第六十話 ヨーロッパだこれ!
完全無欠に港町だった。
桟橋は旧いものも新しいものもあって、朽ちてるところは雰囲気たっぷり。
カモメがたくさんいて、空に、その辺の水面から突き出した杭の突端にと、めいめいに留まっている。
ここ一週間ばかり海の上にいたので、潮の香りには慣れていたが、港町と言うのは海とは違う独特のにおいがする。
……というか臭い。
なんだろうな、なんて思って町をみていると、下水管みたいなものがあり、海が一部濁っているではないか。
生活排水やらの下水を、そのまま海に流しているのだろう。
イリアーノの港町は、水が淀んでいた。
いかに聖王国からガルム帝国までの衛生環境が優れていたかの証左だな、これ。
聖王国は、乾燥した気候を利用して、ゴミや排泄物を処理していたし、ディアスポラは熱を利用していた。ガルム帝国は、湿気を利用して排泄物を発酵させて肥料などにしていたようだ。
だが、この国は違う。
そのまま垂れ流しだ。勿体無い。
大体、中世ヨーロッパというのは中東に比べて文明が遅れていた訳だしな。
町並みとか、この国はもろに中世ヨーロッパ! って感じだ。
家は焼きレンガや石積みで造られていて、まだ街道は整備されていない。土が固められただけのもので小石も転がっている。
桟橋から出ると、道往く人々はなんか酸っぱい臭いがする。
中世ヨーロッパだ!
真水が貴重なので、入浴の習慣が無いんだな。
いかに、聖王国とガルム帝国の文化圏が先進的だったのか、これでよく分かる。
だが、道往く人々はなかなかに愛想がいい。
貴重な貿易品を持ってくる船が通うから、金の落ちる町なのだ。
これでもこの国では、かなり大きな町に違いない。
「変な臭いがする国だなあ」
ニナが顔をしかめた。
アイナとクリスもいい顔をしてない。
アイナは足元が怪しいので、終始手を繋いでいるが、なんか臭いだけでフラフラしているようだ。
逆に目を輝かせたのがセレーネだった。
この女、異文化圏とかだと非常に燃えるらしい。
「おおー!! イリアーノですよー!! あの古びた建築様式! 衣類の簡易性! 道往く屋台の洗練されていない料理! そして原始的な垂れ流しの下水!! まさに北部諸国連合の証です! ちなみに、より北部に行くと排泄物は窓から道に投げ捨てますので衛生面はより悪くなりますからね」
「その言葉を聞いて行く気がなくなったよ」
もう、こいつ、グググールを使って検索してるんじゃないかってくらい詳しい。
永年ガーデンを旅して様々な知識を持っているマリーも、セレーネの知識量には一目おいているようだ。
しかも、寄る町ごとに言語を学んだりして、その町独自の文献を読み解き、新しい知識を加える事にも余念が無い。
新しい環境に来るたびに生き生きするのがセレーネと言う子だった。
だが、その失礼な言葉を大声で叫ぶのはやめたまえ。
言語が分かるらしい商人が嫌な顔をしているではないか。
どうやら、イリアーノ王国はかつて、聖王国の文化圏を凌ぐほどの高い文明を誇っていたのだが、衰退するうちに優れた文化をも失っていったらしい。
退化してしまったんだな。
というのも、一説では悪魔にブリードされたと思しき、でかい白人種が在来の人々を駆逐して成り代わったらしい。それで、連中が理解できない文明や文化をぶっ壊したと。
どの国にも事情と言うものがあるもんだ。
今は、新しい人種と元からいた人々が混血している模様だ。
荷卸しや荷捌きを手伝いつつ、言葉の通じるこの国の商人達から話を聞く事にした。
「なんか変わった事とかありませんかぁ」
クリスが見た目に似合わぬパワーで荷物を捌く。
しっかり体を鍛えているから、同年代の女子としてはパワーがある方なのだ。
手伝ってもらっている商人は、年若い女の子の助っ人に鼻の下を伸ばしながら、
「そうだなあ。町の雰囲気はちょっと暗くなってるよ。というのも、黒貴族アリトンが税金を多くしたんだ。知ってのとおり、今のイリアーナは実質的にアリトンの国だからね」
「なるほどぉ。皆さん、お金が出て行って大変ですねぇ」
「そうだなあ。その金を使って、アリトンはほかの北の国々と交渉しているみたいだ。近々人間同士で戦争が起きるんじゃないかって噂だぜ」
「ひゃぁ~、それは大変ですねぇ」
上手い。
クリスが聞き出した情報はなかなか重要なんじゃないかと思われる。
俺? 俺は初対面の人間と話なんか出来ないから、隅っこで荷物を並べてるよ!
アイナは座っての作業が楽らしく、ちょっと離れた場所で、働きに来ている奥さんたちを手伝っている。
山のようなジャガイモの皮を剥いているから、多分差し入れの食事だろう。
彼女も色々聞きだしているようだ。
セレーネは……。
「へえ、この建築様式がまだ!? ほほー! じゃあ、そのクラトスさんという方にお会いすれば、古代イリアーノ王国時代の知識をまだ持っていらっしゃるんですね! あと、お聞きしたいのはこの国の言葉で書かれた文献が……」
自分の欲望に正直に突っ走っている。
ゴーラムと一緒に荷物運びを手伝っているニナを見習って欲しいものである。
ニナは、パワーこそおじさん達には劣るが、その一生懸命な仕事ぶりと明るさで、非常に可愛がられている。
彼女も情報を聞き出してくれているのだろう。
一命を除き、嫁達はいい仕事をしてくれている。
いや、セレーネも凄く助けになってくれるし、頼りになるんだけどね? 時折ポンコツってだけで。
最大戦力と目される勇者達は、例によってフリーダムである。
町のあちこちにめいめい散策に行ってしまったようだ。
言葉が分かるマリーなどはいいのだが、明らかに聖王国語しか使えないジャスティーンはどうするんだろう。どうにかするんだろうな、ジャスティーンだし。
エドガーがどれだけ言語を喋れるのかは不明だ。
「ああ、この言葉はそう言う意味なんですね。発音は……」
アイナが奥様達から言葉を習ってる!!
本当に努力の人だよ、うちの嫁は。
俺は一人、黙々と荷物の整理を続けた。
夕方頃に作業が終わり、情報も集まったようだ。
クリスが腰をとんとん叩いている。
夜にマッサージしてやらねば。
アイナは座って作業しているうちに、それなりに足元がしっかりしたようだ。今は自分の足だけで歩いている。
「とりあえず飯にして、集めた情報をまとめてみよう」
俺が提案すると、みんなそれに賛同した。
どこから帰ってきたのか、マリーとエドガーもやってきて、食事となる。
「ジャスティーンなら、すぐそこの酒場で飲み比べやってたよ。言葉が通じないはずなのにすっかり仲良くなってて、ありゃもう才能だね」
エドガーがけらけら笑った。
ムキムキマッチョ達で通じ合う肉体言語ってやつかもしれない。
俺達は、比較的海から臭いがやってこないところを選んで、飯屋に入った。
個人経営の店のようだが、海産物のメニューが多い。
字が読めない人間のために、メニューには達者な絵で料理が描かれていた。
「あたいはねー、これとね、これ!」
「シーフードパスタですね。あと、釜焼き薄パン」
メニューのイリアーノ語を読み上げたアイナに、クリスとニナ、そして俺が驚きの視線を向ける。
「なんでアイナもう読めるの!?」
「アイナさん凄い……!」
セレーネ的には、新しい土地に来たら真っ先にその国の言葉をマスターするのは常識らしく、きょとんとしている。
「さっき仕事を手伝った奥様達から教わったんです」
えっへん、とアイナが胸を張る。かわいい。結婚……は似た感じになってるな。もうしてる。
「セブン殿、あなたの奥さん達は、思っているよりも出来る子よ」
「はあ、最近それが良く分かってきました」
一番出来ないのは俺だね!
結局、釜焼き薄パン……フォカッチャというイタリアのパンに似てるやつをたくさん頼んで、パスタも三種類ほど大皿で頼んだ。あとはスープ。
これをみんな、めいめいに自分の小皿やスープ皿に取って食べる。
うむ、交易でガルム帝国と直でやりとりしてるだけに、香辛料の類は豊富らしい。しっかり香りがついていて美味しい。
それに、海産物もすぐ目の前で獲れる。
茹で上がった小エビを食べながら、ディアスポラで食った虫を思い出す。
食生活の豊かさでは、ここやガルム帝国の方が聖王国より上だな。
排水が届かない、ちょっと遠目の海で漁をしているようだから、衛生面も大丈夫だろう。多分。
そう言う神経質な事気にしてたらこの世界で生きていけないね!
「大体、アリトンっていう黒貴族がぁ、嫌がらせをしてるみたいですよう」
もぐもぐとパスタを食べながら、クリス。
彼女の希望通り、大変ご飯が美味しい国なので、機嫌もすこぶるいい。しかも夜には俺から腰のマッサージをされる権利を勝ち取っている。
クリスは人当たりがいいので、おじさん達もついつい、ぺらぺらと情報を喋ってしまったみたいだった。
一見して純朴そうな女の子だしな。しかも、イリアーノでも少ない、金髪碧眼だ。この身体的特徴って、聖王国ではアルビノに近いくらいの突然変異らしい。
「聖王国に戦争を吹っかけるかもって言ってましたあ。でも、これってぇ、小国がディアスポラを攻めるのとぉ……被って無いですかねぇ」
「あちらも、黒貴族が仕組んでいる可能性もあるでしょうね」
遊んでいるように見えて、セレーネも情報を集めていたようだ。
「アリトンが戦争に使う資材を集めているようです。だから、この国の一部の食材は品薄になっているようですね。こうして、日持ちがしない海産物の一部やパスタは大丈夫ですが」
干物などの加工食品が買い占められているらしい。
それに、北部諸国からガラの悪い傭兵達が集まってきているとか。
本格的に戦争準備だろうか。
「私が見てきた限りだと、戦争をするのは間違いなさそうね。かつての栄光の時代を文献なんかで知っている層は、栄光を取り戻せ、なんて言って若い衆も集めているみたい」
そういえば、港で働いているのはおじさんやおばさんばかりだった。
若く見えるとは言え、31歳の俺が若手のほうに入るくらいだ。
「おいらはこの町をぐるっと巡ってきたけれど、面白い話を聞いたよ。なあマリー。テンマってのは、おいらが封印された後に現れた勇者なんだろう?」
「ええ。異世界からやって来た勇者で、カラテという技を使い、素手で悪魔と戦った破天荒な男よ」
「うん、そいつの話さ。そいつが封印されているっぽい場所の言い伝えがあったんだ」
エドガーの言葉に、俺達は驚いた。
思ったよりも早く、第四の勇者を解放できるかもしれない。
だが、エドガーはばつが悪そうに頬を掻いた。
「ただね、その場所ってのが問題でさ」
「どこなんだ?」
「黒貴族アリトンの浮遊城砦。この真上さ」
一瞬、港町が巨大な影に日差しを遮られ、暗くなったように感じた。




