第二十話 黄金の狐へ……の前に寄り道
朝である。
俺は男好きではなく、普通に女性を愛する男であり、だがたまたま女性経験が皆無なだけなのであるが。
ここ二日間ほど、エドガーの近くで寝ていないと落ち着かない。
ディアスポラに入ってから俺を狙っているらしい悪魔がいるようだが、こいつ、俺の貞操から狙ってくるのである。何が楽しくて三十男の貞操を狙うのだこいつは。
そんなわけで、俺は仲間である四人娘と別の部屋で寝起きしている。
……そんなわけって事もなくて、最初は俺がヘタレて部屋を別々にしただけだった気がする。
昨夜の事件で、アイナは経過観察扱いになって、双尾の猫の館の奥深くで治療に当たっている。
うーむ、あれはまだ悪魔の色仕掛け効果が抜けていないというべきか、それとも素なのか……。
朝食は、豆を煮た奴にピタとチーズ、後はパプリカっぽい野菜を茹でたものである。
美味いんだが、そろそろこの豆に飽きてきた。
所詮は豆なので、ボソボソして感じるのだ。
ググって見ると、どうやらディアスポラの主食は本来この豆らしい。
なので全ての食事に豆が出るのだ。
食後のヨーグルトを食って満足してから、俺は本日もエドガーと一緒に出立した。
お付は昨日と同じニナ。
ニナを魔力検知アプリで見てみたのだが、なにやら薄い魔力の膜みたいなものが彼女を包んでいた。
なんだろう、これは。
調べられるアプリが出てくるといいんだが。
「セブンの旦那! 今日はどこに行くんだい! あたい、甘いものが食べたいな!」
遊びじゃないぞ、仕事でも無いけど、一応アイナたちを助けるための活動なんだからな。
……なんて厳しい事、この俺が言えるわけも無く。
「よ、よし、いくか」
ということで、今日は商店街で見かけた揚げ菓子を食べる事にした。
ピタと材料は同じようだが、揚げて蜂蜜をまぶしてある。生地が分厚く、みっしり中が詰まっている。どうやら生地を練る時にも蜂蜜を加えたようで、本体も実に甘い。
歯が痛くなりそうだ。
「あうううう、幸せー」
ニナがこれ以上ないくらい蕩けきった顔になって、お菓子をぱく付いた。
仮にこのお菓子は棒ドーナッツと呼ぼう。
そう言えば、昨日買ってきたサンダルをみんなに渡し忘れていた気がする。
有翼の兎で受けたショックが大き過ぎたのかもしれない。
今日行く黄金の狐は、あんなお仕事モードのギルドでなければいいんだが……。
商店街を抜けるところで、昨日の人力車の兄ちゃんがいたので、また乗せてもらった。
本当によく会うなあ。間違いなく俺達の動きを読んで動いているんだと思うけれども。
「黄金の狐までね」
「へい」
エドガーが指示すると、人力車は動き出した。
商店街でゆったりしていたので、もうじき十一時だ。
日差しが強くなるから、早く到着しておかなければならない。
人力車はそう言う事が分かっているのだろう。昨日よりも車を飛ばして、結構な早さで黄金の狐本部へ到着した。これは一見すると、巨大な酒場である。俺がイメージした、冒険者の店そのものだった。
ただし、規模がでかい。
間口だけで、俺とエドガーとニナが並んで両手を広げても、なお余裕がある。
奥行きはそれこそ、日差しが全く届かないところまである。
一歩入ると、天井でぐるぐるとファンが回っていた。
館の中の空気は少し涼しくて、冷涼になる魔術でも使われているようだ。
「ようこそおいでになりましたエドガー殿」
出迎えたのは洒落た格好をした戦士だった。
レイピアを腰にぶら下げて、金の縁取りがされた革の鎧に身を包んでいる。手には、全ての指に指輪がはまっており、それも全てが違うデザインをしていた。
恐らくこいつは、魔法戦士という奴だ。
黄金の狐の主、ジャニラは本人が出てくる事はなく、この男にエドガーの歓待を任せたという事か。
「ファーレイと申します。エドガー殿を案内するよう、ジャニラより言伝を受けまして」
年齢は二十代後半だろうか。それなりに整った顔で、物腰は洗練されている気がする。だが、こいつの物腰は貴族やそれに類する連中とは違い、物騒なにおいがぷんぷんする。
見掛け倒しではなく、間違いなく実戦派の魔法戦士だ。
ここ最近、何人もの凄腕を見てきた俺は、多少分かるようになっていた。
念のためにググる。
うん、黄金の狐が抱える虎の子の一人だ。次期勇者との呼び声も高い実力者だな。
館の中は、多くの人影で溢れていた。
彼等の姿には統一感が無い。
革の鎧を着ていて、腰に斧や曲刀をぶら下げたもの、ローブを身に纏い、杖や短剣で武装したもの。中には、明らかに魔物と見える獣を連れ込んでいるものもいる。
彼らは一様に、物騒な輝きを宿した目でエドガーを見ている。
突如復活した、傭兵都市伝説の英雄エドガー。
だが、彼らからすれば実力も分からない、風聞だけの新参者と変わらないのだろう。
エドガー、一見すると全然強そうに見えないしな。
当然ながら俺たちの事なんかアウトオブ眼中である。
いや、一部ニナに危ない目つきを向けてるおじ様達はいるね!
居心地悪そうなニナを、俺はささっと背中に隠す。
すると、俺を今にも射殺しそうな視線が! こええ!!
「それでは皆様を案内いたしましょう。と言っても、我が黄金の狐には案内などと、仰々しく言うほどの仕事内容は無いのですがね」
ファーレイは笑いながら言い、俺たちを掲示板の前に案内した。
見た感じ、巨大な立て看板みたいなものが幾重にも並んでいて、その間を傭兵達が行き交っている。
看板には、紙が貼られており、どうやらそこには仕事内容が書き込まれているようだ。
気になった用紙を取って受付に行くと、仕事に関する詳しい内容を相談できる、というもののようだ。
うん、冒険者の店だな。
ほかには、カウンターでは料理や酒を出していて、表向きは一般人でも入れる酒場もやっているらしい。
だが、裏ではきっと、ここでは話せないようなこともしているに違いない。
そこでふと疑問を感じた。
普通に、傭兵達は貼り出された仕事内容を読んでいる様だが。
『この国の識字率ってどうなんだ? 聖王国だと、スラムの人間は読めなかったみたいだけど』
「あたいは読めるぞ!」
うむ、その点、ニナは偉いな。なでなでしてやろう。
「うふふ」
「識字率っていうと、どれだけ字が読めるかってことかい? ディアスポラの国民は大半が文字を読めないよ。だけど、各ギルドにいる人間は仕事の都合上、文字を読む必要性が高い。だから、鋼の熊以外は読み書きが必須になってるね。読み書きできないと正規の構成員として認められないくらいだ。勿論、有料で教育も行っているよ」
なるほど。
ってことは、冒険者みたいな連中や、ギルド所属の娼婦の方が読み書きが出来たりするんだな。
「ええ、特に我が黄金の狐では、希望する一般市民の方々にも門戸を開き、読み書きを教えております。これもまた、我がギルドの大きな収入源の一つになっております」
読み書きが出来る、出来ないで就ける仕事の数が全く違ってくるからなあ。
金を払ってでも読み書きを覚えて、言い仕事に就く。
そのための一助を黄金の狐はやっているわけだ。そりゃ、この国にとって大事なギルドじゃないか。
そんな訳で、読み書きを教えているという教室にも行って見た。
ここは十一時から十四時の、休息時間にのみ開かれているそうだ。
つまり、みんなの余暇時間を使って教育を行うんだな。よく考えられてる。
俺がうんうん頷いていたら、エドガーがニヤニヤ笑ってこう言って来た。
「どうだい、セブンも教壇に立って教えてみたら?」
とんでもねえ!! 俺が人前で喋ったら溶けて消えるよ!!
俺達は教室を後にして、その後も訓練施設などを視察して回った。
普通にしていれば、黄金の狐こそ、エドガーに似合った環境だとは思う。
だが、それはここがシロであれば、という前提が付くのだ。
鋼の熊と有翼の兎に悪魔の関与が認められない以上、焦点はこの黄金の狐に絞られる。
俺は魔力検知アプリと同時に、あの隠れている悪魔が映ってしまう撮影機能を使って、あちこちをパシャパシャやりながら歩いた。
ファーレイが、何をやってるんだこいつは、という目で俺を見る。
ニナも、やたらとあちこちを撮影しまくる俺が珍しいらしい。
途中で、パシャッとやった場所の光景がスマホの中に写し取られている事に気づき、ニナが、
「セブンの旦那! あたいを写して! あたい! ほら、うっふーん」
おっ、ニナのセクシーっぽいポーズ可愛いね! もうちょっと育てば結婚したいくらいなんだがなあ。
俺はニナと、隣に移っていたヤギの下半身のお姉さんを一緒に撮った。
ヤギのお姉さんが異常にびっくりした顔でこっちを見ている気が……。
「ああああああああああああああああああああ悪魔いたあああああああああああああ」
普通に!
普通に通路にいた!!
俺はその場でぶっ飛んで転げた。ニナも俺の声につられてこっちにダイブ。
大分鍛えられた俺の下の方は今回は漏らさなかった。
ファーレイが目を剥いてレイピアを抜き、エドガーは爆笑。
何笑ってるんだよ!?
グググール画像検索の結果、悪魔フールフールである事が判明。
こいつ、ゼパルよりも等級は下らしいが、悪魔は等級と戦闘力に何の関連性も無い。
男女の性愛を操り、同時に雷や風、吹雪を使う戦闘向けの悪魔だ!
俺としてはエドガーに臨戦態勢になってほしかったのだが、彼が笑っているうちに、フールフールは逃げ出してしまった。
そいつが飛び込んだ部屋が……。
「ジャニラ様の部屋だ……!!」
ファーレイが掠れた声で呟いた。
何故ジャニラのところに悪魔が行ったのか?
ってことで次回は推理編(




