第五十四話 女帝陛下の食卓と、悪魔捜索の再開
恐れ多くも、今朝は女帝陛下と朝食を共にする事になった。
なって、しまった。
ああああああああいやだあああああああ縊り殺されるのはああああ!!
というくらい、俺は女帝陛下が怖い。
元々、この世界に来る前はあまりにも女性と縁が無くて、軽い女性恐怖症だったのだ。
俺が魂の根幹で女性が怖いのは間違いない。
そして、女帝ディアナは、美人、気が強い、権力がある、夫を三人縊り殺している、と俺が恐れる要素満載。役満である。麻雀はゲームでしかしたこと無いけど。脱衣麻雀。
無論、ブルっているのは俺だけではない。
「せ、セブン様、不興を買ったらどうしましょうか」
「あああ、こんなことになるならばグレートホーリーであの蔵書をパチっておくのでした……!」
「だだだ、大丈夫だよセブンの旦那! たた、多分大丈夫だって!」
「ふえぇ」
クリスなんかもう言葉が出てこないぞ!!
俺も起床したばかりの頃は、昨夜、上から下から色々吐き出したせいか爽快な気分で、ラシムに向かって、
「昨日は随分お楽しみでしたな」
「あんたが見せ付けるから溜まらない方がおかしいだろう」
「だよなー。それで、どうだった」
「凄く良かった……」
と男二人で共感しあってニヤニヤしたりしていたのだが。
今や、ラシムもジュナも真っ青である。
”縊り女帝のディアナ”と巷で揶揄されているとは、ジュナから聞いた新情報。
情報遅いよ!?
この会食の話を持ってきたのはマリーなのだが、実にありがた迷惑であった。
うちの陣営はコミュ力が低いし、ヘタレなのだ。
上座には、本日も堂々たる美しきドレッドヘア、ディアナ皇帝陛下。
そして彼女の側近らしき男達が数名。こちら側は、マリー、そして何故か次が俺。アイナ、クリス、セレーネ、ニナの順で、ラシムとジュナと続く。
嫁達の順番は、単純に家柄の順番なんだと。
女帝自信は気にしないが、部下がそういった地位を気にする人間なのだとか。
こういう面倒くさいのが嫌で聖王国を出奔したんだがなあ。
「それで、依頼した仕事のほうはどうなのだ?」
本日の朝食メニューは、茹でた鳥をほぐしたものをを使ったサラダ。あとパン。
掛かっているドレッシングが絶品で、昨日とは違う果実をベースにしているようだ。甘い果汁を煮詰めて、それに果実酢を加えてスパイスを一つまみって感じだろうか。
うめえうめえ。
「ふむ、悪魔の名が分かったのか」
「お、おお、仕事が速いな」
部下っぽいおっさんが何か言ってる。
俺はもう顔を上げず、左手側にずらっと並んだ嫁達とだけ会話した。
「今日のドレッシングかなり美味く無いか」
「私、蒸し鶏が美味しいです!」
「でもぉ、ちょっとヘルシー過ぎるかもぉ」
「クリスは体脂肪がちょっと多すぎるんだから、ダイエットしてもいいんじゃないか?」
「えぇっ! も、もしかしてぇ、セブン様、太めの女はお嫌いですかあ」
「太り過ぎじゃなければ好きよ!」
「じゃぁ問題ないですう!」
距離が遠くて、セレーネとニナまでは声がかけられない。
声を張り上げるのも目だっていやだしなあ。
「どうなのじゃ? マリーのお付の者よ!」
何か話しかけられている気がする。無視無視。
「そこの! 答えよ!」
あーあー、きこえなーい!
「なんという無礼な奴め!」
「皇帝陛下の声が聞こえぬのか!」
「即刻この場で首を!」
「まあまあ」
あっという間に大事になった。
やべー。
俺はスマホを通して、彼らの言葉を理解する事ができるが、ここは言葉が分からない振りだ。
「おー、この国の言葉、ワカリマセンネー」
「なんじゃ、この者、言葉が通じぬのか? しかし先だっては不可思議な言語を発したようじゃったが」
「あれは彼が使う魔術よ。朝食の場で大事な魔力を消費したくないのでしょう?」
「ふむ、そう言うことか。魔術師には変わり者が多いというからのう。して、こやつの名は?」
「万魔の賢者、セブンよ。昨日も、悪魔の攻撃から即座に、その悪魔の名前を言い当てたわ」
「おお、なんという知識か!」
あれー、勝手に盛り上がってませんか。
「マリーは悪魔探しの困難さを語っておったが、この者がいれば、難しさも和らごう。期待しておるぞ!」
「ええ、万事お任せくださいな」
余裕の笑顔で返すマリー。
大した役者である。
恐ろしい朝食が終わり、俺達はどっと疲れて部屋に座り込んだ。
もう今日一日動きたくない。
だが仕事はこれからなのだ。
また、二足歩行の陸上タイプの何だか分からない鳥……現地語では、ボコチョというらしい……に引っ張られてネコ車に乗る。
昨日の農園を回って、今度は田んぼの周りを走るのだ。
雨の多い土地だからなのだろうが、水を滔々とたたえた水田は、水面に青空を映しこんで美しかった。
日本の原風景ですなあ。いや、というか東南アジアの水田みたいな感じか。それはネットの写真でしか見たことがないけれども。
この田んぼには、あちこちにでかい排水路があって、贅沢に水を排出している。
水源に困らない国なのだろう。
「それでも、自生している植物はみな、毒を持っているのよ。それを毒が無いよう、可食部が増えるように品種改良して、栽培を行っているのがこの帝国なの」
なんと、その辺の木の実を取って食うなんてことが出来る世界ではなかったのか。
全ては現地の人々の努力の賜物だったのだ。俺はそう言うの出来ないので頭が下がる思いである。
近くの大きい民家で飯を作っていたので、金を払って軽いおやつを作ってもらう。
米にお湯をかけて、甘辛いふりかけみたいなのを乗せた食べ物だった。
茶漬けだな。これはこの国だと一般的な朝食なんだそうだ。
城が豪勢過ぎるんだな。
みんなで足を止めてここでさらさらお茶漬けを食う。
城の朝食は食った気がしなかったもんなあ。
「旦那! このふりかけうまいな!」
「だなー。飯が進む……と、ニナ、ほっぺたに米が」
「お?」
俺が米粒をつまんで食うと、それを見ていたアイナとクリスが羨ましそうな顔をした。セレーネはセレーネで、食べながら時折、この辺の風景を、わら半紙のメモ帳みたいなものにスケッチしている。
ラシムはと言うと、ジュナといちゃついていた。
うむ、存分にいちゃつけよ。
俺はほっこりする。
しかし、こうやって賛美歌を流しながら田んぼをぶらついているが、手がかりは無いな。
昨日、雨を降らせた程度には俺達を監視できているのだろうから、そこまで遠く無い場所に潜んでいると思うのだが……。
「セブン様、私、聞いてみましょうか」
簡単な挨拶や質問文などをマリーから習ったらしいアイナが立ち上がった。
心強い! やってくれたまえアイナ君!
物怖じしないアイナが現地人に突撃して行った。
彼女の容姿なら、相手に警戒心を抱かせないだろう。
掴まえたのは現地人のおばちゃんだが、たどたどしくオーバーアクションで質問するアイナにほっこりした様子で、始終ニコニコしていた。
「セブン様ー!」
「お疲れ! どうだった?」
「この辺だと羽の生えた人間みたいなのは見かけてないそうです!」
昨日、天使の姿と口にしてから周囲の反応がおかしかった。
どうやら、天使と言う概念は無いらしい。
教会も存在するが、そこに祭られているのはキリストではないようだ。
昨日、ジュナが発していた名前があったような。
「なあラシム。ジュナさんが信仰しているのって誰だっけ」
「ん? ジュナの信仰は当主ルシフェルだ。決まっているだろう。聖王国やディアスポラでも信仰の対象は変わらないはずだぞ」
ルシフェルってのは四大魔王の一人だったり、俺の世界だと堕天使でサタンの別の名前だったりするんだけどなあ。
この世界において、神と入れ替わって信仰対象になってしまっているわけだ。
で、信じてる連中は自分たちが、悪魔の総大将を崇めているとは気付いて無い、と。
教会の様式なんかは、完全に俺がいた世界の様式と同じで、あとは建築のレベルが違う程度に感じるんだけどなあ。
なので、この世界では神がいなければ、当然天使の姿という概念も存在しない。
ブロケルの姿は唯一無二の翼人間なのだ。
俺はグググールアースを立ち上げて、今の位置を確認してみる。
昨日走った農園とはちょっとずれた方向だ。
ブロケルは水と温泉を司るので、そういうものに縁がある場所がいいのではないかと思うのだが……。
水田が違うとすると、あとは温泉でも無ければ探しようが無い。
グイッと縮尺を拡大すると、それぞれの路地まで分かる程度の倍率になる。
画面をフリックしながらどんどん移動していく。
帝国はとにかく広い。
畑や水田を有しているので、聖王国の倍くらいの敷地があるのだ。
ちなみに農場は城壁の外になる。途中で城壁が解放されており、畑や水田が多いこの地域へ続くのだ。
「温泉、温泉……」
俺が呟いていると、ジュナが反応した。
「温泉と言うと、地面から熱い湯や泥が吹き出すところでございましょうか、ご主人様」
「え、あ、お、そ、そう」
まだ仲間になったばかりの女性なので、話すととても緊張を強いられる。
だが、その返答で充分だったようだ。
「この地から少し離れはしますが、近頃発見された温泉がございます。それは、洞窟になっているのですが」
「ジュナ、それはまさか」
ラシムがオドロキに目を見開いた。
それよりもお前、さっきからもうジュナを呼び捨てにしてるのか!? どれだけ仲が深まったんだ。昨日の今日だぞ!?
俺の内心を他所に、ジュナは決意の表情で頷いた。
「はい、街の外れの洞窟……。私の前の夫が赴き、死んだ場所です」




