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「……………」


「それはアシェスの優しさだよ…。そうじゃなからったら復讐…なんてしない」


スフィアは顔をすくめた。

どんな顔をしているのかはアシェスからは伺えない。

ただその風貌は悲しみに満ちていたように見えた。

だが、どこまでも甘く、どこまでも子供だ。

しかし、その無垢さがアシェスを迷わせるのだ。

どうして人を信じ切れる?なぜ他人の為に自らの心を傷められるのだと。


「…悪かったな」


「え…?」


「どうにもエルビスのことになると感情的になっていけねぇ。お前に当たり散らしたところで、何が…変わるはずもねぇのにな」


遠い目でアシェスは欠けた月を見上げた。


「正直な、復讐よか許せねぇことがあるんだ。それは何もできなかった自分だ。俺は…その自分自身に腹が立っているだけかもしれねぇ」


救えなかった弱き頃の自分。止められなかった幼き日。

それを自分自身が許せなかった。

だからこそ、余計腹立だしかったのかもしれない。

アシェスはそれをスフィアに気付かされた。


「けどな、やはり俺は人を殺して自身が救われようなんていう、単なる復讐者に過ぎないのも事実だ。これが俺という存在なんだよ」


「…うん。でもね、アシェスは人の心は忘れてないよ。だからそんなアシェスでも、みんなは頼りにしてくれてると思うの。一人よがりで何も考えない人だったら、出会ったときの私にも付き合ってくれてるはずなんてなかっただろうから」


「そいつは気紛れだ。お前はどうしても真っすぐに事を見過ぎる」


無垢な存在とはどうしてこうも素直すぎるのか。

蒼い瞳には醜い自分の姿が映し出されていた。


「だって私は…強くならなきゃいけないから。どうするかはまだ結論が出ていないけど、王位を継ぐにしろ王都へ連れていかれるにしろ、強い意志を持たなきゃいけないかとだから。だから目の前の現実からは逃げない…目は逸らさない」


(なるほどな、こいつも…変わろうとしてやがんだな。それに引きかえ俺は…)


アシェスの手の傷跡を見て嘔吐を堪えたのは、目先の現実から目を逸らさないため。

彼女は逃げずに直視をした。

それは同情からではない、現実から目を背けぬ真っ向ごとき瞳。

それは自分自身が強い存在になるために、起ころうとする事実を受け入れるためだ。

王たる資格・資質。

最初に感じた凛としたものは、やはり素質ゆえあってのものだったらとも思える。

世界を…今の世界の在り方を知らぬ少女はただ突き進む。

それがアシェスにはまぶしすぎて、汚れた自分は恐れてしまうのだ。


「復讐っていうのは誰にでも出来るものじゃないと思う。だって普通の人だったら泣き寝入りすることしかできないはずだもの。でもアシェスはそれをしなかった。…それだけ大切だと思える何かが、アシェスをそう突き動かしたんじゃないかな?」


「…知った風なことをほざきやがる」


もはやこれ以上スフィアに対して言えることはなかった。

あんな言葉を真顔で言えるような彼女に、自分が返せる言葉などありはしなかったのだから。


「俺は…」


(嘘はもうやめにしよう)


アシェスは深呼吸のように一息吸い込んだ。


「俺は…お前を餌にエルビスを釣ろうとしてる…最低の男だぞ?」


「それでもいいよ」


返事の答えは決まっていたように、屈託のない笑顔でスフィアはそう言った。


「アシェスは…何があっても私を護ってくれるんでしょう?だったら私はそのくらい平気。こんな私だって役に立つのなら」


アシェスは背を向けた。

そして軽く笑っていた。スフィアに見られぬように。

呆れたわけではない、認めたのだ。

彼女はか弱き少女ではない、自らで選択をすることが出来る人間になったのだと。


「なら…俺は全力で護ってやらねぇとな」


「うん!期待してる」


「はっ…馬鹿みてぇだな、俺って奴は…」


「何が?」


「なんでもねぇよ」


きょとんと間の抜けた顔を見つつ、軽く手のひらをスフィアの頭に乗せた。


「あまり長居すると風邪引くからな。戻るぞ」


「あ…うん、わかった」


スフィアを背にアシェスは胸中で呟やいた。


(護りたいもの…か)


腰に携えたシュヴァゼルトを見やる。

人を殺すためではない、本当の意味で護るために振るう剣。

絶望に蝕まれ死んでいった村人たち。

彼らは許してくれるだろうか。


(いや…それはともかくとして、皆を殺した俺は許してくれねぇかもな)


「アシェス?」


「ん…ああ、悪い。戻ろう」


明日は収穫祭。

ローウェンス最大の祭りという名の行事。


(エルビス…来るなら来いよ。俺はお前を倒す!)


あの夜のような欠けた月に向けて、アシェスは心の中で叫んだ。

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