第六十五話 暁の星教団と転送・転移の魔方陣
ルキフルスは戦力を持たない都だ。
正しくは、イリアーノの中に存在する自治都市国家。一国の中に、もう一つの国があるのである。
この国は北部諸国連合にとって、宗教的中心である。
権威そのものであるが故に、独自の戦力を持たない。
全ての護衛は、北部諸国の一角、北の傭兵王国であるシュヴェルトから派遣される傭兵達が行っていた。
傭兵と言っても、ガルムで出会ったごろつきと変わらない連中とは大違いである。
揃いの赤褐色の甲冑に身を包み、そいつらはじろりと俺達を見た。
鋭い眼光に、一瞬ヒェッとびびる。
「既に許可はもらっているわ。賢者セブン。そして彼に従う、勇者、マリー、エドガー、ジャスティーン。おつきの者達よ」
許可証を見せると、傭兵は無言で道を開ける。
まるで騎士か何かのようだ。
「ほう、こいつらなかなか強いな」
ジャスティーンが楽しそうである。
「え、そんなに強いの!?」
「おう。アイオンを知っているだろう? あいつほどではないが、こいつらなら一人でドッペルゲンガーを相手にしても、まず遅れは取らぬだろうよ」
最下級である悪魔兵士が一般兵三人分、変身する下級悪魔であるドッペルゲンガーが、その悪魔兵士二体分の強さだから、おおよそ一般兵六人分。
つまりこの傭兵、一人で並みの兵士六人分以上の強さと言う事だ。
ひえー、めちゃくちゃ強い!
だがそんな奴らでも、ジャスティーン達勇者を見るときは、目に尊敬の色が宿る。
次元が違うもんなあ。
ルキフルスは、ほとんどが教会とその設備、そして庭園で構成される小さな都市国家だ。
俺はガキの頃に行ったきりだが、東京ディスティニーランドの敷地くらいの大きさと言えば分かりやすいだろうか。最近出来たディスティニーシーを入れると、ディスティニー勢の方が大きいと思う。
教会の扉をくぐった俺達は、その圧倒的でかさに圧倒された。
主に圧倒されたのは俺と女の子四人であるが。
教会とか呼べるスケールではない。これは城だった。
多くの教会関係者と信者達が行き交う。
彼らは一様に、俺達へ奇異なものを見る目を向けた。
暁の星教団にとっては、聖王国から来た俺達は異物なのだ。
「セブン様、すっごく居心地悪いです……」
「そりゃあ、俺達異教徒だからなあ」
「おや、セブン様も信仰をお持ちだったのですね」
「アッハイ、うちは浄土宗なんで」
「ジョードシューですか。異世界の宗教なんですね……」
セレーネが宗教にうるさくなくて良かった。
一応、敬虔なエルベリア聖教信者であるクリスは、
「わ、私、セブン様のためなら改宗だって致しますぅ……! 地獄に落ちたって平気ですからぁ!」
「あたいは別に、どっちでも構わないぜ! だって神様は一緒だろ?」
とりあえず、健気なクリスといつも通りのニナが愛おしくて二人の頭をなでる。
そのままでいてくれよ……。
「せ、セブン様!! 私だって改宗しますよ!! 頭をなでてください!」
アイナから強烈な要求がきた!!
「よーしよしよし」
「えへへ」
一件落着である。え、セレーネも?
「ウォッホン」
咳払いをされて、俺はハッと我に返った。
俺達は大聖堂らしき場所にいる。というか、ほとんど謁見の間だな、これは。
豪華なローブを着た老人達が横に並んで座席に掛けていた。彼らが枢機卿とか大司教とかそう言う連中なんだろう。金の掛かった服装をしてやがる。
咳払いしたのは、一番奥まった、おそらくは教皇の座に一番近い席にいる老人だった。
「次期教皇との呼び声も高い、ぺトラック枢機卿ですね。ルキフルスの実質の執政者でもあります」
セレーネはどうしてこんなに色々知っているんだろう。
彼女の頭を撫で撫でしながら俺は疑問を覚えた。最初に彼女が行っていた、理論は完璧は本当だった。
「第四十三代教皇、ジューダス九世猊下である!」
流石に、マリーもエドガーも、ジャスティーンすらも肩膝を突いた。
ちなみに後でマリーから聞いた話だが、テンマという勇者は教皇を前にして正座したらしい。日本人である。
「面を上げよ。勇者マリー、再度の我らが地への来訪、感謝いたしますぞ」
「猊下におかれましてはご健勝なようで」
「うむ。私がそなたからの文を受け取り、許可を急がせたのは他でも無い。そなたの力が必要となるからだ」
教皇自身も俺達に用事があり、それゆえに即効で入国許可を出したと言う事か。
マリーは内容を問わない。教皇が話し出すまでじっと待っているのだ。
「知っておろう。長き間、我が暁の星の聖地は、異教徒どもによって奪われてきた」
聖王国のことであろう。
あの土地そのものが、ルシフェルやルシファーを崇める教団の連中にとっての聖地なのだ。二大宗教の聖地が同じとなれば、そりゃ揉めますな。
っていうかルシファーが聖地とか、どんだけ悪趣味な冗談なんだよ。
「これより、我ら諸国連合は、聖戦を行う」
静かな宣言であった。
その言葉が告げられた瞬間、枢機卿達が小さくざわめいた。
「我らが聖地を、異教徒どもから取り戻すのだ。力を貸してくれるな、勇者達よ」
貸せるわけねえだろ!?
聖王国なんてジャスティーンの実家じゃねえか!
どんだけ自己中なこと言ってるんだこの教皇は!?
とまあ、そこで、俺の中でピンと繋がった。
アリトンが傭兵を集めている件と、ルキフルスに来てのいきなりの戦争やります宣言。
こいつはあれだ。
十字軍だ。
キリスト教圏の諸国が、中東諸国へ攻め込む、世界最大級かつ、今に至るまで遺恨を残し続ける宗教戦争。
アリトンの狙いはこれなんじゃないか。
この戦争が起これば、人類は絶対に一つになる事が出来なくなるだろう。
人と人同士が常に争うようになる。
人魔大戦などと、悪魔がわざわざ手間を割かなくても、人間達が互いに試練を与え合うようになるのだ。
「この場でお答え致しかねます」
マリーの返答は平静である。
っていうか間違いなく断る気だ、このひと。
個人で一国に匹敵する悪魔を圧倒する勇者は、言うなれば戦略兵器である。
そんな奴が権威にやられて、ほいほい言う事を聞く訳が無い。
エドガーの視線がちらりと俺に向いた。
? と思って首を傾げると、彼の唇が、(今のうち、調べて)と動いたのに気付く。
そ、そうか。
俺はこっそりと膝の上にスマホを置き、大教会の中身を調べ始めた。
あった。グググールダンジョンビュー。
『家屋の中を参照する場合、お住まいの方のプライバシーを侵害する可能性が云々』細けえ事はいいんだよ! おらァ!! 承諾!!
俺が画面にタッチすると、すぐさまダンジョンビューが展開した。
教皇が口上を述べ、マリーの返答に枢機卿が無礼ではないか、無礼ではないかと叫ぶ中、俺は教会の中を探索する。
セオリーなら、大事なものは地下室にあるって決まってるんだが……。
不必要に複雑な構造の教会である。
まるで迷宮だ。
何者かに侵入された時の事を考えて作ってあるんだろうか。
俺は右に曲がり、左に曲がり、経路を虱潰しにしていく。
ダンジョンビューは通った道をマーキングする事ができるのだが、任意のルートをマーキングから除外する機能もある。
外れルートを除外すれば、自ずと攻略ルートが見えてくると言うわけだ。
地下への道を行ったら、なにやらおどろおどろしい尋問設備があったので引いた。
てか、こりゃ拷問だな。魔女狩りみたいなことをしてるんじゃないか。
他には地価牢。
異端者なのか、犯罪者なのか、それなりの人数が閉じ込められている。
だが、地下には意外なことに、魔術的な設備が存在しなかった。
言わば暁の星教団の裏の部分を丸ごと隠している感じだ。
では、次は……上だろう。
まるで巨大な槍の穂先を植えたような、特徴的な形の教会である。
二階に上る階段は存在したのだが、それは気付きにくいようにカモフラージュされていた。
一回突き当たりに配された逆十字を回転させて通常の十字にし、さらにそれを引き倒す。
なんとも罰当たりな仕掛けである。
つうかわざとだろう。悪魔のやる事だ。
その奥に、隠された階段。
果たしてそれは、今も不気味に光を放つ魔方陣だった。
魔方陣の前には、悪魔らしい奴がいる。
もう、存在からして笑うしかない教団なのだが(何せ崇めているのが、悪魔の総大将みたいなルシファーなのだ)、総本山たる大教会内部に堂々と悪魔がいるのだ。
集めた傭兵達もこの大教会を通し、二階からアリトンの城に送り込んでいたのだろう。
俺はすぐさま、ツブヤキッターで三人へメッセージを送る。
返答はすぐに来た。
俺はもう一つだけ問う。
『暁の星教団を敵に回す気か?』
返事はすぐにやって来た。
三人とも笑っていた。
なるほど、神様なんぞクソ喰らえと言うわけだ。
次の瞬間、いきなりジャスティーンが槍を構えてビームを撃った。
爆発である。
大教会の天井が大爆発を起こして崩れる。
突然の事に誰も反応できず、教皇を始め、枢機卿達が絶叫している。
彼らが瓦礫に押しつぶされないように、マリーは周囲に向けて、広い光の波動を放った。
輝く波紋が瓦礫を弾き飛ばす。
頭上からは、炎に包まれた悪魔が降りてきた。
怒りに燃える目をしている。
「この、罰当たりどもが……!! アリトン様の怒りに触れる前にこの俺が……」
「”死殺技メイルシュトローム”」
既に、そこには複合弓を構えたエドガーがいる。
悪魔は俺が調べる間もなく、
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
エドガーの放った一撃に半身を巻き込まれ、砕け散った。だが、まだ息絶えない。
「おお、おのれっ!! アリトン様にお伝えせねばあっ!!」
悪魔は魔方陣を起動する。
それは常に、いつでも発動できるように魔力が込められていたのだろう。
強く、魔方陣が輝いた。
「よし、今だ!」
エドガーの声にあわせて、俺達は動いた。
教皇や枢機卿達が唖然と見守る中、俺達は、魔方陣から発生する光のチューブに飛び込む。
ふわりと、体が浮く浮遊感。
転移、もしくは転送の魔術。
原理は全く一緒なのだそうだ。
術者ごと運べば転移、術者以外のみを運べば転送。
てなわけで、俺達は一気に空中へ吸い上げられた。
「ひいいいいいいい」
クリスが半泣きになって俺にしがみついてくる。
高いところが怖いんだな。
アイナも無言で真っ青になって、もう片方から俺をガッチリホールドしてくる。
無駄にキョロキョロしているセレーネは、もう興奮マックスと言う感じ。ニナはエドガーに手を引っ張ってもらっていた。
「あらー、まずいわね。アリトンが気付いたみたい」
俺達の目の前には、空に浮かぶ巨大な城砦が現れていた。
城砦の下部へと光のチューブは繋がっていたが、マリーが漏らした言葉の通り、チューブと城砦の接続部分が薄くなっていく。
「そんな、アリトン様!! 私はあなたの右腕のはずでは!!」
悪魔が悲痛な叫びをあげた。
そこへ、どこか冷徹で無機質な声が響いてくる。
『何を言っている? 我が右腕はここにある』
「アリトン様ああああああ!!」
あ、落ちていった。
半身を砕かれて、この高さでは、死なないにしても戦闘不能であろう。
それにしてもアリトン、ステレオタイプな冷酷な悪役だな!
「まずいよ。これはどうにかならないのかい、マリー」
「私、魔法は専門じゃないからねえ……。うーん、まさか転移の魔法をこうやって打ち切ってくるとは……」
「感心してる場合じゃないですぅぅぅ!」
あ、クリスが泣いてる。
だが、アイナは俺に向かって、無理やり微笑んで見せた。
「わ、私、信じてますから。セブン様なら大丈夫だって……!」
「お、俺がやるのか」
「そうだぞセブン! どうしようもない状況の打破こそ、お前の真骨頂だろうが!」
ジャスティーンがいつの間にか隣にいて、俺の背中をバーンと叩いた。
いってえ!
だが、ちょっと目が覚めた気がする。
今まで無理じゃなかった状況があるか? 全部無理ゲーだったはずだ。
だが、スマホの力で何とかしてきた。
じゃあ、今回もこの無理っぽい状況、俺の得意な状況じゃないか。
「何か、アプリを……!」
”破損修復ツール”
その文字が、燦然と輝いた。
俺は躊躇無く、ツールを起動する。
対象を求める入力欄に、フリック入力。
『修復対象:転移の魔術』
一瞬の読み込みの後、『作業を開始します。修復までには時間がかかる事があります』
との記述が流れた。
ゆっくり、俺達の側から、光のチューブが伸び始める。
『な、なんだと!?』
アリトンの声が聞こえた。
既に断ち切った魔術が、徐々に回復していく。
魔道エレベーターはそのチューブを伸ばして、アリトンの城を捉えようとしているのだ。
『貴様ら、あれを潰せい!!』
アリトンの声にこたえて、無数の悪魔兵士が飛び降りてくる。
「うし、大群はおいらに任せてくれよ!」
エドガーが前に泳ぎ出た。
既に無重力状態のチューブの中での移動法をマスターしている。
「”絶技ライジングレイン”」
長弓から放たれた矢が、瞬時に分裂する。
それを、次々にエドガーが放つ。
悪魔兵士が雲霞の如く降り注ぎ、それを、エドガーが無数に分裂する矢で迎撃する。
冗談みたいな光景だった。
たまに隙間を抜けてくる兵士は、
「少しは俺にも残しておけ!」
「私も活躍しておかないとね」
ジャスティーンが槍の柄で叩き潰し、マリーが光の波動で砕いた。
戦いの最中、俺のスマホの中で、修復中の%がどんどんと増加していく。
96、97、98……。
「行けっ、セブン様あああ!!」
「99……100!!」
アリトンの城の床をぶち抜きながら、俺達は空中城砦へ到達する。
全くしんどい空の旅だった。
だが、これからが本番だ。




