28
灯された蝋の火が一瞬焦げたように燃え上がる。
懐かしい会話を終えたとき、辺りはもはや闇に飲み込まれていた。
「あれから十年以上経つんだな…」
「うん。結局僕は何も変わらなかったけど、君はあれから変わったよ。見違えるくらいにね」
「いやガキの頃とあんま変わってねぇさ。お前だってそれなりに変化はあったろ」
一人で生きられるくらいの力は確かに得た。
けれどそれはあくまで生きる上で…だ。
何かを成すにはまだまだ足りない。
それが何なのか、分かるなら苦労はしないだろう。
「俺はエルビスを倒せたとして、どうなるんだろうな」
「…それは僕にもわからない。けど大丈夫だよ、君は君のままで居られるさ。きっとね」
「そっか…ありがとな。何から何までお前にゃ世話になりっぱなしだ」
アシェスは静かに笑った。
感傷に浸りすぎたのか、それは彼らしくない優しい笑みだった。
「さて、長居が過ぎたな。帰るよ」
アシェスは静かに席を立った。
「帰るのかい?泊まっていけばいいじゃないか」
「いや、このまま居ると夜明けまで語り明かしそうだ。朝から仕事があるんでな」
ジェスターは思い出したようにぽんと手を叩いた。
「そうだったね、王宮の仕事か」
「そういうこった。ま、機会があれば王宮内で会えるかもな」
名残惜しさを感じつつも、アシェスはジェスターの家を後にした。
住居区の南側にひっそりと建つ宿。
辺りは高い住居で囲まれているため、一日中陽が射さないという素晴らしい立地条件。
剥げた塗装に、飛び出した木の屑、錆びた看板。
年季が入り木造建てのボロボロの外見は、いかにも格安と言わんばかりのものである。
一階は食堂も兼ねてあるもので、二階だけが宿泊出来るという小さな宿。
ここの飯は安くて評判があるが、不味くて評判というのもある。
味といえば実際噂通り食えたものではなかった。
だからアシェスはフォーザ亭へと赴く。
金を落とした今、滞納している宿賃の請求が気掛かりであるが、アシェスは運良く宿主とは出くわさなかった。
誰もが寝静まったこの時間まで起きて待っていたとしたら、それはそれでどうかとも思うが、彼は難なく自分の部屋へと辿り着く。
座るだけでぎしりと軋むボロボロのベッドに腰掛けると、そのまま倒れこむように寝そべった。
「エルビス、本当にこの国に居るのか…」
握り締めた拳はぎりぎりと革手袋を軋ませた。
トゥドゥの書。
またあの夢を視てしまうのだろうか。
何年か経った今でさえ、あの絶望の光景は目蓋と心に焼き付いたまま。
視たくはない、けれど忘れるわけにはいかない。
心に刻み込まれた絶望からか、もしくは生きる意味を忘れぬためへの戒めなのか、どんなに疲れていようとその夢はやってくる。
アシェスの心の奥に潜む闇。
それは毎夜、眠りという時間の中で燻り続ける。
その夜、王宮ではけたたましい騒動に見回れていた。
火の手が上がり魔法が入り乱れ、激しい喧騒が城内を走り抜ける。
静かな夜の空に無数の黒煙が立ち昇っていた。




