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ばきん


乾いた音と共に何かがどさりと地面に崩れ落ちた。

ばらばらに砕けて散らばる鼠の牙、血塗れの口元、横たわる巨体。

目を開けたジェスターは一瞬何が起こったのか理解できなかった。

化物はぴくぴくと痙攣を起こし気絶していた。

アシェスは無事生きている。

血で汚れた右手には巾着袋が握られていた。

中には先程手に入れたゼピス創石があった。

アシェスはその絶対に砕けない石を用いて、鼠の牙ごと粉砕したのだ。

一瞬の閃きなのかまぐれなのかはわからない。

だが、紛れもなくアシェスは魔法も用いずこんな化物を倒したのだ。

怒りに狂っていたと思えば至って冷静だったのか、こんな機転で勝機を見いだす。

ジェスターにとってこんな戦い方など見たことがなかった。

ただ感情に任せたままの直情的な戦い。こんなやり方は命を粗末にしているとしか思えない。

ケネラ砂漠の横断に今し方の戦闘。

決意と勇気は人並み外れていたとしても、アシェスという人物は無謀すぎた。

命というものはたった一つしかない。それもふとしたことで失ってしまうほど脆いものでもある。

ジェスターはアシェスに近づくと思い切り頬を叩いた。そして憤慨した。

助かったから良かったものの、その無謀さを指摘し激怒した。

優しい面持ちだった少年の表情はそこにはなく、憤慨しながらもその顔は悲しげだった。

叩かれたことに直情的に反発しようとしたアシェスも、自分というものを本気で案じてくれたというのがその表情から汲み取れたのか、力が抜けたように崩れ下を向いた。


『戦いの場とは常に生と死の二者択一を強いられる。冷静さを欠けばそれだけ周りが見えなくなる。死んでしまえば護るべきものだってもはや叶わない』


同じような歳の人間に説教を強いれるほど、自身は偉そうな人間でもないし、そんな経験もさほどない。

けれど言わずにはいられなかった。

人が目の前で死ぬというのは耐えがたい悲しみを生むものだから。


アシェスにとっては目から鱗が出るほどの指摘だった。

知り合ったばかりなのだが、ここまで本気で心配をしてくれている人間が教えてくれたのだ。

実際ジェスターがいなければ、自分の無謀な判断でエナすらも失ってしまっていたかもしれない。

自分の身を的確に護れるようになってこそ、ようやく他人をも護ることができる。

それだけに今のアシェスにはジェスターの言葉が胸に痛く感じた。

幼少より過ごしてきた村が滅び、頼れる人間も他には居ない状況下で、エナと二人だけで生きていかなくてはならない。

だから焦りすぎていたのだ。

考えてから動く余裕など微塵もなかった。


力のない言葉でアシェスはジェスターに謝罪をした。

ジェスターはその言葉を聞くと、安堵したいつもの優しげな笑顔で傷を癒し始めた。

誰だって傷つかなければそれに越したことはない。

だがそんな状況を無視できないことが平気で起こる今の世界。

だからこそ、自分自身を大切にして欲しいと伝えた。


三人は重苦しい雰囲気の中、静かに遺跡を後にした。

キャンプに戻ると、アシェスはエナに気付かれないようにジェスターを呼び出した。

覚悟を決めた顔つき。

話の内容は唐突だった。

妹、エナを預かってほしいとのことだった。

いきなりの話と脈絡のない内容にジェスターは戸惑うばかり。

だがアシェスは言った。

自分の弱さ、愚かさ、軽率さ。ジェスターに指摘された言葉を先程から真剣に考えていたのだ。

もっと強くなりたい。

今のままでは全てが中途半端で終わってしまう。

自身の夢と絶望は、一生胸の中で燻るだけで終わってしまいかねない。

世界を観て、己を鍛え、幸せを掴む。

アシェスは決意の概要を語った。

正直今の自分では、エナの面倒を見ながら強くなれる自信がない。

妹に対して甘さがあるのは自分自身理解しているのだ。

そんな状況下では強くなどなれるはずがない。それにそれほど現実が甘くないことも認識した。

だから独りという孤独の中で、自身を高めなければいけない。

甘さを断ち切り、他人をも護れる強さを手に入れるまで。

昨日逢ったばかりの人間に頼むようなことではないことは、アシェス自身重々承知している。

しかし、どうしてか目の前の男には、頼めるだけの信頼感があった。

彼は眼が違うのだ。

アシェスは生まれて初めて頭を下げた。それも同じ年頃の少年に。

それがどれほどの決意なのか見抜けないジェスターではなかった。

同じ世界で同じように悲しい経験をしてきたと思われる少年。

アシェスという少年は『馴れ合い』ではなく『信頼』という形で行動を表してくれたのだ。

易々と受け売りの言葉などで、その行為を踏み躙ることなどできるはずはなかった。

ジェスターもその決意に応えるべく、右手を差し出した。

ゆっくりと握られる右手たち。

出会いは偶然でもそれを必然と変え、共に生きることを二人は誓ったのだ。

ジェスターにとっても嬉しくないはずがなかった。

帰る故郷や知り合いは居ても、一人という現実は変わらない。

しばらくは離れ離れになってしまうだろう。

けれどいつかまた逢える日が来る。

その握手の意味は絆。


アシェスは手を放すと、誰も居ない空間へと体を向けた。

奥に見えるは洞窟内に灯された光。

静かにその場を見つめる。

何も言わず立ち去る自分に怒るだろうか。

しかし甘さを断ち切ると誓った今、それは捨てなければならない。

胸中で言い聞かせながら唇を噛んだ。


水脈を川下へ向かえば、砂漠を抜けられるという。

最後にジェスターにもう一度礼を言うと、アシェスは暗闇の中歩きだした。

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