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第五話  名の無いエルフ


マルゼンを出たレイは、街の中を歩いていた。


時刻は昼を少し過ぎた頃。


隣には、一人のエルフがいる。


金色の髪。


長い耳。


整った顔立ち。


そして首元には、黒い奴隷紋。


少し前まで、レイは一人だった。


金貨一枚を握りしめ、どうにか冒険者を続けていた。


それが今では――


「……」


レイは横目でエルフを見る。


「何かございますか?」


静かな声。


感情が読み取りにくい。


「いや」


レイは前を向く。


「そういや、お前の名前聞いてなかったな」


エルフは少しだけ足を止めた。


「……ありません」


「……は?」


思わず聞き返す。


「名前がない?」


「はい」


エルフは淡々と答えた。


「奴隷になった時に、失いました」


「名前だけではありません」


少し間を置く。


「エルフとしての誇りも」


「一族の中での立場も」


「私が私であるためのものを、全て」


レイは黙って聞いていた。


「今の私は、主人に従うだけの存在です」


「ですので……」


エルフは頭を下げる。


「新しい名を、お与えください」


レイはすぐには答えなかった。


少し考える。


そして首を横に振る。


「悪い」


「今は決められねぇ」


エルフが顔を上げる。


「……なぜですか?」


レイは歩きながら言う。


「名前ってのは」


「ただの数字や記号じゃないだろ」


「そこには、願いや想いが込められるもんだ」


「誰かが、その人の未来を願って贈るものだと思う」


レイは少しだけ笑った。


「だから、適当に決めたくない」


「ちゃんと考える」


「それまで保留だ」


エルフは黙っていた。


やがて、小さく頭を下げる。


「……承知しました」



しばらく歩いた後。


レイは腰の革袋へ手を伸ばした。


そして、気づく。


「……」


何もない。


当然だった。


残っていた金貨一枚。


それは昨日までの全財産。


そして今は、マルゼンの中に消えた。


「……」


レイは空の革袋を見る。


「やべぇな」


「どうされましたか?」


「金がない」


エルフは静かに答える。


「でしたら、私を売れば――」


「それはしない」


レイは即答した。


エルフが少しだけ目を見開く。


「……なぜですか?」


「……」


レイは少し考える。


「分からねぇ」


「でも」


「なんとなく、それは違う気がする」


そして歩き出す。


「金を稼ぐぞ」


「今日の飯と宿代くらいはな」





冒険者ギルド。


掲示板には、様々な依頼が並んでいた。


討伐。


護衛。


採取。


レイは一つずつ確認する。


「今の状態じゃ、戦闘系は厳しいか」


装備もない。


情報もない。


無理をする理由はない。


そこで、一枚の依頼書が目に入った。


薬草採取。


報酬は高くない。


だが、今の二人には十分だった。


「これにする」


レイは依頼書を手に取った。





森の中。


レイは周囲を見回していた。


「……どれだ?」


依頼書に書かれた薬草の名前は分かる。


だが、どこに生えているのかまでは知らない。


その横で。


「こちらです」


エルフがしゃがみ込む。


「これは薬草です」


「この近くにもあります」


「少し奥へ行けば、もっと質の良いものも」


レイは目を丸くした。


次々と薬草を集めていく。


迷いがない。


まるで森そのものを理解しているようだった。


「……すげぇな」


エルフは手を止める。


「森で暮らしていましたから」


「これくらいしか、私にはできません」


レイは少し眉をひそめた。


「十分だろ」


その言葉に、エルフは少しだけ顔を上げた。



依頼を終え、二人は街へ戻った。


報酬を受け取る。


大金ではない。


それでも。


飯代と安い宿代には十分だった。




その日の夜。


二人は小さな食堂で食事をしていた。


木のテーブルは少し傷んでいて、椅子も硬い。


客もまばらで、静かな店だった。


レイは席に座ろうとして、ふと動きを止めた。


エルフは当然のように、床へ膝をつこうとしていた。


奴隷としての癖だった。


「……おい」


レイは短く言う。


エルフの動きが止まる。


「そこ、座れ」


レイは椅子を顎で示した。


「え……しかし」


「いいから」


少し強めの声。


エルフは戸惑いながらも、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


まるで壊れ物に触れるように、慎重に。


レイはその向かいの椅子に座る。


「同じ席で食うぞ」


「床じゃねぇ」


エルフは小さく頷いた。


「……承知しました」


だが、その手は少しだけ震えていた。


慣れていない。


許されることに。



会話は少ない。


まだ仲間ではない。


まだ互いを理解しているわけでもない。


それでも。


レイは久しぶりに、一人ではない食事をしていた。


「……悪くないな」


小さく呟く。


エルフは静かに食事を続ける。


名前はまだない。


だが。


二人の旅は、ここから始まった。

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