第二十八話 我が名はダンタリオン
今回は微妙に欝展開しつつ、巻き返しへの伏線を張ります。
実に非効率的な移動だった。
ギリアム・バレンタイン準男爵を怒らせた俺達は、当然、バレンタイン家の馬車なんか使わせてもらえるはずも無く、こうして徒歩でてくてく聖王国の中心を目指していた。
「ああ、私、もう駄目です……! 置いていってください……!!」
悲痛な声をあげてうずくまったのは、体力が無いことではアイナに匹敵するであろうセレーネだ。
ちなみに、俺もそろそろ足がパンパンだった。
アイナのことは気になるが、俺がここでぶっ倒れてしまったら、誰があの子を救うというのだろう。
「よ、よし、休憩」
「仕方ないなあ」
「大丈夫ですかあ、セブン様、セレーネさん」
何せ、いきなり馬車に乗ってやってきたから、流れ出る汗で失われた水分を補給する手段も無い。
勢い任せに飛び出すんじゃなかった。
やはり無謀は若者だけの特権だよ。
座って荒い息を吐きながら、どうしたもんかなあ、なんて空を眺める。
そろそろ日差しは傾いて、夕方になりそうだった。
聖王国の夜は冷える。
乾いた気候だから、空気が温度を保ってくれないのだ。
ちなみに豆知識として、この国のトイレは桶に溜めておいて、一日のいずれかで集積所へどばーだ。
空気が乾いているから、夜と昼とを繰り返すうちにカラッカラに乾く。
それを業者が砕いて袋に詰め、肥料なんかの素材に活用するんだそうだ。
エコの街である。
そう言えばトイレも無いな。
クリスがもじもじしてるので、
「その辺で、やっちゃえ」
と指示すると、泣きそうな顔になった。
背に腹は変えられないと、潅木の隅に隠れてやってきたようだが。
しかし、どうしたもんだろう。喉も渇いたなあ。
「セブンの旦那、スマホでジャスティーンさん呼べないの?」
「……それがあったか」
ついつい失念。年をとるとあれかね。思考の柔軟性が無くなるのかしらん。
「ニナ、偉いぞ」
「えへへ、もっとほめてもいいよ!」
頭を撫でると怒るので、肩をぽんぽんしてやった。
ツブヤキッターでジャスティーンに向けて、
『行き倒れなう』
と送ってやる。
すると、驚くべき事に十分ほどでジャスティーンがやってきた。
「どうした! 行き倒れと聞いたが元気そうだな!!」
「じ、実は……」
かくかくしかじか。
俺がたどたどしく説明するのをセレーネに補ってもらう。
うむ、アイナがいない間は、セレーネが俺の補佐だな!
補佐をするセレーネを見て、クリスが複雑そうな表情をする。大丈夫、クリスはあれだ。柔らかい担当?
「なるほど! バレンタイン準男爵、見下げ果てた奴だな! よし、お前ら俺の背に乗れ! 連れて行ってやる!」
ジャスティーンは、俺とクリスを負ぶり、セレーネを小脇に抱え、ニナを肩車して、
「よし、行くぞ! ちびっ子よ、振り落とされないように掴まってろ!」
「ちびっ子じゃねえ! ニナだよオオおおおおおおおああああああああああ」
ニナの話が終わる前に走り出したぞ! 一歩目からトップスピードとかどうなってるんだこいつ!!
びゅんびゅん風が吹き付けてくる。
馬よりも速いのだから、多分時速で80kmは出ているんじゃないだろうか。
ニナは必死にジャスティーンの頭にしがみついていて、セレーネはくたっとしたまま動かない。気絶したな。あと多分パンツの替えが必要だろう。
俺とクリスは、ジャスティーンの背中が風除けになって、ちょっと強風くらいの風で済んでいる。
「私も、セブン様の役に立ちたい……」
思いつめたようにクリスが言うので、俺は口を開いて……何一つ思いつかなかったので、頭を撫でてやった。クリスは撫でられると喜ぶんだよなあ……。ニナの子供心は不思議だ。
聖王国中心部へと到着は、およそ十五分後だった。
どうやらジャスティーン、これでも俺達に気を遣ってゆっくり走ったらしい。
高級住宅街にほど近い、ダン公爵が泊まっている宿が見えてくる。
「こ、ここでストップ!」
気をつけよう、勇者は急に止まれない。
石畳にブレーキ跡代わりの亀裂を30mばかり刻みながら、ジャスティーンは停止した。通り過ぎちゃったよ!
俺達はジャスティーンから降りると、ぐらんぐらん揺れて感じる地面を伝って、なんとか宿の前にやってきた。あ、セレーネはリタイアだ。俺達の中で一番身体能力が高いニナですらふらふらしてるもんな。
俺達が近づくと、宿の前にいる門番らしき男達が、手にした槍をピシャッと交叉させた。
「近寄るな! ここはただいま、貴きお方が宿泊しておられる!」
「み、身内、が、泊まってるん、だ」
「ならん! ここはただいま、貴きお方が宿泊しておられる!」
奴らは同じ言葉を繰り返し、俺たちをシャットアウトした。
睨んでくる目付きが正気じゃねえ。人をすぐにでも殺しそうな目をしてやがる。
俺は魔力検知アプリを使おうとして、奴らに近づき過ぎたらしい。顔面に衝撃を感じて、気が付いたら地面に伸びていた。
「セブン様!!」
クリスが悲痛な声をあげる。
だ、大丈夫だって、そんなに悲鳴上げなくても、ほら……。
ふらつく手で顔を拭うと、ぬるっとした。
手が真っ赤。ヒェッ、血が出てる!!
「貴様ら」
ジャスティーンがのそっとやってきた。
常軌を逸した目をした門番達が、硬直する。
「俺の友人に何て事をする」
門番の槍を無造作に掴んだ。門番達が反応できないほどの速度である。
そしてジャスティーンは、硬い木で作られた槍の柄を、まるで細い枝でも折るかのように、ポッキリとやった。門番達が剣を抜く。
一触即発の事態だ。
ていうか、ジャスティーンのあの圧迫感を受けて立ち向かおうとするとか、正気か!?
いや、よく見ると、門番達の足は後退りしていて、膝もガタガタ震えている。だが、体が逃げようとしないようだ。
こいつは一体……。
俺はクリスに抱き起こされながら、スマホで奴らを撮った。
手先が震えるが、なんとか捉えられる。あいつらを撮影し……魔力検知にかけると、淡い魔力の反応だ。
これはやばいぞ、と思った時、そいつがやってきた。
まあ、絶世の美男子と言っていいだろう。
すらりとした長身に黒い髪。白い肌に、赤い瞳。長く伸ばした髪を飾り紐で結んでいた。姿形は貴族が身につけるような、高級な衣装。
「一体これはどうしたことだね」
ダン公爵は俺たちを見回した。
スッと、ジャスティーンを見る目が細められる。
「勇者グレン・ジャスティス・アサインか。この狼藉は、この国のやり方か?」
「先に狼藉を働いたのはお前の部下だろう」
門番たちは宿の門番では無かったのか。
ダン公爵の部下らしい。
「申し送れたね。私はダン。ダン・トリオン公爵だ。この件に関しては、貴国に正式に抗議させてもらおう」
「構わんぞ。なんならここでお前を叩きのめしてもいい」
おおっ! ジャスティーンすげえ。ダン公爵の権力を使った恫喝が通じない!
「君の責任問題になるぞ、グレン卿」
「俺はジャスティーンだ。お前は全く何を言ってるのか分からんな」
あれ、多分本当に何を言われてるか分かってないんだろうな。
ダン公爵は常に薄い笑みを浮かべているのだが、なんとなく頬が引きつってる気がする。
まあ、弁舌が立つタイプの奴は、言葉が通じない奴には無力だよなあ。
だが、ダン公爵は一歩も引かなかった。
「用件はバレンタイン準男爵からの早馬で伝え聞いている。つまり君達は、私とアイナ嬢の婚姻に文句があるのだろう?」
ジャスティーンが首をかしげた。
もういい、お前引っ込め! 流石に状況を理解していなさすぎだろ!?
俺はクリスに肩を支えられて前にやってきた。
つたない弁舌だが、俺が直接喋る。
「急、過ぎる。この結婚はおかしい」
「両家の合意に基づいているさ。ラスベリアでは持参金と言う制度も無い。元よりバレンタイン準男爵は、城へ宮仕えに出していた四女を嫁に出すだけの持参金も厳しい様子だった。私は彼女を愛しているし、彼女もまた私を愛しているんだ。誰も損をしない結婚じゃないか。君は一体なんの資格があって、私達の間に入り込もうとするのだ?」
まくし立てられた。
俺はうぐ、と言葉に詰まる。
言いたい事はたくさんあるし、こいつが言っているのは詭弁だ。
この世界で、貴族の娘は自分の意思で結婚など出来ないのだとしても、いきなりポッと現れたこいつに、アイナが惚れるわけなんてない。政略結婚にしても、この性急さはずさん過ぎる。
アイナが可哀想だ。
だが、俺が手にしているスマホは何も言わなかった。
嘘発見アプリが動かない。
ダン公爵は、自分が口にしたこの言葉を真実だと思っているのか。
いや、そんなことは無い。だってこいつは正気だ。
俺を見つめる目つきが、俺の良く知るものなのだ。
俺を、蔑む目。バカにする目だ。
恐らくこいつは、何らかの手段を使ってこの状況を作っている。もしかすると、バレンタイン準男爵もこいつに踊らされているのだ。
それをどうにかできない事には始まらない。
入り口で睨み合う俺達。
いよいよ日は暮れ、冷たい空気が聖王国を満たしていく。
その時、俺達の頭上の窓が開いた。
俺は目線を上げる。
そこに、赤い髪の彼女がいた。
アイナだ。
彼女は俺が見た事も無い綺麗な衣装に身を包んで、いつもすっぴんだった顔は化粧を施されて、別人みたいだった。
「セブン様、ごめんなさい……。今は、帰って……」
「アイナ……」
「お願い、帰って」
「アイナ何言ってるんだよ! セブンの旦那はな!」
「アイナさん!」
俺は、手指に熱を感じた。
進み出ようとするニナとクリスを手で制する。
「分かった」
そう答えて、俺は彼女をじっと見た。
「アイナもこう言っている事だ。失礼な君達は、式には呼ばんよ。式は明後日。その後、聖王国には正式に抗議を出させてもらうからな」
画像検索されたダン公爵の後姿が遠ざかっていく。
そこに記された検索結果は、”悪魔ダンタリオン”。
「何でだよ旦那! 何で諦めちゃうのさ!!」
「…………!」
ニナは俺の胸をぽかぽか叩いた。涙をぼろぼろこぼしている。
クリスは俺を見て、何か言おうとして、俯いた。複雑そうな表情をしている。あの表情は俺も良く知ってる。自己嫌悪だ。
多分、クリスはアイナが帰ってこない可能性を考えてしまって、何らかの感情を抱いたんだろう。
それを責める気は無い。
それに、俺は諦めてなんかいなかった。
約束の指輪が熱を持っていた。
俺は、アイナを見た瞬間に誓ったのだ。
”お前を助ける”
そして、指輪は熱を持った。
指輪は、二つの指輪の持ち主で、共通の願いが生まれなければ効果を発揮しない。
だから確信できる。
あの時、アイナも同じ願いを抱いたのだ。
”私を助けて”
やってやろうじゃないか。




