第六十九話 一夫多妻制の国なんです
「七郎、お帰り」
扉を開けた母の一言目はそれだった。
なんというか、五ヶ月前までは何も思わなかった言葉だが、久々だと、こう、じんとくる。
「心配してたのよ」
「ああ、ごめん」
「あら、後ろの人たちは?」
嫁達がもじもじしている。
俺はどう紹介したものだろう、と考えて、結局捻らずに紹介した。
「四人とも嫁だよ」
母親が卒倒しかけたので慌てて支え、リビングへやってきた。
父はまだ仕事らしい。もうじき定年だ。
「い、一夫多妻制の国だったのね。でも七郎、日本では重婚はダメなのよ」
「分かってる。その、あ、アラブの方でさ」
「アラブだったのね」
お、納得した。
元から、俺には甘い母親だった。
俺はガキの頃から、明日から本気出す系の子供で、有言不実行と言う生き方を貫いていた。
友達もいないから外に遊びに行かないし、部活だってやらない。
塾には行ったが、塾でも友達は出来なかったから、義務のような気分で通っていたものだ。
義務を果たしているのだから、俺は親に対する責任はすべて果たしている。
そのように思いながらこの年まで暮らしてきたのだった。
うーむ。
「あら、でも男の人もいるじゃない。はっ、まさか七郎、あんた男の人まで奥さんに!? ちょっと! お父さんに連絡しなくちゃ!!」
「待って! その早とちりは困るから!!」
父の携帯に電話しようとする母を、俺は必死に止めた。
その姿を見て、嫁達がくすくす笑う。
「本当に七郎さんのお母様なんですね。七郎さんとよく似てます。電話でお話したままです」
今ではイントネーションも完璧な、アイナの日本語。
その声に、母はハッと我に返ったようだった。
「あら! その声、アイナさんね! いつも七郎がお世話になっております」
「はい、こちらこそ、お世話になっています」
二人でテーブルを挟んで頭を下げあっている。
「でも、思ったよりもお若いのねえ。私はてっきり、アイナさんは二十代の半ばくらいだと思っていたのだけど」
「もうすぐ16歳になります」
「ちょっと七郎!!」
ひゃあ、勘弁してくれえ!
あっちとこっちじゃ、適齢期が違うんだよお!
「く、国によって適齢期が……」
「そうなのね……。母さん、七郎が未成年との援助交際で警察に連れて行かれるのかと思っちゃったわ」
この国に暮らしてたらそうだよね!
「それじゃあ、後ろのお嬢さんたちも?」
「ええと、このちっちゃいのが今14歳で」
「14歳!!」
また卒倒しかけた。
忙しい。
「わははは! 愉快なおかん殿じゃのう!」
「面目ねえ」
セレーネが16歳、クリスが17歳と伝えた。みんな、一年の終わりにまとめて年を取るので、もうすぐ一歳増える。
「みんな未成年じゃない……」
「この国ではね……」
「七郎、あんた何か怖い仕事でもしてるんじゃないの?」
あながち否定できないな。
「七郎さんはとても素敵な方ですよ。私は七郎さんのお人柄が好きになって、一緒になったんです」
嘘付けアイナ。最初打算からだったじゃないか。
まあそれも、今となってはいい思い出だが。
「あら、そうなの? アイナさん、ご年齢の割にはしっかりしてるみたいだし……七郎、あんた男なんだから、ちゃんとこの子たちを守ってあげなくちゃだめよ」
「アッハイ」
この国にいると、理性としては理解できないだろうなあ。
俺も未だにちょっと違和感あるし。
だが、まあなんとなく納得してもらえたようだ。
俺達はお茶など飲みつつ、母とお茶菓子を食べて談笑した。
セレーネなどは、見るもの聞くもの全てが珍しいようで、テレビを食い入るように見つめ、新聞の文字をアイナに教えられて解読し、いつの間に覚えたのか、片言の日本語で母にガンガン質問している。
「せ、セブン様ぁ、私もお母様にご挨拶したいですぅ……!」
「ほらなクリス! 旦那の事ばっかりじゃなくて、アイナと一緒に勉強しとけばよかったって言ったじゃん!」
「ふぇぇ、だってえ」
「分かった分かった。じゃあ、こっちにいる間、日本語を勉強しよう。ニナもな」
「わぁい!」
「ええー!! あたいもかよ!」
俺の会話に、興味深そうにテンマが加わった。
「ふむ、わしもちょっくら教えてもらおうかのう。何せ、わしがおった日本とは随分違っておるようじゃ。言葉も変わっておるじゃろう」
てな訳で、母とアイナ、セレーネがわいわいくっちゃべり、俺が教師で、ニナとクリスとテンマが生徒の日本語勉強会という不思議な構図となった。
流石にテンマは元日本人である。すぐに現代の言葉のリズムなどを覚えてしまった。
むしろ、細かな教養などはテンマのほうが俺よりよほどある。
途中から教師の補佐をしてもらうようになった。
「わしがガーデンへ飛んだのはな、桜花で米国の船に突っ込んでな。わしゃ、死を覚悟しておったが、そこで気付いたら異世界じゃった。爆発に巻き込んだ米兵も一緒に転移しておってなあ」
すっげえ話を聞いた気がする。
当時、テンマは二十歳そこそこの若者で、今よりもっと華奢だったらしい。
空手を倣い覚えて、かなりの腕前だったらしいが、空手では米国の船は落とせない。そのため、学徒出陣で召集され、桜花に乗ったのだそうだ。
彼が書いた遺書は、もしかすると特攻隊員の資料として残っているかもしれない。
でまあ、彼は米兵とともに異世界へ転移し、彼とは共闘、色々な冒険をしたそうだ。
そして途中で決定的に道を違え、テンマは勇者へ、米兵は悪魔になったとか……っておいおい。もしかしてその米兵ってのは。
「そいつは今は、ダンタリオンと名乗っているはずじゃのう。ガーデンに来たときは、歪みきったキリスト教信仰の姿に絶望しておったがのう」
世界って狭いナー。
「ガーデンは面白きところじゃぞ。何せ、鍛えれば鍛えた分だけ強くなる。こちらの世界じゃ、わしらの力には上限がある。蓋をされておるんじゃ。じゃが、あの世界にはそれが無い。際限なく強くなる」
それがテンマの空手なのだと。
封印されている数十年の間も、ずっと空手をやり続けていたらしい。
封印の空間は、時は流れても、飢えもせず、乾きもしない。ずっと停滞した空間らしい。
その中で、テンマはひたすら己を鍛え続けた。
「今のわしは、アリトンに遅れを取った時より数段強いぞ。まあ、こっちの世界じゃあ強さなんぞ、もう意味がないかもしれんがな。じゃが、米国の船くらいならこの拳で瓦の如く割れるわい」
がはははは、と笑った。
ちなみにうちのマンション、防音構造は割りと良いらしくて、テンマが豪快に笑ってもそんなに問題ない。というのも、恐らく父が帰ってきたら、俺達は飲み会になるであろうから……。
おっ、クリスとニナが日本語ドリルの課題を終えたようである。
次は発音練習だ。
挨拶や、基本的な会話の言葉なんかを口にさせて、意味を教える。
そういうのをちょこちょこやっていたら、あっという間に時間が過ぎた。
「あら、もうこんな時間。ちょっと母さん晩御飯の買い物に行って来るわ。今日は食べる人が多くて大変!」
そう言いながら、楽しそうな母であった。
俺がいなくなって、この食卓はどうなったんだろうな。
元々俺は、家ではそれなりに喋っていたから、随分静かになったんじゃないだろうか。
「お母様、私もお手伝いします!」
「私、モ!」
アイナとクリスが立ち上がった。
よし、家庭派嫁代表の二人に任せよう。
セレーネはテレビにかじりついており、ニナは俺がチャンネルを変えた、夕方のアニメに驚愕している。
「うわああああ――っ!! 旦那!! 絵が、絵が動いてるよお――ッ!?」
「ほう、日本でもアニメーションを作るようになったのか。しかし、家でも活動写真を見られるようになるとは、豊かな時代じゃのう」
「テンマのおっさん知ってるのか!」
「おうよ、わしはセブン……いやさ、七郎と同じ国の生まれじゃぞ?」
「大変興味深いです……!」
テレビを通じて彼らも仲良くなっておる。
一時間ほどして、山ほどの買い物を終えた三人が戻ってくると、母の指導を受けながら夕食作成となった。元々料理のスキルが高いアイナは即戦力のようだが、その辺りを肉体鍛錬に向けていたクリスは苦戦中である。
だが、ここで秘密兵器、ピーラーが登場した。ぶきっちょさんもしっかり野菜の皮むきが出来る優れものである。
「こ、これは凄いですぅ!! 野菜が面白いように皮むきできますううう!!」
クリス大興奮。
対して、アイナは早くも包丁の使い方をマスター。
見事な手さばきで野菜の皮を剥いていく。
「日本のナイフは凄いですね。切れ味が鋭いから、野菜の皮むき楽です」
「それはね、包丁って言うのよ、アイナさん」
「ホウチョウですか。凄いです」
確かに、ガーデンのナイフの切れ味では、皮を剥くとうよりは削ぎ落とす感じになっていた。
ピーラーもああ見えて刃物だし、結構メイドインジャパンが多いのだ。性能はバカにならない。
「ピーラー、私も欲しいですぅ……!」
そもそもガーデンに帰れるのかどうか、それが問題なんだが。




