第三話 仲間を増やす
一
宗太郎は朝五時に家を出発し、駅まで走って行った。学校の最寄駅を降りると、学校へと走っていく。
宗太郎の胸は高鳴っていた。団体戦で全国を目指す。
自分の強さだけではなく、みんなで強くなる。
自分は初めて、みんなの剣で戦う事になる。
宗太郎はその思いを胸に、更衣室で道着に着替え、第二体育館武道場の門を開けた。
基本的に様々な武道系の部活が共同でこの体育館は使っており、剣道部は奥の方にいた。
防具をつけずに、人助と常武が竹刀を握り、素振りをしている。恐らく、五〇回ほどするのだろう。
二人がしている素振りは、正面素振りをしていた。
正面素振りとは竹刀を高く構え後ろに約四十五度傾かせ、振り下ろす素振りであり、主に面をできるようになるためにやる事である。正しい技の型を身体に染み込ませ、まっすぐな剣の軌道を肩を上げすぎずに再現する。
しかし、これはとても初心者には大変な事で姿勢の良さを維持するための腰の筋肉、自分の姿勢がぶれない様に下腹部内側及び骨の周辺の筋肉が鍛えられ、腕の筋肉が強く重い竹刀の重さに耐える必要がある。
そして、今現在、主将である人助の剣は右側にぶれており肩が上がっている。指導者不在で練習しているとは聞いたので大変であったらしいが、かなり型が不自然で素人感が強く滲み出る素振りである。指導者をどこかの道場に依頼したり、自分で道場に行って習ったりしなかったのだろうか。ただ、廃部寸前の部活にそこまで学校側がお金を出すとも思えない。道場に通うにもお金はいるので何か個人的な事情があるのだろう。
宗太郎は人助に挨拶した。
「おはようございます!」
「おう、おはよう!朝練に来るとは殊勝な事だ!」
「先輩も来ていますし、自分も来たかったので!」
「そうか!それは何より!」
宗太郎はすでに今の時点で道着に着替えており、防具と竹刀を抱えていた。
宗太郎は防具を一箇所に集めてある場所に置くと、竹刀を握りしめ正面素振りを行った。
ブン!
竹刀が空を切る音が響く。宗太郎の剣筋は極めてまっすぐで、肩も力まず、一振りがとても力強く素早かった。
姿勢はよく正されており、動作も正しい動作がとても高い精度で再現されていた。
人助はその様子を見て感心していた。
自分よりも歳が一つ下であるというのに、どうしたら、あんなに綺麗に打てるのだろう。一振りが違う。どこで指導されていたのだろう。
宗太郎は引き続き、素振りを続けた。
空を切る音が鳴り響き、整った正面素振りが繰り返される。息が上がる様子も無く、ただひたすらに続いている。
宗太郎は軽く素振りをするつもりであり、ウォーミングアップとして身体を慣らせたかった。
人助がその様子に気を取られていると、体育館の中に石原先生が入ってきた。
石原先生は人助を呼びつけると、何かを話し出した。
宗太郎は集中を切らすわけにはいかないので気づいてはいたが無視して素振りを続ける。
五〇回正面素振りを行い、竹刀を一旦下に置いた。
すると、人助は宗太郎の元に近づいてきた。
「素振りは終わった?」
「はい。」
「じゃあちょっと話したい事があるから来て欲しい。これからのこの部活についてなんだ。」
「分かりました。」
奥の方には石原先生と常武がいる。
人助と宗太郎は先生たちのもとへ集まり、そこにあぐらをかいて座った。
常武は続けた。
「俺達は今、部員が三人だけでとんでもない人手不足になっています。だから、これから人を集めてこないといけないんだ。団体戦は基本的に五人でやるもので、三、四人で出る事は剣道協会が許可しているけれど、それで不利になることは確定しているんだ。
だから、部員を増やさないといけないんだが、みんなツテはあるかな?」
宗太郎が手を挙げた。
「俺は弟が入ると言っています。弟は俺の一つ下で新入生ですが剣道一段で戦力になると思います。」
「なるほど。人助は?」
「こっちはむずいな。受験期だから今から新しく部活に入ろうってやつはほぼいないよ。
大抵の部活も三年生になったら人が抜けていくらしいし、でも仕方がないことだよな。
受験との両立ができたとして、前々から入っている部活でも、長くて夏までだろう。」
「石原先生はどうですか?」
常武は石原先生に目をやった。
「私は実は何人か剣道経験者って噂を聴いた子はいた。
でも、本当かどうかも分からないし、私が直接聞きにいって勧誘する事は難しいんだよね。立場上。」
先輩方は受験生なので人が集まりづらく、先生は先生で立場上勧誘が困難である。
宗太郎は弟の直が入って、直か自分が誰か連れて来れたら団体戦へのメンバーが揃うのかと考えた。
「俺が誰か連れてきた方が良いですかね。」
「いや、宗太郎君。そうしてくれると助かるものの、今日が初日で自分のクラスの人達の事もよく知らないと思うから、やるにしてもゆっくりでいいよ。なぁ、常武。」
「人助。これは俺たちが二年の教室まで行ってきて人を集めても良いかもしれないぜ。」
「それはどうかなぁ。二年生怖がらないか?」
先生が言った。
「やってみても良いんじゃない?でも、宗太郎君も同行してもらった方が良いと思うよ。いきなり3年生の人達が多くきても怖がるかもだし。」
宗太郎はこれに頷いた。
どうやら、先生が言うには剣道経験者はこの高校にいるという噂がチラホラあるらしい。自分の同い年にいるかどうかはわからない。だが、探してみる価値はあると宗太郎は思った。
二、
そして、新学期初日のクラス分けが発表される。
校舎の掲示板にクラスが張り出されていた。どうやら名簿を見ると宗太郎はA〜E組のうち、C組に振り分けられたらしい。
宗太郎はC組まで歩いて行った。五階に二年C組はあり、ここから宗太郎の高校一年生としての生活が始まる。
誰か一年生の頃に同じクラスだった人は居るかな?
そう思って、眺めていた。一人二人見た事がある人は居るが自分があまり話した事がない人達である。自分が親しくしていた友人はほぼ全員違うクラスに振り分けられたらしい。少し寂しさを感じる。とは言えクラスをまたいで会いにいけば良いだけなのだが。
宗太郎は指定の席に座り、そこで授業の用意を始めた。
「いやー、君がたい良いね!剣道向いてるんじゃないかな〜?」
何か、聞き馴染みがある声が外からした。いや、まさか今の時間に先輩方が勧誘する事などはないだろう。放課後とかだろう。普通に考えて。そう思い、聞き間違いだと決めつけて席に座ると「宗太郎君ってそう言えばどこだっけ?」という声が聞こえた。
剣道部の先輩である。宗太郎は思った。
『先輩。空気読んでくれ。頼む。
初日の朝から部の勧誘をしている男である印象がついたらその後の学校生活が間違えなく面倒になる。
変な噂も立ちかねない。なんとか控えてもらえないものか。』
宗太郎はそう思いながら、自分の席に座っていた。気づかれて呼ばれて一緒になって勧誘しても大変なので気づかれない様に隠れていようと思った。勧誘であれば放課後に校門前などでやれば良いだろうと。
そして、声がしなくなったと思った頃、もう過ぎ去ったかと思い教室の外に出る為に席を立とうとした。
すると後ろから肩を手で叩かれた。
振り返ると、そこには人助と常武が立っていた。
「終わった……。」
「何がだ。」
人助が答える。
「安心するんだ。宗太郎君。多分この程度の事で君は変人扱いされたりしないよ。だって少し場所を変えれば良いのだし。四階にブースを設けておいて、そこでチラシ配りをしているから昼休みの時間も含めて使える時間があったら君も是非こよう!」
先輩達はそういうと去って行った。
宗太郎はその場に立ち尽くして安堵の息をついた。
その日は昼休みのすべての時間をビラ配りに使った。
他の生徒達は友達を作ろうとしているが、宗太郎はそうするわけにはいかず、友達を作る暇もなく下の階でビラを配っていた。
人助はハキハキとした声でビラを配っており、常武はセールストーク並みの凄まじい説得力の弁舌でチラシを配っていく。宗太郎も、なんとか相手に寄り添い参加を誘導する形でチラシを配っていた。常武は二〇枚のチラシをわずか5分で配り切り、その時の相手の持ち上げ様と言えばすごいものである。
宗太郎は常武の三分の一ほどの速度でしかチラシを配りきれず、人助に至っては一〇分で一枚配れれば良いかどうかという有様である。それは、彼が会う人と会う人に対して熱い握手を交わし、普通の人では引く熱量で自分の思いを相手にぶつけるからである。少し興味を持ち立ち止まって聞いただけの相手でも、まだその熱量を受け止められるほどの心の用意ができていない。やはり、宗太郎は自分を奮い立たせた石原先生はすごいという風に再認識した。
時間が過ぎ去るのは早い。
剣道とは全く違う方向で頑張り、放課後の宗太郎は疲労感に襲われ机に突っ伏していた。
もはや誰かと話す気力もない。
というか、早く帰るか、放課後の部活動で練習したい。
宗太郎が疲れて俯いていると、宗太郎の耳にある会話が飛び込んできた。
「福田!明日の遊びお前もくる?」
「いやー、ごめん!明日剣道の日なんだ。道場行かないといけないからきちいわ!」
「オッケー!じゃあ、明後日にしようぜ!」
宗太郎は聞き逃さず、声がする方に目を向けた。
若干腹周りが大きいが、身長は微妙に低く、しかし肩がガッチリとしていている体格の厳つい男子生徒が他の男子生徒二人と話している。
福田、と言ったか。
「じゃあ福田の予定も考えて池袋に行くの明後日にしようぜ。別にH&Mはどこにも逃げないし。」
「オッケー!」
「みんなまじありがとう!」
やはりあの男子生徒が福田というらしい。
どこかで話しかける必要がある。タイミングを見計らおう。宗太郎はそう思うと、福田の方をバレない様にさりげなく見た。福田は荷物を整理している。帰ろうとしているのか。他二人の男がいるとこちらも話しかけづらい。だが、話しかけなければ、そもそも関わりすら作れない。
福田は男達と共に廊下に出て行った。
宗太郎も荷物をまとめてすぐに廊下に出て行った。気づかれないようにさりげなく福田を追跡する。
福田は階段のそばまで移動すると、2階の階段まで降りて行った。そして、そこで他の男子生徒と別れて一人になった。
すると、宗太郎は福田のそばまで駆け寄り、「福田君っていうの?」と呼び止めた。
福田は振り返り宗太郎の方を見る。
「君は?」
「俺の名は花王宗太郎。君と同じクラスだよ。」
「おお、そうなんだ。よろしく!でどうしたの?」
「うん!剣道、やってるんだって?」
福田は少しキョトンとした顔で答えた。
「よく知ってるね。やってるよ。」
「俺もやってるんだ!今二段!」
「おーまじ!俺も二段だよ〜!」
「一緒だぁ!」
二人は剣道を話題に盛り上がった。
それよりも宗太郎にとって福田はとても心強かった。
同じ二段という事はかなり前からやっているはず。おそらくは手練れだ。
「福田くんさ、高校剣道って興味ある?」
「高校剣道?あー、全国選抜とかの、あのインターハイの?」
ここで彼をどうしても部に引き入れたいと、宗太郎は強く思っていた。
「そう!」
「どうして?インターハイに行きたいの?」
福田は不思議そうに聞いた。
「まぁ、そんなとこかな。うちの剣道部は。」
「うちの学校剣道あったっけ?」
「あったらしいんだよ。廃部を免れたけど。」
「廃部寸前なんだ。それってインターハイ云々以前に部活は大丈夫なの?」
痛いところをつかれたというか、そうくるだろうと予測していた答えが返ってきた。
「まぁ、そこはなんとかなるよ。人さえ集まれば。」
宗太郎が答えると、福田は少し考えて答えた。
「俺は、今そこまでまだ高校剣道に興味があるとかいうわけじゃ……。」
「それでも大丈夫!でもこれってすごい機会じゃない?」
「え、でも廃部しそうだったんでしょ。」
「まぁ、そこは立ち直ったわけだし。それに、そうだな。このあと時間ある?」
宗太郎は自分の腕時計を見ると福田に尋ねた。
福田は携帯を見ると少し考えて、「大丈夫。あるよ。」と答えた。
「飯、食いに行こうよ。」
宗太郎が言うと、福田は目を光らせて「おおー!!良いじゃん!そういうことなら全然大丈夫!食べに行こ!」と食い気味に迫ってきた。
急に食い気味に迫られるので宗太郎は驚いたが、ともかく自分と時間を過ごしてくれる以上話す機会は得たも同然。なんとか、彼に一緒に剣道をやる仲間になってほしい。その一心で、宗太郎は福田に対してこう聞いた。
「どこに食べに行きたい?」
「二郎系ラーメン!めっちゃ美味いところがあるよ!」
宗太郎は初めて聞くその名前に少し驚いた。
「二郎系ラーメン?」
「うん!めっちゃうまいよ!食べればわかる!
それと、俺の名前、福田民八郎!改めてよろしく!」
三
ラーメン屋は明らかにオシャレなどとはほど遠く、金属製の壁や設備に目に見えるほどはっきりと油がこびりつき、看板から醸し出される不潔感と男らしさと工場の一部の建物の様な見た目を想起させるような建物であった。
建物の中にはステンレスのカウンターテーブルに明らかに仕事帰りの汗まみれの男達が集い油が中にふんだんに入り明らかに人の胃袋をぶち破るような量の野菜、麺、巨大なチャーシューが入ったラーメンを啜っていると言う、一般的な女性陣が見たら悲鳴をあげそうな光景を宗太郎は民八郎と共に見ながら、食券を片手に順番を待っていた。
二人は順番が来たので食券をカウンター向こうで油にまみれてラーメンを作っているスタッフに渡すと、テーブルに座った。
宗太郎達はラーメンが運ばれるのを待っていた。
その間に宗太郎は民八郎に尋ねた。
「何か、剣道部には入りたくない理由でもあるの?
剣道部は今では弟も入る予定でその気になれば人数的にも君が揃えば団体戦もできる。他にも入れたら個人戦でインターハイに進む事もできるんだよ!」
宗太郎が乗り気で言うと、民八郎は微笑みながら答えた。
「うーん。まぁ、インターハイか。剣道は好きだし、これからもずっと続けたいと思っているよ。
ただ、俺はそれを部活動でやりたいとは思わないかなぁ。」
「どうして?」
民八郎は考えていた。自分の家族の事を。
民八郎は五人兄弟の長男である。いつも、あまりに家族の数が多く、父と母も共働きであまり余裕がない中で、民八郎も中心になって家族を回していた。
長男、長女、次女、次男、三男、の順に年上であり、長男の民八郎は、自分がいなくなると家事が回らなくなり家族に負担をかけてしまう事を分かっていた。
民八郎にとって、兄妹は宝であった。何よりも大事にしたい存在であった。
民八郎はその要領の良さから勉学にも秀でており、このまままっすぐ勉強すれば良い大学への道もひらけている。
家の事も自分の進路もよく回っていた。
高校生になるまで我慢していた事もあるが、それでも勉学の道はすでに開きつつある。
民八郎にとって剣道とは、己を鍛えてくれる物だった。
非力な自分を強くしてくれる存在であった。それが、剣道であると思っている。剣の道は常に自分との間のもので、他人との間のものという実感はなかった。
だから、剣道の全国大会がどうという事も大して興味も無かった。高校剣道に入るという事が、どういう事かよくわからない。
というか、部活動に精を出して励む人の気持ちもよくわからなかった。その時間があるならば勉学をした方が生産的に見えた。遊びたければ遊べる。親も喜ぶ。
だから、宗太郎が不思議に見えた。おそらく、自分を誘いたくて飯にまで来たのだろう。その根気は凄いと思った。
だが、部活のためにそこまでするものだろうかというを思っていた。
「ウチは五人兄弟の大家族で俺はそこの長男なんだ。別に何かに困っているわけじゃないけれど、俺が抜けたら家の家事が回らなくなっちゃうんだよね。
別に勉強もこのままいけば良いって先生にも言われてるし、剣道は誰かと競うものって感じも湧かなくて、インターハイって言われてもよく分からないっていうか、だから、別に良いんだ。あんまり興味無いんだよ。」
宗太郎も無理は言えない。
自分も家事を中心的に担っている、民八郎の気持ちはわかる。ただ、兄弟構成は向こうのほうが多いので、大家族の生活など想像もできないが。
宗太郎は言った。
「まぁ、事情は分かったよ。俺から言える事があるとしたら。全国は世界が広がる機会だと思うんだ。」
「世界が広がる?」
「俺も実は全国とか全然興味なかったんだ。高校剣道も正直初めは関心がなかった。」
「へー、意外。どうして関心を持つ様になったの?」
「俺の剣は、俺自身の中で完結してた。相手はいたけど、道場の馴染みのメンバーや時々切り替わるメンバーと何度も対決するくらい。」
「うんうん。」
「ただ、俺は、みんなで強くなって勝つ剣道って言うのが、あるってことを知った。全国の剣士と戦うって言うのは、まだ知らない、大きい自分になる道だと思ったんだよ。
俺の知らないどこかの地方かどこかの地域の剣士は、俺よりも強くて、その人と研鑽したら、人としても、もっと大きくなれると思った。直感的に。
俺の知らない誰かと、剣を通じて会える気がする。」
民八郎は黙って聞いていた。自分にはない発想だった。自分は目の前の事にしか気が向いていなかったので、剣道をそう捉えた事が無い。
「みんなで強くなるってどういう事?」
「団体戦って、個人戦とは違って、どうやら一人が強いだけじゃ成り立ちにくいらしい。全体で意思を決して戦わなきゃ、勝てないのかも、って思っているんだ。」
「まぁ、多分合っているんじゃない?
俺も師範から似た様な話は聞いた事がある。なんだか、流れ、って言うのが団体戦にはあるって。体験した事もないし、分からないけど。」
世界のどこかの強者と出会うことで、より大きい自分になる事ができる。民八郎の中で少し、全国という言葉に引力が出てきた。
ちょうどその時、二人の前にラーメンが出てきた。
とんでもないボリュームである。ラーメンの湯気が宗太郎の顔を包み込み、宗太郎の顔中から汗が流れる。
これはいかつい。宗太郎は心の中で呟いた。
民八郎は目を輝かせて、ラーメンを見つめている。
「楽しみだね!宗太郎!」
「……。うん。そうだね。」
民八郎は凄まじい勢いでラーメンを食べ始めた。
宗太郎は横からその様子を見て圧倒された。
こうはしていられない。
そう思った宗太郎は自分もラーメンを食べ始めた。
そして、民八郎は思い出した。二郎系ラーメンを初めて食べる人が高確率で通る道がある。宗太郎の様子を見る限り、初めて食べる可能性がある。
この通る道とは、胃もたれである。
宗太郎はついにラーメンを食べ終わった。民八郎はとっくに食べ終わり、宗太郎の事を待っていた。
外はすでに暗くなっている。
食べ終わった時、宗太郎は胃がもたれていた。
立ち上がったが、まっすぐ歩く事が難しくなっていた。
二人はそれぞれラーメン屋を出た。
ラーメン屋を出ると向かいにベンチがある。宗太郎はベンチで寝転がった。
民八郎は宗太郎を二郎系に連れてきたことに若干の罪悪感を感じていた。なので、宗太郎が良くなるまで、ベンチのそばにいようと思った。
「す、凄い重量だね。」
「うん。俺は食べ慣れてて忘れてたけど、初めて食べる人、そう言えば胃もたれする人多かったなって……。」
宗太郎はそのことを先に言って欲しいと思っていた。
民八郎は宗太郎に言った。
「近くのコンビニまで行って、水を買ってくるから、ここで寝て待ってて。」
民八郎はそういうと近くのコンビニまで歩いて行った。
天然水を購入し、コンビニを出ると宗太郎の元まで歩いていく。宗太郎は相変わらずベンチに寝転がっていて本当に大変そうである。
「はいこれ。」
と言って、水を手渡すと、宗太郎は水を飲み始めた。
「少し、楽になった。ありがとう。」
宗太郎はそう告げると、民八郎は穏やかに笑った。
宗太郎は民八郎を見ていて、無邪気さを感じていた。愛嬌がある。
「ねぇ、どうして俺のラーメンについて来てくれたの?嫌だったら途中で行ってもよかったのに。」
民八郎が問うた。断り難い性格なのか。宗太郎にそう思って心配になった節がある。
宗太郎は答えた。
「君とラーメン食べたかったからかな。君と話したかった。それだけ。君と話せるなら、ラーメンを食べても胃もたれにしても、別に良いかなと。」
宗太郎の答えに民八郎は驚いた。
「全国って、そんなに凄いの?もっとすごい猛者が多くいるっていうけど、彼らと競うことって、やっぱりめっちゃ自分を強くするのかな。」
「多分、強くすると思う。俺も君も、人と対戦することを通して、自分とぶつかるってことを、剣道をやったことがあるなら経験していると思う。
それは、大きなことかもね。」
民八郎は黙っていた。一時間、宗太郎のそばにいた。
宗太郎は起き上がれずに、寝転がっている。そして、あまり言葉を発せないらしい。
民八郎は宗太郎が少し楽になってきたと言うと、宗太郎に肩を貸し、駅まで共に歩いた。
「ありがとう。民八郎君。すまない。」
「構わない。こちらこそ、俺の不注意でこうなったから。」
駅の宗太郎が帰る方面の改札に着くと、宗太郎は一人で立ち上がった。だが、少しふらついている。
そして、民八郎に向けて面と向かって手を振った。
そして、言った。
「君が来るのを待ってるぞ。」
民八郎は立ったまま黙って宗太郎を見ていた。そして、手を振っていった。
「また明日。」
二人はここで別れた。
民八郎の頭の中には全国の言葉が過ぎる。
自分との間の剣にしか興味がなかった。もし、もっと世の中にたくさんの剣士がいて、彼らと剣を交わらせたら。そう思うと、どこか胸が高鳴る自分がいた。
だが、ハッと我に帰る。
自分には家事もある。勉強もある。友人と遊ぶ時間も必要だ。もっと冷静になるべきだ。
民八郎はそう自分にい聞かせた。
民八郎は自分の家の方向の改分を諭した。札まで歩き出した。
四
民八郎は電車の中でずっと考えていた。全国にまだいる猛者たち。
自分はもっと大きくなれるのではないかという期待と、そんなに全力を出して取り組んで負けたりしたら怖くないのかという不安があった。
全国はまだ見ぬ猛者と出会い、彼らと競い合った自分と会いにいく場所。民八郎は全国への興味がだんだん湧いていった。
だが、現実的には家事、勉強、友達関係、がある。どこをどう器用に調整すれば、事態が突破できるかも見通しがまだ建てられていない。
両親に言ったら、馬鹿だと言われるだろうか。不安が強く頭をよぎる。
何よりも、弟や妹がそれで負担を被らないだろうか。あの子達も自分の事で忙しいはずである。
宗太郎は、一体どうやっているのだろう。
同じ長男だが、果敢だ。俺と話す為に、胃もたれをする事すら厭わない。何を見込んで、俺に声をかけたのだろう。
宗太郎は俺の知らない世界を見ている。
民八郎は家に帰った。家は世田谷区にあり、その奥にある瓦屋根の和式の家が自分の家だ。祖父母の代から伝えられてきた家で、ここで家族七人で仲良く暮らしている。
「あ、民八にいちゃんおかえりー!」
次女が走ってきた。小学4年生である。
「今日は遅かったんだねー。」
「うん。あ、作り置きして冷凍しておいたやつ食べた?」
「食べたよー!」
「よし、偉い!」
民八郎はそういうと次女を抱きしめた。
父がやってきた。
「民八郎。夜道は危険じゃなかったか?あまり遅くなると危ないから帰りは遅くなりすぎない様にな。」
「はい。」
民八郎はそう笑って言うと、家の中へと入っていった。
家にはまだ洗濯物が残っており、その洗濯物を干さなければと思った。家のドアを開け、家の庭にある物干し竿に洗濯物を干していく。
夜空は綺麗に星々が輝いていた。
輝く星々を見ていて民八郎は思った。
「あの星の様に、この日本には、猛者が多くいるのか……。」
みんなの剣。それはなんなのか。民八郎は無性に気になっていた。
みんなの剣。宗太郎の皆で強くなるという言葉は、民八郎には分からなかった。宗太郎は経験した事があるのだろうか。あの口ぶりだとまるで経験したことがあるようにも聞こえる。剣道か、勉強か、何か他の事かもしれない。民八郎は友と共に剣道をして、共に高め合い、大きな難題に挑むという事はした事があまりない。
宗太郎は初めてあったにも関わらず、無性に気になった。自分の知らない世界を知る彼が、とても気になる。民八郎はまた宗太郎に会いたくなった。
その頃、花王家の長男宗太郎は、家のベッドで横になっていた。誰かがドアを叩く。入ってきたのは直だった。
「にいちゃん胃もたれ大丈夫か?」
「結構、長引くんだな……。胃もたれって。」
「何食ったの?」
「二郎系ラーメンとかいうやつ。」
「あー、あれか。だから口がニンニク臭かったのか。」
「え、うそ……!マジ?」
「うん。まぁ、吸血鬼に狙われないから良いんじゃね?」
「吸血鬼なんているわけないだろう、お前。」
宗太郎は笑いながら答えた。
「ネタだぜにいちゃん!」
直も笑ってしまう。
「で、どうなの?仲間できた?」
「やー、あんまり。ただ、なんか、親近感が湧く奴に出会ったよ。」
「へー、どんな奴。」
「愛嬌がある奴だったなぁ。ガッチリしてる奴だった……。」
「マジ……!」
ピロリン、という携帯の着信音が鳴った。宗太郎のスマホである。
宗太郎が確認するとそこには民八郎からのメッセージが来ていた。
「また、会って話がしたい。前向きに検討できるかどうか分からないが、剣道部の体験入部はできる?」
宗太郎はすぐにメッセージを返した。
「もちろん。体験入部では一度試しに立ち会いをしてみよう。(一対一の試合)楽しみにしている!」
そして、宗太郎はスマートフォンをベッドに置くと、ガッツポーズをした。
横で見ている直が「何?なんか良い事あった感じだな!」と言ってにこりと笑った。
福田民八郎はスマホで宗太郎のメッセージを確認していた。思わず笑みが言うこと
「立ち会いか。斜め上の回答がきたな。やっぱり、また会いたいな。宗太郎。」
庭で星を眺めて呟いた。
父が民八郎を見つけて言った。
「そろそろ寒いだろう。中に入ってあったまったらどうだ。」
民八郎は返した。
「父さん。俺は少しわがままを言ってしまいそうです。だから、今日は早く寝たいな。」
父は微笑んで答えた。
「そういう日もあるだろう。早く風呂に入って寝ると良い。」
民八郎は静かに笑うと頷いた。そして、家の中に歩いていった。
庭には、民八郎によって干された洗濯物が風になびいている。




