第二十九話 情報収集フェイズ
ひとまず、アイナのセキュリティレベルをMAXに引き上げておく。
何があるかは分からないが、俺のレベルをちょいと下げてでもアイナの方にメモリを余分に裂く。
アスタロトの呪詛を防いだのだから、きっといい仕事をしてくれると信じよう。
それでも足りずにアイナがアレなことになったら、俺は興奮するけど泣く。なのでそうならないことを願いたい。
俺達はクリスの実家に世話になることになった。
なんと、高級住宅街に入ってすぐのところが彼女の家だったのだ。
途中で人力車の兄ちゃん……ラシムとも合流したので、飯の後に作戦会議である。
クリスの親父さんがやたら俺を持ち上げて、娘をよろしくお願いしますみたいなことを言ってくる。
くっそ、退路を断つ作戦か……!? クリスの姉達はみんな片付いていて、兄は後を継ぐ準備期間に入っているのだな。
片付いていないのがクリスだけで、しかも成人してから二年経ってるとなれば焦るか。
「こ、婚期、とか……?」
「い、いいえぇ、私、気にしてませんからあ」
『ウソダ!』ドンドコドーン
俺は無言で嘘発見アプリを切った。
クリスも赤くなってソッポを向く。
気まずい。
しかしクリス、いいのか? 俺はこの世界だと無職でいい年でしかもDTだぞ……!
「話に移ってもいいか」
ラシムが口を開いたので、俺達は慌ててそちらに向き直った。
「ど、どうぞ」
「俺は高級住宅街を中心に聞きこみをした。商売が終わったばかりの商人を装ってな。そこでダン公爵とやらの噂と、これまでの流れを探ったんだが」
うむうむ。
なんか、クリスの親父さんだけ状況を理解してなくて、ちょっとオロオロしてるんだが。
「はっきり言って、全く悪い噂は無かった。それどころか、道端で怪我をしていた子犬を助けただとか、馬車に轢かれそうになった老婆を助けただとか、そんな美談が多くてな」
「う、嘘くせえ」
「俺も虚偽を感じる。だが、住宅街の人間たちは誰も疑問を抱いていなかった。細かに話を追っていくと、高級住宅街が途切れる辺りで、ダン公爵の噂はふっつりと途切れる。ある一定の範囲の人間たちが、公爵のシンパ担っていたように見えたな」
「ふむ……洗脳魔術のようなものを使っているのかもしれませんね。しかし、それだけの広範囲に渡って、しかも無差別な魔術の行使なんて、一体どれだけの魔力を使うことか……」
セレーネが唸った。人間であれば到底無理な所業ということらしい。
「ダン公爵が聖王国に現れたのは一週間ほど前。つまり、セブン達と俺がディアスポラを発った頃合いになる。この間に、奴は聖王国に取り入り、賓客となったようだ。まだ一度も聖王女とは面会していないようだが、国王には会って、バレンタイン准男爵家の娘を迎えに来た旨を伝えたようだ」
騙しやすい国王を突いたと言う所なんだろうか。
ここで、すぴー、という寝息が聞こえた。
難しい話について行けなかったらしく、ニナがテーブルに突っ伏して寝ている。
「あ、私が寝かせてきますねえ」
クリスがニナを抱き上げて、寝室に連れて行く。
家の使用人達はあまりいないようで、時間も遅いからみんな帰ってしまっているようだ。
こうしてニナの世話を焼くクリスは母性愛を感じますな。
「お、俺の方は、こんな」
嘘発見アプリは音声を集めて判断するので、録音アプリとも相性がいいのだ。
ダン公爵の言葉を再生して、ラシムと角を突き合わせるようにして考えこむ。
なんかラシムとも割りと楽に話せるな。
「嘘発見、できなかった、これ」
「自分に自分で魔術をかけている……とかか? いや、セブンの話では魔術を感知できるのだったな。ならば、声に嘘特有の揺らぎが無いのだから、恐らくは嘘をつくことを何とも思っていない輩なのだろう」
なるほど、確かに悪魔ダンタリオンはそういう解説がある悪魔だった気がする。
嫌になるぐらい人間的で、実に腹立たしい悪魔だ。
「式の、日程あってる?」
「ああ、これは間違いないな。明後日になる。式場の予約もそのようになっていた。よりによって、聖王国大教会を使うとは悪魔も皮肉が効いているな」
「頭から人間達をバカにしているのでしょうね。確かに、これほど強い洗脳魔術の使い手ならば、不可能なことなどそう無いのでしょうけれど……よりによってどうしてアイナさんなんでしょう」
うむ。
多分、その理由は俺じゃないと分からないかもしれない。
もしかすると、これは黒貴族オリエンスからの嫌がらせかもしれないのだ。
ちょっと言葉ではうまく伝えられる自信が無い。
だが、文章で伝えようにも、伝えたいことをきちんと書ける程はまだこの世界の文字に精通していないのだ。
言葉で伝えるのも厳しいし、いっそフリック入力したものを清書してもらって伝えようか。
「あら、セブン様何かあるんですか? え? これで入力する? それを書き写す? うーん……やっぱりアイナさんがいないとセブン様の仰ることは時々分からないですね」
ガーンと来た。
それなりに親しくなった仲間とでも、俺は上手く話せないのだよなあ。
分かっちゃいるが、指摘されるとこれはこれで凹むものがある。
「ああっ、セブン様ごめんなさい! 別にセブン様がどうだって言うんじゃなくて、結構込み入った話をしたいご様子だったので……」
「い、いいんだ」
早く取り戻さなきゃ、アイナ。
なんとか時間をかけて、黒貴族オリエンスの関わりを伝えたところで良い時間。
明日に備えて寝ることになった。
だが、夕方のアイナの姿が気になって眠るに眠れないような気が……。
「セブン様? もうお休みになっていますかあ……?」
はっ……。こ、この声は、クリス。
「そのぉ……本当に、こういうのは抜け駆けみたいで胸が痛いんですけどお……でも、私どうしても止められなくて……!」
い、いけない! 我々はまだ清い関係で……!
扉が開くと、湯気が立つマグカップを持ったクリスが立っていた。
「眠れないと思って、差し入れ……。私も眠れなくてえ……」
「あり、がとう」
「寝る前に飲むと、寝入りやすくなると聞いて……」
ちょっとハチミツの入った実に甘いホットミルクである。
そう言えばこの世界で砂糖を食った記憶が無い。甘味といえば全部ハチミツか果物だな。
「本当は、私悪い子なんですう……。アイナさんがすぐに戻ってこなくて、ちょっとホッとしちゃってえ」
うん、それは分かった。
俺も人間として出来てない奴なので、クリスが抱く嫉妬の感情なんかはよく分かる。
「で、でも、クリスは、そ、そ、その」
「はい」
「そういう、事、考えた自分を、嫌だって思っただろ。なら、俺は、クリスが悪いと、思わない」
「……はい、セブン様」
結構な温度のミルクだった気がするが、クリスのミルクはすっかり空いていた。
俺達はベッドにより掛かるようにして、ポツポツと会話して、時間を過ごす。
ストライプ家は、この時間は家の明かりを消している。
だから、光源はクリスが持ってきたランプだけである。
穏やかな光を見て、優しいミルクの味で俺の気持ちが少しだけ和らぐ。
明日も頑張るか。
そう思った時、クリスが俺の肩によりかかってきた。
「ちょ……! クリス、さん……!」
と思ったら寝ていた。
すうすうと寝息を立てている。
リラックスしてきたせいか、俺もちょっと眠くなってきた気がする。
少し横になるか……。
俺は、むちっとしててボリュームがあるクリスを、四苦八苦しながらベッドに寝かしつけ、倒れこむように自らもベッドに顔を伏せ、意識を手放した。
翌朝である。
クリスと同衾しているところをセレーネとニナに見られ、ちょっと軽蔑した目で見られそうになった。
この辺は、我々の服装が乱れていないことと、パンツが綺麗である事で誤解を解くことが出来たわけである。
そして、クリスが持ってきた物がある。
「ストライプ家は、かつて勇者カイルと共に第二次人魔大戦を戦い抜いたという伝承がありますう。そのお、これはその時にカイルから預かったという鍵で、我が家の地下倉庫に繋がっているのですけどお、何かの役に、立てば……」
緑色の透き通った石で作られた鍵だった。
まるで工芸品のようだ。
聞けば、黙って父の書斎から持ってきたとの事だ。
「きっとお、何かすごい力を発揮するものが眠っていると思うんですう! 今では誰も、これがなんなのかわからないですけどお……」
なんだ、そのご都合的なものは。
「セブン様、実際、聖王国は千年の歴史を誇り、ただの一度も滅びたことがない都です。この国のあちらこちらの古くから続く家は、このような伝承の欠片を持っているのです。ストライプ家が所有する伝承の欠片がこれだということでしょう」
セレーネが解説してくれる。
つまり、バレンタイン家にも同じようなものがある可能性が存在するんだろうか。
こういうのって、もしも家が没落してしまったらどうなるんだろう。
「それは王国預かりになります。聖王国は、失われた家柄が守っていた伝承の欠片を幾つも所有していると言われています。ですけれど、いいんですかクリスさん? それはストライプ家が大切に守ってきたものでは……」
「いいんですう……!!」
彼女は握りしめた緑の鍵を、俺の手に預けた。
「それに、誰も倉庫の扉を開けられないんですからあ」
効果を確認できない伝承の欠片は、ただの言い伝えの証拠品となり、その見た目からちょっとした芸術品のように扱われているのが現在。
だから、これが俺の手にわたって困るのは、ストライプ家が守ってきた伝承の欠片というブランドを失うということでしか無い。名誉を大事にする貴族には大切なことだとは思うのだが。
俺が鍵を手に取ると、そいつは一瞬だけ、ぼうっと光った。
この輝きは……知っている。
俺のスマホがデータを受信した時、左上に輝くランプだ。
鍵の緑色も、LEDの発光にそっくりな気がした。
「勇者カイルは、世界中に伝承の欠片を残したと言われています。初代聖王女は本来王女ではなく、大いなる存在の意思を受けて力を授かった、どこにでもいる普通の少女だったそうです。その少女の幼なじみであった少年が、後に勇者カイルと呼ばれるようになる剣士です」
なんだそれ、正統派主人公じゃねえか。
「カイルも、封印されてる、のか?」
「はい。聖王女はベルゼブブをその生命を賭して縛り付け、カイルが一度はベルゼブブを倒したと言われています。ですが、ベルゼブブは、己を倒したものを、遠き空間へ放逐する術をその身に宿していました。聖王女は生命を燃やし尽くして倒れ、カイルは何処とも知れぬ空間へ封じられたと聞きます」
なるほど……。
俺達は、クリスに案内されてストライプ邸の地下へ進む。
使用人達が出勤してくるよりも前である。誰も見咎める者はいない。
「カイルが残した伝承の欠片には、”至高剣エンピレオ””生命甲冑ゴーラム””魔鍵マクスウェル””真錠ラプラス”があります。それらが持つ力は、最早知識すら失われ、只人が持つには余りにも過ぎた力だとだけ伝えられているのですが……」
薄っすらと輝くものが見えてきた。
それは、俺には電子的な輝きを放つ扉に見える。
俺のスマホもまた、緑の光を放っている。
『おすすめユーザー 生命甲冑ゴーラム(左腕)』
なんじゃこれは。
ツブヤキッターの反応である。
突如、俺の手の中から緑の鍵が飛ぶ。
鍵を導くのは、俺のスマホから伸びたビームのような光だ。
赤外線通信みたいなやつか!? この軌跡が倉庫の扉に突き刺さり……そこに生まれた鍵穴に、鍵が収まった。
扉がスライドしながら開く。
その中から、何かが蠢く気配がした。
俺は乾いた喉に唾を送り込みながら、おすすめユーザーをタッチ。
そして、フォローする。
すると、新たなアプリケーション到着の報が表示された。
『コントロール・ゴーラム』
むむむ。




