第四十話 ようやく平穏な温泉暮らし
三日目。
何も無かった。
素晴らしい!!
なんで温泉までやってきて、あんなに精神的にも肉体的にも大変な事をしなくてはならんのだ。
いや、肉体的なほうは非常に良かったのも確かなんですけれども。
アイナが予想していたのは、この温泉郷で起こった出来事が、聖王女様の差し金であろうという事だった。
確かに、俺たちは選択の余地などなく絶倫の湯に叩き込まれたわけだし、お陰さまでクリスとセレーネを見ると、二人が俺を見つめる視線に何となくピンク色のオーラを感じるよ!!
現実世界では、ハーレムとかええなあ、なんて息子を元気にしながら読んでいた物だが、いざ自分がなるとあれだな! 心労がすごいな!
しかも、俺にとって間違いなく正ヒロインであるアイナとは、不完全という。
で、あれか? ニナも抱かないといけないのか? むむむ。
「何がむむむですか」
唸っていたらアイナに突っ込みを入れられた。
「いやさ、本当にいいのかなって」
すると、アイナは難しい顔をして、唸った。
「正直良くは無いんですけど、仕方ないのです。私も最終日までには回復できるように頑張ってますから、最後は派手にお願いするつもりです!」
「えっ」
随分と顔色もよくなり、肌艶もよくなってきたアイナである。
帰りの日程を考えると、明後日であろう。そこで仕掛けてくると、そう言うわけだ。
おれは今日、明日と平穏に過ごして英気を養わねばならない。
「おお! ゴーラムは賢いな!」
『ま”』
なので、ニナをつれてドラゴンのところまで行き、今日も日暮れまで彼女とゴーラムが戯れるのを見て過ごした。
きちんと滋養の湯に入り、夕飯を食い、そして早く寝る。
セレーネとクリスの誘いには乗らんぞ!
四日目。
何も無かった。
素晴らしい、素晴らしいじゃないか。
確かにDTであった頃の俺は、初日、二日目のようなサクセスを望んで止まなかった。
願っても望んでも、コミュ障であった俺には得る事ができない禁断の果実だったのだ。
時には、届かぬ果実を罵倒する狐の如く、酸っぱい葡萄である、などとかっこつけたりもしてみた。
だが、経験してみると、一人は一人でいい。
慌しい時間を過ごし、常に誰かと一緒だったせいか、こうして何もしないでぼーっとしている時間が実に心地いい。
「セブンの旦那ー、行くぞー!」
「お?」
気が付くと、タオルを丸めたボールが飛んできていた。
俺はそいつをなんとかキャッチすると、向こうでニナが手を振る。
「投げてー」
「ふむ」
一日ぼーっとして、ちょっと体が鈍ってきていたところだ。
ほどよい運動くらいならば良かろう。
「よーし、行くぞー。俺の殺人ボールを受けてみろ」
「わはは、なんだそれー!」
俺は全力で、タオルを丸めたボールを放り投げた。
見事なヘロヘロボールである。
「来たなー!!」
ニナが走って、俺が見当違いの方向に投げたボールに飛びつく。
「お返しだー!」
「うわー、すげえ方向に投げるなあ!」
ニナも割りとノーコンである。
俺も必死に走って、ニナのボールを追いかけた。
俺達の間を、子犬みたいにゴーラムが、人差し指と中指で走り回っている。
もう、こいつはペットである。
そんな感じで、この日はずっとニナと遊んだ。
セレーネとクリスの姿が無い。
アイナと一緒に何か企んでいるのではないだろうか。怖い。
夕食でそれとなく聞いてみたが、三人でおほほほほ、と笑うばかりで教えてくれなかった。
何だこの団結力。
五日目。
俺は目覚めた時、久々にスマホを起動した。
この二日間、なんと俺はスマホをいじらなかったのである。
題名に偽りありである。
更新情報を見ると、幾つかのアプリが更新されていた。
ゲームアプリで、スロットを回すようなのが入っている。
俺はあまりこういうのは、やらないのだが。
あちらの世界のニュースをチェック。
まとめサイトを見てみると、俺が見ていたアニメに出ていた声優が何かやらかして捕まったらしい。
あちらも世界が動いている。
思えば遠くに来たものだ。
俺は起き上がり、朝風呂に向かい、遠くで転寝するロックドラゴンを見やった。
「さあ、セブン様。私の体調は万全です。いざ!」
俺の正ヒロインはこれ以上の現実逃避を許してはくれなかった。
五日前とは見違えるほど血色のよくなった顔は、頬もふっくらとしてつやつや輝いている。
鎖骨から首筋がむき出しの、温泉郷専用の着物は、否応無く彼女がどれほど健康になったのかを教えてくれた。
間違いなく、来た時以上……いや、俺が出会って史上最高の健康度合いかもしれない。
やつめ、今日に合わせて最高の状態で仕上げてきやがった……!
俺はスマホで時間を確認する。
午前七時……。
朝である。
実に朝だ。
「こんな時間からやる気か……!」
俺は牽制する。だが、彼女は不敵に笑った。
「体力が万全な時間だからこそ、やらなければいけないんです!!」
一歩も引かない。
「アイナさん、頑張ってください!」
「アイナさぁん、ファイトぉ!」
彼女のサポーターが口々に応援する。
俺の味方かもしれないニナは、抱き枕ゴーラムを抱っこしたまま未だ夢の中である。
退路は絶たれた。
仕方あるまい。
俺は三人を連れて、始まりの泉へと赴いた。
チャンピオンは挑戦を受け付けたのである。
そして、朝っぱらからハードな戦いが始まった。




