第三十六話 温泉宿に潜む伝承の欠片
源泉の熱湯を使って調理したと言う、蒸し野菜や、水炊きに似た鳥の煮込み料理などが出た。
この地域はパンなどを作るよりは、直に炊いて食べるタイプの麦を常食としているようだ。
これはこれで、歯ごたえが楽しい。噛み締めていると味も出てくる。
これに、温泉卵をほぐした奴を載せて、鳥の煮凝りを乗せてからお湯をかけて食べる。
美味い。
「おふぁわり!」
ニナが木製の匙を咥えながらおわんを差し出した。
「ニナ、行儀が悪いですよう」
クリスはニナを嗜めながらもたっぷりと麦飯をよそってくれる。
そう、麦がぎっしり詰まっているのはおひつだった。
特殊な食文化が、結果的に収斂して二本の食文化に似てしまったのだろう。
こんな料理、聖王国では何処でだって食べる事ができなかった。
豊富な湯量を誇る温泉地帯だからこそ、この水をたっぷり必要とする料理の数々が生まれるのだろう。
「でも正直、そこまで期待していなかったんだけど美味いなあ」
「あら、セブン様、この地域の料理は、聖王国の三大美食に数えられるんですよ」
俺の言葉に答えてくれるセレーネが、何だか今日はやたらと色っぽい。
アイナとクリスは俺達を見ながら、もぐもぐやっているが、とにかく目が怖い。
「ま、まあ二人とも、今日は無礼講だから呑んで呑んで」
俺は、この土地ならではの麦酒を彼女達のマグに注ぐ。
独特の香草で香り付けがされた麦酒は、一見すると濁ったビールなのだが、味わいが別物だ。
酒を飲みなれてない俺が言うのもなんだが、ほかの酒と比べてとろっとしていて甘い。
「ブレイコウですかあ」
「ま、まあ、間違いなければ私はいいんですけど」
二人は俺が注いだ麦酒を口に運び、ごくごくと飲み干した。
アルコール度数は弱いようだが、どうだろう。
クリスは酒に強いし、きっと大丈夫だろう。
「セブンの旦那、あたいもあたいも!」
「仕方ないなあ、今日だけ、だぞ」
ニナのマグにも注いでやる。
「わーい!」
頬を緩めつつ、一気に中身を干すニナ。一気とは剛毅な。
「セブン様、私も……」
何だかやたら色っぽいセレーネにも注いであげる。彼女はちびりちびりと酒を口にする。
ビールと違って苦味も無いので、そういう飲み方もありなのかもしれない。
「おいし……」
俺の耳に吐息を吹きかけるセレーネ。一瞬ゾクッとした。
絶対おかしいぞセレーネ! 精力増進効果がめちゃくちゃ効いてるんじゃないのか!?
そんな風に食事を進めていたら、酒が回ってしまったようで、アイナとニナがダウンしてしまった。
いい加減腹もふくれてきていたから、俺達は二人をベッドに寝かせる事にした。
食事が下げられると、本格的にやる事が無くなった。
あちこちに点されたかがり火が、夜闇に沈んだ温泉郷を照らし出している。
一見すると岩場なのだが、あちらこちらに、温泉に適応した潅木が顔を覗かせている。
外を見ながらぼうっとしているとだ。
「セブン様、ひとつ、夜の遊びに出てみませんか」
「どういうこと?」
セレーネはウィンクした。
「明かりが照らし出す岩を見ながら、温泉宿の近くを歩くんです。宿を訪れる方々には有名な遊びなんだそうですよ」
歩き回るのが遊びなのか。
俺は首を傾げた。
「あの、そ、それじゃあ、私もご一緒しますう!」
そういうことになって、三人で夜の温泉郷に繰り出した。
寝ている二人の護衛はゴーラムに任せる。
宿に言えば松明を貸してくれるのだが、俺にはスマホがある。
照明アプリを使って前方を照らしつつ、のんびりと三人で歩く。
うーむ、何が楽しいんだろう。
あちらこちらにある岩は、それぞれ個性的な形をしている。
ちょうど人が隠れられるくらいの大きさだ。
遠くに見える岩の丘みたいなのは、ロックドラゴンだろう。
たまにぐらりと動く大きなドラゴンを見やっていると、急にクリスがしがみついて来た。
「う、うわ、ど、どうしたの」
「セブン様、その、その、そこの岩陰で……」
ゴニョゴニョ言うのだが後のほうが小さくてよく分からない。
え、岩陰? と思って顔を伸ばしたら、おっと、宿泊されている男女が真っ最中であった。
あー、遊びね。そう言うことね。と納得。
すると、クリスばかりでなく、セレーネまで俺の背後を取って、あろう事か体を押し付けてくるではないか。
「どうですか、セブン様も……あの方々に倣って、遊んでみません……?」
やべえ!
今日のセレーネはやばい!
俺は半笑いで誤魔化すと、二人をくっつけたこの場をやり過ごす事にした。
どうしたもんかと考えていると、先頃入っていた温泉の近くに到着する。
ふと、目の前で緑色の輝きが奔った。
そいつは温泉から上がってくると、てくてくとこっちに近寄ってくる。
非常に小さい。ちょうどカニくらい。
カニだった。
俺のスマホも、左上のLEDランプが緑に輝き、カニと共鳴している。
むむむ、やはりこのカニ、伝承の欠片だったのだ。
聖王国の至る所に、勇者カイルが残した伝承の欠片が眠っている。
この温泉にも、カイルは立ち寄ったのだろう。
「あっ……」
セレーネが驚きをあらわにした。俺の肩を掴む力が強くなる。
俺も目を見開いた。
あちらこちらのに湧き出した露天風呂のあちこちから、緑の輝きが姿を現す。
彼らは、俺のスマホの光を見つけると、ゆっくりと集まってきた。
カニだ。
全てがカニだ。
彼らは、点灯しているものと点灯していないものが存在した。
そして、点滅しながら、まるで彼ら全てが一塊の意思を持っているかのように、規則的に光り、光を消し、そしてまた光る。
消えた姿はゼロ。
点灯して1。
おびただしい量のカニは、温泉郷を埋め尽くし、点滅を繰り返す。
俺はその姿に二進法を連想した。
そして、俺の考えを証明するかのように、スマホはこの伝承の名前を教えてくれる。
”ラプラスの魔錠”
一体この光景が何なのか、カニたちこそがラプラスの魔錠なのか、それとも、彼らはその力を受け継いでいるのか。詳しい事は何も分からない。
だが、伝承に謳われる欠片の一つは、この温泉郷に存在していた。
夜の遊びに繰り出していた宿泊客たちもこの光景に気付き、あちらこちらで感嘆の声があがる。
スマホの液晶の中で、見覚えの無いアプリがインストールされていく。
まるでラプラスの魔錠と共振するように、カニ達が点滅を繰り返すごとに、インストールの%が増えていく。
表示されている画面には、ラプラスの魔錠という文字だけで、その効果などは分からなかった。
やがて、表示がインストールの終了を告げると、カニたちは光を失い、ゆっくりと元いた温泉へ戻っていくのだった。
「この温泉郷、意味があったんだな」
「どうなさったんですかあ、セブン様?」
「いや、ちょっとメタな気持ちになって……」
「世の中に無駄な事なんて無いんですよ。あのカニたちも、もしかすると、セブン様をずっと待っていたのかもしれませんね」
セレーネの言葉を聞いて、俺はちょっとしんみりしてしまった。
俺がこの世界にやってきたのは、ああいう、歴史から忘れられてしまった連中をまた、表舞台に出すためなのかもしれないな、なんて思った。
「だから、ね、セブン様。きっと私達だって無駄だってことは無いんです。この湧き上がってくる気持ちも、抑え切れない熱さもきっと必要なものなんでしょセブン様……!!」
「え、あれえ? セレーネさん、ど、どうしたのお?」
「おおお、落ち着こうかセレーネ。早まるのはよくない!」
「早まってなんかいません! 私の冷静な脳細胞が告げてるんです! 今がその時なんですよ! ねえ、クリスさんも! ほら、セブン様だってこんなに元気に……!!」
「ひえええええ」
「きゃああああ」
せ、セレーネが壊れたーっ!
湯上りな俺達が身に纏っているのは、寝巻きにもなる簡素な衣類なわけで。
クリスはセレーネの勢いに押され、泡を食いながらへたり込む。
俺はと言うと、身長差を利用されてぐっとのしかかられてですね……!
唇に柔らかいものを押し付けられた。
あ、これダメな流れや。
こんな時に限って、我が息子は己の有り余る元気を誇示している。これはどうにも、俺の理性のたがも限界のようで……。
かくして、俺は不本意ながらも魔法使いを脱する事になった。
いや、アイナとのあれもカウントに入るんだろうか?
七郎、魔法使いを脱す!
ちなみに定義上は、アイナとの一夜の時点で脱DTという扱いになるようです。




