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探索も潮時と感じた頃、ジェスターは嫌な力を遺跡内から感じた。
長居しすぎてしまったと、彼は今更ながらに後悔した。
地から呻くような微かな音と振動。
高い魔力を持った彼だけがその異変を察知出来たのだ。
時折遺跡内に眠る遺産などの魔力の影響を受け、住み着いた小動物などが干渉を受ける場合がある。
長い間力の波動を受け続けていると、心身に変化を起こす時があるのだ。
進化の過程ともいわれる遺伝子が、魔力の波動によって徐々に書き換えられていく。
そうして生まれる場合があるのだ。『魔獣』と呼ばれる存在が。
現世では異分子とされる別次元の生物。
強大な力の波動はほとんどがその者の理性を凶暴化させる。
人のように知能を持たない存在だからこそ、理性の赴くままに行動するのだ。
欲望を増幅させ、私腹を肥やそうとする。
動物が本能で動く可能性のある場合は主に『食事』『闘争』『繁殖』の三つ。
一番多いケース、ヒトという肉を求めて『襲ってくる』のだ。
遺跡内に長いこと居たが、そんな気配を微塵も感じなかった為、油断してしまったと軽く舌を打った。
ジェスターはアシェスとエナを背後へと追いやり、魔力を貯えながら気配を凝らす。
しんと静まり返った遺跡内は緊張感だけが支配している。
ジェスターにとってこのようなことは何度も経験済みであった。
伊達に独りで遺跡探索などをしているわけではない。
そのために鍛え上げた魔法の力。
いかなる危機的状況からも独りで脱することが出来る力。
彼の欲望は結果的に自身をも高め強くしていた。
故に若気ながら魔法に長けているのだ。
戦わなければ、傷つかなければそれに越したことはない。
だがこのような場合は一瞬の躊躇いが命取りになる。
遺産の影響を受けた魔獣はそれほど危険なのだ。
ジェスターが気配を読み、大方の場所を直視しているのを嘲笑うかのように、それは死角となる天井から襲ってきた。
鋭い爪が振り下ろされる。
ジェスターは狙われたエナを突き飛ばし斬激を躱す。
爪の辿った軌跡は地を易々と抉っていた。
あれを食らったら一撃で絶命してしまうであろう。
考えただけで血の気が乾く。
目の前には人と同じくらいの大きさへと成長した、鼠と思われるような輩が居た。
鋭い爪と長く伸びた牙。
雑食科で知られるこの異端の生物は、間違いなく餌として自分達をそのつぶらな瞳で見ているのだろう。
二人の人間を護りながら戦うというのは正直辛いかもしれない。今までがずっと一人だったからか、こんな状況は初めてだったのだ。
二人を一刻も早く遺跡外へと逃がすことを考えたのだが、そんなジェスターの心配を裏切るようにアシェスが果敢に前に出た。
手にはサバイバル用のナイフが握られている。
戦おうというのだ。
エナを背後で庇いながら、鋭い目付きで目下の怪物を睨み付けている。
手や足に震えはない。
寧ろ怒りを覚えているかのような表情。
無謀だ。そんなナイフだけで異端化した魔獣と渡り合うのは無謀としか言い様がなかった。
だがアシェスは怯むことはない。
ジェスターの制止の叫びを無視し、アシェスは化物に飛び掛かった。
振り下ろされる爪とナイフの衝撃音が、狭い空間を波紋のように鳴り響く。
組み合ったままお互い力で耐えてはいるが、鼠はもう一つの武器である牙をアシェスの体へと向けた。
ジェスターはすかさず風の力を使い、魔獣を吹き飛ばす。
乱気流のように波打った風の魔法は、鼠を激しく壁に打ち付ける。
壁にめり込むような程の衝撃に、魔獣は一瞬動きが止まる。
アシェスはその隙を見逃さない。
高速で駆け寄ると、ナイフを右肩へと突き立てた。
激しい咆哮。
赤い鮮血が傷口から吹き出す。
痛みで暴れ狂った鼠は、アシェスを残った左手で弾き飛ばした。
凄まじい勢いで床を転がり、壁に激突する。
怯えて泣きそうなエナが、震える足でアシェスの元に駆け寄る。
しかし見たところ傷は浅い。
アバラの辺りを軽く切り裂かれたくらいで、手のひらで叩かれたような感じだったのか、なんとか打撲程度で済んだようだ。
傷口を押さえながらも立ち上がる。
ジェスターは今度こそ制止する。
今のは運が良かっただけなのだ。一歩間違えれば脇腹から内臓ごと抉りだされていてもおかしくはない。
術式を浮かべ魔力を高める。
光の魔法。
光陣から無数の矢が鼠へと降り注ぐ。
しかし手負いながらも、本来の機敏な動きでほとんどが躱されてしまった。
鼠の眼はアシェスを視ていた。
ジェスターよりも危険な人物と直感したのだろうか?
それとも傷を負わされた恨みなのだろうか?
本能的に危険と感じ取ったのがアシェスだったのか?
もはやそれはわからない。
鼠はアシェスに向かって突進していく。
魔法を放つ余裕などなかった。間に合わない。
アシェスは傍にいるエナを突き飛ばし、真っ向から鼠と向き合う形になった。
刺し違えるつもりもない。死ぬつもりなど毛頭ない。
武器も持たずしてアシェスは突進してくる鼠を鋭い眼光で睨み付けた。
一歩も怯むつもりはない。
鼠は目前まで迫ると地を蹴った。
跳躍攻撃。
その長く鋭い牙で頭から一気に噛み砕く気らしい。
アシェスはおたけびのような声を張り上げ、右手を殴るかのように突き出した。
拳で倒そうというのか?
無茶だ。ジェスターは堪らず目を覆った。




