第二話 剣道部
一
宗太郎はわかっていた事がある。
強くなる事で、自分の大事な人達を守る事ができる様になるという事。それは多分、どんな人達でもそうだ。凛と立って、一人前になれるその日まで、歩みを止めない事が大事である事。また、いつか君に会えるならば、君のその手を掴みたい。
宗太郎は目を覚ました。
久しぶりに、あの子の夢を見た。少しでも、また、会えないか。そう思っていた。
もう目覚まし時計がなくても起きれる様になった。生活に規律が染み込んでいるからだ。今は朝の五時であるはず。宗太郎は鏡の目の前に歩いて行った。
身体はまだまだ出来上がっていないが、育ってきているとは思う。
花王宗太郎一七歳。現在、茗荷谷高校の二年生である。
宗太郎の部屋のドアを誰かが開けた。宗太郎がドアの方を見ると、そこには直がいた。
「にいちゃん!どうよ俺の制服!にいちゃんとお揃いだぜ!」
直は今年で高校新一年生になる。宗太郎と同じ高校を受験して無事合格。晴れて今年から同じ高校の高校一年生となった。そして、今日はその入学式である。
「似合っているんじゃないか?」
「だろ!やっぱり着こなせちゃうみたいな!」
直は今日もすこぶる元気であり、入学式で高揚している様だった。
友達が新しくできるか、彼女ができるか、可愛い子がいるか、弟なので考える事はかなりわかりやすい。こんなところだろう。
すると、もう一人部屋の中に入ってきた。桜である。
「お兄ちゃんリボン結んで〜。」
桜がそう言いながら宗太郎の元に歩いてくる。
桜は今年で小学五年生であり、少し大人らしくなった。首元のリボンがうまく結べないらしく、宗太郎に結ぶ事を頼んでいた。
「ちょっと待ってなさい。」
宗太郎はリボンを結んだ。
桜は結ばれたリボンを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「朝食を食べるぞ。さ、下に行こう。」
宗太郎がそういうと、二人とも思い思いに好きな事を言いながら下へ行った。
いつも通り父の仏壇に三人で手を合わせる。
三人とも一緒にキッチンで朝食を作った。パンと卵焼きの朝食を食べ終わると、すぐに三人は家を出た。静子はこの日、途中から入学式に参加する事になっている。仕事が忙しく朝から家に居られなかった。
三人は電車を使い茗荷谷駅まで移動した。
直はワクワクしているのか、ずっと忙しなく身を震わせている。桜は人混みが苦手なようで朝の電車内で疲れ切った顔をしており、眠そうに目を擦ったり、宗太郎に寄りかかったりしていた。
茗荷谷駅を降りて一〇分歩くと、宗太郎が通っている茗荷谷高校に着く。
茗荷谷高校は決して面積の広い高校ではなく、校舎も古くてこぢんまりとしている。しかしながら、一学年五クラスであり、縦に大きく七階建ての構造建築であり地下二階までクラスが存在する高校である。校庭は付いており、宗太郎が以前まで通っていた中学程大きくはないが、スポーツをするには困らない大きさである。スポーツ強豪と言われるほどスポーツでも結果を出しているため、こう見えてもきちんと運動も頑張っている。
三人が校門の目の前に着くと、校門の奥には新入生達が屯していた。大体150人ほどだろうか。直は多い人の数を見て興奮しており、桜はあまりの人の多さに驚いている。
直は周りを見渡すと言った。
「うん。まぁ、中々に良し。人もこれだけいたら友達作る事には困らなさそうだな。孤立もしづらいだろうし。さて、早速誰かに話しかけてきますかね〜。」
「もう話しかけるのか?」
「そりゃ、当たり前でしょう。こういうところにこそ思わぬ出会いがあると俺の勘が言ってるぜ。」
「直にいちゃんすご〜い。私だったらすぐに人に話しかけられないや。」
桜が感心していると、直はすぐに人混みの中に入って行った。宗太郎は直の社交的な活動を止めるのも良くないかと思い、「俺達は入学式までここにいるからな。式の入場とか遅れるなよ。ここに戻ってこなかった時は、お前が入場する頃には俺達は会場の体育館の中にいるから。」と直に言った。
「おっけ!じゃあにいちゃんまた後で!」
直はそういうと、新入生に話しかけ始めた。なんだか、大きくなったなと宗太郎は感心していた。
直が数人の新入生と話している間、鐘が鳴り、新入生集合の合図が鳴った。直は宗太郎に対して笑顔で手を振り、知り合った新入生の子達と教室内に歩いて行った。
宗太郎も桜を連れて体育館の中へと歩みを進める。体育館は相変わらず大きく、二階建てだが中央が広く天井まで突き抜け、二階から一階が見える様になっていた。宗太郎達は桜と共に二階の席に座り、直の入場を待っていた。
宗太郎は少しトイレに行きたかったので、桜に「ここで待っているんだよ。にいちゃんはトイレに行くから兄ちゃんが帰ってくるまでここにいる事はできる?」と尋ねた。
桜は微笑んで頷いた。宗太郎は桜の頭を撫でると、その場を離れ、体育館の外に出た。
二
体育館の外でトイレを済ませ、戻ろうとすると、何やら二人の男がせっせと机と椅子を並べて準備をしている。道着を着ており、剣道の防具などが側にある。剣道部だろうか。宗太郎は少し気になった。そもそも自分の学校に剣道部があった事すら聞いた事がない。新設なのか、以前からあったのか。
すると、向こうは宗太郎に気付いたのか宗太郎の方を見た。すると、目を輝かせてこちらに歩み寄り宗太郎に尋ねた。
「君新入生?」
「いや、高校二年生です。弟が新入生なので見学に。」
「そっかぁ。剣道って興味ある?」
あるも何も宗太郎は道場に通っているので大抵の事はわかるが言葉に詰まった。そもそも剣道部があるならば、一年生の頃の部活説明会で分かったはずであり、少しこの剣道部の存在に不安を覚えた。
「まぁ、この部活って剣道部なんですか?」
「その通り、ここは茗荷谷高校剣道部。三〇年以上の歴史がある伝統的な剣道部なんだ。」
「へー、でも、一年生の頃の新入生向けの部活説明会で聞かなかったけれど、それはどうしてなんですか?」
男は少し固まった後に小さな声でこう答えた。
「あの頃はね、廃部しそうで、教員から剣道部の誘致カタログをつくる事を許可されなかったんだ。」
「廃部?どうして?」
「部員が僕と彼しかいないからさ。」
なんと寂しい事だろう。宗太郎は途端に流れる気まずい空気に黙り込んでしまった。
「だが、僕達剣道が大好きなんだ!本当だよ!ね!」
男の子がもう一人の男の子にそう尋ねると、彼はこちらにやってきた。
「そう!当然じゃん!ちなみに俺達団体戦は数が足りなくてできなかったけれど、公式の個人戦なら出たしね!」
宗太郎は二人がどれほど手練れているのか気になって、会話を広げる意図もあり聞いてみた。
「おー!何回戦まで勝ち上がったんですか?」
二人は少し黙って、小さな声で言った。
「……。まぁ、地区予選の初戦で、負けた感じで……。」
再び気まずい空気が流れる。宗太郎はこれ以上剣道について何を質問しても地雷を踏み抜く気しかせず、何かを尋ねたいと思わなかった。これは弱すぎて、存在感がなさすぎて誰からも周知されなかった部活である可能性がある。更に学内における存在価値すら怪しくなり、部活から愛好会に降格してもおかしくない部活だろうと宗太郎は思った。道場に通っているものの、これは入りたいとは思えない。
そして、薄々察した事ではあるが、普通に部活勧誘で部員を集めても集まらないから誰も勧誘していないこの時期に早めに勧誘して部員を調達しようという考えで動いていたのでは。明らかにこの時期に部員を集めるのは早すぎる、という事はかなり本当に廃部寸前なのだろう。
そして、宗太郎に初めて話しかけた男が言った。
「正直言おう。俺はこの部活が廃部になりそうな事も分かっていて、その上である目標を立てているんだ。」
「はい。なんでしょう。」
「俺は全国で戦いたいんだ。」
宗太郎は少し黙った。そして、彼の顔を見た。二度見である。何を言っているんだろう。宗太郎はそう思った。
剣道の大会において全国選抜とは、地区予選、県大会、インターハイ予選を突破した後にある大会である。そもそも地区予選初戦落ちのこの高校が何をどうしたら全国に行けるのだろうか。言ってはなんだが人数少なくて廃部寸前の超弱小である。この目標はハッタリだろうか。目標を高く持つ事はいい事だと思うが流石に高すぎではないだろうか。宗太郎は様々なことを鑑みてこう考えた。
無しだな。
宗太郎はにこりと笑って男達を見た。そして、頭を下げて、お辞儀をした。
「ありがとうございます。でも俺は学業に専念する必要があるので失礼します。」
そう言ったその時、誰かが自分の袖を引っ張った。
宗太郎が顔を上げて下を見ると、袖を引っ張っている桜がいた。
「お兄ちゃん。そろそろ直にいちゃんの式始まっちゃうよ。」
「ごめんな。教えてくれてありがとう。そろそろ行こうか。」
宗太郎が行こうとすると、片方の男が問うた。
「待てよ。君、その背中にかけている長いものはなんだ。」
宗太郎が背中に常備している竹刀入れがバレたらしい。
「ああ、これは……。」
「お兄ちゃんの竹刀だよ。お兄ちゃん剣道習ってるから竹刀を背中にかけてるんだ。」
桜が答えた。
剣道部の人々も宗太郎も目を丸くして驚いていた。
宗太郎はこの状況をこの子に説明していなかった。
「お兄ちゃん凄いんだよ〜。剣道二段なんだ。」
宗太郎はここで内心頭を抱えていた。
言い忘れた事がこの様に自分の首を絞める事になるとは。
先輩であると思われる男達はこちらの方をまじまじと見ている。
「ちょっと待ってね。今ビラを持ってきて渡したい。入るか入らないかの判断はビラをもらってからゆっくり持ち帰って、その後でもできるだろう。」
そういうと男達は目配せし、後ろに行ってビラを取ってきた。
ただ、ビラを取ってきたと言っている割に、机に戻ったらすぐにビラを取らずに何やら話している。
「おい、凡。」
「分かっているよ掟。多分、向こうはこっちがあまりに弱小すぎて入りたくないんだ。俺たちの全国の目標も多分まともに相手にしていない。」
「だよな。薄々彼の姿勢からそれはわかる。だが、有段者だ。彼は。きちんと剣道を収めてきた人な可能性がある。ここはダメと元でも、何がなんでも引き込むぞ。」
「でもどうやって。」
「俺に任せろ。」
二人はビラを持ってこちらにやってきた。
少し、目が血走っている。
「君、名前は。」
メガネをかけている男が尋ねた。
「花王宗太郎です。」
すると、メガネをかけていない男が宗太郎の右手を急に強く握りしめた。
そして、目に涙を浮かべて笑って宗太郎に尋ねた。
「君は……、最高だ……!!!」
眼鏡をかけている男も宗太郎も驚いた。
眼鏡をかけている男はかけていない男に対して思った。
重い、重すぎる。いきなりそれをされて入ろうと思う奴はいない。むしろ怖がられて引かれてしまう。あの小さな女の子に至っては怖がって彼の後ろに隠れているじゃないか。ここは、俺が人肌脱ぐしかない様だ。
そうすると、眼鏡をかけている男は宗太郎の左手をギュッと握りしめた。
「君は剣道をやっていたのか。素晴らしい。我が部にピッタリだな。あ、一応、横で泣いている彼は気にしなくても大丈夫だ。あまりに君との出会いが嬉しすぎて感激して涙を流してしまったのだ。」
宗太郎は今すぐにこの手を離して欲しかった。
「あの、大丈夫ですよ。俺、あんまり高校の部活動とかそこまで関心なくて……。」
眼鏡をかけていない方の男は言った。
「何故だ!高校生は人生で一度きり!ここで燃えて燃え尽きるまで頑張らないで何を頑張るというのだ!」
「いや、勉強を頑張るので……。」
すると眼鏡をかけている方の男がにこやかに笑って言った。
「今なら、防具全部無料で体育館使いたい放題、更には個人戦で全国大会も目指せて人も集めれば集団で全国も目指せますよ〜。
多分、あんまり高校の剣道は興味がないのかもしれないけれど、道場以外の人と剣を交わらせて日本一を目指す切符も、剣道部にはいるだけで獲得できるんだけど、それは君に取ってもいい事なんじゃないの?
今を逃せば防具は全部自分負担で学校の刺繍が入った道着も全額自分負担になるけれど、今ならば道具一式は全て我が校が負担しよう……!」
宗太郎はそれを聞くと冷静になった。確かに一理ある。だが、明らかに相手の口車に乗せられている様にも見えて妙に警戒してしまう。
っていうか、ここ眼鏡何者だ。高校生か?
宗太郎がそう思い警戒していると、横から足音がした。
見ると、女性教師だった。クリーム色のジャケットに白い服、クリーム色のスカートを履いていてショートカットの女性が歩いてきた。
眼鏡をかけている男は思った。
『石原先生!よくきてくれた!先生はファッションスタイルはそこそこ良くて、顔もそこそこ良くて、性格もそこそこいい!美人すぎない程度の美人だが、これがきっかけで宗太郎君が動くか?いや、無理か。先生のレベルでは無理かもしれないが、わずかでも心が動くかもしれない。俺が説得して先生が横から何か良さげな事を言って説得する。この戦法で行こう。』
眼鏡をかけた男は先生の方を見ると言った。
「先生。彼、剣道二段の子なんですよ!うちの部活に来たらいいと思いません?」
すると、先生は宗太郎の方をゆっくり見て言った。
「あなた、剣道二段なの?」
「はい。」
「青春は一度きり!ここで全力で頑張ってもいいんじゃない?」
「あの、確かに青春は一度きりかもしれないけれど勉強を頑張ればいいかなと……!
……!」
「本当に、それでいいの?!」
先生は宗太郎の両手を両手で掴むと、宗太郎をじっと見た。その視線はとても熱く、宗太郎に対して強く向けられる。
「あなた、怖いんじゃないの?」
宗太郎はキョトンとした。
「何がですか……?」
「この廃部寸前の高校で全国を目指してもどうせ失敗するだけだ。そんな無用な傷は負いたくないから、それくらいならば部活に入らない方がいい。そっちの方が楽。そう思っているじゃないの?」
男二人は黙った。そして、顔から大量の汗を流して先生の方を見た。
眼鏡をかけている方の男は思った。
『先生!今それはまずい!今それは言ったらまずかったかもしれない!落ち着いてくれ!』
かけていない方の男も思った。
『直球すぎないか先生!』
先生の眼差しは宗太郎を捉えて全く逃さない。
「お言葉ですが、率直に言わせてもらうと、この状態で全国は……。」
「あなたの中では勝てない勝負に身を投じる事が無駄に思えるの?それはね、決して無駄ではない事。勝ったかどうかは結果論でしかないと私は思う。勝つまでに積み上げた事が、勝てなくてもその勝負の場に行くまで積み上げたものが本当に今後のあなたの宝になるのではないの?」
宗太郎は、ハッとさせられた。言葉が自分の中に強く響く。なんだ。すごく、力強い。
桜は固まっている宗太郎を見て心配になる。
「お兄ちゃん。直にいちゃんの式。」
桜がそういうと、宗太郎は我に帰って、桜の頭を撫でた。
「弟の入学式が近いのです。今は時間がないので持ち帰って考えてみます。」
そういうと、手を離して、宗太郎は体育館へと歩いて行った。
先生と男達は「ふぅ」と息を吐いた。
「良かったな、凡。これで一人入るかも知れない。」
「ああ、掟。先生もありがとうございます。先生、熱の入り方が凄かったですね。」
「まぁ、教師ですから。生徒にとって何か実りがある事を言うのは当然の事。あの子が入る入らないのどちらであるにせよ、あの子にきちんと知っておいて欲しかったのよ。それはそうと、掟君。あなた私の事そこそこ美人って他の人に言ってたみたいね。」
「え、そんな事言ったっけなぁ。」
「先生地獄耳だから噂とか聞いちゃうのよ。褒めてるのか貶してるのかわからないその評価は何?
傷ついちゃうなぁ。今度からはどうすればいいと思う?」
「……。発言を自重します。」
「よろしい。」
宗太郎が体育館に戻ると、そこには母がいた。どうやら合流して席を取っていてくれた様だ。
「大丈夫だった?宗太郎。桜には私から行ってきてって言ったの。」
「大丈夫。桜が俺の事を読んでくれたおかげで式には間に合ったよ。ありがとう。」
宗太郎が桜の頭を撫でると、桜は嬉しそうに微笑んだ。
直は前から3列目にいてギリギリ存在を確認できた。
何事もなく、校歌斉唱があり、何事もなく校歌が歌われる。
宗太郎と静子、桜はその様子を礼儀正しく姿勢を整えてみていた。
三
入学式が終わり家に帰ると、宗太郎は真っ先に自分の部屋に戻った。そして、自分の机の椅子に座り、身体を後ろに倒した。疲れがどっと湧き出る。
高校の剣道部、そして、先生の言葉が強く頭に残る。無駄な事などない。
今の自分にはもし高校の全国に行くならばあの部活に入るしかないだろう。そこで全力を尽くして、負けても、多分、無駄ではないのだろうと思う。
いや、ただ、初めから負けた場合の事を考えるのはおかしな話だ。ただ、個人戦では勝てるだろうが団体戦は厳しいだろうな、と心の中で思っていた。
宗太郎は考えが堂々巡りになりそうで一旦考えるのをやめた。それよりも、リビングで夕食を作った方が良いと思い、自分の部屋を出た。
下の階では、直の入学祝いでどこか遠くに食事をしに行こうと言う話になっていた。静子が直と桜に対してどこに食べに行きたいかを尋ねており、直と桜は各々大喜びしている。直はステーキか焼肉を食べたいらしく、目を光らせて想像していた。桜はしゃぶしゃぶに行ってそこのビュフェのスイーツを食べるか、シンプルにスイーツを食べに行きたいかを考えていた。
直は桜の事も考えて、スイーツが食べれる焼肉店に行こうと言い出し、桜もそれを聞いて納得している様子であった。宗太郎は降りてきてその様子を聞いており、とても微笑ましく思っていた。
「あ、にいちゃんは何がいい?今さ俺の入学祝いにどこか飯食いに行きたいねって言ってて候補出してるんだ!」
宗太郎の存在に気付いた直が尋ねると、宗太郎は冷静に答えた。
「俺はなんでもいいよ。あんまり食べるものにこだわりもないし、お前の入学祝いなんだからお前が行きたいところがいいかな。」
宗太郎がそう答えると、直は「おし!じゃあ、ビュフェのサザンクロスレストランに決定だ!」と静子に言った。
宗太郎は聞いた事のないレストラン名を聞き、何かと思ったが、静子曰くどうやら焼肉をメインにしたビュフェレストランらしい。桜も乗り気であり、宗太郎も異論なかった。
5人は家を出ると、静子の車に乗り込み、準備を始めた。車内は基本的に綺麗にしてある。静子のこだわりで無意味に汚くする事をよしとしなかったからである。宗太郎は助手席に座り、直と桜は後部座席に座った。
静子は車を出し、家族5人で車で移動していた。その時に宗太郎はふと考えていた。
剣道部の事である。
「たとえ失敗しても無駄ではない。」
先生の言葉が強く頭に響く。宗太郎が窓の外を眺めて剣道部について考えていると、静子は宗太郎に尋ねた。
「宗太郎。どうしたの。」
「ん、いや、なんでもないかな。」
「嘘おっしゃい。なんでもない子の顔じゃない。お母さんだったら話を聞くわよ。」
「……。まぁ、剣道部の人達から誘われてるんだ。」
「何に?入部しないかって?」
「うん。」
直はそれを聞いていて聞き出した。
「俺が口を出す話じゃないかもだけど、それって道場とは別なのか?道場と違うの?」
「ああ。全国の猛者達と剣を競える。自分の実力を知ってより上を目指せる機会だと。」
「へー。俺も兄ちゃんと同じ道場にいるが、高校の競技剣道については疎かったから新鮮だ。」
「まぁ、道場の垣根を越えて剣の腕を試して、強くなれるらしい。俺を鍛える場所が、道場の外にも開かれたと取るべきか、どう見るかな。」
「入ればいいのに?大会も目指せるんだろ?」
「ただ、うちの剣道部絶対弱小なんだよな。なんか、廃部しかけたみたいだし。あれじゃあ個人戦はできても団体戦はできなさそうだな。」
「まぁ、個人戦ができるならそれに越した事はなさそうだよな。」
「そうね、お母さんもそう思う。」
宗太郎は考えた。個人戦ならば確かに問題ないかもしれない。個人戦をする人枠として部活に入るのはありかもしれない。
どの道、自分はあの部活を通してでしか、全国の相手とは戦えないし、全国の相手ってどんな感じなのだろうかと実はかなり気になっている。高校生の剣道の頂ってどんな場所なのだろう。
「でも、団体戦だったらいいよな。にいちゃん。」
「なんで?」
「だって、個人戦って自分でもできるだろう。道場でも。団体戦だったらさ、みんなで強くなれるじゃん。俺達一人一人の剣を極めるのは大事だけど、みんなの剣道ができる気がする。」
宗太郎は少しハッとした。自分の剣技を高め、自分が強くなる事しか頭になかった。
他の誰かと、みんなで共に強くなる。宗太郎にはない発想だった。まさか弟に言われて気づく事になるとは思わなかった。個人戦で頑張るのもそうだが、団体戦は、みんなで高めた剣技と心で勝ち得る勝利はどんなものか、宗太郎には想像し難く、同時にどこか胸踊るものだった。
そうこうしている内に、車はレストランに着いた。
花王家は皆車から降り、レストランに向かった。レストランに入ると、シックな雰囲気の店内に豪華な机と座席がある。少し高いところを選んだのではないかと宗太郎は思った。
それから、ビュッフェで食事を選び、自分達のテーブルに戻ると焼肉を食べた。
剣道部。そして、団体戦という大舞台。
自分と、自分達の強さと技を極める。
かつてない、興奮と不安が、宗太郎の中に存在する。
焼肉を食べている最中に、母は言った。
「宗太郎。最後に入るかどうかを決めるのは宗太郎だよ。受験の事もあるだろうし、決めるのはとっても簡単じゃないよね。入ったらあなたの時間も多くとられるのだし。」
「え、まぁ。友達とも遊べなくなるな。」
「でも、あなたが入りたがっている様に見える。」
「どうして?」
「あなた、迷っているけど、少し嬉しそうよ。」
「そうなのかな。」
「あなたの剣が一人の剣じゃなくなる気がして、あなたは嬉しいんじゃない?」
「確かに。」
「最後に決めるのはあなた。貴方は、剣道部についてどう思う?弱小だけど、廃部しそうだったけど、貴方は、あの剣道部をどう思う。」
直も興味ありげに真面目な顔をしてこの話を聞いていた。
「俺は、そうだな。気になる。入りたい。入ってみようかな。ってすぐに言いたいけど、俺は個人戦でしかあの部活で勝てる気がしない。話を聞く限り、団体戦で勝つなんざ、夢のまた夢だ。地区予選の初戦で敗退する様なメンバーな上に部員もろくに揃ってなさそう。あれじゃあ、団体戦の結果が見えてる。」
「そうね。そこは難しいところ。団体戦だって勝ちたいものね。」
「そらそうだ。」
直は口を開いた。
「俺もその部活入ろうかな。兄ちゃんがいるなら俺も行ってみたいし、俺とだったら勝ち上がれるかもよ。」
「お前と?」
「うん。後は俺が誰か同級生をちょっと無理して何人か連れてくればギリギリ団体戦の形になるかもね。」
「地区予選初戦敗退は防げるかな?」
「多分ね。にいちゃんならどう思う?」
「お前となら防げるかも。相手によるけど。2回戦以降は分からん。」
「えー、そこは都大会まだいけるって言えよ!」
「お前都大会舐めすぎだろ」
宗太郎は笑って言った。
「ノリだぜ兄ちゃん!」
直も笑っている。
静子も笑いながら話を聞いていた。
「さて、頑張るかな。」
宗太郎がそういうと静子も微笑んで答えた。
「頑張りなさい。」
「俺も頑張るか。剣道部では同輩だね、兄ちゃん。」
「まぁな。」
「あ、でも俺一段で兄ちゃんが二段だから実力面はまぁあれだけど、別にそれはそれだから。」
四人の食卓に笑いがこだました。
四
翌日、宗太郎はチラシにある剣道部の場所を訪れた。
チラシには地図まで書いてあるが、やたらデザインがキラキラしている。剣道部は弱小だが、チラシの作成能力は高いのだなと少し驚いていた。
第二体育館の武道場を指定の時間に訪れ中に入った。
中では、顧問の先生と防具を丁度着ようとしているメガネをかけていない男がいる。
宗太郎が入ると、男達と先生は寄ってきた。
「おお!きてくれた!でどうする?入る?」
単刀直入にメガネをかけていない男が聞いた。
宗太郎は冷静に答えた。
「入ります。」
「おっし!」
「ただ、聞きたいことがあるんです。」
「うん。何。」
「ここは、全国に行きたいと言っていたけれど、団体戦で、という意味ですか?」
「ああ、そういう事ね。そうだよ。俺達は団体戦で全国に行きたい。」
「でも、人員が足りません。あまりにも。」
「別に。足せばいい。今期は俺達が主将なんだ。俺たちだったら集められると思っている。」
道着を着て眼鏡をかけている男が言った。
「こんな状態で何を言っているのだと、思うかもしれない。だが、俺達はできると思っている。そして、特に俺は人を集める事に自信がある。」
何故だろうか。この男が言うと説得力が違う。宗太郎はそう思った。
「でも、相当無理ゲーですよ。」
宗太郎がそう言うと顧問の先生は言った。
「うん。この彼らもそれくらい承知の上で言ってるよ。
でも、この無理ゲーって、多分、私達だから立ち向かえる無理ゲーだと思うの。こんなに危機的な状況で、部を存続させる事で手一杯。でも、彼らはその無理ゲーに立ち向かうだけの用意をしている上で貴方にこう言っているんだよ。この無理ゲーは宗太郎君。君にとっての無理ゲーにもなるね。」
「そうですね。俺にとっての無理ゲーにもなります。」
「でも、君だけに、君の目の前に現れた無理ゲーでもある。でも、本当は無理ゲーじゃない。」
「どういう事ですか?」
「無理って、貴方が思っているだけ。本当に、道はないの?」
「部員が集まれば。」
「宗太郎君は、部員を集める努力をした?」
「師範がいれば、、、。」
「宗太郎君は師範を呼ぶ努力をした?」
「……。俺はまだ入ってませんし。」
「宗太郎君。これが無理ゲーになるか、それとも、達成できるかは、宗太郎君次第なんだよ。」
「どうう事ですか?」
「貴方が、どうせ師範も来ない、メンバーも来ない。打つ手無しだ。馬鹿らしい。そんな事言ったら。そりゃー無理ゲーになっちゃうよね。」
「はい。」
「でも、師範50人にアタックして、きてもらえる様に努力しよう。自分でも強くなれる様に努力しよう。メンバーに来てもらえる様に努力しよう。メンバーも一緒に強くなれる様に努力しよう。そして、それが次の世代にも受け継がれたら?この部は全国を目指している。団体戦で。貴方は、この部で団体戦で全国を目指すためになんの努力をしたの?」
宗太郎は口を閉じた。何も反論ができない。妙な説得力がある。先生は多分、素人ではないかと思う。決めつけだが。でも、彼女が素人であるかないかと言う事を度外視しても、彼女の言う事には力があった。
「無理ゲーにしてたのは、俺自身?」
「そう。貴方が無理ゲーと言っているのは、貴方のために、貴方の元に現れた課題なんだよ。貴方はたった今まで貴方が無理ゲーと言っていたこの難題に、挑戦してみたい?」
宗太郎は黙っていた。
『茨の道だ。先生だって、生徒だって、無謀って、でも、
無謀なのか?』
宗太郎はついに閉じていた口を開いた。
「無理ゲー、撤回します。やります。俺も。俺も団体戦で全国に行きたい!」
周りの生徒達は顔が明るくなった。
先生もにこりと笑った。
「先生は凄いですね。なんでこんな事が分かるんですか?先生も全国に行きたいとか?」
宗太郎が尋ねた。
先生は答えた。
「いや。若人の夢を応援したいだけ。若人が道を閉ざさずに進むのを後押ししたいだけ。それが大人のやる事だから。」
宗太郎は胸が熱くなった。眼鏡をかけていない男は涙を流している。
メガネをかけていない男は先生に言った。
「先生。ありがとうございます。」
「別に。でもこれくらいの力はきちんと君も今後持っていかないとダメだよ。主将でしょ。」
「はい。」
眼鏡をかけている男は手をぱんと叩いて言った。
「よし!じゃあ自己紹介しよう!俺から順に名前を言っていくね。俺の名前は掟常武。今3年生です。趣味は剣道について調べる事。本当はマネージャーをしたくて剣道自体をしたいわけじゃないけど人員不足すぎて一応稽古を積んでいます。」
次に眼鏡をかけていない男が言った。
「はい。俺の名前は凡 人助。同じく3年生でこの剣道部の主将です!分からない事があればなんでも聞けよ!今は強くはないがいずれ強くなる予定です!」
次に先生が言った。
「私の名前は石原恵。この剣道部の顧問です!普段は国語教師なので言葉には厳しいかもね!そして、掟君曰く、中途半端に美人らしいです!」
「俺そんな酷いい方してませんよ〜!」
「冗談よ〜!」
4人の間で笑いが起こった。つい宗太郎も吹いてしまった。
そして、先生が宗太郎をに目を向けて言った。
「次は君の番。」
宗太郎は答えた。
「俺は花王宗太郎です。2年生で剣道は二段です。よろしくお願いします!」
人々は笑いながら宗太郎を認めてくれた。
宗太郎はみんなで強くなるという事を経験した事がない。
ただ、この部の中で強くなる。そう言う決意がみなぎっていた。
不思議な気分だった。この剣道部に迎え入れられた時、とても心地が良かった。
ここから、宗太郎の剣道部員としての高校生活が始まった。
とある和式の屋敷の庭に陽子と少女がいた。少女はとても華奢で陽子とは対照的にとても雰囲気が静かである。
屋敷の庭は和風庭園であり小さな川が流れ、撫子が咲いている。
少女は問いた。
「この花の名を知っている?」
陽子は答えた。
「知らない。なんだろう。」
「撫子というの。花言葉は純愛。」
「へー!花言葉知ってるの凄いね!それにすごくロマンチック!」
「でしょう。陽子ちゃんも恋をしたらこの花を据えた手紙を送ってみたら。教養あるお方なら分かるかもよ。」
「気づくといいけどね。どうなんだろう。」
すると、少女はふと別の方向を見た。
「陽子ちゃん。客人が来たみたい。」
陽子が少女と同じ方向を見ると、そこには何やら男が立っていた。
ガタイがよくスーツ姿だが、眼鏡をかけておりどこかエリート的である。
「初めまして。西国院陽子さん。」
男が言った。陽子は「初めまして。何か御用ですか?」と尋ねた。
男は陽子のそばまで歩いてきて、耳元に手を当てて言った。陽子は急な事に驚いて顔を逸らそうとしたが、その瞬間男は言った。
「花王宗太郎君を、覚えていますか。」
陽子は一瞬固まった。そして、問いた。
「今、なんと。」
男は静かに言葉を発した。
「私は彼とあなたを繋げるものです。とは言え、立場上無理にとは言いません。今すぐである必要もないでしょう。ですが、あなたが望むならば、用意はできています。」
「宗太郎に会えるのですか。あれ以降、私はSNSも全て一新させられて、会う手段が無かった。」
「お父君も心苦しいでしょう。お父君から許可はいただいております。西園寺は別ですが。
会えます。貴方は彼と。」
陽子は男の顔をじっと見つめていた。




