表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪馬台国演義 消えた国と時空の夏  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

第13話 約束の継承者

 神代古代文化財団かみしろこだいぶんかざいだんの管理施設は、湾岸地区にあった。


 白峰家の明かりが見えなくなってから、車内はまた静かになっていた。莉央りおの声も、春香の「行ってらっしゃい」も、直人の「無事に帰ってこい」も、少しずつ遠ざかっていく。


 けれど、消えたわけではなかった。


 悠斗の背中には、まだ家の温かさが残っている。


 隣の席で、美耶みやが小さなヘアピンを両手で包むように握っていた。莉央がくれたものだ。


「大丈夫?」


 悠斗が聞くと、美耶は顔を上げた。


「はい。少し、不思議な気持ちです」


「不思議?」


「悠斗の家を出たばかりなのに、もう遠い場所のように思えます。でも、ここにあります」


 美耶はヘアピンを握り直した。


「莉央がくださった、守りのアイテムです」


「莉央が聞いたら、たぶん喜ぶよ」


「では、次に会えた時、伝えます」


 次があると、今は誰も約束できない。それでも美耶は、次に会えた時と言った。


 運転席の神代玲奈かみしろ れいなが、ミラー越しに後部座席を見た。


「あと五分ほどで着きます」


「表から入るのかね」


 助手席の御影宗一郎みかげ そういちろうが、窓の外を見ながら聞いた。


「いいえ。研究搬入口から入ります。正面玄関の記録には残しません」


「文化財団の管理施設で、夜中に裏口から入るとはのう。まっとうな研究者のすることではない」


「御影先生がそれをおっしゃいますか」


 玲奈の返しは淡々としていた。


 宗一郎は一瞬だけ口を閉じ、それから鼻を鳴らした。


「わしはまっとうな研究者ではないからよい」


 美耶が目を丸くする。


 笑える状況ではない。けれど、宗一郎の軽さがあるだけで、息が詰まりすぎずに済んだ。


 車は大通りを外れ、低い倉庫群とオフィスビルが並ぶ道へ入った。


 やがて、照明に照らされた横長の建物が見えてくる。白い外壁。大きなガラス窓。敷地の入口には、金属製の看板があった。


 神代古代文化財団。


 夜のせいで人影は少ない。社会の表側に、何食わぬ顔で立っている建物だった。


「ここが、八咫烏やたがらすの」


 悠斗がつぶやくと、玲奈はハンドルを切りながら答えた。


「八咫烏そのものではありません。表向きは、古代史研究と文化財保護を支援する民間財団です。水中文化遺産の調査、古代航路の研究、大学や博物館への助成。公に出している活動は、すべて実在しています」


「表向きだけ、ではないんですね」


「はい。偽装だけでは長く続きません」


 玲奈の声には、少しだけ誇りのようなものがあった。


「その裏で、八咫烏の記録と活動を支えています」


 車は建物の側面へ回り、搬入口の前で止まった。玲奈が端末をかざすと、小さな電子音が鳴り、ガラス扉のロックが外れる。


「ここから先は、外部回線を遮断します。白峰さんのスマートフォンは、引き続き遮断袋の中でお願いします」


「分かってます」


 悠斗はうなずいた。


 スマホの向こうには家族がいる。だが、迂闊に電源を入れれば、そこから天叢機関あまむらくもきかんに辿られるかもしれない。


 施設の中は、外観以上に静かだった。壁際には温湿度の表示盤が並び、ガラス越しの部屋には、番号を振られた土器片が整然と置かれている。


 美耶は足音を忍ばせるように歩きながら、周囲を見回していた。


「ここは、蔵のような場所なのですか」


「近いかも。古いものを守る場所、かな」


 悠斗が答えると、美耶は小さくうなずいた。


「では、ここにあるものは、誰かが忘れたくなかったものなのですね」


 玲奈が少しだけ振り返った。


「美耶様のおっしゃる通りです。ここは、失われかけたものを残す場所です」


邪馬台国やまたいこくも、ですか」


 美耶の声は静かだった。


 玲奈は歩みを止めた。


「はい」


 短い答えだった。


 それだけで、廊下の温度が少し変わった気がした。


 玲奈は再び歩き出す。


神代家かみしろけは、明治期に海運業で財を成しました。現在は海運、港湾物流、海洋資源調査、文化財調査支援など、いくつかの事業を持っています」


「ずいぶん立派な名前が出てきたのう」


 宗一郎が言う。


「表の力がなければ、裏の記録は守れません」


 玲奈は淡々と答えた。


「隠れ家、移動手段、調査設備、国外の文献確認、研究者への助成。八咫烏が現代まで活動を続けられたのは、神代家が表の社会で力を得たからです」


「……神代さん」


「はい」


「八咫烏は、弱い組織なんですか。強い組織なんですか」


 玲奈は少しだけ目を伏せた。


「天叢機関と正面から戦えば、弱いです」


 即答だった。


「彼らには国家権力があります。表の手続きを使って人を動かし、記録を押さえ、交通網を監視できる。私たちが表に出れば、潰されます」


「でも、ここまでの施設を持っている」


「はい。だから、完全に無力でもありません」


 玲奈はカードキーで奥の扉を開けた。


「八咫烏は、勝ち続けてきた組織ではありません。むしろ、守れなかったものの方が多い。それでも、消えずに残ってきた組織です」


 守れなかったものの方が多い。


 宗一郎の顔が、わずかに険しくなる。


 四十年前、美那を守れなかったこと。八咫烏がその負債を認めたこと。港の倉庫で聞いた言葉が、悠斗の中にも戻ってきた。


 会議室の奥に、さらに重そうな扉があった。玲奈が端末を起動し、いくつもの認証を進める。


「この先が、限定資料室です」


「ようやく本丸か」


 宗一郎の目が鋭くなる。


「御影先生にも、本来は閲覧権限がありません」


「なら、追い出すかね」


「いいえ。今は必要です」


 玲奈は、悠斗と美耶を見た。


「白峰さんと美耶様にも、すべてをお見せするわけではありません。ですが、今知るべき記録は見ていただきます」


「その判断は、誰がするんですか」


 悠斗は聞いた。


 玲奈の視線が、まっすぐ返ってくる。


「私です」


「分かりました」


 悠斗は言った。


「でも、見せるべきものを隠していると思ったら、聞きます」


「そうしてください」


 玲奈は、少しだけ表情を和らげた。


「あなたには、その方が向いています」


 扉が開いた。


 中は広くなかった。壁一面の保管棚。耐火ケース。古い紙の匂いと、金属の冷たさ。


 玲奈は奥の棚から黒い箱を取り出し、閲覧机の上へ置いた。


 箱そのものは新しい。けれど、中に収められていたものは違った。


 薄い木簡。古い布片。写本の束。石片の拓本。どれも、悠斗には価値の見当もつかない。ただ、時間だけは感じた。


「これは、神代家に伝わる最古級の記録群の写しです。原本は別の場所に保管されています」


「写しでも、ここまで厳重なのか」


 宗一郎が身を乗り出す。


「原本を動かせないからこそ、写しも厳重に扱います」


 玲奈は手袋をはめ、古い紙の一枚を慎重に開いた。


「神代家の祖先についての記録です」


 美耶が、息を詰めた。


「神代家の祖先は、もともと邪馬台国の民でした」


 玲奈の声が、静かに資料室へ落ちる。


「職は漁師。名は確定していません。ですが、邪馬台国で生まれた人間だったことは、複数の記録で一致しています」


「邪馬台国の、民」


 美耶が小さく繰り返した。


「彼は漁に出て、嵐に遭い、陽の世界側の遠い土地へ流れ着きました。当時は狗奴国くなこくとの関係もあり、自分が邪馬台国の人間だと知られるのは危険でした。彼は素性を隠し、数年を過ごしたとされています」


 狗奴国。


 その名は、悠斗も資料で見たことがある。邪馬台国と対立していた国。学校の教科書では数行で終わるような名前だった。


 でも美耶の顔を見ると、それがただの単語ではないことが分かる。


「彼は、帰ろうとしたのですか」


 美耶が聞いた。


 玲奈はうなずく。


「はい。やがて時機を見て、邪馬台国へ戻ろうとした。けれど、その時には、すでに国はありませんでした」


 美耶の指が、ヘアピンを握りしめる。


「国も、家族も、仲間も、港も、家も。すべてが消えていた」


 玲奈は紙面に視線を落とした。


「記録には、こうあります。戻る道に立てど、煙なし。声なし。人の足跡なし」


 悠斗は、喉の奥が詰まるのを感じた。


 家の明かりが、二度と見えなくなる。


 ただいま、と言う場所が、どこにもない。


 それがどれほどの絶望なのか、悠斗には想像しきれない。けれど、白峰家を出たばかりの今だからこそ、少しだけ分かる気がした。


「その人は、どうしたんですか」


「探しました。消えた邪馬台国の痕跡を」


 玲奈は別の資料を開く。


「その中で、初代陽巫女ひみこ壱与いよ様と出会います」


 壱与。


 港の倉庫でも聞いた名前だ。


 美耶の表情が引き締まる。陽巫女としての敬意と、遠い先人への痛みが、同時に浮かんでいた。


「壱与様は、邪馬台国が陰の世界へ転移された後、天岩戸八咫鏡あまのいわとやたのかがみを使って陽の世界へ戻っていました。目的は、邪馬台国を元の場所へ戻す手がかりを探すこと」


「壱与様は、一人で」


「はい」


 玲奈の返事は短かった。


「ただし、神代家の祖先は、壱与様を疑いませんでした。彼自身が邪馬台国の民だったからです。消えた国を知っていた。帰る場所を失った痛みを知っていた」


 玲奈は、机の上に三つの小さな資料写真を並べた。


 一つは鏡の絵。もう一つは剣のような線画。最後は勾玉の形。


「壱与様は彼に、三種の神器について語りました。天岩戸八咫鏡。界裂草薙剣かいれつくさなぎのつるぎ禍津八尺瓊勾玉まがつやさかにのまがたま


 美耶は胸元の鏡に手を添えた。


「禍津八尺瓊勾玉が、邪馬台国を陰の世界へ移した原因であること。天岩戸八咫鏡が、陽巫女を陽の世界へ渡すこと。界裂草薙剣が、国を戻す鍵になること」


 玲奈は一つずつ言葉を置いた。


「そして、いつか現れる陽巫女を助けてほしい、と」


 玲奈は、そこで一度だけ言葉を切った。


「壱与様は、その時、もう一つの名も残しています」


「名?」


張政ちょうせい魏志倭人伝ぎしわじんでんにも名の残るその男に、神器の一部を話してしまった、と。壱与様は、神代家の祖先へそう告げていました」


 宗一郎の眉が、わずかに動いた。


「張政が、先に知っていたのか」


「記録に残る張政と同一人物か、完全には断定できません。ただ、壱与様がその名を悔いとともに残したことは確かです。だからこそ、神代家の祖先には、奪うためではなく守るために伝えた」


 そして、その後まもなく、壱与は殺された。


 誰が、何を奪おうとしたのか。そこまでは、この記録だけでは追い切れない。


 美耶の唇が、震えた。


 その願いは、優しいだけではない。次に来る誰かへ、危険を渡す願いでもある。けれど、そこに邪悪さはなかった。国を救うために、誰かへ託すしかなかった人の祈りがあった。


「それが、八咫烏の始まりです」


 玲奈は、静かに言った。


「最初から組織だったわけではありません。消えた国を知る一人の男が、壱与様との約束を守るために記録を残した。それを家族へ、協力者へ、次の世代へ伝えた。時代が進むにつれ、地下の協力者網となり、やがて八咫烏と呼ばれるようになった」


 八咫烏。


 導きの鳥。


 でも、その始まりは立派な組織名ではなく、一人の帰れなかった男だった。


「神代さんは、その人の子孫なんですか」


「はい」


 玲奈は迷わず答えた。


「神代家は、邪馬台国の民の血を引いています。私にとって邪馬台国は、ただの古代国家ではありません」


 彼女の声が、初めて少しだけ揺れた。


「失われた祖国です」


 美耶が、顔を上げた。


 現代に生きる玲奈と、陰の世界から来た美耶。二人はまったく違う場所で生きてきた。だが、どちらも邪馬台国につながっている。


「では、玲奈も」


 美耶の声は、とても小さかった。


「私たちの、同じ国の」


「遠い末裔です」


 玲奈はそう言って、深く頭を下げた。


「もっと早く、あなたを守るべきでした」


 美耶は驚いたように目を見開いた。


「玲奈が謝ることでは」


「あります」


 玲奈は顔を上げる。


「八咫烏は、壱与様との約束を継いできました。けれど、三代目陽巫女の美那様を守れなかった。四代目の陽巫女であるあなたにも、現れる前から安全な道を用意できなかった」


 宗一郎が、黙って聞いている。


 いつもなら皮肉の一つも言いそうなのに、今は何も言わなかった。


「だから、守ります」


 玲奈は続けた。


「ただし、あなたを陽巫女としてだけではなく、一人の人として守る。それを、私個人の責任にします」


 美耶は、すぐには答えなかった。


 陽巫女としての礼を返すべきか、一人の少女として受け取るべきか、迷っているように見えた。


 その時、彼女の手の中で、ヘアピンが小さく光を返した。


 美耶はそれを見下ろし、それから少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


「私は、陽巫女です。けれど、莉央が言っていました。尊いとは、大事にしたいということだと」


 悠斗は思わず息を止めた。


 ここで出るのか、その言葉が。


 けれど、美耶の顔は真剣だった。


「私は、邪馬台国を大事にしたいです。母も、父も、祖母も、民も、大事にしたい。けれど」


 美耶は、ほんの少しだけ悠斗を見る。


「この世界で出会った人たちも、大事にしたいです」


「美耶」


 悠斗が呼ぶと、美耶は振り向いた。


「怖い時は、言って」


 同じことを、何度も言っている気がする。でも、何度でも言いたかった。


「大事にしたいものが増えたなら、一人で抱えなくていい」


 美耶の目が、少し潤んだ。


「はい」


 小さく、けれどはっきりと答える。


 宗一郎が、わざとらしく咳払いをした。


「若い二人がよい空気を作っておるところ悪いが、爺にも資料を見せてくれんかのう」


 美耶がはっとして、頬を赤くする。


 悠斗も目をそらした。


 玲奈だけが、少しだけ口元を緩めていた。


「次の資料に移ります」


 玲奈は、箱の中から別の束を取り出した。


 比較的新しい写しだった。古い記録を読み下したものらしい。そこに、いくつかの地名と、神器の名が並んでいる。


「界裂草薙剣についての断片です」


 宗一郎の表情が変わった。


「あったのか」


「断片だけです。八咫烏も、完全な所在は掴めていません」


 界裂草薙剣。


 三種の神器の一つ。邪馬台国を戻す鍵。


 美耶がこの世界へ来たのも、最終的にはその剣へ辿り着くためだ。


「壱与様から神代家の祖先へ伝わった情報では、界裂草薙剣は陽の世界側に残されたとされています。ただし、場所は明確ではありません」


「明確ではない、か」


 宗一郎は苦い顔をした。


「四十年探してきたわしに、耳が痛い言葉じゃ」


 玲奈は画面に地図を表示した。


 そこに、一つの地名が強調される。


 熱田あつた


「熱田神社」


 悠斗でも知っている名前だった。


 草薙剣が祀られているとされる場所。日本神話を少しでも調べれば、必ず出てくる。


「分かりやすすぎるのう」


 宗一郎が低く言った。


「本当に隠す気があるものなら、そんなに綺麗に伝わるかという話じゃ」


 玲奈もうなずいた。


「私も同意見です。熱田に関する情報は多い。多すぎると言ってもいい」


「誰かが、そこにあるように見せた?」


 悠斗が聞くと、玲奈は資料の一部を指した。


「可能性です。この時代以降、草薙剣に関する伝承の流れが不自然に整います。本来、伝承はもっと揺れる。土地ごとの言い伝え、別名、矛盾、欠落。それらが多いほど自然です。ですが、ある時期から、熱田へ向かう線が強くなりすぎている」


「その、ある時期というのは」


 宗一郎が聞いた。


 玲奈はしばらく沈黙した。


「次に確認する記録と関係します」


九条くじょうか」


 宗一郎が言った。


 九条。


 その名前が出た瞬間、資料室の空気がまた変わった。


 悠斗は、まだその名を詳しく知らない。


 けれど、玲奈の表情と宗一郎の声で分かる。


 ただの古い家名ではない。


「九条家は、天叢機関の中枢にいる一族です」


 玲奈は短く説明した。


「神器情報を、古代から追い続けてきた家でもあります」


「追い続けてきた、ではない」


 宗一郎の声が、冷えた。


「奪い続けてきた、じゃろう」


 美耶が息を呑む。


 奪う。


 その言葉は、陽巫女や神器という言葉よりも、生々しかった。


 玲奈は否定しなかった。


「詳しい話は、次の記録で確認します。今ここで中途半端に触れるより、順を追った方がいい」


「神代さん」


 悠斗は玲奈を見た。


「その九条家が、天叢機関を動かしてるんですか」


「少なくとも、強硬派の中心にいます」


 玲奈の答えは慎重だった。


「美耶様を生体鍵せいたいかぎとして確保しようとしている勢力。その背後に、九条家があります」


 美耶の手が、胸元の鏡を押さえた。


 悠斗は自然と、彼女の半歩前に立っていた。


 資料室の中で、何かが襲ってくるわけではない。それでも体が動いた。


 玲奈がそれを見て、静かに言う。


「白峰さん。あなたに見てほしいのは、記録だけではありません」


「え?」


「約束を継いできた者たちがいる。その一方で、奪うことを継いできた者たちもいる」


 玲奈は机の上の資料を閉じた。


「八咫烏を信じろとは言いません。ですが、敵が何を継いできたのかは、知ってください」


 悠斗は、資料室の重い扉を見た。


 この建物には、失われかけたものが残されている。


 美耶の国へ続く記録。


 神代家の祖先が守った約束。壱与の願い。


 そして、九条家という名の、別の継承。


 もう、他人事には戻れなかった。


「見ます」


 悠斗は言った。


「九条家の記録も。天叢機関が何をしてきたのかも」


 美耶が、隣で小さくうなずく。


「私も、知りたいです」


 その声は怖がっていた。


 でも、逃げてはいなかった。


 玲奈は資料を抱え、奥の保管棚へ向かう。


「では、次の記録を出します」


 金属の棚が、低い音を立てて開いた。


 そこに貼られた小さなラベルに、悠斗は目を止める。


 九条。


 たった二文字。それなのに、紙の上の墨が、夜よりも黒く見えた。


 約束を継いだ者たちの記録の奥で、奪う者たちの名が、静かに眠っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ