第二十一話 魔方陣を読み取れば(色々見える)
ファーレイが慎重な仕草でノックすると、
「開いてるよ」
不機嫌な声がした。ジャニラだろう。
俺達四人が入室すると、そこは実に怪しげなグッズで埋め尽くされた空間である。
かすかに紫色の煙が漂い、うずたかく詰まれた書籍の山。一冊一冊から強い魔力を検知できる。
そして、無造作に束ねられた杖が大きな筒に入れられており、それもまた、全てが魔法の杖であると検知できる。悪趣味なインテリアの骸骨も、天井からぶら下がるペナントめいた布切れも、床に転がっているチョークに至るまで、とにかくマジックアイテム、マジックアイテム、マジックアイテムである。
エドガーがほお、と感心した声を漏らした。
ニナが息を呑む。
「セブンの旦那、こ、こんな不気味な空気の部屋、あたい初めてだよ……なんか気持ち悪い……!」
濃厚な魔力が漂った部屋なのだ。
ニナは魔力酔い、とでも呼ぶべき状態になってしまったらしい。
そして、正面には豪華な机がどんと鎮座ましまし、その奥には魔術師の老婆、ジャニラがふてぶてしい表情で、こちらを睨みつけている。
なんと、堂々とフールフールが、ジャニラの横に立っているではないか。
「ジャニラ様、そちらの悪魔は一体……!」
「なんだいファーレイ。不躾だねえ」
じろりとジャニラに睨まれて、ファーレイは萎縮したように黙った。
この婆さん、とんでもない圧迫感である。枯れたような外見で小さいくせに、化け物みたいな存在感を出してきやがる。
まあ、俺としては誰が相手でもびびるから、取り立ててジャニラが凄いからどうだという事もない。
俺も平常運転でびびっているぞ。
だが、びびっているだけでは始まらない。
「あの、悪魔、後ろにいる、その、フールフール」
名前を明確に発すると、ジャニラとフールフールが俺をギロリと睨んだ。
「あんた何者だい? フールフールを知っているのかい? このエドガーと一緒に現れたというのも嘘じゃ無さそうだね」
悪魔を見たことがある者は、当然ながら非常に少ない。
悪魔を見れば殺されてしまうと信じられているし、悪魔を見たものは、それが悪魔だと気付けない事が多いそうなのだ。悪魔は明確な意図をもって人間の前に現れる。それは、人間を陥れるためだ。それ以外では絶対にありえない。
悪魔が現れた時点で、その場に悲劇が起こる事は確定していて、その法則はどんな存在であっても決して逃れられない。
……と悪魔の項目に書いてあった。Wykipedia便利。700円寄付してネ! という表示が出てたので、俺は気持ちよく寄付した。どうせあっちの世界の俺のクレジットカードだ。二度と使わん。
俺が悠然と700円寄付した仕草が、ジャニラとフールフールの視線を悠然と受け流したように見えたらしい。
「ふん、大した御仁のようだね。どうみてもただのでくの坊にしか見えなかったのに、役者だよ。そんなあんたが、古の勇者様を従えてこんな婆に何をしようって言うんだい?」
「悪魔、良くない、組む、破滅」
何だ、俺は原始人か。てにおはを忘れてしまったのか七郎!! いや、緊張して喋れないんですわ。
俺はとりあえず、ニナの肩をぽんぽん叩いた。
「ど、どうしたんだい旦那」
「アイナ、呼んで来て」
「呼んで来ちゃっていいのかい!?」
「いい」
俺に今必要なのは、きちんと喋れる口だ!
つまりアイナが欲しい!!
「ちょっと待って」
俺はそれだけ言うと、床に座り込んでネットサーフィンを開始した。
おお……電脳の海が俺を誘う……。なんと心地よい。ニュースまとめサイトで飛び交う感想の罵声合戦すらそよ風のようだ。ここだ、これが俺の故郷なのだ。
「ちょいと! ちょいとあんた! 用が無いなら出てっとくれ!」
「まあまあ、彼が待ってくれと言ったんだから、ちょっと待ってあげなよ。責任はおいらが取るからさ」
エドガーとはこの国における最大の権威である。
彼のいう事を無碍に出来る存在はいない。ジャニラはぶつくさ言いながら黙る。
フールフールは実に居心地悪そうである。
俺はネットサーフィンしつつ、時折目を休めるために顔を上げた。
周囲を見回していると、壁に何枚か魔方陣らしきものが貼ってあるのが分かる。
なんか、魔方陣はVRコードに似てるよな。VRコードってのは、一見すると訳分からん四角い模様なんだが、スマホのカメラで読み込むとURLになっていたりするあれだ。
試しに俺はスマホを魔法陣に向けてみた。
おっ、VRコードリーダーのアプリで読めるじゃないか。
ほうほう、なんだこれ、イクラの召喚!? そんなことしてどうするんだよ。
こっちは……ははあ、一番大仰だと思ったら、悪魔兵士の召喚か。俺がこの世界に来たばかりの頃に出会った連中だ。ジャスティーンに軽く蹴散らされていたな。
そうやって時間を潰していると、そろそろ十四時を回ろうかという頃合になった。
もう部屋の空気は最悪だ。
ジャニラはぶすっとして、フールフールは所在投げに天井を見ていて、ファーレイは青い顔をしてぶつぶつ言ってて、エドガーは立ったまま寝ている。
俺は絶賛ネットサーフィン中である。
あっ、向こうで首脳会談があったんだな。
すると、どたどたと外が騒がしくなる。
「……まーっ!! セブン様、セブン様ああああああああ!!」
バーン! と扉を蹴り開けて、アイナが飛び込んできた。
あの色っぽい格好のままだ。日差しの中を人力車で突っ切ってきたようで、汗をかいている。
だが、彼女の顔は爽やかだった。
「やっと私を必要としてくれましたね!」
「ああ、やっぱりアイナがいないとやりづらくて仕方ない!」
俺達は欠けた半身と半身なのだ。
コミュニケーションに欠けた俺と、常識が欠けたアイナ。うむ、二人揃って一人前なのだ。
よっしゃ、それじゃあ始めよう。
俺達は、ジャニラに向き直った。
ここからは、俺の喋りだしの言葉は省いて行こう。どうせアイナが全部喋ってくれる。
「まず、ジャニラさんはどうして悪魔と一緒にいるんですか?」
「はっ、簡単さね、私が悪魔を召喚したのさ」
「どのようにして召喚したのですか?」
「魔方陣さね」
「どの魔方陣を使ったのですか?」
すると、ジャニラが凄い目つきでアイナを睨んだ。
違う違う、喋らせてるの俺だから。俺は慌てて手を振って、睨むならこっちだよ! とアピールした。
「そこに立てかけてある大きい魔法陣さね! どうせ魔方陣が何だか分かりもしないくせに、何を調べようって言うんだか」
「それ嘘ですよね?」
「なんだって!!」
「なんですって!!」
ジャニラとファーレイが叫んだ。
俺の言葉通り、アイナが明確に口にする。
「その魔方陣は悪魔兵士を召喚するためのものです。どう間違っても、悪魔騎士であるフールフールは召喚できません」
「出鱈目をお言い! あんたは魔方陣が読めるとでも言うのかい!? 未だ、どの魔術師も、悪魔召喚の魔方陣を完全に読み解いたものなんていないんだよ!」
この狼狽の仕方、ジャニラはシロかもしれない。
そしてこのジャニラの言葉を、エドガーが笑って否定する。
「いやいや、悪魔召喚の魔方陣くらいなら読み解ける魔術師は何人か知ってるよ? だけど、連中はみんな権力には興味が無くてさ」
在野ってことだ。
ジャニラもそいつらに比べると大した事無いのかもしれない。
問題は、こっちだろう。
フールフールが無表情だ。じっと俺を見つめてくる。
「ええい、出鱈目ばかりだよ! あたしは間違いなく、この魔方陣でフールフールを呼んだんだ! フールフールの力でやらなければならないことがあったからね!」
何をやりたかったのかはこの際置いておこう。それは、うちの女子たちに手を出した事とは関係ない。
ジャニラは魔方陣が何を意味するのか見抜けていなかったし、フールフールを呼ぼうともしていなかったんじゃないだろうか。
「それでは、実践して見せます」
アイナの言葉で、ジャニラとファーレイが硬直した。
なんだ、魔方陣ってのはそんなに手順が大変なものなのか?
VRコードリーダーで読み取れば、こうやって簡単に活性化するし……。
俺がスマホをかざし、VRコードリーダーで正確に魔方陣を捉えた途端、それは淡く輝き始める。
「おやめ!! もう悪魔はいるのに、新しい悪魔を呼ぶつもりかい!!」
「一つの魔方陣は、一つの対象しか呼べません。ネームドの悪魔はそれぞれが唯一無二の存在ですから、違う悪魔が出てくる事はありえないんですよ」
「戯言を!」
「まあ、今からこれで悪魔兵士を呼びますから見ててください」
ふむ、魔方陣起動の代償は、バッテリー1%消費か。大したもんじゃないなあ。
俺はバッテリーを消費して代償を捧げる。
すると、魔方陣は眩く光り輝き、鳴動した。
「あああああっ!!」
「うああああ!!」
ジャニラとファーレイが悲鳴を上げる中、魔方陣から巨大な影が生えてくる。
それは、コウモリの翼を生やしたいかつい巨人だった。
見た目は凄そうだが、眼前のフールフールに比べると実にちゃちい。
姿を現した悪魔兵士を見て、しばし、ジャニラは無言になった。
「ほ、本当に悪魔兵士……!」
「ちぇいっ! 火炎斬!!」
暴れだそうとした悪魔兵士を、ファーレイが炎を纏わせたレイピアが切り裂く。
悪魔兵士は消滅して行った。
「つまりジャニラさん、あなたはフールフールにいいように騙されていたんです」
ジャニラが脱力して、椅子にもたれかかった。
つまり。
今、彼女の隣にフールフールがいるということは……とてつもなく、ヤバイ。
唇の端を歪めて笑みを作ったフールフールが、指先をパチリと鳴らした。
それに合わせて、天空から一条の稲妻が走る。
天井をぶち抜いた雷撃が、その場にいた全てを焼き尽くす……と思われたとき、俺のスマホの電池管理アプリが起動。いつの間にか伸びたアンテナが、稲妻をつるりと吸い尽くした。
バッテリーが4%くらい回復する。
おお……。
俺のスマホ、めちゃくちゃ電力食うのな……。
案の定、アイナは俺にすがりつきながら腰を抜かし、パンツをダメにしていた。
安心しろアイナ。俺もだ。
形勢不利を悟ったフールフールは、両手を広げて壁に張り付いた。
エドガーが何処からか機械仕掛けの短弓を取り出す。
放たれるクォレル。
フールフールも迎撃の雷を放つが、それよりもなお、射出されるクォレルが多い。
何本かが悪魔の体に刺さって爆発。
しかし、フールフールは余裕の笑みを崩さなかった。彼女が背をつけた壁全体に、稲妻が走る。
直後に、壁が爆発的に外へ向かって弾け飛んだ。
生まれた爆風が外へ流れていく。フールフールごと。
「ああー、あの悪魔、戦い慣れてるね。おいらでもちょっと手こずりそうだ。飛び道具だとややきついかな」
エドガーが呟いた。
うーむ……悪魔が逃げてしまったぞ……!!




