第5話「ステータス報告と、現実の混乱」
・人間界・王都エルディアム・聖騎士団本部
「シルヴィア様、本日の測定結果をご報告します」
魔力測定師:白衣の老人が、羊皮紙のレポートを差し出した。
シルヴィアはそれを受け取り、数字を確認した。
「また上がってる」
「は、はい。昨日比で一・三倍、一週間前比で三倍近くに達しております。全ステータスも同様の上昇傾向が見られ、体力値・俊敏値に至っては……」
「二週間前の四倍?」
「……五倍に迫っております」
会議室が、静まり返った。
聖騎士団長——白髪の初老の男——が、テーブルに両手をついて前のめりになった。
「シルヴィア。お前はこの一週間、何をした」
「睡眠を取っていました」
「……睡眠?」
「毎晩、ちゃんと寝ていました。それだけです」
「そんなことがあるか! ステータスが五倍になるような睡眠があってたまるか!」
「あったんです」
シルヴィアは平然として答えた。
正確には、夢の中の喫茶店で、マスターの作った料理を食べている。でも、それを話したとして、誰が信じるだろうか。
「とにかく、今の私の状態が事実です。測定結果がそう示している以上、否定しようがありません」
「だがその理由が……」
「調査してください。私は視察に行きます」
シルヴィアはそう言って席を立った。
体が、軽い。
昨日も今日も、魔力が溢れんばかりに満ちている。
あの喫茶店の料理には、確かに何かがある。
マスターが言っていた——「バフ効果を料理に込めることができる」と。詳しくは聞いていないが、どうやらその効果は現実にも持続するらしい。
それも、食べるたびに蓄積していく。
「(ありがとう、マスター)」
シルヴィアは心の中で呟いて、足早に廊下を歩いた。
今夜も——あの店に行こう。
▽ ▽ ▽
・同日・魔族領・魔王城
「ゼルガ様!」
執務室に、魔族の参謀長——隻眼の中年男——が飛び込んできた。
「騒々しい。何だ」
「昨日から今日にかけての魔力測定の結果を——」
「知ってる」
「ご存知で!? では理由を——」
「知らん」
参謀長が口を開けた。
「知ら……?」
「知らんと言った。ただ、体調が良好なのは事実だ。文句はあるか」
「い、いえ。むしろ——」
参謀長は羊皮紙の束をめくりながら、興奮気味に続けた。「ゼルガ様の魔力値上昇に連動して、魔王城の防衛結界の強度も二倍以上になっております。魔力感応型の施設は軒並み強化され、本日の戦闘訓練では、ゼルガ様単独で精鋭部隊の半分を相手に——」
「わかった。もういい」
「でも理由を……」
「俺が良くなっているなら、それでいい」
ゼルガはペンを置いて、窓の外の荒野を眺めた。
正直に言えば——理由は何となくわかっている。
あの夢の喫茶店。
あのマスターが作った料理。
食べるたびに体が軽くなる感覚があった。魔力が安定していく感覚があった。
しかし、それを口にすれば「魔王が夢の中の飯屋に通っている」という話になる。魔族の参謀連中がどんな顔をするか、想像するだけで頭が痛い。
「今夜も、行くか」
ゼルガは一人で呟いた。
「え? 魔王様、何か?」
「独り言だ」
▽ ▽ ▽
・同日夜・アストラル商会辺境別荘
俺は書類の山を片付けながら、頬杖をついていた。
マリアが夕食を運んでくる前に、今日届いた父からの手紙を読んでいた。
『ユメジへ。先日おまえが手紙で指摘した「アルバ山脈北西ルートの利用者増加と、それに伴うロジスティクスの見直し案」について——父さんは最初、末の子が突拍子もないことを言いだしたと思ったよ。でも調べてみたら、見事に当たっていた。来期の輸送コストは試算で三割削減できる見込みだ。お前はどこでこんなことを調べるんだ?』
俺は苦笑した。
「夢の中のお客さんから情報を集めてるんだよ、お父さん」
もちろんそんなことは書けないので、返事には「辺境の本屋から取り寄せた地理書を読んでいて気づきました」と書くつもりだ。
夢の国に来る客たちは、様々な地域から来る。それぞれが、自分の現実の話を意識的にも無意識にもしていく。
俺はそれをきちんと聞いている。
「バグ取りとユーザーサポートで培った、傾聴力ってやつだな」
前世のゲームマスター業では、プレイヤーの「言葉にならない不満」を汲み取る能力が何より重要だった。
この世界でも、それは変わらない。
「ユメジ様、夕食のご準備が……」
マリアが扉を開けて入ってきた。
「また手紙を書いていらっしゃるんですか。本日六通目でございます」
「商会への情報提供だよ。俺にできる仕事はこれくらいしかないからな」
「ユメジ様にはご自愛いただくことが最優先でございます。手紙のお仕事は……」
「わかってる。今日はここまでにするよ」
俺は手紙を畳んで机の引き出しに入れた。
マリアがトレイを置く。今夜の夕食は——見事に豪華だった。三種のチーズを使ったグラタン、香草焼きの白身魚、それからマリアが何時間もかけて仕込んだスープ。
「マリア、毎日こんな豪華な夕食を作ってくれるけど——これ、材料費どのくらい?」
「ご心配は無用です」
「いや、心配というか……」
「アストラル商会より毎月拠出されるユメジ様の療養費は、このような夕食を三百人分作っても余りある金額でございます。ご安心ください」
「そうじゃなくて、マリアが頑張って作ってくれてるのに、いつも俺が「美味しい」の一言で済ませてるのが申し訳ないなと思って」
マリアがぴたりと止まった。
「……ユメジ様」
「うん?」
「そのお言葉だけで、私はどんな苦労も報われます」
「それは過剰……」
「十分でも過剰でもございません。ユメジ様のご健康が私の何よりの願いです。それに」
マリアが少し声のトーンを下げた。
「ユメジ様は最近、朝のお目覚めの顔色がずいぶんよくなられました。三ヶ月前と比べると、目に明らかな違いがございます」
「そう?」
「はい。体重も若干増加しています。食欲も——やはりここ二ヶ月ほどで改善されています。何か、変わられましたか?」
俺は少し考えた。
変わったこと——それは、夢の中で自分でも料理を食べるようになったことだ。
夢の中で食べた料理の効果は、現実にも引き継がれる。俺がそれを意識したのは最近で、客にだけ料理を出して自分は食べていなかったのだが——試しに食べてみたら、確かに体の調子が良くなった。
完全に健康にはなれないが、以前よりは確実にましになっている。
「ちょっと、いいことがあったのかも」
「……左様でございますか」
マリアは微妙な顔をした。「辺境の別荘でいいことが起きるとすれば、私がお世話をする以外に——」
「マリアのおかげも大いにあるよ」
「——っ」
マリアが耳の先まで赤くなった。
「失礼いたします。お食事をどうぞ」
早口でそう言って、くるりと踵を返してしまった。
俺はその背中を苦笑しながら見送って、グラタンのスプーンを手に取った。
「さて、今夜は何を作ろうかな」
夕食を食べながら、俺はメニューを考えた。
客が二人、固定の常連になってきている。
そろそろ「常連向けのレギュラーメニュー」を整えてもいい頃合いかもしれない。
そして、もう少し店の外側も作ってみようか。
喫茶店だけじゃなく、その周りに広場とか、小道とか。
客が増えてきたら、ゆくゆくは——
「夢の街か」
俺は思わず独り言を言って、にやりとした。
まだ先の話だ。
でも、なんとなく楽しみになってきた。




