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「その腕で何が出来んだよ。切り落とすつもりで斬ったんだが、それでも傷の度合いは同じだ」
「こんなもの…掠り傷に過ぎないさ」
軽い魔法で出血だけを止める。今この場で出来る治療と言えばこのくらいが限度であった。
しかしそれだけで十分と言わんばかりにハースは更に飛び退き間合いをとった。
戦いを止めるつもりは毛頭ないらしい。
「まさかゼピス創石の剣を持っていたとはね。これだけは迂闊だったよ…」
「詳しいな、一目で気付くとはよ。そうさこいつはシュヴァゼルト。すべてを切り裂く剣」
金色の光を放つ剣・シュヴァゼルト。
刀身は非常に薄く透明で景色が透けて見える程。それでいながら強度は非常に高く、この世に切れぬ物はない言っても過言ではない。
何よりも軽く、その薄さなこともあり持ち手に重量感を与えない。
力ではなく技術で斬る。さすれば岩をも紙切れのように裂いてしまう。同時に空気までをも切り裂く。
まさしく旋風の剣。
かつて手に入れたゼピス創石を加工し作り上げた、魔法の扱えぬアシェスの絶対たる力。
「なぜ君がそんなものを持っているかは知らないが、これは確かに厄介な代物だね」
「本来ならコイツは人を斬るもんじゃねぇ。だが、てめえみてぇなヤツを相手にするときは別だ」
「ふ…それが紅き旋風と呼ばれた所以…か」
「紅き旋風現わる場所に血の雨が降り注ぐ。それはまさに旋風のようで、突風を感じたとき死を描く軌跡が大気を裂く。まさに噂どおりの通り名だった…というわけだね。油断したよ」
ハースは負傷した左手を庇いながら静かに語る。
今の彼からは戦闘意志が見えなかった。
「油断してたとはいえ、この僕に傷を与えたんだ。ご褒美をあげないとね」
「あん?」
「教えてあげるよ。君が狂喜することを…」
ハースはにやりと口元を歪めた。
「僕らが言った御大という存在…それが誰かわかるかい?」
「……………」
アシェスは答えない。知るはずがないのだから。
しかし予感はあった。それはハースのその笑みから感じたのだ。
「エルビス・トルファー。君が長年捜して続けていた男だよ」
アシェスは目を見開いた。
体中の血が騒ぎ騒めく。
逆立つ産毛が鳥肌となって体中を震えさせる。
剣を握る手はいつしか歯止めなく力がこもり、右手からは潰れた豆からじわりと血が滲んできた。
狂喜、ハースは言った。
まさしくその通り。
アシェスは抑えきれない感情を制御しようとしたが、本能がそれを拒んだ。




