第二十六話 この名前は明らかに悪魔だろう
俺はハッと目覚めると、自らパンツを履き替えた。
気絶していた時間はほんの数秒だろう。
「きゃあっ、セブン様何をぉ!?」
「セブンの旦那が脱いだ!」
「おかしくなりましたか!」
違う、パンツを履き替えているんだ。
俺はスッと涼しくなった息子の感触で、ふと思い至る。
ダン・トリオンって、なんか聞いたことあるんだけど。
パンツを穿いた後、ズボンをあげる前に、ダン・トリオンで検索してみた。
”もしかして:ダンタリオン”
おっ!
悪魔やん。
って、ええええええっ!? アイナを娶ろうとしてるのは悪魔ってことか!?
「あ、あ、あくま」
俺が呆然として呟いていると、スマホを目元を押さえてうずくまっていたクリスがおずおず起き上がり、俺の手元を覗き込んだ。
「ダンタリオン……確かにぃ、ラスベリアから来た公爵様に、名前が似てますねえ」
「ええ、大体、話が急過ぎます。私達がここを離れた頃……十日前には、アイナさんの結婚話なんて欠片も無かったはずです。それが帰ってきていきなり、式の日取りまで決まっているなんて。不自然過ぎます」
「何らかの、能力、か」
「ええ、その可能性が大ですね。場合によっては、連れ去られたアイナさんも洗脳されてしまうかもしれません」
それは一大事じゃないか!?
だが、とにかく今、こちらには情報がない。状況を把握しないとだ。
そうしないと、相手がどう動いているのかも分からないし、アイナが何処にいるのかも分からない。
「ええと、こういう場合は、ニナ?」
「あたい? おし、がんばるぜ!」
「いえ、ニナさんでは高級住宅街をうろつくには目立ってしまいます。もっと密偵になれた人間が……」
すると、何故かここまで付いてきていた、人力車の兄ちゃん、ラシムがグッと自分を親指で指差した。
「任せてくれ」
彼は密偵の技術を学んだ、有翼の兎の構成員なのであった。
ラシムが変装し、巨体に商人に化けた。
うん、何処から見ても格好は商人だけど、お前のようにでかい商人がいるか? ……いや、いてもおかしくないな、この世界は。
俺はチラッとセレーネを見る。彼女の従兄のジャスティーンはでかいのだ。
「? なんでしょう? とにかく、こちらはこちらで、情報を集めないといけませんね」
かくして、とりあえず着地点を定めないまま、俺達の行動が始まった。
俺は、アイナを除くニナとセレーネとクリスと行動する。
今バラバラになって、クリスまで家の人に連れて行かれては俺のダメージ甚大である。
常に俺の隣に置いて、どこかに行かないようにしなければ。
「あ、あのお、セブン様」
どこかに行かないようにしなければ!
「せ、セブン様あ」
どこかに行かないように!!
「セブン様、その、そんなに強く、肩を抱かれるとぉ、変な気持ちにい……」
はっ!?
近くにいるくらいのつもりだったのに、いつの間にか手を繋ぎ、次の瞬間には肩を抱いていただと!?
うわあああ、超柔らかい!!
しかもこんな距離で女の子と触れ合うとか、フールフールに操られた彼女達の時しかないから、俺は対応方法が分からんぞ。
俺は距離を離せないまま、聖王国城下の食事処へ入った。
常にクリスは隣だ。
いつ家族がクリスを連れ戻しに来るとも限らんからな。
「セブン様は、聖王女様からグレートホーリーの図書館へのフリーパスをもらっていると聞いていますが、そちらで調べられた方がいいのではないですか?」
「と、図書館、は、クリスが入れない、から」
「ちょっと慎重すぎやしないでしょうか。何か特殊な事情が無い限り、そんなにすぐにはクリスさんが呼び戻されることにはならないと思います」
そ、そうだろうか……。
俺は少し神経質になっているのかもしれない。
なんだかクリスは、今の扱いにまんざらでもないらしく、嬉しそうにニコニコしている。可愛い、結婚したいが結婚するにはハードルがあるんだよなあ、あとアイナの事もあるし……。
ううう、気軽に結婚したいとも思えないなんて!!
「あれ、旦那! なんかスマホが光ってるぜ!」
お料理をむしゃむしゃ食べていたニナが、俺の左手を指差した。
握りしめたスマホがランプを点滅させている。
起動すると、重要アプリの更新が来ていた。
『セキュリティソフトを更新しました。ユーザーの認めた端末を保護することができます』
こ、これは!
俺はセキュリティソフトを起動する。
常時起動しているのだが、コントロール画面を開いたのだ。
そこには、承認端末を選択する画面が追加されている。
並んでいるのは、俺と知り合った人々の名前だ。一度に六人までいけるらしい。
俺は、アイナ、クリス、セレーネ、ニナの名前をドラッグした。あと、ついでだからラシムも入れとこう。
よし、これでダン公爵がダンタリオンだったとしても、アイナの洗脳は免れるかもしれない。
一安心である。
ちなみに、今になってセキュリティソフトの解説を読んでいたのだが、俺がフールフールに洗脳されなかったり、アスタロトの呪詛を気付かずに防いでいたのは、全てセキュリティソフトのファイアウォールが仕事をしてくれていたお陰だったようだ。
検疫記録や、ブロックの記録に禍々しい名前の呪文みたいなものがずらりと並んでいる。
すげえ、セキュリティ有能。
「旦那がニヤニヤしてる! なんかいいことあったんだぜ」
「何か対策が立ったということですね、セブン様」
「う、うん、みんなを、ダンタリオンから守れるように、なった」
「なるほど、それは素晴らしいです! それで、ダンタリオンについては何か分かりましたか?」
「なにも」
……そうだった。
あくまで対処療法的に洗脳対策の、セキュリティの範囲を広げただけ。
まだこちらは受けに回っている。
「よし、だ、ダンタリオンを見に行こう」
俺は宣言して立ち上がった。
「よっしゃ! 行こうぜ旦那!」
「行きましょう。公爵だというのですから、それなりの外見をしているのかもしれませんしね」
「お供いたしますう!」
クリスはごく自然に、俺の腕を取ってぎゅっと抱く。
胸元にむぎゅっと押し付けられると、こう、恐ろしい柔らかさがだな。
彼女を見ると、? と言う感じで見返された。お互い見詰め合っていると気恥ずかしくなって、同時に目線を外す。
いかんいかん。
こんなところでラブい空気を出している場合ではない。
「おや、クリスさん略奪愛ですか」
やめろセレーネ!?
ともかく、セレーネの助言で、俺達は王宮へ向かった。
まずはどんないきさつで、この結婚が始まる事になったのか調べねばなるまい。
そして、聖王女にも話を通しておかなければなのだ。
彼女の言葉をぼうっとして聞き流したのはまずかったな!!
やるぞ! と気合を入れて外に出た俺達。
だが、その途端、俺達の前に大きな馬車が止まる。
それなりにいい馬車だが、装飾が地味である。あと古い。あちこち塗装がはげている。
つまり、かつては権勢を誇った気配があるが、今はあまり権力の無い立場の人間が乗っていそうな、そんな空気がするのである。
家紋がついていたので、パシャリと撮影して画像検索。
『バレンタイン家紋章』
うわ、アイナの実家じゃねえか!!
「賢者セブン様ですね」
現れたのは、アイナを連れ去ったあの執事。
魔力検知アプリは、この執事からは何ら魔力を感じていない。
「お館様が話をしたいと仰せです。どうぞ、ご同行くださいませ」
護衛の兵士が俺達の背後につく。
むむむ、俺達の戦力ではこの兵士を抜けることは出来まい。何せ最強戦力がクリスだからな。
「わ、分かった」
俺は誘いに乗る事にした。
「もしも、賢者様のお力が、お嬢様の話すとおりならば……」
執事は何かを願うような色を浮かべて俺を見た。
むむむ……。
一路、バレンタイン準男爵家へ。




