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夢幻の王と箱庭の国 〜病弱で一歩も動けない大商会の御曹司ですが、暇つぶしに「夢の世界」で街を作ったら、勇者も魔王も俺の常連客になっていた〜  作者: 天音天成
第1部:【第1章】最弱の御曹司と、深夜の秘密の喫茶店

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第8話「初めての喧嘩と、仲裁の魔術」

問題が起きたのは、十日目の夜だった。


「あなたは、その考え方が間違っています」


シルが、珍しく強い口調で言った。


「俺の考えのどこが間違っているというんだ」


ゼルが、同じくらい強い口調で返した。


二人の間で、明らかに空気がぴりついていた。


俺は厨房から顔を出しながら、静かに様子を見た。


発端は些細なことだった。


今夜のメニューは「親子丼」——鶏肉と卵を出汁で煮てご飯に乗せたもの——で、提供したときにシルが「協力すると、こんなに美味しいものができるんですね」と感想を言ったことだった。


「鶏と卵は同じ種族ですが、それが合わさると新しい味になる。異なる種族だって、力を合わせればもっと素晴らしいものができると思います」


その何気ない一言が、ゼルに引っかかった。


「種族が違えば、利害も違う。合わせることが必ずしも良い結果を生むとは限らない」


「でも、対立し続けても何も解決しない」


「現実は理想論では動かない」


「理想を持たない現実論は、ただの停滞です」


二人の声が、だんだん大きくなっていた。


リラが俺の方を見た。


俺は小さく頷いて、厨房から出た。


「ちょっと待った」


二人が振り向いた。


俺はカウンターに手をついて、二人を交互に見た。


「二人とも、今夜の料理は美味かった?」


「美味しかったですが……」とシル。


「話の途中だ」とゼル。


「うん、知ってる。でも一個聞かせて」


俺は少し間を置いた。


「二人とも、今話してる内容について、相手を「変えよう」と思ってる? それとも「聞いてほしい」だけ?」


沈黙。


「……私は」とシルが言いかけて、止まった。


「俺は」とゼルも言いかけて、止まった。


俺は二人の顔を見た。


「どっちの言ってることも、間違ってないと思うよ」


「え?」とシル。


「どういうことだ」とゼル。


「種族が違えば利害も違う、これは事実だよな。一方で、協力すれば新しいものが生まれる。これも事実だ。矛盾してるように見えるけど、どっちか一方が正しいわけじゃない」


俺はカウンターに肘をついた。


「俺が前の仕事で学んだことを言うと、異なる立場の人間が協力するのが難しいのは、「利害の違い」じゃなくて「信頼がないから」なんだよな。信頼さえあれば、利害が違っていても協力できる。信頼がなければ、利害が一致していても裏切り合う」


二人が、黙って俺の話を聞いていた。


「だから、「協力すべきか否か」より「信頼を作れるかどうか」の方が本質的な問題だと思う。どうかな」


静寂。


シルが少し俯いて、考えているようだった。


ゼルが腕を組んで、何かを噛み締めているようだった。


リラが静かに口を開いた。


「マスターの言葉は、長く生きた者の言葉に近い重みがあります」


「十四歳なんだけど」


「転生者と言っておられましたね。前の世界での経験が滲み出ているのでしょう」


俺は苦笑した。


しばらくして、ゼルがぼそりと言った。


「俺は、別に怒鳴りたかったわけじゃない」


「わかってるよ」


「俺の言い方が、乱暴だった」


ゼルがシルの方を、わずかに向いた。


「悪かった」


シルが目を瞬かせた。


ゼルが謝るとは思っていなかったらしく、少し驚いた顔をした後——小さく笑った。


「私こそ。一方的に押し付けるような言い方をしました」


「別に……」


ゼルがそっぽを向いた。でも、耳が少し赤い気がした。


俺はそれを見て、口元を手で覆いながら、笑いをこらえた。


「何がおかしい」


「何でもない。コーヒー、おかわりしようか?」


「……もらう」


「私も」とシルが言った。


「私も、いただきます」とリラが言った。


俺はコーヒーを四人分——自分のも含めて——淹れた。


夢の国の静かな夜に、コーヒーの香りが広がった。


「マスター」とシルが言った。


「うん?」


「あなたは、なんで喧嘩を仲裁するのがうまいんですか?」


「前の仕事で、よく喧嘩の仲裁をしてたから」


「喧嘩が多い職場だったんですか?」


「まあ、何万人もの人間が一緒に遊ぶ場所を管理してたから、毎日必ず誰かが怒ってたよ」


「何万人も!?」


シルが目を丸くした。


ゼルも少し驚いた顔をした。


「そんな数の人間を、一人で管理していたのか?」


「一人じゃないけどね。チームでやってた。でも俺が一番長く働いてたかな」


「……どんな仕事だったんですか、詳しく聞かせてもらえますか?」


シルが前のめりになった。


俺は少し考えて、今夜は珍しく前世の話を少しだけすることにした。


ゲームの話。


仮想の世界の話。


みんなが等しく冒険できる場所を作った話。


バグを修正する話。プレイヤーの怒りを受け止める話。夜中に一人でサーバーの前に座っていた話。


そして、そのまま倒れて、気づいたらこの世界の赤ちゃんになっていた話。


「それは……」


シルが、神妙な顔で言った。


「……大変でしたね」


「まあ、楽しかったけどね。きつかったけど、好きな仕事だった」


「好きなことで倒れてしまったんですか」


「そう」


「それは……」


シルがうまい言葉を探しているようだった。


「それは、いいことですか、悪いことですか?」


俺は少し考えた。


「好きなことで死ねたなら、悪くないんじゃないかな」


シルが、じっと俺を見た。


「今も、好きなことをしていますか?」


俺はゆっくりと、店の中を見回した。


石畳の床。温かい照明。窓の外の星空。


コーヒーを飲む三人の顔。


「うん」


俺は頷いた。


「今が一番、好きなことをしてるかもしれない」

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