16
「スフィアは…代行者だ…」
その言葉を耳にした瞬間、アシェスの身体はぴくりと反応した。
聞き慣れない言葉だが、知らない単語でもない。
それはもはやお伽話でも聞かされた気分でもあった。
そんな存在が、今この時代に居るのかと。
「冗談…ってわけじゃなさそうだな」
王の表情を察するに、彼の言葉は間違いなく偽りはないと言えた。
苦悩の表情。
真実の重さがそこから垣間見えた。
「スフィアは…そのことを知ったのは七歳になったばかりの頃だった…」
国民によるお披露目の場、年に何度か行なわれる挨拶の時間でもある。
スフィアが召し物を着替えるとき、ある従者が何かに気付いた。
彼女の後ろ首筋に、紋章のようなあざが浮き出ていたことを。
髪を結う為に上げた首筋には見慣れぬ模様。
従者はそれを国王へと報告した。
調べ上げると、それは『代行者』の身体に表れる刻印なのだという。
よもやそんな伝承じみた存在が、身内から生まれようなどと夢にも思ったことが無かったようだ。
当初はすぐに信じはしなかった。
しかし魔導師である家系である以上、ありえなくもない話である。
やがて魔導師として頂点に立つレイドだからこそ気付いたのだ。
スフィアから感じる不可解な魔力の波動を。
それは信じるに値するものだった。
魔力に長けた存在であったという、古代ヴェルナン人の末裔にも当たるローウェンス家。
そんな存在が生まれたとしてもおかしくはなかったが、それでも当時は想像の域を出なかった。
代行者という存在は、そう易々とこの世に現れるものではない。
噂話ではあるが、他国で一度居るという話は聞いたことがあった。
しかし存在という姿そのものを誰も確認した事例がなく、有耶無耶なまま噂話で囁かれる程度で泡と消えた。
代行者とは類い稀な魔力を秘めた存在。
その力は圧倒的で、魔力の器というものが『無限』とされている。
そのため一般の魔導師では到底扱えないようなことまでできてしまうのだ。
圧倒的に他者を凌駕する力。
吸収できる力が無限ならば、解放する力もまた無限。
代行者という存在は、一人でさえ世界を滅ぼすことも叶う存在でもあるのだ。
魔力の塊、故に危険。
自ら力の使い方を知らずとも、魔力としての器だけで利用されることもある。
一昔前の文献では、代行者を巡る争いが幾多も繰り広げられ、代行者あるところに災いありとまで言い伝えられているほどだ。
世界の力を無制限で操る、絶対的な魔導師。
世界を左右する存在であるため『代行者』と呼ばれるようになった。
裁きを下すことも、救うことも、代行者であれば決して夢ではない。
王は震えた。
そして焦燥した。
こんな年いかぬか弱い少女に、そんな力が宿っていることを。
それが他ならぬ自分の娘というならば尚更だ。
今の時代、すべての統括を行なっているのが『王都・サルタナ』である。
このことが外部に漏れれば、たちまち周りは大騒ぎとなるだろう。
王都に知られれば、娘は彼らの監視化に置かれ、その一生を王都という中で生きねばらならない。
しかし王都に逆らえば、国家であろうと反逆に問われ、ただでは済まないだろう。
個人的な理由で、国や民を戦火に巻き込むわけにはいかない。
それに代行者とは自ら力に目覚めていなくとも、利用されることもあるのだ。
野心家が多い、この魔導師たちの最中で娘を廻る戦いが起きても不思議はない。
なにせここは魔法国家、魔導師たちの国でもあるのだから。
数多くの人間が遺産の力に溺れ、王都によって調律という名の制裁が行なわれている今、安息の場などない。
こんな年でスフィアは人知れず、代行者という名を背負ってしまったのだ。