第三十七話 今日こそはゆっくりしよう
「大変申し訳ありませんでしたッ」
なんだこれ。
アイナも戸惑っている。
セレーネが膝を突き、アイナの前でひれ伏していた。
土下座だ。DOGEZAである。
「わ、私は……温泉の魔力に当てられて、自らの劣情を抑える事ができなくて、うううう」
あ、マジ泣きだ。
俺達の温泉郷二日目は、こんな状況から始まった。
昨晩、俺はセレーネに押し倒されてしまったのである。
まさか屋外とは……。
すっかり搾り取られて俺は賢者であった。
全てが終わった後、我に帰ったセレーネの顔が、桃色に上気したものから真っ青になるのは凄かった。
そんなこんなで、今朝方目覚めてきたアイナに、セレーネが謝っている。
あれ、俺には?
「セブン様はあ、途中からノリノリだったじゃないですかあ」
クリスの声に抗議の色が濃い。
え、そうだっけ!? あの精力増進温泉、やばいなあ。正気でなくなるぞ。
「も、もういいから、ね。セレーネさん、顔を上げて。私だって別に、セレーネさんに先を越されたわけじゃなくて、先のほうは入ってたから、ね」
アイナが実に品の無い慰め方をしている。
「ううう、ですが、私は、私が情けないです……!! これでは大人になったなんて実感がありませんっ」
あっ、またマジ泣きだ。
本日の俺、妙に冷静である。これ以上無いくらいに賢者モードだ。
それだけ昨晩はお楽しみしてしまったわけだが。
そんな光景を全部ありありと見たクリスはもう、大変だった。
茫然自失のクリスと、青ざめて今にも気絶しそうなセレーネを部屋につれてくるのも大変だった。
賢者モードはパワーとか情熱も奪ってしまうな。
今の俺は実にクールだ。
「ほら、セブン様だってあんな微妙な顔してる! だから気にしないで、セレーネさん! 私もその分あとで取り返すから!」
後で取り返すとな。
アグレッシブな。
「んー? なんでセレーネ泣いてるのさ? それよりも温泉いこうぜ、セブンの旦那!」
『ま”』
朝風呂のお誘いである。
アイナから目配せで、行っていいという許可をもらったので、俺はニナと二人で朝風呂に向かった。
途中、番頭さんにお願いする。
「その、精力増進、は、困るんですけど」
「あっ、そうだったんですか!? 女性が四人もいらっしゃったんで、てっきりそっちがいいかと思って、精力増進効果が一番大きく発揮できる、当温泉自慢の絶倫の湯に案内したんですけど」
お前が原因かあああああああああ!!
「あの、こ、子供もいるから、ね」
「ぶー! 旦那、あたいはもう子供じゃないぞお!」
「ははあ、かしこまりました。では体力回復に効果の高い、滋養の湯にご案内いたしましょう。ちょうど利用されていたお客様が発たれましたので、お客様達運がいいですよ」
ちょっと湯の温度は低いとの事だったが、それならアイナやクリスも入れるだろう。
何より、アイナの体調回復が一番の目的だったはずだ。
図らずも、俺とセレーネの卒業の旅になってしまった。
弱点は、温泉卵ができない事らしい。
ニナが悲しそうな顔をしたので、途中で出来立ての温泉卵を買っていった。
二人で風呂の淵の岩場に腰掛けて、茶と一緒に温泉卵を食う。
美味い。
湯の具合もややぬるめ。
スマホの水温計アプリで調べると、38度だった。悪くない。
「今度もちょっと深いかな? 旦那、浅いところ無い?」
「よし、俺の膝に座るといい」
「わーい!」
俺はニナを膝の上に乗せて一緒に温泉に入った。
完全に親子だ。
ニナはゴーラムを抱っこしているが、手を離すと、こいつは器用に温泉の底をふわふわ歩き回る。
こっちの温泉にもカニがいるようで、またゴーラムとカニが押し合いを始める。
仲いいなあ。
「なあセブンの旦那」
「うん?」
「みんな大丈夫かな。ここで喧嘩したりしないか、あたいは心配だよ」
「うーん、あれを見ていると、大丈夫なんじゃないかな……」
「そうだといいなあ。あたい達、集まったばっかりの頃はみんなどうしようもなかったけど、それなりに上手くやって来たじゃん。だから、なんか今だと、家族みたいに思うときもあってさ、バラバラになっちゃうのとかいやなんだ。アイナの時みたいにさ」
「ああ……。俺も、ああいうのは、いやだな……」
ニナも色々考えているのだ。
俺達は変な心配をかけないようにしなければならないなあ。
俺達二人がそんな話しをしながら湯に浸かっていると、話がついたらしい三人娘がやって来た。
番頭さんに案内されたらしい。
セレーネが何やら入る前にクリスと喋っていて、洗い場で念入りに洗っている。
うむ、そうだよなー、と思いつつ。
さほど熱くない湯で安心したのか、アイナが肩まで浸かりながらこちらまですいすいやってくる。
泳いではいけないぞ。
「セブン様、いい湯加減ですね。なんだか昨日の温泉よりも、体が楽になる気がします」
「そうだろ? 今日は、ちゃんと体力回復をさせてくれる温泉なんだ。昨日は番頭の野郎、絶倫の湯に俺達を案内しやがった」
「ああー、それで……」
アイナが遠い目をした。
長時間入っていた、熱い湯好きのセレーネがやられたわけである。
「とりあえずですね、セブン様。私はしばらくお酒はやりません!」
突然アイナが宣言した。何事だろう。
「セブン様の事をいつでも視界に留めて置けるようにって思ってなんですけど、重すぎますかね?」
その笑顔は重いなんて思って無いな。
俺の答えだって予想してるんだろう。
「そんな事は無いよ。パンツを替えてもらった仲だろ。これ以上深い関係はなかなか無いって」
「ですねえ」
セレーネとクリスも湯船に入ってくる。
俺は彼女たちも招き寄せて、一番深くなる中央あたりで、みんなでのんびりすることにした。
そうそう、これ、こういうのでいいんだよ。
骨休めなのだ。エッチなハプニングなどいらないのだ。
俺は少しだけ深く、湯に肩を沈めた。




