第三十一話 花嫁を強奪せよ
緊張でドキがムネムネする。胸ドキものだ。もう訳がわからなくなる。
なんだって、俺が引き出物の山の中に隠れていなければならないのだろう。
もうっとこう、結婚に割り込む展開というのは、入り口からかっこ良く「その結婚、ちょっと待ったー!!」と入ってくるものではないのだろうか。
それが、俺が今収まっているのは等身大テディベアである。
あの後、俺達はバレンタイン准男爵家の執事と接触した。
どうやら彼は魔術を収めており、洗脳魔術に対する防御の術を持っていたようだ。彼の協力を得て、アイナが愛用していたテディベアと言う触れ込みでこの巨大な熊を市場で発見し、そこにおれが潜り込んだのだ。
ちなみに、王宮からも形式的に、式を祝う名目で使いが出されており、その中にクリスとセレーネとニナが混じっている。
ニナの肌色はこの国だと非常に目立つので、お化粧をしてなんとかごまかしているところだ。
魔術を使って幻をかけたのでは、ダンタリオンにばれてしまうかもしれない。
ジャスティーンはツブヤキッターで指示を出せばすぐ飛んで来るだろう。文字通り。
さて、式が始まっている。
ダンタリオンは既に壇上におり、神父……いや、聖王国崇教の教皇が立会人である。
奥に控えた楽団が音楽を奏でて、アイナが入場した。
バレンタイン准男爵が彼女を導いている。
ドレス姿のアイナは綺麗だった。
まだニ日ほどしか会えなくなって経過していないが、既に俺の中で、彼女の姿は美化されている。
少し俯いて、ヴェールの下の表情には憂いが見える。
アイナは准男爵家の、執事を除く全ての人間、それも他家へ嫁いでいった姉達までも、ダンタリオンに人質に取られてこの茶番を受け入れた。
無責任で計算高いようでおばかだったアイナだが、きちんと心根は貴族だったのだ。
参列者は多い。
テディベアを通してはものを見ることが出来ないが、ニナが抱っこした、巨大な花束に偽装したゴーラム……いや、どうみてもでかいガントレットに花束がみっしり詰まってるようにしか見えないんだが。まあ、そいつの視界を共有して、俺は会場を見渡している。
准男爵家縁のものばかりではないだろう。
見たところ、魔力検知できる、ダンタリオンに洗脳されたらしき人が半分、残り半分はラスベリアの貴族だというダン公爵と繋がりを持つべく、バレンタイン家とにわかに友誼を結んだ連中だろう。
なるほど、非常事態に政治ゲームか。
聖王国に堂々と、ネームドの悪魔が入り込んでいるというのに、こうして政争に明け暮れるのが貴族という連中なのだ。
式が進んでいく。
ここで俺は気づいた。
……一体どのタイミングで入ればいいんだ?
ダンタリオンも俺の突入を警戒しているというか、期待しているのか、たまにチラチラと入り口の方を見ている。
お前も実はこういうイベント事好きなんだな。
そして、ここで教皇が定番の、ダン公爵を愛すると誓いますか? 辺りにさしかかったので、俺はよっしゃ、ここだー!! と行動を開始……しようとして、案外テディベアは重かった。
「ほげえ」
がたーん、と音を立てて、引き出物の山が崩れる。
俺は痙攣した。
「し、侵入者だ!!」
真っ先に我に返ったのはバレンタイン準男爵。
彼を先頭に、何人かの男達が俺を取り押さえにやってきた。
くっそ、こうなればあれだ。
「”がんばれ ゴーラム”!!」
『ま”っ』
その瞬間、俺が共有している視界がばいーんと教会の天井近くまで飛び跳ねた。
そして、そこから加速して、ぶっ倒れているテディベアまで飛んで来る。
貴族達はそれを見て腰を抜かしたようだ。
子供ほども大きさのあるガントレットが突然やってきて、テディベアの背中を引き裂いたのだ。
俺はなんとか起き上がった。
そんな俺を、ダン公爵が楽しそうに見つめている。
「何とも決まらぬ登場だな、セブン」
だが、俺はこいつを無視する。
視界に納めてるのは一人だけだ。
アイナ。
「迎えに来た、アイナ!」
「…………せ、セブン、様……!!」
良かった……!! アイナは正気だ。
セキュリティソフトは仕事をしてくれたらしい。彼女はダンタリオンの洗脳にかかっていない。
「侵入者だ! 取り押さえろ!」
ダン公爵の叫びとともに、扉が開いて事前情報よりも大量の兵士が入ってくる。
どうやら俺達が来ることを予め警戒していて、予定よりも兵士を増やしたようだ。
クリスやセレーネ、ニナが動こうとする。
俺はゆっくりとスマホを頭上に掲げて、あの音を響かせた。
目覚ましアプリ、起動!
鳴り響く、甲高く耳障りな音。
教会の中というやつは、音が反響するようにできている。
賛美歌やパイプオルガンの音を反響させる意味もあるし、神父が信者たちに伝える言葉を隅々まで聞こえさせる意味があるのだ。
だから、俺の発した目覚まし音は隅々まで響いた。
一瞬ダンタリオンは驚いたようだが、すぐにその力を理解したらしい。
バレンタイン準男爵と、彼に従っていた者達が呆然としながら周囲を見回している。
兵士の一部も、、ハッとした表情。
参加者の間にも混乱が広がっているようだ。
「ひ、人質は、こ、これで」
「人質は全てこれで開放できる。お前の企みは終わりだ、悪魔ダンタリオン、とセブン様は言ってます!」
ジーンと来た。
これだ。
俺の言いたい言葉を読み取って、しっかりと伝えてくれる。
アイナがいてくれなければ調子が出ない。
花嫁はヴェールを脱ぎ捨て、ヒールを脱ぎ捨て、素足になって俺の元へ駆けた。
そんなに涙をこぼしていると、お化粧が崩れて台無しなんだけど……でも、俺は化粧なしのアイナの顔も好きだから、問題ない。
アイナは俺の胸に飛び込んできて、顔を上げた。
「セブン様、信じていました……!」
「ああ、悪い。結構待たせてしまった」
一瞬見つめ合って、アイナが背伸びをした。
俺はつまりそういう事か、と理解して、ちょっと緊張した。少しだけ彼女を強く抱いて、顔を近づけて……俺は初めて、キスをした。
下手くそなものだ。唇と唇が触れ合うだけのぎこちないものだ。
その瞬間、ゴーラムが飛び跳ねて、何かを弾いた。
俺達の視界の端を、宙に舞う大剣が吹き飛んでいく。
「ひい」
「ぎゃあ」
俺とアイナは叫んで腰を抜かしかけた。
やばい、漏らすところだった。
うむ、この互いに腰抜けなところも実に合う。
俺はツブヤキッターを起動した。
「やってくれたね、セブン。私の思っていた以上の遣り手だよ君は。方法や考え方は三流なのに、そのやり方を強引に押し通す力を持つ、魔道板。一体君が手にしているそれは何なのだ?」
「俺の、スマホ、だ」
ダンタリオンの周囲に、宙を舞う剣が幾つも出現する。
さらに、ダンタリオンを包む魔力の気配。こいつは魔術を使う。
空飛ぶ武器と魔術の二段重ねがダンタリオンの戦い方という訳だろう。
無論、俺がこんな奴と戦えるわけがない。
だから、俺は大教会の天井を破って登場したそいつに任せることにした。
「頼む、ジャスティーン!」
「おう!!」
三人娘が走り寄って来て、アイナと抱き合って四人できゃあきゃあ言っている。
よしよし、そういうのは後にして、今は俺達は避難だ。
彼女たちを押しやるようにすると、また背後でゴーラムが跳ねた。
飛んできた武器を弾き飛ばしたようだ。
この悪魔、本気で油断がならねえ。
少しでも隙があれば、俺達を殺す方向で何かやってくる。
ゼパルやフールフールと比べると一段と性格が悪いぞ。
しかも……。
おい、なんだよジャスティーン。
なんで棒立ちになってるんだ?
まさか……洗脳とか、されたんじゃないよな?
振り返ったジャスティーンの目が、ギョイーンという効果音とともに赤く輝いた。
……アカン。




