第11話「工事開始と、夢の地図」
工事は想定の三倍の速さで進んだ。
「想定の三倍って、具体的にはどのくらいだ?」
ゼルが図面(俺が夢の中に展開した設計図の「空中投影版」)を眺めながら言った。
「三日で喫茶店の周り半径百メートルの整地が完了する見込み」
「百メートルを三日?」
「夢の世界だから、物理的な制約がほぼない。魔力を流し込めばインフラができる。ゲームで言うと「クリエイターモード」みたいなもんで…」
「ゲーム?」
「建設者特権、と言えばわかりやすいかな。この世界では俺が管理者だから、石畳を引こうと思えば思った瞬間に引けるし、建物を建てようと思えば…」
俺は右手を軽く振った。
喫茶店の左隣の空白に、石造りの建物が浮かび上がった。
外観はレンガ造り、窓枠は木製、屋根は焼き瓦。前世の記憶にあった「ヨーロッパの古い街並み」をベースにしたデザインだ。
「一瞬で建った」
ゼルが絶句した。
シルも目を丸くしていた。
「マスターって」
「うん?」
「この世界の、神様みたいですね」
「ここだけの話ね。現実では動けない病人だから」
「そうでしたね……」
シルが少し複雑な顔をした。でも俺は気にしなかった。
「さて…街の設計を説明するから、意見があれば聞かせて」
俺は空中に地図を展開した。
【夢幻都市設計図・第一期】
中央:夢喫茶アストラル(既存)+拡張テラス席
東:市場通り(屋台・雑貨・食材)
西:宿屋通り(複数の宿泊施設)
南:広場
北:未定
「北は何にするか、まだ決めてないんだよね」
「温泉はどうだ」とゼルが即座に言った。
「ゼル、温泉好きなの?」
「嫌いではない」
「北は温泉にしよう」
「マスター!」
シルが手を挙げた。
「図書館もほしいです」
「いいね。市場通りの一角に入れよう」
「それと…料理を作れる場所も。私も料理を試してみたいです」
「調理場か。いいね、賑やかになりそう」
「私からも一つよろしいですか」とリラが言った。
「どうぞ」
「薬草園と、精霊との対話ができる静かな場所がほしいです。ここは夢の世界ですが、精霊力の流れがあります。それを活かした空間があれば——来る者の心の回復が、より促進されるかと」
「精霊回廊、みたいな感じ?」
「そうですね。緑の多い、静かな小径のようなもので」
「それは絶対入れたい。設計してくれる?」
「私が、ですか?」
「リラのエルフの感覚で作った方が、俺が設計するよりいいものになると思う」
リラが、少し驚いた顔をした後…静かに頷いた。
「わかりました。やってみます」
こうして夢幻都市第一期建設計画が始まった。
三日後。
街の骨格が、あっという間に形を成した。
中央の喫茶店を核に、石畳の道が放射状に伸びる。東には色とりどりの屋台が並ぶ市場通り。西には温かい光の漏れる宿屋が三軒。南には噴水を中心にした円形広場。
北には、ゆらゆらと緑の光を放つ「精霊回廊」。リラが三日かけて設計した、小径と薬草と精霊の加護が調和した空間だ。
「完璧だな」
ゼルが腕を組んで、できあがった街を見渡した。
「ありがとう。でもまだ第一期だよ。これから…」
その時。
夢の世界の境界の外側で、何かが、ざわめいた。
俺は足を止めた。
「どうしました?」
「ちょっと待って」
リラが言っていた。「境界の外側に、迷っている気配がある」と。
今夜は、それが一つや二つではなかった。
「マスター」
リラが俺のそばに来た。その目が、少し真剣だった。
「外側に相当数の気配があります」
「相当数って、どのくらい?」
「十以上、確実に。もしかすると二十に近いかもしれません」
「二十?」
俺は少し考えた。
一ヶ月前は三人だったのが——魔力漏出が増えた今、感知できる範囲が広がっているということだろう。
「そこまで来てるなら」
俺は立ち上がった。
「招き入れようか」
「いいんですか?」
「街を作ったのは、たくさんの人に来てもらうためだから」
シルが少し心配そうな顔をした。「でも、どんな人が来るかわかりません。危険な人だったら——」
「夢の中では、俺のルールが絶対だよ」
俺は軽く手を挙げた。
「ここでは暴力禁止。ルール違反者は俺が即時追い出せる。安全面は問題ない」
「なるほど」
「それより」
俺は夢の空に手をかざした。
【夢幻創造・招待範囲拡張】
魔力を、外側に向けて放つ。
波長が広がっていく。境界の外で迷っていた気配が、ざわめいた。
「来たいなら、来ていい。ルールは一つ、この街では争いは禁止」
夢の境界が、ゆっくりと開いた。




