第五十三話 南国の長い夜
悪魔ブロケルの仕業と分かってしまっても、事が簡単にならないのが世の中というものでございまして。
フールフールの時も、当たりをつけつつ、怪しい場所を総ざらいしたなあ、と思い起こす。
あの時は、屋台の食べ物が美味しかった。
そしてラシムと言うムキムキと知り合えたのが一番の収入だったかもしれない。
そもそも、俺は悪魔と関わっている時、すべからく無収入である。
無報酬でこき使われているのである。
いや、女の子たちの安全のために戦うケースが多いのだが。
ということで、城へ帰還してきた俺達は、ラシムが女連れになってしまったので別々の部屋に。
これはこれで、存分にうちの女の子たちといちゃつけるのでいいんだが。
ジュナが、城を見て目を白黒させていたのが印象的である。
そういえば俺達が、女帝に仕事を依頼されている話はしてなかったな。
とりあえず夜の仕事をこなすと、やっぱり身動きが出来なくなったので、比較的元気なニナがマリーを呼びに行った。
「セブン殿はきっと、体を鍛えたほうがいいわよ。四人も妻がいると体が持たないわ」
「はあ、じ、実感、してます」
全ての努力を蛇蝎の如く嫌う俺だが、ここは努力せねばならないかもしれない。
なにやら余計な事に、精力回復の魔術まで使ってくれたようで、もりもり元気が沸いてきた。
ただまあ、どれだけ精力があっても、この貧弱な身体は過剰な運動に耐えられない。
どうやって鍛えたものだろうか。
「今度、基礎訓練のメニュー作ってあげるわね。セブン殿の奥さん達だと、クリスちゃんとニナちゃんが一緒にこなせるんじゃないかしら」
うちの体力チームか。
彼女達と一緒なら、辛い基礎体力作りも頑張れるかもしれない。
よし、頑張ろう、主に夜の生活のために。
「旦那が運動するの? じゃああたいも手伝うからね!!」
ニナが元気だ。
アイナやセレーネと言ったノット体力組は、既に夢の世界へ旅立っている。
クリスはクリスで、彼女の好きな内容が非常に体力を消耗するものなので、意識はあるもののぐったりしながらぼーっとこちらを見ている。
ニナは若さだろう。
なんか寝る前なのに、精力回復で元気が出てきてしまったので、軽くテラスでストレッチなんかやる事にした。
マリーから最低限のやり方だけ教わって、ニナと二人で体操する。
「暗いかと思ったけど、月と星が出てるから明るく感じるね!」
ニナはちょっとテンション高めである。
確かに、この世界の夜空は綺麗だ。
月や星の明かりを邪魔するものが存在しないので、大気を通してその輝きが地上に届いてくる。
南国の空気は水分を含んでいるから、その輝きもやや揺らいでみえるけれども。
蒸し暑かったが、風がそよぐ外に出てしまえば、そうでもなかった。考えてみれば天然の緑のカーテンである。
「気持ちいいねえ、旦那ー」
俺の背中を押して、伸びの運動を手伝いながら、ニナが笑う。
「だなあ。夜にこうやってるのも楽しいかもなあ」
夜の生き物の声だけが響く薄闇。
こうしていると、色々な事を考えてしまう。
「今回の事件を解決したとして、次はどうしようかねえ。何処に行けばいいんだろうなあ」
「どうだろうなー。あたいは元々根無し草だから、旦那が色んな所に連れてってくれるのはありがたいんだ。どこに行ったって、どんな事になったって、旦那に会う前よりは全然いいんだもん」
ニナがちょっと体重をかけてきたので、俺は体を深く曲げてしまい、ぎゃっと悲鳴を上げた。
体が硬いおじさんんにはきつい。
「アイナやセレーネやクリスだっておんなじだと思うぜ。あいつらだって、国じゃちゃんとした居場所が無かったんだもん。それが旦那と一緒だと、毎回命が危ないかもだけど、きちんと居場所って言うものがあるんだ。あたい達、ここにいていいんだなーって思うんだ」
「そっか。そう言ってくれるとすげえ嬉しいんだけど、俺って何にも考えてないぞ」
「だと思うなあ。あたい達も、正直旦那の事がよく分からなくなる時があるもん」
ひとしきりストレッチを終えると、ぶわっと汗が出てきた。
しまった、飲み物を用意して無い。
ニナに取りに行かせるのも悪いから、俺が行こうと立ち上がったら、水差しが向こうからやってきた。
「はい、お水ですよぅ」
クリスだった。
体力がちょっと回復したらしい。
彼女は木の器に水を注いでくれて、俺はそいつをがぶがぶ飲んだ。
生き返る。
「何のお話をなさってたんですかあ?」
「いや、なんか色々とだよ」
「あたい達、旦那の事何にも知らないねって、そう言う話!」
部屋の中で、アイナとセレーネの気配もした。
動けないまでも、耳をそばだてているのかもしれない。
「私も聞きたいですう。セブン様の事を知りたいなあ……」
「何も面白い事なんて無いんだけど……それでもいいの?」
「あたい達の今までだって面白くもなかったんだもん。それくらいで責めないや」
「よーし、じゃあ、ここに来るまでの話をしよう」
まさか身の上話をする事になるとはなあ。
まあ、全員身内になったことだし、ここらで腹を割って話してもいいのかもしれない。
俺は生まれてから一度も、他人に腹を割って会話した事なんて無いが。
「俺は、別の世界から来たんだ。これは知ってるよな」
ニナとクリスが頷く。
別世界から、いきなりジャスティーンが封印されている世界にやってきて、あいつの力で内側から封印を破って登場した、というのが、彼女達からの見方。
「この世界に来る前はな、俺も君達と同じで、そりゃーひどかった。いや、もっとひどいかもしれない」
「え、またまたぁ」
「嘘じゃないって。だって、女の子とまともに喋ったの、アイナが生まれて初めてだもの」
「えぇー!」
クリスがびっくりしている。
そりゃそうだろう。この世界なら、結婚して子供が成人一歩手前でもおかしくないような年齢で、まだ女と喋った事すらないのだ。
「それに、友達だってジャスティーンが初めてだ。生まれて31年間、親とくらいしかまともに会話できなかったなあ。んで、親の伝手で、倉庫の番をして、それをパソコンっつーんだけど、そういうスマホの親分みたいなので管理する仕事をしてた。報告書を出すだけで、一日誰とも会話しないし、荷物を持ってくる業者としか顔を合わせない仕事だ」
趣味は読書とネットサーフィンだった。
一時期はマンガや小説を書こうと思ったが、できなかった。
俺は根気が無かったし、人生経験ってものをまともにやっていないから、作中の人物がどうやって行動してるのか、とか想像できなかったわけだ。
それで、まったりと享受するする側に回り、コンテンツを消化しながら生きて来た。
過去に良い事なんか一つも無く、先に展望なんて何も無い。
まあ、ある意味よくあるそんな人生だったわけだ。
そして、突然スマホが光って召喚された。
スマホは光る前に、何かのアプリをインストールしていた気がする。
「こんなもんだ」
「ほえー、見事になんもないな、旦那。それでも毎日のご飯が食べられるだけ良かったのかもな」
「まあそうかもなー。でも人間って、飯食ってるだけだと生きていけないんだぞ。潤いが無いといけないんだな」
それが俺にとって、読書やネットだったわけだ。
まとめサイトのコメント欄、匿名での罵り合いや誹謗中傷合戦、楽しかったなあ。生きてるって感じがした。
「セブン様もご苦労なさったんですねぇ」
ちょっと目を潤ませてクリス。今の話を聞いて、どの辺りが苦労だったんだ?
そもそも、こっちの世界に来てからコミュ障は改善し始めてるし、こうして嫁も出来て、友達だって出来た。初めて人から信頼されるようにもなった。
この、おかしくなったスマホの力のお陰なんだが、俺はようやく生きる事が出来るようになった。そう思っている。
まあ、でも、だからって人間の性格は変わらないけどな!
俺は面倒ごとは嫌いだし、責任を被せられるのは嫌いだし、すぐ根に持つし、基本ネガ発想だし、気弱だし、色々弱いままだしな!
個人的には彼女達と結ばれた事で、このまま平穏に暮らして行きたいんだが、そもそも平穏な暮らしなんて知らない俺は、この先どうやればいいのか想像も出来ない。
なるようになるだろう。
適当に行こう。
下の部屋のテラスから、ハッスルする男女の声が聞こえてくる。
すげえなラシムとジュナ、まだ頑張ってるのか。
俺はなんかもう今日はいいや。
何故か、ニナとクリスがぺたっとくっついてくる。
「暑くない?」
「いんだよ! あたいは今日はこうしてるの!」
「私、セブン様なら暑くてもいいですぅ」
俺はちょっと頬が緩んだ。
部屋に戻るとき、少しだけ、元の世界に置いて来たうちの両親の事を思い出した。




