第十七話 タウンウォーク(ディアスポラ版)~鋼の熊
「ええっ、エドガーさん、こんなトコに預けて大丈夫なのかよ!?」
ニナが素っ頓狂な声をあげた。
ここは、傭兵ギルド双尾の猫の拠点である、歓楽街中心。
常にピンク色の煙が漂っているようで、清純な俺にとっては実に教育に悪い。お子様なニナも本来はここにつれて来たくは無いのだ。お子様はお子様なまま、大切に愛でたいではないか。俺はロリコンではないが、こういう小さい子を愛でる心はもっているつもりだ。
「セブンの旦那もいいのかい? それに、あたいだけだと旦那が喋る時困るじゃん」
心配そうに俺を見つめてくるニナ。こいつ睫毛が長いな! そんな表情も可愛いぞ、もう少し育ったら結婚したいくらいだ。
「そこは大丈夫。アイリスは信用できる奴だと、おいらは思うけどね」
エドガーは楽天的だった。
今日は、彼に付き合ってそれぞれの傭兵ギルドを回る日だ。
昨日の俺の貞操的に危険な事件の後、俺は悶々とした夜を過ごし……いや、嘘です。さっそく記憶が鮮やかなうちに処理しました。今朝も比較的息子ともども賢者です。
女子たちは悶々と過ごしたようだ。あの時の記憶は鮮明に残っているらしい。
朝食でも気まずくて、アイナがなかなか俺の言葉を通訳してくれず、非常に困った。
エドガー曰く、彼女たちは内にわだかまった気持ちがあるので、悪魔の介入を受けやすい状態にあるのだろうと言う事だった
そう言う訳で、安全な場所に彼女たちをしばらく預け、俺達は状況の解決に向かうのである。
お供は、何故か色仕掛け攻撃にかからなかったニナ。
まあニナはお子ちゃまだからね、仕方ないね。
「セブンの旦那、なんか失礼な事考えてただろ! あたい顔色で分かるよ! 旦那ニヤニヤあたいを見てたもん!」
いたいいたい、ぺちぺち叩くな。いや、それがいいのかもしれない。俺はソフトな感じのMかもしれん。
とにかくだ。会話をするのにアイナがいないのは困る。俺は、エドガーに対してはツブヤキッターでの入力が直接テレパシーのように伝わる事を発見し、これを使ってコミュニケーションすることにした。
『何故、信用できると言い切れるんだ? 俺が見たところだと、娼婦たちの元締めでもある双尾の猫が、今回の色仕掛け攻撃には関わりが深いように見えるんだが』
「おおー! セブンの旦那、この板の中だとかっこいい喋りだな!」
スマホがこの世界の言語に対応したため、俺はこの世界の言葉でフリック入力を行う。
必要は発明の母と言うのとはちょっと違うが、俺はこの世界の言語を驚くべき速さで身に付け始めていた。
基本、この世界の文字はアルファベットと形状が非常に近いのだ。
俺は大学で無駄にスペイン語を第二外国語として習得していたのだが、文法に関してはスペイン語のような分かりやすさがあるかもしれない。唯一違うのは、一人称と敬語の多さだ。ここは実に日本語的である。
ということで、俺の背中によじ登り、肩越しにニナがスマホを除いている。
鼻息が指先にかかってくすぐったい。もっとやってくれ。
「つまりだね、アイリスはおいらの子孫に当たるわけさ」
「ええっ!」
「えーっ!」
また爆弾発言が来た。
エドガーはオドロキのカタマリだなあ。
一見怪しそうでも、勇者エドガーの遺伝子を最も強く引いているギルドが双尾の猫だということだ。
道理で、アイリス自ら、うちの三人娘を預かってくれる話をするはずだ。
アイナもセレーネもクリスも心配そうに、
「セブン様、私がいなくても大丈夫ですか? タオルは持ちました? お金は持ちました? 知らない人についていったらいけませんよ?」
「セブン様、お側で勉強できないのは歯がゆいですが……必ずやこの症状への対抗策を見つけて、お側に戻ってまいります」
「あうう、セブン様に全部見られたあ……もうもらっていただくしかありませえん」
お母さんみたいなアイナと、健気なセレーネと、クリスはあれか、それ誘ってるのか?
彼女たちを預けて、俺達はエドガーとともに鋼の熊へ向かう途中。
エドガーが現役だった頃に比べ、流石に街の形は大きく変わっているらしい。
時折エドガーも道を間違える。
「いやあ、ディアスポラの規模が倍近くになってるんよ。おいらも流石に迷うわこれは」
あっはっは、と笑っている。千里眼という二つ名だが、本当に千里眼で見通せるわけではないようだ。手にした地図もアイリスお手製だが、うわっ、アイリス絵がへたくそだな!!
俺はスマホから、グググールストリートビューを呼び出した。
現在位置はディアスポラだから、スッと必要な場所の地図が登場する。今回は新機能、画面を分割して、上でストリートビュー、下でルート検索を使ってみよう。
おっ、ガイドタイムの更新版が来ている。
ガイドタイムというのは電車やバスの乗り換え時間や運賃がわかるアプリだな。
今回のガイドタイムには、馬車や人力車が追加されている。……人力車!?
「なあセブンの旦那、人力車ってなんだ」
「へえ、セブン、それ便利だねえ。おいらが封印されている間に世の中も変わったもんだあ」
『人力車に乗っていこう。これが一番運賃が安いっぽい』
「いいぜ。ちょうどこっちに来るのが一台あるからな」
エドガーが俺の後ろを見て言った。
え、振り返るが、俺には何も見えんぞ。
すると、角を曲がって人力車がやってきた。
うわー、よく分かったな。角にいるから見えないだろ。さすが千里眼じゃね?
「おいらの千里眼ってのは、目だけじゃない、鼻、耳、肌、経験と、何でも使って状況を素早く把握するからこその二つ名なんでね。おーい、乗せてってくれ!」
人力車はちょっと変わった外見だった。
この国は昼過ぎから日差しがきつくなるから、人はあまり肌を出さない。人力車にはそのため、大きな幌がついていた。座席は二人用。屈強な褐色の肌の男が、頭に編み笠みたいなのを被って引いている。
もう世界観めちゃくちゃだな。
「へい、どちらまで!」
「鋼の熊まで頼むよ」
「へい!」
エドガーが大銅貨と小銀貨を何枚か払う。リーズナブルだ。タクシー初乗り料金よりちょっと安い。
俺とエドガーが隣り合わせで座り、席を詰めて隙間にニナが挟まるように収まった。
「うはは! すっげー!」
ニナがはしゃぐ。可愛い。
俺は途中の屋台で、ニナに肉団子の串焼きを買ってやった。
軍資金はディアスポラから出ているから正確には俺の金ではないが。
「旦那ありがとー!! うまー! 人力車すげー!」
人力車、なかなか早い。
時速十五kmくらいで飛ばすのだ。この引き手は、有翼の兎の構成員らしいが、職務に合わせて体を鍛えこんでいるのだろう。
風はぬるかったが、それでも日差しを避けながら走る車の臨場感は気持ちいい。
ほどなくして、人力車は鋼の熊本部へ到着した。
そいつはまるで城砦のような、石造りの建物だ。規模はかなり巨大で、この中に構成員の集合住宅から訓練所まで内包しているのだそうだ。
扉は解放式で、これもとにかくでかい。
建造物は質素だったが、アラベスクって感じだった。
念のためにググってアラビアの建築様式を確認する。ウズベキスタンのサマルカンドとかが近いな。色合いも瑠璃色だが、こっちは現役の建物のせいか、スマホの中にあるサマルカンドの写真より、色彩が鮮やかな気がする。
「これはこれは、勇者エドガー! よくぞお越しくださいました」
男性ホルモンが多いおっさん、ドンメルが出迎えてくれた。
護衛らしい、むきむきマッチョの戦士が腰に刀を携えて控えている。あれはシャムシールとか、そういう感じの曲刀だな。
残念ながら、女の人はほとんどいない。こういうガチムチな職場は、男社会なのだろう。女性は双尾の猫や黄金の狐が担当しているのかもしれない。
「それでは案内いたしましょう。さあこちらへ」
「すげえ汗臭いとこだなー! セブンの旦那も鍛えてもらったらどう!?」
冗談じゃない。俺は頭脳労働メインなのだ。肉体労働なんて指先をフリック入力する程度で充分だ。
ニナは、冗談だよーなんて言いながら俺の腕に抱きついてきた。超可愛い。
まず、最初に視察したのは訓練場だ。
中庭のようになっていて、機械仕掛けで日よけがせり出すようになっている。今は日よけが空の半分ほどを覆っているから、中庭といえどなかなか快適。あちこちに空いた大きな窓から、外の風を取り込む仕組みにもなっているようだ。
半裸の男達が、手に木製の模造刀を構えて、そこここに寄りかかったり座り込んだりしている。
男達の脇には、飲み物を携えたお姉ちゃん達がいて、彼等の汗を拭いたり飲み物を売ったり、お尻を触られたりしている。
あんまりストイックと言う訳でも無いようだ。
ちょうど訓練場中央で打ち合っているのは、若い男が二人。
その片方はいかにもイケメンで、一見すると細身だが、いわゆる細マッチョと言う感じでしっかり筋肉がついていた。
もう片方はガッチガチのガチムチである。手にしてる模造刀が冗談かと思うくらいでかい。
ガチムチが、オアアアアアーと叫んで殴りかかる。それ、模造刀だけどその勢いで殴ったら人が死ぬよな。
細マッチョ、一撃をするりとかわす。
動きに無駄が無い。戦うために必要なだけの筋肉をつけた感じだ。
そいつは目にも留まらぬ動きでガチムチの懐に入り込むと、模造刀の柄でガチムチの肘を打つ。腕が痺れて武器を取り落とすガチムチ。
その隙に、細マッチョがガチムチの膝に足を掛けて跳躍した。飛び上がりざま、ガチムチの顎に膝で一撃入れている。そして落下ざまに、肩に一撃。
あれは脳天に叩き込めるくらい余裕があったな。明らかに手加減してやがる。
だが、それでガチムチは戦闘不能だ。肩と顎を押さえてうずくまってしまった。
「あれが、うちの若手で一番の使い手、ハディードですぞ」
「いい動きだねえ」
自慢げなドンメルに、エドガーが頷いて見せた。
ハディードは俺達の方を向いて一礼。そして直後、エドガーに向けて模造刀を放って来た。あぶねえ!!
「きゃあ!」
ニナがびびって俺に飛びつく。重い!
「勇者エドガーとお見受けする! 俺は鋼の熊一番の剣士ハディード!! 貴方の強さを見てみたい!」
なんという怖いもの知らずだ。
「ばっか危ないだろ!! あたいやセブンの旦那に当たったらどうするつもりだよ!」
ニナが俺に抱きついたままハディード目掛けて怒鳴る。
すると、細マッチョはフッと顔に冷笑を浮かべた。
「エドガー殿は既に模造刀を受け取っているぞ。反応もできないうすのろが何を言っているのだ。それに、ここは小便臭い小娘が来るところではない」
「な、な、なななななーっ!!」
ニナが怒りでぶるぶる震える。俺も怒りを覚える。小便のところは同意だが、無駄に人を罵倒してはいかんぞ!
『エドガー、やっておしまい』
「なんでセブンがむきになってるんだかなあ……。まあ、おいらも生意気な小僧をちょっと可愛がるってのは賛成だけどね」
エドガーは模造刀をぶら下げ、ぶらりと訓練場中央へ歩み出た。
いつもの、覇気が無い猫背のままだ。
「勇者エドガーの武器は弓と言い伝えられておりますが、戦場ではいつも、弓で戦える距離とは限りますまい! こうして武器を持った相手と間近で渡り合う事もありますからな!」
ハディードが声高に言いつつ、身構える。
ドンメルは楽しそうに唇に笑みを浮かべた。自分の子飼いの戦士がどこまで勇者に通じるのか、楽しみなのだろう。
周囲でだらけていた戦士たちも、突然始まったこの勝負をに注目している。
最強の弓使いと言えど、今の得物は刀なのだ。それを、接近戦に長けたハディードと戦う。専門外の武器では、例え伝説の勇者といえど苦戦は免れまい。
そんな事を考えているのだろう。
ばぁーっかじゃねえの!?
お前らは、エドガーがあの至近距離でゼパルと遣り合った光景を見て無いからお気楽でいられるんだ。
これは絶対面白い事になるぞ。
俺はカメラを起動して、決定的瞬間を待つ。
エドガーは俺の意図に気付いたようだ。
こちらに顔を向けて、にやっと笑ってブイサインした。
あからさまに隙である。
「もらった!!」
ハディードが突っ込んできた。速い。ゼパルの変身前の突進に近い速度だ。
この場にいる戦士達の中には、このハディードの動きを把握できていないものも多いだろう。だから、誰もが決まったと思った。ドンメルなんてガッツポーズをしている。
ゆえに、次の瞬間、誰もが硬直した。
甲高い木と木がぶつかり合う音がして、エドガーの模造刀が、その切っ先でハディードの一撃をぴたりと受け止める。
エドガーは余所見をしたまま、しかも片手だ。
ハディードの刀は振り下ろしきる前に、切っ先と言う極小の一点によってその刃を受け止められた。
「なっ……!!」
ぬるりとエドガーの切っ先が滑った。下へ。
その先端が、模造刀を握るハディードの指先を軽く打つ。
指をやられたハディードは、刀を保持できずに武器を取り落とした。
彼の眉間に、ぴたりとエドガーの刀が突きつけられる。
「は……ああああ………?」
ハディードは一瞬呆然として、次に、腰を抜かしてへたり込んだ。
うむ、次元が違うな。
俺はバッチリ、今の光景を動画で撮影した。
「うはははは! 戦士だっせー!! エドガーさんすげー!」
わはは、ニナ、声が大きいぞう、もっとやれ!
俺は、スマホに備わったプロジェクション機能で壁にさっきの光景を映し出し、ハディードの、「は……ああああ………?」までを最大音量でリピートした。
訓練場爆笑。
「おおお、おのれーっ!!」
ハディードがじたばたして悔しがっていたのが爽快だった。




