第七十五話 これがわたくしの生きる道
「国王様、失礼ながら申し上げますけど」
俺の意を汲んで発言したのはアイナだった。
「王女のオードリー殿下が勇者ですよね?」
この言葉に、王は実に分かり易い反応を見せた。
目を白黒させ、口をパクパクさせたかと思うと、ひっきりなしに汗を拭う動作をして、足をちょっとばたつかせてから、大臣らしき男性に、陛下、落ち着いて、と言われて深呼吸した。
「よ、よくぞ見抜いたな。流石は賢者セブンか」
既にその目には、尊敬よりもちょっとした恐怖の色がある。
まあ、隠してるらしい事を一目でズバッと見抜かれたらなあ。警戒するよなあ。
そんな父王に対して、オードリーは無邪気なものである。
「流石ですわー! ニックス様が預言なされていたと言うから、どれほどの賢者なのかと思っておりましたけれども、対外的には一度も明らかにしていないわたくしの素性を見抜くなんて……本当に賢者様でいらっしゃるのですね」
一見すると、おっとりとした王女様そのものなのだ。
だが、俺のスマホは嘘をつかない。間違いなく、彼女は勇者だ。
しかも、鋼鉄王女の二つ名から、肉弾系であることが判明している。
「お、王女様、は、武器は何を、お使いで」
「わたくしが魔術ではなく、この身をもって戦う事も知っておられるのでございますね。さすがですわ! お前たち、わたくしのエリザヴェーテを持ちなさい!」
「ははっ」
兵士達が引っ込み、しばらくしてとんでもないものを持ってきた。
それは、刃渡り1mはある、巨大な斧である。いや、斧の柄の部分が無く、刃の後ろに取っ手を作ってある。
さながら、振り回すタイプの極太ギロチンと言おうか。
アリスが俺の隣で、腰を抜かさんばかりに驚いている。
ふふふ、アリス、こんなことで驚いていると、近々ちびるぞ!
俺も何度ちびったか知れん。
「エリザヴェーテは屋内ではとても振り回せませんので、こうして城にいるときは、コンパクトにまとめていますの」
コンパクトじゃないよ!!
その、兵士四人がかりで運んで来た、鉄の塊としか思えないギロチン。
オードリーはすっくと立ち上がると、すたすたとエリザヴェーテとやらに向けて歩み寄った。
背筋はピンと伸び、動きに隙が無い。
かかとが低い靴を履いているのは、常に臨戦態勢といことか。
多分、身長はアイナと同じくらい。
だが、そんな小柄な少女が、地面に置かれたエリザヴェーテの取っ手に手を掛けると、肩の力だけでひょい、と持ち上げたのである。
おかしい。
ジャスティーンですら、大槍を持ったり振り回すときには、ある程度の遠心力が発生している。
重いものを振り回している、というのが分かるのだ。
それが、オードリーになると、まるでプラスチックやビニールで出来た、中身スカスカの玩具を扱うように、この巨大な刃物を持ち上げている。
重力など全く感じない。
「お父様、こうなってしまえば、隠している理由もございませんわ。私も外の世界で力を発揮してみたく存じます」
「なに! な、ならんぞ! オードリー、第一お前には許婚がおってだな、我が王国を継承すると言う役割が」
「王位継承権はアレクサに譲りますわ! ……と言っても、すぐにではお父様がかわいそうですわね。どうでしょう、セブン様がお父様を納得させうるだけの成果を、この国であげたならわたくしを自由にするというのは」
勝手に話が進んでるよ!!
多分、アレクサというのは彼女の妹姫なんだろう。
オードリーには本来許婚がいて、婿を取って女王として王位を継ぐ予定だったが……、という。
「さあ、参りましょうセブン様! あら、あなた方はセブン様の奥様方ね。これからお姉さまと呼ばせていただきますわ」
なんですって!!
「これから、中庭でわたくしの力を少しだけお見せしますわね。それをご覧頂いてから、勇者としてのわたくしの能力を把握してくださいな」
そ、そういう事になってしまった。
「凄いパワーの人ですね、七郎さん。いえ、腕力じゃなく、キャラが」
「キャラ濃いよなあ」
「あの筋力も興味深いですけどね! オードリー様! いつからそんなに力がお強かったのですか?」
知識欲の前では怖いものを知らないセレーネが行った。
「生まれつきですわ!」
勇者は意図的に生み出された突然変異体だって、話が以前あったが、まさにそれだな。
そして、勇者の生まれるスパンは短くなってきており……最新の勇者の登場が予想されていたが、それが彼女、オードリーというわけだ。
どうも、彼女は生まれつき、極めて高密度な肉体を持っているらしい。
体重は普通の女性よりも幾分か重い程度だが、肉体を覆う筋肉が、筋肉とは似て非なる別種の何かのようだ。
「さあ、投げて寄越しなさい!!」
中庭である。
非常に広い。
というか、コの字型になった屋敷の中がまるごと中庭なのだ。
中央には巨大な針葉樹が聳えており、これにロープがぶら下がっていた。
くくりつけられているのは、丸太である。
破城槌に使われるレベルの丸太だ。
これを、十人以上の兵士がロープで思い切り後ろへ引っ張り……手を離す。
すると、この圧倒的質量が、小さなオードリー目掛けて突進してくる事になる。
「危ない!!」
アリスが思わず飛び出そうとしたのを、意外なパワーでクリスが止めた。
「危ないのはアリスさんですぅ! これは、黙ってみてるほうが安全なんですぅ!」
二人とも言葉は通じていないのだが、なんとなくニュアンスで分かったらしい。
アリスが大人しくなる。
その眼前で、オードリーが丸太を迎え撃った。
「せぇぇぇいっ!」
大きく振りかぶったエリザヴェーテを、丸太目掛けて叩きつける。
あまりに太くてごつい刃なので、エリザヴェーテは丸太に半ばほどまで突き刺さりながらも断ち割らない。
だが、丸太はそこでぴたりと止まった。
慣性とか質量とか、そんなちゃちいものじゃない。
もっととんでもないものの片鱗を見た気がする。
オードリーは片腕でエリザヴェーテを振るい、十人がかりで扱うような破城槌の丸太が、充分に慣性がついているものを、軽々と止めたのだ。
「ざっとこんなものですわ。どうですかしら」
丸太をくくるロープを指先で易々と引きちぎりながら、彼女はにっこり微笑んだ。
可愛い。だ、だけど結婚はまだ考えないんだからね!
オードリーはすっかり、自分の身体能力は、勇者として俺についていくためにあったのだと考え、舞い上がっている。幼い頃からニックスの預言を読み、他人とは明らかに違う自分の異能が活かされる時を夢見ていたらしい。
それに対して、国王にとってはあくまで自分の娘、しかも、王子のいないシュヴェルト傭兵王国の第一王女である。
生まれたときから決まっている許婚を娶らせ、女王として国を治めさせようと考えていたのだから、娘のいきなりの旅立ち宣言など受け入れられるはずがない。
かくして状況はこう着状態に陥り、俺達一行は食客としてシュヴェルト城に居候する事になったのである。
「お父様は分からず屋ですわ!!」
ぷんぷんと怒りつつ、オードリー姫は木の串に刺した茹で野菜を、熱して溶かしたチーズに漬け込んで、憤然と口に運んだ。
「熱いですわ!!」
おばかだこの子。
「あたいも食べる!!」
面白がって、ニナも真似をする。この国は、ジャガイモや寒さに強い根菜が多い。これらを豊富な雪解け水で茹でて、スープやフォンデュにしていただくのだ。
チーズもコクがあり、野菜は塩を振っただけ。
シンプルなところにバジルみたいな香りがする緑色を散らし、なんともいい香りだ。
口に運ぶと、濃厚なチーズの味と優しい野菜の甘みがいっぱいに広がる。
「凄いな、この国の野菜は美味しい」
「でしょう? シュヴェルトでは野菜の品種改良も行っていますのよ。土地の関係上、葉野菜は土の水はけと気温の関係で育ちませんの。だからこそ、この豊富な根菜こそがメインなのですわ」
この国の主食はジャガイモであるが、これを加工したものが多い。レシュティという料理と同じものだと思われるこいつは、ざっくりとおろしたじゃがいもをパテ状に固めて、鍋にたっぷり油を入れて揚げたものだ。
ハッシュドポテトの親玉である。
シュヴェルトのじゃがいもは、色々な種類を一度に作っているようだ。
食べているだけでも、色も形も大きさも、そして味も違う。
こうして作っていると、一つの品種が病気にかかっても、他の品種が生き残るために飢饉にならないらしい。
そして、こういう料理を、気さくに俺達と一緒に食べている第一王女。
この国は身分の差こそあれど、能力がある者に対しては寛容な国らしい。
「アリスさん、その土地に来たら、土地のしきたりに従えと言う言葉もありますよぉ。ここは、あちらの世界とは違うって割り切ったほうがいいと思いますぅ」
「うむ、ローマに入ってはローマ人のようにせよ、というものね。同じ言い回しがあるのね……」
クリスは、色々びっくりし通しのアリスの世話係みたいな感じになっていた。クリスが言葉を教えて、それなりの意思疎通は出来るようになってきている。
二人とも典型的なゲルマン人系の顔立ちだから、親近感があるのかもしれない。
ちなみにオードリーはコーカソイド系である。
「はい、七郎さん、あーん。ふーふーしておきましたからね」
「あーん」
「…………」
「…………」
ど、どうしたんだ、クリスとアリスでじっとこちらを見て。
「うらやましいなぁ。私もセブン様にあーんってしたいですぅ」
「くっ、見せ付けてくれる……! どうせ私は七年間後無沙汰よ……!」
いかん、クリスはともかく、アリスの心の傷を抉ってしまったらしい。
彼女は、軍人と言う立場を離れてしまえば、親しみ易い人物だった。今年で28歳ということで、それなりに焦りを感じているらしいが……最後に付き合った男性がいたのは、アメリカの大学にいた頃らしい。
「それにしても、お父様もむきになって、セブン様を活躍できないようにしていますわね。なんとかならないものですかしら……」
うむ。
目下、俺達は絶賛軟禁中だった。
扱いは悪くないのだが、俺が外に出てしまうとオードリーがついて行こうとしてしまう。
そしてシュヴェルトにはオードリーを止められる人間がいない。
ということで、ならば俺を止めておこうという腹らしい。
この隙に、水面下ではオードリーの結婚の話が凄い早さで進んでるんじゃないだろうか。
「もう、わたくし、むしゃくしゃして、暴れたくなってしまいますわ!」
「それはいけないな。姉上が暴れては、この国が崩れてしまいます」
突然、入り口から声がした。
いや、入り口は鍵も無いし、誰だって入ってこれるんだけど。
立っていたのは、一見するとボーイッシュな少女だ。年齢はオードリーと同い年くらいに見える。
彼女こそ、オードリーの腹違いの妹、年齢差一ヶ月のアレクサ姫であった。
「姉上、賢者殿。私にいい考えがあります」
おう、そのフレーズを口にした奴は、大抵ろくでもないことを言うんだよ。




