第六十八話 七郎、家に帰る
俺達が降り立った場所は、なんと現代の東京だった。
スマホは機能している。
日付を見れば、俺がこの世界を発ったときから、おおよそ五ヶ月。
隔週で親に電話はしていたから、あまりこの世界と遠ざかったイメージは無かったが、戻ってくるとまた感覚は別だ。
俺はテンマに話しかけようとして、少し深呼吸した。
「テンマ、ここは、日本だ」
「日本じゃと!?」
空手家は文字通り目を丸くした。
そして、ゆっくりと周囲を見回し……。
「あそこに見える赤いものはなんじゃ? とんでもなくどでかいようじゃが……」
「東京タワーだな。で、あっちがスカイツリー」
「うおお、あれもでかいのう!」
「トウキョウタワーにスカイツリー……!! ふむむ!!」
セレーネがテンマと一緒になって唸っている。
テンマは少ししてからしんみりとなり、
「そうか、日本は残っておるんじゃのう……。わしは御国を守れたか……」
少し遠い目をした。
彼の口ぶりから、どの時代からやって来たのか想像する事が出来たが、彼の故郷についての話は触れないことにした。
ガーデンの衣服と言うものは、現代に来てしまえばちょっとしたコスプレのようなものである。
俺はいつの間にかお財布ケータイ機能を習得していたスマホを使い、みんなを電車に乗せようとかんがえた。
とりあえずこっちに来てしまうと、思いつく限りで頼れる場所はひとつだと思えたからだ。
ところがだ。
「うわー! うわー!! なんだよこれ! 人がいっぱい! うおー! 石じゃないのに石みたいな道路! これ土か!?」
「せ、セブン様あ! みんな私たちをじろじろ見てますう! なんか、みんなすっごくいい服を着てますよ!?」
「なんということでしょう! 興味深いです! ふむむー!!」
「せ、セブン様、せめてこの服、変えられませんか? なんだか浮いてるみたいで……」
アイナ達の訴えを受けて、まずは衣服を整えねばと思い至った。
男だと、この辺りどうでもよかったりするんだけどなあ。ほら、テンマなんて何も気にしていない。
「なんじゃ、ぺらぺらの布地じゃのう。わしがこっちにいた頃よりも、形も変わっておるわい!」
こいつの場合、格闘ゲームのコスプレみたいな感じなので、これはこれでいいのかもしれない。
俺達は、電子マネーでの買い物が出来る洋服屋に入った。
大量生産品だが、安価に数とサイズだけは揃っているところだ。
嫁達はきゃあきゃあ言いながら、衣服を手に取り始める。
服屋が発行している、自社ブランドのカタログを手に取り、写真の克明さに驚き、紙の上質さに驚愕し、次いで服のデザインにうっとりしている嫁達。
途中で店員を捕まえて、アイナが日本語で通訳をしながら買い物を始めたようだ。
アイナの適応力が凄い。
俺は自分の分のジーンズとワイシャツ、下着一式、そしてテンマの分の上下のジャージを買ってやった。
「おっ!! この布地、やわっこくていいのう!!」
いい年してはしゃぐなよテンマ!
「しかしのう、セブン。ガーデンはそれなりに被服が発達しておったが、どうしても布地はごわごわしてのう」
「まあなあ。あれって、綿なの?」
「南方では虫から取ってるらしいのう。大きな芋虫がおって、糸を吐くらしいぞ。蚕とは違うようじゃがな。わしがおった北方では綿ににた植物じゃったな。木に大量の綿が成るんじゃ」
「ほへー」
同じ日本人同士だからか、それとも、俺の中で何かが変わったのか、俺はテンマと普通に会話する事ができていた。
そしてテンマにとっては恐らく一世紀ぶりに近い日本語の会話である。
「糸を紡ぐ作業は大変らしくてのう。それで、アリトンの奴が授けた仕掛けを使っておった。でかい滑車のごときもんを、数人でぐるぐる回すのよ。中には糸を紡ぎ、束ねる仕掛けと歯車があってな。あれを見ておると、黒貴族も悪い事を成すもんばっかではないと思えるのう」
話によると、ミシンのようなものまであったらしい。
男の買い物は早い。
俺達はすぐに買い物を終えて、自販機で買ったジュースを飲みながらベンチに腰掛けていた。
「おほお、このシュワシュワする黒い汁は甘いのう!! なんじゃこれ!!」
コーラを飲んで感動するテンマ。
そこへ、アイナが呼びに来た。
あら可愛い。
薄いピンクのカーディガンに、クリーム色のワンピース姿だ。
柄が無くてシンプルだが、ほっそりとしたアイナのプロポーションによく合っている。
「ど、どうですかセブン様」
「いい。すっごくいい。似合ってる。違うアイナの魅力を見つけてしまった」
「嬉しい……! セブン様大好き!」
ギュッと抱擁する俺とアイナ。
後ろに、困った顔で店員が立っていた。
「あ、会計ですね」
俺はいそいそとレジに急いだ。
ちなみに、俺は買ったジーンズの裾直しをしていない。そんな暇は無いからだ。
適当に裾を折りたたんでいる。
俺がぺったぺったとやってくと(靴も買ったのだ)、そこには三者三様の嫁たちの姿が。
「どうよ旦那! あたい、超かっこいいだろ!」
「うむ、活動的でなんかエロイ」
ニナはショートパンツから健康的な小麦色の太ももが剥き出しに。Tシャツにスポーティなデザインのベストを纏っている。Tシャツの薄い布地を通して、最近膨らんできた胸元がうかがえる。
むむっ!! お前ブラをしたな!!
「ちょっとこのバンドは窮屈だけどさあ」
「ニナさん、その土地に来たならば、土地のしきたりに従うべきですよ!」
「お! セレーネもかっこいいじゃないか! 見違えた!」
「うふ、うふふ、そうですか?」
ぐふふ、とセレーネが笑う。
彼女はすらりと長い足を、タイトなジーンズに納めて、ややゆったりしたチュニック。
服の名前とかは検索すると出てくるぞ!
そして最後にクリス。
狙っているのかと言わんばかりの格好である。
ストレッチ製の高いサマーセーターのような薄手のニットを透かして、胸元の圧倒的ボリュームが分かる。さらにはデニムのジャンプスカートが、その溢れんばかりの胸をきっちりと留めている。
抗してみると、クリスってウエスト細く見えるんだな……!
ガーデンはゆったりした服が多かったから、こうやって見るとみんな新鮮だ。
「クリス、やばいな。エロ過ぎる……!」
「セブン様にそう言ってもらえるとぉ……うふふ」
聖王国語で会話していた俺だったが、ハッとレジに向き直り、会計がてら、カバンやその他入用なものの場所を聞き出した。
すげえ!
俺、店員さんと会話できてるじゃん!!
超進化したよ!!
「セブン様、変わられましたね。さっき、アリトンから私を守ってくださった時に、セブン様の印象が変わったのが分かりました」
そう言うアイナが少し寂しそうである。
彼女のアイデンティティは、まともに初対面の相手と喋れない俺をサポートする事だったから、俺がコミュ障を克服し始めた事が嬉しくも、ちょっと複雑な気分なんだろう。
「アイナがいてくれなかったら、俺はずっと喋れないままだったんだから」
俺は電子マネーで会計を済ませ、ついでにカバンを買って、みんなの衣装を詰め込み、
「これからのアイナの仕事は、俺の奥さんだろう?」
「はい!」
クリスに羨ましそうな目で見られつつも、俺達はそうして電車に乗り込んだ。
ニナとセレーネがめちゃくちゃはしゃいで大変だった。
テンマは、電車というものが理解できなかったらしく、ずっと首を傾げていた。
かくして、俺は何度も乗り降りした駅に到着し、お腹すいたと宣言するニナも含めて、全員に惣菜パンとお茶を買い、駅近くのベンチでみんなで食った。
もう、何かをするたびに驚く面々である。
あまりに知的刺激が連続し過ぎて、セレーネなんか今にも壊れそうだ。
知恵熱起こしてふらふらしているので、テンマが負ぶっていく事になった。
クリスはあんまりこの辺を気にしないらしい。
ニナは好奇心任せに道路に飛び出したりするので大変危ない。
そして、アイナは恐らくこの中で唯一、俺の意図をしっかり理解している。
俺が向かっている場所もだ。
そこは、いい加減古びてきた、築三十年のマンションの一室。
当時は鳴り物入りで登場したのであろう、4LDKのマンションで、事故物件になったものを、うちの父親がお手ごろ価格で買ったものだ。
エレベーターに乗った。
これは、転移の魔術のしょぼい奴だとみんなに説明する。
テンマの時代にはもうあったそうなので、理解が早かった。
四階で降りて、チャイムを鳴らす。
すぐに誰かの気配がした。
『はーい、どなた?』
「ああ、俺。七郎。ただいま、母さん」
俺は、五ヶ月ぶりに我が家へ帰ってきたのである。




