。
「実際、アリトンの計画に各国が参加することで、その間の北部諸国連合の防衛を担当していたのがシュヴェルトでした。この時、相当量のお金が動いたはずです。御存知の通り、セブン様の活躍でこれがパアになりまして、シュヴェルトの財政はかなり厳しい状況に陥っているかと」
「つくづく、七郎は命を狙われても仕方ないわよね。うちも原油が欲しくて亡国を陥れたりしたけど……」
アリスさんスケールが違いすぎる話はやめてください!!!!
「つまり、現状のシュベルトにとって、これらの仕事を落としてしまうと、資金的にかなり厳しくなるのです。そして、もしも第三者が、シュヴェルトから傭兵を借りねばならない紛争原因を解決したとしたら……?」
「それは飯がうまくなりそうな話だな」
俺は得心した。
俺達でそれをどうにかしてしまおうと言うわけだ。
その国へ行くため、国境を抜けるのが面倒だが、まあ金に物を言わせてしまおう。
かくして、俺達は翌朝に宿を発ち、国境へ向かった。
不景気な北部諸国連合の国境では、賄賂を握らせるとあっさり通してくれた。
向かうは農耕王国フレートである。
シュヴェルトの西部に位置するこの大国は、広大な領土の多くで農耕や牧畜が行われている。
北から南まで気候も大きく変わるため、多種多様な農産品が存在するのだ。
地球の地形に照らし合わせると、フランスになる。
「えーと、グググールマップによると、この街道を真っ直ぐ行くと……」
大きな湖が見えてきた。ルシー湖と呼ばれる落花生型の湖で、この地域にとっては重要な農業用水となっている。
問題は、この農業用水がフレートとイリアーノに流れ込んでいる事で……隣接する二つの都市が、水の利権を巡って常に争っているのだ。
「私が集めた情報では、シュヴェルトの傭兵が派遣されてくるまではあと3日。それまでに現在行われている小競り合いを解決しなければアウトね」
情報収集などお手の物、という顔でアリス。
頼りになる。
うちの嫁達はそれなりに有能だが、みんな若いので経験というものがない。そこを補う稀有なメンバーである。
さて、まずはどうやって両陣営と接触しようかと思ったら……。
「てめえ! また俺のところの水を取りやがって!」
「なんだと!? 湖の水は爺さんの頃の昔からうちの水だって決まってるんだよ!」
おお、争っている。
ゴロツキどもを引き連れた、それぞれの街のそれなりの立場にありそうな男達だ。
国境にあたる部分が明確に決まってはいないようで、この領土の線引きも絡んで実に面倒くさい状況になっているのだった。
俺達はボーッとその光景を見ていて、取っ組み合いになり始めたので慌てて割って入った。
具体的には……。
気づくと録画されていた、アリトン戦での光景を投影したのだ。
突然アリトン(本体)が現れて、ズハーッと渦潮砲をぶっ放す映像の出現に、男達が魂消て悲鳴をあげた。
「ぎょえええええ、あ、悪魔だあああああ!!」
「ぎええええええ!! こ、ころされるう!」
「静まりなさい!」
ばばーん、という効果音が出そうな感じで、アイナが進み出た。
パニックになりかけていた男達、映像が消えて驚き、声のした方向を振り向く。
「い、一体何だったんだ、今のは!」
「あんた達は誰だ!」
「誰だと聞かれれば答えなければならないでしょう! 勇者達を次々に蘇らせ、ついにはかの黒貴族アリトンを葬った、英雄の名前を!」
アイナ凄いなー。どこでそういう演説能力を身につけたの。
「なん……だと……!?」
「ま、まさか、その名は……!!」
「そう、賢者セブン様です!!」
大仰な仕草で俺を指し示すアイナ。
俺も調子に乗って、またアリトンの映像を出した。
「うぎゃあああああ悪魔だあああああ」
「もうだめだあああ殺されるうううう」
パッと消した。
「消えた……!」
「こんな魔術、まさか、それでは本当に賢者セブン!!」
俺の勇名っていうか、そういうのは随分広まって来ているらしい。
特に、イリアーノとフレートの国境沿いだしな。
なんだか時代劇のように、男達はハハーっと俺に向けて跪いた。
「そんな大した技じゃないと思うんだけどな……」
「大した魔術なんですよ。詠唱も無しに幻を投影する魔術なんて、万色のニックスでもなければ使えるものではありません! だから、フールフールも騙されたのだと思います」
「そう言えば……」
フールフールの気を逸らすのに、この投影が使えた記憶がある。
悪魔なのにこんなのに騙されてちょろいなーって思ったが、もしかしてこのスマホがやってることって、凄いことなんじゃないのか……?
いや、まさかな。
「では、そのセブン様が一体どうしてこちらに。はっ、もしや、我らの正しさを証明してくださるおつもりでこちらに!!」
「ばかもの!! セブン様は我らイリアーノの味方ぞ! アリトンを倒してイリアーノの空を取り戻してくださったのだ!」
「なにぃ!」
「なんだとお!」
また取っ組み合いが始まりそうになった。
「”行け、ゴーラム”」
『ま”』
ゴーラムがテテテっと走って行って。取っ組み合いしようとする人々の間をぴょいんとジャンプした。
かなり手加減して、指先でつん、つん、と突くと、彼らは大げさなくらいぶっ飛んで、地面をバウンドしながら転がっていった。
し、死んでないよな?
「今のがセブン様のお力です! セブン様はこの争いを裁定するためにいらっしゃったのですよ!」
「我らを裁定……!」
「しかし、この水を巡る争いは、もう百年は続いておりまして、一朝一夕でどうなるものでも……」
「それをどうにかするのがセブン様なのです」
ヒェッ、無茶ぶりしてくれるなアイナ!!
……という訳で、俺がこの件を解決することになったのである。
三日後がリミットだが、実際は明日中に片付けなければ面倒なことになるだろう。
今夜は徹夜になりそうな予感がする。
宿泊に、どちらかの国を使うわけには行かないので、俺はこの国境線辺りに宿泊することにした。
双方の都市から資材が持ち込まれて、それなりに立派なテントが組み上がる。
「さて、やるか……!」
俺はどっかりと腰を下ろした。
「一体どうするつもり?」
アリスが俺の隣に腰掛けた。
彼女にも、この件をどうにかする方法は思いつかないらしい。
そうだな、まともな方法じゃ無理だ。だが、その裏をつけるのが俺のスマホなわけで……。
お、あったあった。
プレゼンテーション用のアプリ、プレゼンポイント。通称プレポ。
これを作成して投影し、責任者達に説明するのが良かろうな。
で、そのデータ出しだが……。
「へえ、こんなものまで今じゃスマホで出来るのね。でも、メモリ容量は大丈夫?」
俺は無言でスマホのメモリ使用量を見せた。
全てを起動しても、まだ1%にも満たない。
アリスは絶句した。
「やっぱり、七郎のスマホはスマホではないわね。擬態した何者かよ」
「だろうなあ。でも道具は使いよう、だろ」
俺はちょいちょいっと画面をタッチする。
お、衛星写真使えるやん。
「セレーネ」
「はい、セブン様」
「この辺の歴史は詳しい?」
「あまり……。各街から資料を取り寄せましょう」
二つの都市は国境をまたいで、案外近い場所にある。
だからこそ諍いが絶えないわけだが、お陰で歴史資料を借りるのも楽だった。使者に頼んでから、夕方には到着したのだ。
文字は、いちいち解読する隙がないのでスマホのパワーで一括翻訳!
パラパラパラ―っとめくりながらカメラを向けておくと、どうやら内容がスマホにインプットされたようだ。
翻訳文を出す。
長い。
文庫本一冊くらいの文量がある。
「長いから、1000文字くらいにまとめられないかな……」
「実際に必要な部分は少ないと思うんですけど……。歴史とか、ルシー湖とか、キーワードで絞れませんか?」
「じゃあ、思いつく限りのキーワードを出してみましょ。その上で検索の絞込を幾つかためしてみるといいんじゃない」
「そうしよう」
てな訳で、俺達三人は額を突き合わせながらキーワードをひねり出した。
そこで、意外な……いや、意外と言う訳ではないのだが、お前こんな細かい所まで関わってたのか、という事実がわかった。
キーワードはアリトン。
あの野郎、この諍いの大元にいたらしい。
百年前にこの土地にいたのは、フレート側の住民。
だが、イリアーノが権勢を落としていく中、アリトンによって住む土地を奪われた者達が、ルシー湖近くに住み着いたのだそうだ。
そこで諍いが発生している。
ここに、教皇の使いというものが現れて、イリアーノに有利な国境線を提案している。
ところが、フレートからも王の使いが現れて、フレートに有利な国境性を提示した。
位としては教皇のほうが高いが、フレート側からすれば元々自分たちがいた場所である。
後から来たイリアーノにでかい面をされるわけには行かないという訳だ。
歴史上、何度か和解しそうになったことがあるようだ。
だが、その度に、教皇とフレート王から使いが現れて、国境線のことに関して紛糾する。
そして、紛争が発生すれば、シュヴェルトから派遣された傭兵がその役割を果たすのだ。
流石に生命を取る、取らないまでは発展しないらしいが、それもシュヴェルトの傭兵同士が両陣営について争うからだろう。
これって、マッチポンプなんじゃねえのか?
「露骨に怪しいわよね」
アリスも同意見らしい。
セレーネも驚きに息を呑んでいる。
「そもそも、双方の資料を借りてきて見比べるなんてこと、試した人はいなかったんでしょうね。それもそのはずです。ルキフルスとフレート側が争って得をする事なんて何も無いはずですが、この状況で、シュヴェルトだけは唯一得をしているんです。どうしてこんな、シュヴェルトだけが甘い汁を吸える状況になるのか……」
考えうる線は一つ、アリトンという事だ。
奴は、イリアーノの一地方の領主を追い込み、このルシー湖へと移動させた。
こうして紛争の種を作ったわけだ。
その後、定期的に必ず紛争が起こるのも、自然なことではありえない。
アリトンはルキフルスと繋がっていたから、この教皇からの使いはアリトンの手の者だと考えて間違いない。
では、フレートはどうだ。
フレートの歴史を見てみると、今はちょうど、英仏の百年戦争の後くらいだろうか。
この世界にはイギリスが存在しない。フランスの北部がすっぱり欠けているのがガーデンの構造なのだ。
英仏戦争が発生しないなら、どうなる?
国家ごとの小競り合いはあれど、停滞した状況の中、聖王国側への南征でも行わねば大きな領土拡大も無い。
安定すれば水も人も淀んでいくものだ。
俺がそうだったからな。
ってことで、フレートも王宮は淀んでるのかもしれん。
そこをアリトンに突かれたとか?
うーん、フレート側の情報が少なくて、何とも言えんな。
とりあえず確かなのは、フレートは王家が連続しているが、北部国家連合を股にかけた大きな家柄が存在し、彼らは全ての王家に娘を嫁がせ、血縁を作り上げているようだ。
てなことで、フレートとイリアーノの王家は血が繋がっている訳だ。
それは、シュベルトですらも例外ではない。
「これは、このまま説明はできんよな……。どう省くか……」
「任せて。伊達に情報を扱ってなかったんだから。プレゼン資料作りならちょっとしたものよ」
アリスが頼り甲斐のある事を言い出した。
ありがたい。
複雑な国家間の関係に、脳みそが沸きそうだったのだ。
検索して分かったが、各国ともに上層部はかなり腐っているようだ。
こうして国家間の利益の譲り合いが発生しており、そのために民を犠牲にしている。
アリトンとしても、そろそろ現状維持に限界を感じていたのかもしれない。そのための十字軍遠征計画だったのではないだろうか。
時系列が現実世界と比べて滅茶苦茶なのは、他に歴史に影響を及ぼす国家がまるごと切り捨てられて存在していないからだ。
まあ、放っておいても、ルキフルスはアリトンの後ろ盾を失い、しばらくは機能しないだろう。大教会ぶっ壊したし。
俺がこの領土争いを鎮めても、教皇側から今回の件に手出しはまず来ない。
フレートがどう動くかだが、アリトン無き今、腐った王侯貴族が何をするかは俺はなんとなく分かるなあ。
権力争いじゃないか?
シュヴェルトはさほど大きい国家ではないから、貴族も多くなく、権力争いは起こってないみたいに見えるが……その実、オードリーの存在がでかいんだろう。
俺達がオードリーを引き抜くと、北部国家連合は、黒貴族というブレーキのいない、ガチの戦乱の時代に突入する気がする。
でも俺は知らん。
「ふう、こんなものかしら」
贅沢に高級な紙を使い、アリスが情報をまとめあげた。
後は俺が、これをプレポに入力していくだけだ。
衛星写真を使って写真資料を作成する。棒グラフなんかは理解できる素地が無いからやめておこう。
「七郎さん、差し入れです」
「旦那、肩揉もうか!」
「お茶をお淹れしますねぇ」
嫁達も、自分に出来ることは無いのか探して、精一杯のことをしてくれる。
これは嬉しい。
ABCは昼間の俺のやった投影に感激したようで、率先して夜の見張りについてくれていた。
そう、既に夜である。
証明に使う油が高いこの世界で、夜まで作業するなんていうのは本来ありえない。
俺だって現実世界では倉庫番だったし、残業はあっても深夜残業までは無かった。
こんなに必死に、夜遅くまで仕事するなんて初めて……!
でもやる気はある。
だってこれは嫌がらせなのだ。
こうして、世界中にあるシュヴェルトの利権を一つずつ潰して、追い詰めるのだ。その上でオードリーを連れて行く!
後は知らん。
かくして……夜を徹した作業により、この紛争を収めるためのプレゼン資料が完成したのである。
「ご注目ください!!」
アイナの声が響く。
暗幕代わりの黒い布を張り、スクリーン代わりの白い板に向かって、俺は投影を開始した。




