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第二話  カジノマルゼン


レイは目の前の建物を見上げていた。


派手な装飾。


夜でも昼のように照らす魔導灯。


入口から溢れる人の数。


冒険者だけではない。


商人。


身なりの良い者。


護衛を連れた者。


普段、冒険者ギルドでは見ないような人間まで集まっている。


「……本当に賭場かよ」


呟きながら、レイは看板を見る。


『新装開店――マルゼン』


街で噂になる理由も分かる。


ただの賭場ではない。


金を持った人間が集まり、金を奪い合う場所。


そんな雰囲気が、入口の外まで伝わってくる。


「……」


一瞬、帰ろうかと思った。


自分でも分かっている。


今の自分が持っている金は、金貨一枚だけ。


失えば、本当に何もなくなる。


だが――


レイは後ろを振り返る。


そこには、さっきまでいたギルドへ続く道。


戻ったところで何がある。


低ランク冒険者。


追放された言霊師。


信用もない。


「……まあ」


レイは小さく息を吐いた。


「今さらだろ」


そして、マルゼンの扉を開いた。







中へ入った瞬間、空気が変わった。


「……」


思わず足が止まる。


騒音。


歓声。


魔導具の駆動音。


そして――


「うわあああああ!!」


「なんだこれぇぇぇ!!」


「やめろぉぉぉ!!」


「金が!金が消えてく!!」


「嘘だろ!?今の当たりじゃねぇのかよ!!」


阿鼻叫喚のような悲鳴。


勝者の歓声よりも、敗者の絶叫の方が多い。


大量のチップが机の上を滑る音と、絶望の叫びが混ざり合い、空間そのものが狂っているようだった。


そこには、ギルドとは違う“緊張”と“狂気”が満ちていた。


「すげぇな……」


レイは周囲を見渡す。


大きな魔導スロット。


魔石を使ったルーレット。


見たこともない遊戯台。


金を賭ける場所なのに、まるで地獄と祭りが同居しているようだった。


「いらっしゃいませ」


受付の女性が声をかけてくる。


「チップへの交換ですね?」


「ああ」


レイは革袋から金貨を取り出した。


金貨一枚。


今の自分の全財産。


受付の女性は慣れた手つきで受け取る。


そして――


目の前に大量のチップが置かれた。


「500枚になります」


「……500」


レイは思わず呟く。


たった一枚の金貨。


それが、目の前では大量のチップに変わっている。


レイはチップを受け取った。


そしてそのまま、受付の横にある小さなカウンターに目をやる。


「……ついでに」


レイはチップを軽く指で弾いた。


「これ、煙草に替えられるか?」


受付の女性は一瞬だけ間を置き、それから慣れた笑みを浮かべた。


「もちろんでございます」


すぐに別の箱が差し出される。


中には、魔草を極限まで精製した高級オーガニックタバコが16本。


吸えば一瞬で魔力の巡りが整うと言われる、上流階級向けの嗜好品だ。


レイはそれを無言で受け取り、一本だけ口に咥えた。


火をつけると、淡い魔力の煙がゆっくりと立ち上る。


「……ふぅ」


短く息を吐く。


金がチップに変わり、チップが煙に変わる。


馬鹿みたいな話だが、今のレイにはそれが妙にしっくりきた。





店内を歩く。


空いているスロットの前に立つ。


何をやるか決めていたわけではない。


カード。


ルーレット。


魔導具を使った様々なゲーム。


どれも人で溢れている。


「知識がいる奴は無理だな……」



そこで目に入った。


壁際に並ぶ、大型の魔導スロット。


「……これなら」


レバーを引くだけ。


仕組みも単純。


今の自分にはちょうどいい。


空いているスロットの前に立ち、レイはしばらくその機械を見つめた。


その先、店の奥に人だかりができている場所があった。


「なんだ?」


気になって近づく。


そこには、豪華な装飾が施された展示室があった。


そして、その中にいたのは――


「……エルフ」


長い耳。


人間とは違う美しい容姿。


だが、その姿は自由ではなかった。


首もと。


胸。


そこには奴隷紋が刻まれている。


レイは黙って見つめる。


周囲の客が話していた。


「今回の新装開店イベントの目玉だってよ」


「本物のエルフなんて珍しいな」


「ジャックポットの景品らしいぞ」


「マジかよ」


「対象のスロットで引き当てれば、あのエルフが手に入るって話だ」


レイはその言葉を聞いて、少し目を細めた。


「……景品、ね」


人が。


景品として扱われている。


普通なら、もっと別の感情が湧くのかもしれない。


だが今のレイが考えたのは――


仲間。


だった。


自分にはもういないもの。


一人では受けられる依頼にも限界がある。


支援とデバフしか使えない自分では、前に立って戦うことはできない。


「もし……」


レイは小さく呟く。


「戦える奴がいたら」


もう一度、パーティを組めるのではないか。


そんな考えが浮かぶ。


もちろん、そんな都合のいい話があるわけない。


それに――


「……俺と組みたい奴なんているわけないか」


自嘲する。


奴隷なのに、俺と組みたくないなんて考えるわけない。


そんな自由も意思も、最初から持っていない存在だ。


だからこそ。


契約で縛られた存在なら。


少なくとも、突然自分を捨てることはない。


「……最低だな、俺」


そう思いながらも、その考えを完全には否定できなかった。


その時だった。


店内に大きな音が響く。


「ジャックポット!!」


歓声。


レイが振り返る。


一人の男がスロット台の前で立ち上がっていた。


周囲から拍手と歓声が巻き起こる。


「本当に出たぞ!」


「嘘だろ!」


男は店員に案内され、展示室へ向かう。


そして――


一人のエルフを連れて、マルゼンを後にした。


残ったエルフは、一人。


その瞬間。


客たちの目の色が変わった。


「本当に当たるんだ……」


「なら俺も!」


「次は俺だ!」


さっきまで眺めていた者たちまで、一斉にスロットへ向かう。


チップを積む。


レバーを引く。


魔導具が悲鳴のような駆動音を上げる。


「頼む!」


「出ろ!」


「俺が引く!」


マルゼン全体が熱狂と絶叫に包まれていく。


その光景を見ながら、レイは手元のチップを見る。


480枚。



そして、最後に残った一人のエルフを見る。


「……」


レイはゆっくりと歩き出した。


スロット台へ向かって。

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