第7話「レギュラーメニュー完成と、名前も知らない常連たち」
それから一週間が経った。
夢喫茶アストラルは、気がつけば、毎晩三人の常連客で賑わうようになっていた。
金色の髪の女の子(俺の心の中でのニックネームは「シル」。なんとなくそんな雰囲気だったので)。
赤い目の黒髪の男の子(「ゼル」と呼んでいる。やはりなんとなく)。
そして銀髪のエルフのリラ。
三人とも、本名は教えてくれていない。
俺も聞かない。
ここでは「マスター」「客」の関係だけあれば十分だ。
「今日のランチは何ですか?」
シルが、エプロンを着た俺に訊いた。
「カレーライスを作ろうかなと思ってる」
「カレーライス……また聞いたことのない料理ですね」
「スパイスを使った煮込み料理だよ。香りがすごくいい。こっちの世界にも似たようなものがあるけど、少し違う。食べてみてから判断して」
「楽しみです」
シルはそう言って、窓際の席に座った。
最近、シルとゼルの間に変化が生まれてきている。
以前は別々の席に座って、ほとんど言葉を交わさなかった二人が——最近は、短い会話をするようになった。
昨日は、ゼルがカウンターでコーヒーをおかわりしていたとき、シルが「そのコーヒー、何杯目ですか?」と訊いて——ゼルが「三杯目だ。文句はあるか」と答えて——シルが「別にないです。ただ夜に飲みすぎると眠れなくなりませんか?」と言って——ゼルが「夢の中でコーヒーを飲んで眠れなくなるわけがないだろ」と返して——二人で少し笑った。
そういう微妙な距離の縮まり方が——俺は密かに好きだった。
「マスター」
リラが静かに入ってきた。今日は早めの来店だ。
「いらっしゃい。今日のハーブティーは新しいブレンドを試したんだけど、飲んでみる?」
「ぜひ」
リラはカウンター席に座りながら、厨房の様子を眺めた。
「随分と手際が良くなりましたね」
「一週間毎日作ってると慣れてくる」
「あなたは料理の才があるとお見受けします」
「前世の蓄積があるんで。まあ、この世界では初めてだけど、知識だけはあった」
「前世?」
俺はちらりとリラを見た。
「ここだけの話、俺、前の記憶があるんだよね。別の世界の」
リラは少し目を細めた。「転生者、ということですか」
「そう。驚いた?」
「いいえ」
リラは静かに答えた。「転生者は、この世界にも時折現れます。特に大きな魔力を持つ方に多い。あなたのように」
「俺の魔力、感じる?」
「この夢の世界全体が、あなたの魔力で構成されています。そこに浸かっているようなものですから、嫌でも感じます」
「そっか。迷惑じゃない?」
「全く」
リラは運ばれてきたハーブティーを手に取り、香りを確かめた。
目が、静かに和らいだ。
「今日のブレンドは、また違いますね」
「昨日のより少し甘みを強くしてみた。どう?」
「……好きです」
短くそう言って、リラはカップを両手で包んだ。
▽ ▽ ▽
その夜、カレーが完成した。
香り高いスパイスと、じっくり煮込んだ野菜と魔物由来の肉の旨味が溶け込んだ、黄金色のカレールー。バターで炊いたライスに、たっぷりかける。
「これは」
シルが一口食べて、目を見開いた。
「香りが。すごい香りです、マスター」
「辛さは大丈夫?」
「はい。辛いのに——なぜか口の中が幸せになります」
「それがカレーの魔法だよ」
ゼルは黙って食べていたが、最初の一口から箸(今夜は箸を出してみた。こちらの世界では珍しいが、夢の中では問題なく使える)が止まらなかった。
「おかわりはあるか」
「ある。一回分だけど」
「もらう」
ゼルがおかわりを要求したのは初めてだった。俺は内心でガッツポーズをしながら、二皿目を盛った。
リラはカレーを一口食べて——少し驚いたような顔をした。
「これは……スパイスの配合が、精霊術の調合に近いですね」
「言われてみれば、料理と調合は似てるかもな。材料と分量と順番が大事なのは一緒だ」
「そうです。こんな形で料理と魔術が交差するとは思いませんでした」
「面白いだろ?」
「ええ」
リラがほんの少し、口角を上げた。
俺は三人が食べている様子を眺めながら、今夜の「バフ設定」を確認した。
今日のカレーの効果は——「持久力向上」と「消化促進」と「精神活性」の三重バフだ。明日の朝、三人の体がどう変化しているか——結果が楽しみだった。
「マスター」
シルが食べ終わって、ちらりとこちらを見た。
「この店って、いつからあるんですか?」
「一年くらい前から作り始めた。最初は本当に小屋一軒だけで、喫茶店らしくなったのはここ半年くらい」
「ということは、以前から来客が?」
「パラパラとね。あなたたち三人は特に最近の常連だけど、もっと前にも数人、来たことがある人がいる」
「その人たちは今は?」
「引っ越したり、環境が変わって俺の魔力波長を感知できなくなったのかな。自然に来なくなった」
「……そうなんですか」
シルが少し神妙な顔をした。
「もし、私たちも来なくなる日が来たら?」
「それはそれで仕方ない。客の都合を強制する気はないから」
「——マスターは、寂しくないんですか?」
俺は少し考えた。
「寂しいかどうかは、来なくなってからじゃないとわからないかな。でも、少なくとも今は」
三人の顔を、一人ずつ見た。
「めちゃくちゃ楽しい」
シルが、ぽかんとした顔をした後、柔らかく笑った。
ゼルが小さく鼻を鳴らした。でも口角が上がっていた。
リラが静かに頷いた。
「よかった」とリラが言った。「私も、楽しいです」
「私も!」とシルが続けた。
ゼルが少し間を置いて「……まあ、俺も」と言った。
喫茶店の中が、静かな温かさで満ちた。
俺は何も言わずに、三人のコーヒーカップにおかわりを注いだ。




