第三十二話 行くぞゴーラム(ただし左手だけ)
完全にジャスティーンは洗脳されたようである。
奴は単純おばかの気配がしていたので、これはまあちょっと仕方ないかなーなんて思うが、洒落にならない状況が加速したことだけは確かだ。
「ああああああああああ! セブン様ああああああああ!!」
多分その叫ぶのは俺の役割だったはずだけど、君が代弁したのでちょっと冷静になったよアイナ!
あと、この感触はお前また、しかもよりによってウェディングドレスで漏らしたな!!
俺達の脇や背後を、恐慌状態になって参列客が逃げていく。
そりゃあそうだろう。突然チャンチャンバラバラと戦闘が始まったのだ。しかも、ダン公爵のはずの男が、魔法を使って周囲に武器をまとわせて。何よりも、天井を破ってきたこの男がいる。
俺達の目の前で大槍を構えながらゆっくりと振り向いてくる男、勇者ジャスティーン。
ネームドと俺が呼ぶ、固有名付きの極めて強力な悪魔を、正面から粉砕するほどの強さを持つ人間兵器である。
それが俺達に牙を剥こうと言うのだから、これは実に危ない。
「さ、下がれ!」
俺は必死に声を張り上げ、クリスとセレーネ、ニナを下がらせる。
クリス、そのショートソードはなんだね。膝が笑っている状態で前に出ようとするとか、
「せせせせせ、セブン様は私がまも」
「ヌガアッ!!」
ジャスティーンの槍が空を走った。
当たれば悪魔だろうと無事では済まない一撃が、クリスの頭を吹き飛ばそうとして、ぴょいんと飛び跳ねたゴーラム(左腕)に受け流された。
「ひゃあああああ」
クリスが腰を抜かした。
腰を、抜かしやがった、おばかああああああ! 避難できないじゃーん!!
そして今回、パンツの替えなど持ってきていない。残念だが、アイナ、クリス。パンツの具合が悪いままでこの場を乗り切るぞ!
「ガアアアッ」
「あっはっは! 勇者と私の二段構えの攻撃をどこまで凌げるかなセブン!」
大振りなジャスティーンの攻撃、そして隙を突いて女の子を狙ってくる嫌らしいダンタリオンの空飛ぶ武器!
さらに、俺をピンポイントで狙うダンタリオンの魔法!!
ゴーラムが必死にぴょんぴょん跳ねて攻撃を受け流しているが、明らかに手が足りない。
アイナへの武器攻撃と、俺への魔法攻撃が同時に重なり、ゴーラムが躊躇する様子を見せた。俺は無意識下でアイナを優先させる。
その直後、俺を炎の塊が焼いた。
うわ、俺死んだ!!
と思った瞬間だ。
ポケットに入っていた藁人形……いや、身代わり人形が燃え上がり、ぽてころ、と地面に落ちた。
も、持っててよかった身代わり人形!!
「なんと! 本当の効果がある身代わり人形なんて、どうやって手に入れたんだ!? 万分の一の確率でしか生まれない遺失技術だろうそれは!」
知らんわ!
だが、ダンタリオンが少しばかり驚いて、攻撃の手を緩めてくれた。そのお陰で僅かに隙が出来る。
俺はスマホをいじって、動画アプリを起動した。
ジャスティーンの今の動きは、明らかに鈍い。
本来のあいつの動きなら、俺達なんてまとめてひき肉になっているはずだ。
つまり、洗脳されると本来のスペックを発揮できなくなる可能性があると思える。
なら、元からおばかなジャスティーンはこいつに反応するかもしれない。
俺は、ジャスティーンのすぐ脇、ダンタリオンがいる辺りに、そいつを投影した。
ハディード大活躍。
ディアスポラで、傭兵ギルド鋼の熊に行った時、俺の友人たる勇者エドガーに勝負をふっかけた男である。いけ好かない上に無様に負けやがったので、俺はその姿をきちんと動画で撮影して残してある。
ちょうど具合がいいことに、ジャスティーンが派手に動いたあとで、埃が舞っている。
その埃に映り込むように、ハディードがエドガーに向けて、挑発的に刀を構えた姿が出現する。
「ヌウッ!!」
視界の端でチラチラっと動いたのが気になったらしく、ジャスティーンが振り返った。
「は?」
ダンタリオンが目を丸くする。
「ガアアアアッ!」
ちょうどハディードが刀を振り下ろすところだ。
対抗するように、ジャスティーンが石突を振り回した。
「うおおおおおおっ!?」
とんでもない速度で振り回された槍に、ダンタリオンは慌てて身を屈めてやり過ごしたようだ。
ここだ。
俺はアプリを起動して、ゴーラムに命令を下す。
「”パンチだ、ゴーラム”!!」
『ま”っ』
ゴーラムがぴょいんと飛び上がり、ジャスティーンの頭をぶん殴った。
「ぐはあっ!」
灌木を根こそぎ吹き飛ばすような強烈な一撃なのだが、流石ジャスティーン。これを喰らってもちょっと揺らぐ程度で、倒れすらしない。
だが、目は覚めたようだ。
「おお、おおう、何だ、俺は何をしていたのだ」
俺はゴーラムのアプリを閉じて、素早くセキュリティソフトを起動、ジャスティーンを対象に入れる。念の為にアイナのセキュリティレベルを通常に下げて俺を元の位置までアップ。
よし、これなら行けそうだ。
俺は、固く抱きついたまま腰を抜かして離れないアイナを引きずり、途中で腰を抜かして起き上がれないクリスを何とか全力でひきずり、教会から脱出する。
クリスもアイナも重いよ!! 俺も体を鍛えないとダメかこれは。
「くそぉっ、こいつはやられた……! あの魔道板はとんでもないな。おい、オリエンス! 仕事はここまでのはずだ! さっさと迎えに来い!!」
ダンタリオンの声が響く。
オリエンス?
黒貴族に呼びかけてるって言うのか?
「むうっ!!」
唸りながら、ジャスティーンが教会を飛び出してきた。俺の目の前に着地する。その甲冑姿でよくそんなに身軽に動けるよなあ。
そして、俺達の目の前で教会の上半分が消し飛ぶ。
まるで、その部分が最初から無かったかのように、教会は人の高さほどの壁だけしか残らなかった。
ちょうど、教会の十字架があった場所に、人影が浮かんでいる。
そいつはグレーのスーツに似た衣装の、ダンディなひげを生やした紳士だ。
画像検索。
”東の魔王 黒貴族 オリエンス”
黒貴族張本人が目の前に現れたわけだ。
ダンタリオンはそいつの真下で、じっと俺を見ている。
「正直、あんたを侮っていたよ。なるほど、流石は俺と同じ生まれを持つ男だ。見た目はちょいと冴えないが、とんでもないチートだな。だが、次は負けない」
口調が違う。
もっと若々しい、若者の口調だ。
俺と同じ生まれ? どういうことだ。しかも、チートなんて、この世界にそんな言葉は無い。
考えている時間はなかった。
オリエンスが指を鳴らすと、彼の真下にゲートが開いた。
ダンタリオンはゲートを潜り、その姿を消す。
そして、オリエンスは俺達を睥睨した。
「暇潰しに我輩が来てやったのだが、成る程。アスタロトめを梃子摺らせたというのは、貴様か、異世界の賢者よ」
にやにやと、オリエンスは笑みを浮かべている。
「問答無用!!」
ジャスティーンは、こう、とにかく空気とかを読む気が無かった。
いきなり、奴は大槍をオリエンス目掛けて投げつけた。フールフールを一撃で倒したあの技である。
いかん、いきなり必殺技は、敗北フラグだぞジャスティーン! お前そのやり方でアスタロトにも負けたんじゃないのか!
「無粋な男だ」
オリエンスは手にしたステッキを一振りすると、それを剣の形に変えた。
そして、投擲された槍目掛けて叩きつける。
鳴り響いたのは、とんでもない大音量の金属音だ。擦り合わされ、凄まじい摩擦が熱を産む。
「ぬうううううんっ!! はああっ!!」
オリエンスは力尽くで、ジャスティーンの必殺槍投げを打ち払った。
えっ、あなたその成りでめっちゃパワー系ですか!!
「野蛮な男め。貴様が勇者とはな。だが、面白い!!」
オリエンスが教会の壇上に降り立った。
奴はネクタイを外すと、上着をファサァッと脱ぎ捨てる。
ワイシャツを腕まくりし、ボタンを緩める。
そして、腕を一度交差させて大きく息を吸い。
「フンッ!!」
うわあっ、パンプアップした!!
ワイシャツが、内から膨れ上がる筋肉にはちきれんばかりである。
オリエンスは右手に剣を構え、左手には外したネクタイを、まるでブラスナックルのように巻きつけた。
もう、魔力とか魔術とか使う気配が無い。
滅茶苦茶肉弾系だ。
「なんだと!! 黒貴族にもお前のような奴がいるのか!!」
ジャスティーンが凄く嬉しそうだ。
槍を繋がったチェーンで引き戻す。そして、オリエンスが準備を終えるまでじっくり待っている。
なんだろうなあこいつら。
「セブン! 立会人を努めろ!」
「え、俺?」
「異世界の賢者よ、余興に付き合うのだ」
うわあ。
「ええと、それじゃ、は、始め!」
「うおおおおおおおおお!!」
「ぬおおおおおおおおお!!」
剣と槍がぶつかり合った。その瞬間に爆音が轟き、周囲に衝撃波が広がる。
流石のオリエンスも、片手剣では大槍を受け切れない。力で押されて体勢を崩すが、その体の動きを利用して、逆腕からの強烈なボディブローが突き出される。
明らかに間合いを外れている……と見えた拳が、伸びた。
鎧の上からジャスティーンを叩く。
金属が砕け肉が軋む音。
「ぐうおおおおおっ!!」
ジャスティーンが、打撃を受けながらも、上から大槍を押し込む。
「ぬうううううう!!」
オリエンスが圧力に耐えかね、膝をつく。
ここでまた衝撃波。
「ひゃあああああ」
「きゃあああああ」
俺はアイナとクリスに抱きつかれて引きずり倒される。
勘弁してくれえ!!
俺が起き上がろうとじたばたする間に、肉を打つ音、金属がぶつかり合う音。衝撃音、爆発音、打撃音が響き続け、起き上がろうと身をよじれば、吹き付ける衝撃波が俺をまた倒れさせた。
どれだけそれを繰り返しただろう。
俺は疲労困憊し、アイナとクリスは叫び続けてすっかり喉が枯れ、セレーネとニナは遠くで体育座りしてこっちを見ている。
ジャスティーンとオリエンスの戦いがどうなったかは全く確認できないが、暑苦しい咆哮と殴りあう音がまだ聞こえているから二人共元気なんだろう。
さて、そろそろだ。
俺はツブヤキッターを確認する。
もう起き上がる気力は無いから、寝たままだ。
そこには、『そろそろ到着するんじゃないかな。”絶技 シューティングスター”』
ああ、今到着した。
はるか遠いディアスポラの地から放たれた一本の矢が、聖王国に飛来する。
それは大雑把な狙いながら、膨大な魔力と、落下エネルギーを内包して、聖王国大教会跡へと落下。
起こるのはとんでもない大爆発。
「ぬおうっ!?」
オリエンスは背後から押し寄せる爆風に、一瞬怯んだ。
その顔面めがけ、ジャスティーンが拳を叩き込み……。
黒貴族はダウンしたのである。
そしてジャスティーンもまた、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
「うむ……良い勝負であった。我輩満足したのである」
オリエンスはそう呟くと、倒れたままゲートを呼び出したらしい。
その姿が足元から消えて行く。
「異世界の賢者よ。貴様が如何様な人物かは、ダンタリオンを通じて見極めた。我らは貴様に敵対する存在という訳では無い。真実を知りたくば、ラスベリアへ来る事だ! 我が黒貴族の筆頭、ベルゼブブが出迎えよう!」
ぬわははははは、と暑苦しい笑いを残して、オリエンスは消え去った。
俺はなんとか這いずって、ジャスティーンの元へ辿り着く。
うむ……寝てるだけだな。
この体力バカが体力を使い果たしたらしい。
あのまま殴りあっていたら、ジャスティーンが体力負けして倒されていたかもしれん。
俺はツブヤキッターで、エドガーに向けて謝辞のツブヤキを飛ばした。
さて、問題は……俺にすがりついたまま失神している、アイナとクリスをどうするかだ。
まずはパンツを用意せねばなるまい。
俺の分もだ。




