第1話 出会い
一
東京都を未曾有の災害が襲った。二〇一一年東日本大震災である。
ビルが大きく揺れ、多くの建物が倒壊し、室内のあらゆるものが倒れた。人々が建物からの脱出を図り、渋谷の交差点には人が溢れかえる。
五歳の少女は渋谷駅のそばで泣き叫んでいた。母の名前を呼び続け大人の声に埋もれながらも小さな声を上げ続ける。母とはぐれ、彼女の胸の中には不安に満ち溢れていた。雲が胸の中に広がる様に、母の存在を見失う時間が長くなるにつれ、不安が大きくなっていく。
声をあげても誰も気づかない。大人達は自分を守る事に精一杯で気づいてくれない。
「ママ。ママ。」
少女の声は震災による警報と逃げ惑う人々の声でかき消された。涙が溢れ、恐怖が込み上げる。怖くて、地面に尻餅をつき、泣きながら母を叫び続けたそのとき。
「大丈夫?」
男の子の声がした。
少女の視線の先には穏やかに話しかける男の子が立っていた。同い年くらいだ。幼稚園の服を着ている。
男の子は少女とは対照的に凛としている。あまりに凛と立っていて少女は驚いた。
「ママがいなくなっちゃった……。」
少女は泣きながら答えた。
男の子はやはり凛としていた。そして、冷静に答えた。
「怖かったろう。僕も母さんと逸れちゃった。
でも、はぐれたら交番に行けば良いって母さんが言っていた。」
自分も母とはぐれたと言っているのに泣き顔を見せない少年に少女は少し不思議に思った。怖くないのだろうか。不安ではないのだろうか。
「怖くないの?」
「怖いよ。でも、まず交番に行かなきゃ。一緒に行く?」
「うん。」
少女は声を振り絞って言った。少年は手を取り少女と歩く。歩いて駅のそばの歩道を渡る。様々な大人達が走り回り、ときにぶつかられる。少女は人混みが多くて前もろくに見えず、人がぶつかってくる中が怖かった。何度も涙を流しそうになる。男の子の方を見ると、男の子はやはり凛としていた。ただ、不安なのか手は震えていた。
「怖いよ。」
少女はいう。
「怖いね。でも、あと少し。」
男の子は静かに答える。人混みを抜けたところに交番があった。男の子は交番に気がつくと、少女に言った。
「あそこだよ。あそこで警察さんに言えば、父さんにも母さんにも会えるよ。」
少女は早くつきたくて走り出した。男の子も一緒に走り出す。交番に着くと、警察は二人に気付き、対応してくれた。
警察はこの歳の子が迷子になりここまできた事に驚きつつも、すぐに二人に名前を聞いた。
「カオー ソウタロー(花王宗太郎)」
「サイゴクイン ヨーコ(西国院陽子)」
二人はそれぞれの名前を言い、警察官は二人の両親の情報を二人に尋ねた。
服装。両親の名前。電話番号。
二人はわかる範囲で答えた。そして、何よりも男の子の態度はどこまでも毅然としていた。女の子も釣られて涙が引いていく。
全てを聞き終わると、二人は交番の中で待っていた。
陽子は宗太郎と座っていた。警官から渡された折り紙で陽子は何かを折っていた。宗太郎は不思議そうにそれを見ていた。
「鶴!」
陽子はそう言って笑って出来上がった鶴を見せた。
「上手だねぇ!」
宗太郎は驚いて答えた。二人はおとなしく暇を潰しながらしばらく過ごしていた。側で警察官は何やら電話をしている。しばらくすると、美しい女性が現れた。
「陽子!」
女性はそういうと陽子を抱きしめた。
「ママー!」
陽子は泣きついた。警察は詳細を説明した。宗太郎がここまで連れてきたことを。母親は宗太郎に「ありがとうね。」と礼を言うと陽子を抱き抱えて警察にも礼を述べた。母親は陽子を抱きかかえて交番を出て行った。陽子は交番の方を見た。笑顔で「またね!」と宗太郎に手を振った。宗太郎も微笑みながら手を振る。
「うん。またね。」
宗太郎はつぶやいた。
少女と母親の姿が人混みに消えた。しばらくすると、別の女性が走ってきた。宗太郎の母親である。母親は警察に礼を言うと宗太郎に尋ねた。
「ごめんね、怖くなかった?大丈夫だった?」
「怖かった……!」
宗太郎は母の前で泣き始めた。母親は宗太郎を抱きしめた。
「偉かったね。お母さんの言った通りにきちんと交番に行ったんだね。」
母親は宗太郎の手を取ると警察に礼を言って、人ごみの中へと入っていった。宗太郎は家に帰るのだなと思った。
二
それから9年の月日が流れる。
十四歳の宗太郎は目覚まし時計の音と共にベッドの上で起床した。眠たくて目を擦ってしまう。
着替えを素早く済ませて自分の部屋を飛び出し、下の階に行ってリビングの仏壇の前に行き、父の遺影に手を合わせる。その後、宗太郎は調理場に行き、母と共に家族全員分の朝食を作り出した。今日はサラダとバター付きの食パンサンドイッチである。2枚の食パンの間にバターを挟んで焼く事で、チーズ色のバターが食パンの間から蜂蜜のごとく溢れる。
母の名は静子という。静子は宗太郎に兄弟全員を起こしてくるように言った。宗太郎は頷き、弟と妹に声をかけにいく。まずは一つ下の弟の部屋だ。
「なお、起きろ。」
「……!あ、にいちゃんか。って事は朝か。もうちょい遅くても良いんだけどな。時間は待っちゃくれないか。」
弟の名前は直。本人はまだ寝ていたかったらしいが、それで遅刻するのは目に見えているので、本人もさっさと起きる方向に腹を決めたらしい。
「おし、下行こうぜ!桜はどうしてるかな、にいちゃんもおこしに行こうよ!」
「言われなくても起こしに行くつもりだよ。」
二人で幼い妹のいる子供部屋の前へ行った。子ども部屋のドアを開けると、そこには布団の中で涎を垂らして兄達にとっては天使の如く可愛い寝顔で眠りについてる8歳の妹がいた。名前を桜という。なんという小ささと可愛らしさだろう。宗太郎も直も見ているだけで心が癒されていた。
「桜〜!」
直が桜の体をこしょぐる。桜はパッと目を覚まし、笑いながら「やめてよ〜!」と直に言った。
宗太郎は「起きるよ。桜。よく眠れた?」と尋ねた。
桜は「まだ眠い……。でもよく眠れた。」と宗太郎に言った。兄弟三人は子供部屋を出て下の階のリビングに向かう。既に母が作り終えた朝食をテーブルの上に置いていた。三人は急いで朝食を食べ、各々歯磨きを済ませ、着替えも済ませ玄関へ向かった。
「行ってきます!」と勢いよく家を飛び出していった。
宗太郎と直は自転車に乗り、宗太郎の後ろに桜を乗せ、桜を小学校に送り届けると、直とすぐに中学まで自転車を漕いだ。
葛飾第二中学校と書かれた門のそばを二人は自転車で勢いよく通り過ぎた。門の奥には校庭付きの大きい校舎が広がっている。自転車通学が許されている稀な学校であり、二人は自転車を学校の裏の自転車置き場に停めた。二人で校舎正面の玄関に向けて走っていく。
校舎は第一校舎から第三校舎まであり、第一校舎の左に第二校舎、右に第三校舎が聳え立ち、第一校舎の裏に体育館が佇んでいる。
二人は下駄箱まで行き、靴を履き替えた後、直は「じゃ、にいちゃん行ってくるよ!」と言い、走っていった。宗太郎も「ああ。」と一言言い、自分も素早く自分の教室へ向かう。
教室に入ると、早々と自分の席に着いた。登校の疲れが取れ、気分が落ちつく。
すると、何かの影が宗太郎の後ろに忍び寄ってきた。そして、宗太郎の肩に手を乗せて、何か、人が大きくジャンプした。
「ウェイ!おはよう!宗太郎!」
「おお、おはよう。今日もめっちゃ元気だな純生」
「ったり前よ!てか、今日の昼飯はどうよ?俺のと交換してみようぜ!」
彼の名は飯盛純生。宗太郎の親友である。
「今日のは俺の手作りでハンバーグです!純生好きだろ?ハンバーグ。」
「まじ?!俺が好きやつ作ってくれたの?神やん!流石、それでこそ俺の友だわ。」
神の基準低すぎだろと思いつつも、宗太郎はそれを聞きながしていた。すると、「おーい、そうちゃん!」と言う声と共に、横から女子生徒が駆け寄ってくる。
「やばいわ、今日。蒸しあっつい。日光えぐすぎてお肌に良くないんだけど。」
彼女の名は鎌倉愛子。宗太郎の友人である。
「宗太郎ハンバーグ作ってくれたわ。マジで食べるの楽しみ〜。」
「純生、あんた自分で作って持ってきなよ。宗太郎に何甘えてんの。」
「俺調理能力ないし、親が作るの基本的に日の丸弁当だから宗太郎が俺の昼食の最後の砦なんだよ〜!」
「あんたが作れるようになればよくない?」
「そ、そうですね……。」
愛子は極めてしっかり者で、この通り純生が一瞬で萎縮する様な存在である。
「まぁまぁ。」
「ってかさ、学校に来る途中にやばいイケメン見つけたんだけど!あーーーー!マジで今日の暑さをぶっ飛ばす勢いでイケメンにエネルギーもらってきたわ。」
「へー。」
愛子のイケメン好きは、今日も通常運行である。
「三人ともおはよー。」
更に横から声が聞こえる。おっとりした雰囲気の少女がゆっくりと歩み寄ってくる。彼女の名は小石川真紀子。
「真紀子〜!聞いて〜!今日やばいイケメンにあったの〜!」
「えー、何それめっちゃ気になる〜!」
二人は親友で愛子のグイグイ話す口調とは対照的に、真紀子はとても穏やかな口調で受け答えしている。
宗太郎も含めていつもこの四人で行動している。こうやって集まってだべったりしながら。
イケメンの話がちょうど終わりそうなころチャイムが鳴り、四人はバラバラになって席についた。
いつも通りすぎる日々、いつも通りの授業。体育の授業での競走。そして、いつも通りの放課後。
帰りのチャイムがなり、生徒たちは次々に帰宅していく。
「ねえ!下北沢でスイーツ巡りしようよ!」
愛子が三人に唐突に言い出した。
「宗太郎、竹刀持ってないって事は今日は剣道部ないんでしょ?予定とかある?」
宗太郎は剣道部に所属している関係から普段は竹刀を背中に常備している。剣道部がない日でも気軽にどこでも練習できるように日常的に竹刀を常備しているがこの日は早く家に帰るので竹刀を持っていなかった。
宗太郎は純生に尋ねた。
「いや、ないけど。純生はどう?」
「俺、今日ノープラン。真紀子は?」
「私も大丈夫だよー。」
今は3時前後。遅くなると、9時ごろ帰る事になるだろう。
「行こう!どうみんな!なんかね、新しくパフェのお店ができたんだって!」
三人ともパフェには少し興味がある。
「オケ!行こう!」
宗太郎の掛け声とともに行く事が決まった。
駅に着いた。移動は電車を使えばさして時間はかからないもので、かなり早く駅に到着した。
下北沢は基本的におっとりした町で、人はそこそこ居るものの落ち着きと品性がある。むしろ、リラックスできて、宗太郎は好きだった。
「どこにあるの?」
宗太郎が尋ねると愛子はGoogleマップを開き、「私ナビるから任せて!」というと、全員に道を示していった。そして、下北沢のカフェが多くある道を四人は歩いていった。まぁ、相変わらずいろんな店があるものである。
愛子はそこで、「ここ!」と叫び、いかにも新しくできたような洋風のカフェを指差した。本当に、汚れひとつ無く、新品感が伝わってくる。
全体的に茶色い色合いの木造の建物に、カラフルな看板が立てかけられ、中は落ち着きがあり、のんびりとしたラフな雰囲気に包まれている。店の入り口の前にテラス席があり、そこでも食事ができるのだそう。
「え、良いじゃんここ!早く中入ってパフェ頼も!」
愛子ははしゃぎまくっている。四人は店内に入るとパフェを注文した。ただ店内が満席だったのでテラス席で食べる事になり、そこでパフェを待っていた。
宗太郎はパフェだけでは飽き足らず、コーヒーを注文し、コーヒーを楽しもうとしていた。
愛子はパフェの話と店員さんがイケメンな事で頭がいっぱいである。真紀子はそれを聞きながら、穏やかに笑っており、純生はすごいな真紀子はと感心していた。宗太郎はコーヒーを頼みそれが運ばれてくるのを楽しみに待っていた。純生はパフェをコーヒーが来るのおまけの様に思っているので、コーヒーの方が遥かに楽しみである。
宗太郎はふと、視線を感じた。気のせいか。だが、誰かから見られている気がする。宗太郎は周囲を見渡した。そして、視線の正体はすぐにわかった。帽子、黒い眼鏡、マスク、黒いパーカーを着た人物。そして、体格は華奢で胸の膨らみと体型から察するに恐らく女性である。怪しげな女性がこちらをチラチラ見ている。人を襲ったりする力はないはず。しかし、風貌だけ見れば充分不審者である。宗太郎の目線に気づいたのか、相手は目をそらし、外を眺め出した。なんだろう。一体どうしたのだろう。宗太郎は少し不思議に思ったが、気にしない事に決めた。その後もその女性はこちらをチラチラ見てきた。身長は自分よりも低いが同年代だろうか。しかし、身長が低いだけの成人な可能性もある。宗太郎は触らぬ神に祟りなしと、無視することにした。
女性は席を立ち上がり、おもむろに宗太郎達がいる席まで歩いてきた。宗太郎は額に冷や汗が流れている。何者だろうか。単にそれしか頭に浮かばない。他の三人はパフェ、イケメン、店の雰囲気などのことに夢中で全く女性の存在に気づかなかった。
「あのー。」
女性が話しかけたタイミングで三人は初めて気づいて女性の方を見た。不審者だ。三人は目を丸くして驚いていた。
「ち、違います!不審なものじゃ無いんです。」
嘘だ。不審者が不審じゃ無いというのは当然だろうと宗太郎は思っていると、女性は帽子と眼鏡、マスクを外した。
とても可憐な美人が現れ、あまりの美しさに他三人は息を呑んだ。宗太郎も驚いている。不審者だと思っている人物が、美人という訳のわからない驚きがある。
「中学生ですか?」
という問いに対し四人は「はい。」と、驚きながら頷いた。純生に至っては、緊張して頬がほてっていた。
愛子と真紀子は何故か同性なのに顔を赤らめている。
「私も中学生でここに遊びにきてたの!
ちょっと格好がこうなっちゃったのは事情があるんだけれど、一緒に話す人もいないから入れてくれると嬉しいな!」
四人は固まった後に、「い、良いですよ。」と答えた。
「ありがとう!」
その女の子はそういうと宗太郎の隣の席に座り、全員に尋ねた。
「みんなどこの中学校に通っているの?」
宗太郎は答えた。
「俺達は葛飾第二中学っていうところだよ。そっちは?」
「私は桜山学院中学ってとこ」
四人は全員驚いた。桜山学院中学とは、中高一貫の難関私立中学であり、更に金に余程余裕がある家庭でないと通えない学校である。言うなれば、富豪の子供達の通う学校とでも言おうか。独特な校風を要する、外部接触が容易ではない学校ということで有名である。
「難関校ってか、めっちゃお嬢様じゃん!」
愛子は目を丸くして驚いていた。宗太郎も少したまげた。
「名前はなんというの?」
宗太郎が尋ねると彼女は答えた。
「西国院陽子。よろしくね。」
「ということは、その服装もお家の事情が何かで?」
「うん。まぁねー。ちょっと、色々あって、話すと長くなるんだけど。」
「へぇー。」
「そっちの名前は?」
「花王宗太郎」
「鎌倉愛子」
「小石川真紀子」
「飯盛純生」
「よろしく!」
各々名前を紹介し合い話が弾んでいった。会話力が高いのか、陽子はとても素早く場に馴染んでいった。
純生については完全にデレデレしながら話しており、女子二人組も共通の女子トークに花を咲かせている。
「ねえ、どうしてここにくることになったの?」
陽子の問いに、愛子が答えた。
「えっとね、このインスタのこの動画のパフェを食べに来たんだよ!」
「え、私も!」
「本当?!めっちゃ楽しみじゃない!」
「ね!早く食べたい!でも、口コミでこれだけのために来ても絶対後悔しないって書いてあった!本当だったらめっちゃ最高なんだけど!」
「だよね!
でも、宗太郎は、パフェよりもコーヒーだもんね〜。」
愛子はそう言って宗太郎の方を見た。
「パフェも食べるよ。コーヒーが一番楽しみだけど。」
「本当〜?」
「本当です。」
愛子は宗太郎を揶揄ってくる。宗太郎は面倒に感じていた。
しばらく話していると、店員がパフェを持ってきた。
アイスの上にイチゴソースが蜂蜜のように流れ、さらにその上にイチゴを据えられたパフェが四つテーブルの上に並んだ。
五人はその見た目とイチゴクリームから香るほのかなイチゴの香りに心を奪われていた。
「これ絶対美味しいやつじゃん!見ればわかるよ!」
「きて正解だったかもー!」
陽子と愛子は大はしゃぎしだし、女子群はそれは楽しそうに話していた。
「あれ、でも、四つしかないや。陽子ちゃん途中からきちゃったから頼み忘れちゃってるのかな!」
愛子があたふたしだすと、陽子が「いいよー。見てるだけでも楽しいから。」と言いだした。
「いや、それだとよくない。俺の分を食べたら?」
そういうと宗太郎は自分のパフェを差し出した。
「え、良いの?大丈夫だよ?」
「うん。大丈夫。」
宗太郎はそういうと、店員がこちらにコーヒーを持ってくる様子に目をやった。
コーヒーは宗太郎の目の前に置かれる。
「俺、コーヒーの方が好きだから、別にパフェにそこまで執着はないんだ。」
横で見ていた愛子が言った。
「もったいないねぇ。まぁ、昔から宗太郎はコーヒー好きだから、それはそれで宗太郎としては満足なんだろうけど。陽子ちゃん食べても大丈夫だよ。多分、宗太郎本当にそこまで気にしてないから。」
「心外な。俺だってスイーツ好きだし美味しさくらいわかるよ。でも、別に今回は大丈夫。食べたければまた来て食べます。」
陽子は宗太郎からパフェをもらうと、横で四人で食べ始めた。
その、パフェを食べた瞬間、口の中でストロベリーがとろける、クリームとイチゴそのものが互いに味を絡ませるながら調和していった。
パフェを食べている四人はあまりのおいしさに気分が舞い上がっていた。宗太郎は一人だけコーヒーのコクの深い味わいを楽しみ、それはそれで気分が高揚していた。
「最高だ。」
五人の言葉が重なった瞬間だった。
それから五人は店を出ると、下北沢を散策し始めた。様々な場所がある。楽器屋や雑貨屋、カフェ、ライブハウス等の様々なところを見て周り楽しんでいた。
19時ごろになると駅前に戻った。これ以上遅くなると親に心配されたり学校からとやかく言われるからだ。
「めっちゃ楽しかったぁ!」
愛子の言葉に陽子と真紀子は頷く。
「みんなでインスタ交換しようよ!」
陽子がそういうと、宗太郎も純生も頷き、陽子は四人とインスタグラムを交換した。
「また遊ぼうね!」
陽子は宗太郎の目を見て笑いながらハッキリと言葉を放つ。
「うん。みんなでまた遊びたいね。」
宗太郎はそう言葉を放つ。陽子は少し黙ったが、「うん!またみんなで遊べる時に遊ぼ!」と元気よく言うと、笑顔で手を振って駅の方へと走って行った。どうやら、急ぎで彼女も帰らないといけないのだろうと思った。
すると、宗太郎を横で見ていた愛子が言った。
「ねぇ、まぁ、宗太郎。その、Instagramでまた遊びたいってこと伝えておいてよ。私たちの分まで。私たちと遊びたいって言わなくて良いから。」
「ああ、いいよ。」
「もし、あの子と二人で遊べたら遊びたい?」
「え、まぁ。それは多分。」
「多分って何?」
「いや、まぁ、別に、うん。」
「遊べそうなら遊んでやんな。」
「急にどうした?」
「別に。」
この後、駅で解散になり、各々は改札へと向かって行った。違う電車にのり、それぞれの家へ帰っていく。
宗太郎は電車に揺られて眠くなりながら、陽子に対して「また遊べる時に遊ぼうね。」と一言メッセージを送った。ビルがどこまでも続く都会の夜景の無数の光が宗太郎を包み込む。
すると、携帯がピロリンという音を立てて鳴った。宗太郎は暇だったこともあり、携帯を取り出した。そこにはInstagramの陽子からの返信がホーム画面に表示されていた。
「今度二人で遊びに行こうよ!」
宗太郎は一瞬目を疑った。騙されてるのか。何故いきなり二人で。からかわれているのか。詳細はよく分からず、こういう怪しい事には乗らない方が良いと思い、断ろうと思った矢先、愛子の「遊べそうなら遊んでやんな」という言葉を思い出した。まぁ、騙されるならばそれもまた経験かと腹を括り、宗太郎は「もちろん。」と返事を送った。
さっきと夜景が違って見える。癒しよりも、何か活力に近いものを光が放っている様だ。
三
それから数日後、宗太郎は東京駅の正門の目の前にいた。一も通り竹刀をケースに入れて背中にかけており、それもあって待っている間も姿勢が整う。
あたりでは観光客が思い思いに写真や動画を撮影をしていた。
宗太郎はポケットからケータイを取り出しInstagramを見た。陽子のアカウントのメッセージ欄には、「あと、一五分で着きます!」と書いてある。
宗太郎が暇を潰そうと、スマートフォンでゲームをしていると急に背中をポンポンと叩かれた。
何かと思い横を見ると、そこには陽子が立っている。
明るい笑顔をこちらに向けて、「待った?一五分もかかんなかったや」と言った。宗太郎は未だによく状況が飲み込めていないものの、余裕なふりをして微笑んで「大丈夫だよ。」と答えた。
「ところでなんで竹刀を持ってるの?」
「俺剣道部だから日常的にどこでも稽古できるように竹刀を背負ってるんだよね。」
「へー、めずらしいね!じゃあいこっか!」
それから陽子が日本橋で買いたいものがあると言うので、宗太郎はそれに付き合う事になった。
どうやら、今回はガ日本橋で服をガッツリ買いたいらしい。宗太郎は凄いと思った。流石は桜山学院である。通う人間の財力には驚かされる。ただ、それはそこまで重要ではなく、宗太郎はお店を回りながら陽子が何を買うかの方が気になっていた。陽子が選ぶ服はどれも白めの服が多く、白い服が好きなのだなと思った。そして、試着室に行くのも、宗太郎はそれに付き合った。陽子は試着室に入ると、「覗き禁止だからね〜!」とふざけた口調でいい、宗太郎は「のぞかないよ」と笑いながら答えた。黒いニットに純白のコート。黒いニットに茶色いコート。赤いスカート。緑のスカート。様々な服を試し、宗太郎は楽しく陽子とどの服が似合っているとか、どんな感じがする、など感想を言い合っていた。首にかけている金色のネックレスはよく似合っていた。宗太郎は女子と二人でだけで遊ぶのは今回が初めてである。愛子も真紀子も常に二人組で行動しているので宗太郎が会う時に二人だけになる事などないのだ。宗太郎は女子と二人で遊ぶという事が初めてなのでこれが普通なのかどうか分からないが、まぁ、本人が楽しそうにしているならそれが一番だろうと思い、時間を過ごしていた。
それからは、その日は日本橋、銀座の三越、六本木などいろいろなところを巡った。日本橋、銀座の三越、六本木、木々に光が灯され夜景が綺麗に光る六本木は格別だった。楽しい時間は過ぎるのが早くもう夜7時を回っている。中学生にしては遅い時間なので二人は六本木で解散することにした。「楽しかったね!」と陽子は笑って言い、そのまま帰って行った。
宗太郎はその様子を見守っていた。初めての女子との六本木は光が自分たちを美しく照らしている様でどこかロマンチックに感じた。そして、帰ろうとすると、Instagramにメッセージが来た。陽子からだ。「今度は横浜行こうよ!」とある。宗太郎は相手ばかりに誘わせるわけにはいかぬと、「じゃあ、その次は渋谷に行こうよ!」とメッセージを送った。オッケーというシロクマのキャラクターのスタンプが送られてくる。
翌日学校で昼休みにいつもの三人にこの出来事を話した。目を丸くして驚くとはこの事で、三人とも本当に目を大きく開いて驚いていた。
「なになに何それー!!」
「愛子ちゃん落ち着いて!でも、え!そんな事ある?!」
「え、お前騙されてないよな!?」
口々に好き勝手にものを言い始めた。騙されていたらとか心外でしか無いが、宗太郎自身もそこそこ驚いており、三人が驚くのも無理はないと思っていた。
「生粋のお嬢様でしょ!あの感じは!婿養子確定?!」
「愛子ちゃん、気が早いよ。でも、宗太郎君にも春が来たのかもよ。」
「そうか。どっか行っちゃうんだな。宗太郎。」
しかし、それにしても三人は宗太郎の目からは反応し過ぎに見えた。ただし、宗太郎自身もかなり驚いており、どう反応すれば良いか分からないという事もある。
「まだ春が来たと決まったわけではない。冷静になれ。」
そう言いながら震えた手で弁当箱を開けようとした。中々開かなくて、宗太郎はムキになり力を無理に加えて開けようとした。弁当の蓋が天高く舞い上がり、宗太郎の頭の上に乗っかった。
「あ……。」
「お前、冷静じゃないのはどっちだよ。」
純生が呆れた表情で言う。宗太郎は少し目を細めて頬が赤くなった。
それから陽子とは二人でいろんな場所に出かけた。
横浜、鎌倉、代々木公園、毎回違う場所に行った。陽子から誘ったり、宗太郎から誘ったりしていた。
代々木公園に行った後二人は渋谷駅で解散し、宗太郎は東京駅を出て地下鉄に行く道中で郎思った。
「これは、好意があって行なっていることなのか……。
何度も誘って誘わなかったりして、友達になっているのかどうなのか。
異性とは二人きりでこんなに頻繁に遊ぶものなのか。」
陽子はアクティブな女の子で一緒にいて元気が出るような子であった。宗太郎は陽子と過ごす中でにわかに好意を感じていた。その思いは二人で遊ぶたびに徐々に宗太郎の中で大きくなっていった。スマートに告白できたりしないか。今度スカイツリーに行くときに告白しよう。好意がなくても友達としてこれからも関わっていければいい。
宗太郎はそう思い、次にスカイツリーに二人で遊びに行くときに告白する事を決めた。
そして、次の日曜日、宗太郎と陽子はスカイツリーに遊びに行った。昼間にスカイツリーの下のショッピングモールで食事をし、スポーツエリアで汗を流して遊び、お互いに疲れたねと笑いあい、椅子に腰掛けた。日が沈む時間帯、二人はスカイツリーの展望台に行った。スカイツリーからは東京都が一望できた。二人で写真を撮ったり、現地の様々な情報を見て遊んだ。楽しい時はあっという間に過ぎた。気づいたときには夜の六近くになっており、二人は急いで帰る事にした。明日は月曜日なので学校がある。急いで帰らなきゃと言い、スカイツリーの下の階に降りて駅に向かっていた。ショッピングモールは閉店時間が迫っており、中の飲食店は閉まっていた。二人で中を走って急いでいると、二人は足を止めた。
黒いスーツを着たがたいの良い男達が五人、二人の前に立ちはだかり、後ろには横にはスーツを着た六〇代ほどに見える微妙に白髪の混じった髪の男と、男らしい風貌の四〇代程の年齢に見える男が立っていた。宗太郎は急に目の前に現れた男達に驚いたが、目当てが自分達かどうか、この時点では分からなかった。
男らしい風貌の男に向かって陽子が呟いた。
「お父さん。」
宗太郎は瞬時に理解した。どうやら、あの男は陽子の父親らしい。眼光は鋭く、極めて冷静な雰囲気を纏っていた。
そして、その横にいる白髪混じりの男。宗太郎はどこかで見た事があると思った。すぐに思い出した。国会議員である。国会議員の西園寺月麻呂。ポスターで見た事がある。自由党の議員である。
月麻呂は宗太郎に話しかけた。
「君のことは、この子から話は聞いている。宗太郎君だったかな。こんな夜の遅い時間に出掛けてはダメではないか。親御さんが心配するだろう。今日はすぐに帰りなさい。なんだったら家まで送ってやろう。陽子ちゃんは私達と用があるのだ。」
宗太郎が「それはありがたい。」と言いかけたその時、陽子が宗太郎の腕をガシっと掴んだ。そして、俯いている。息が微妙に荒い。
陽子の父親に月麻呂は話しかけた。
「兼家。お前も何か言ったらどうだ。」
兼家。それが彼の名前らしかった。と言う事は、西国院兼家。それが、陽子の父親の名前になる。
陽子の嫌がる様子を見て、宗太郎は少し動揺しそうになった。はたから見ても分かるほど明らかに強く二人に対して拒否反応を示している。
あまりの陽子の反応に、宗太郎はこの二人が陽子に何か嫌思いをさせているのではと思った。
兼家は言った。
「帰るぞ。陽子。」
陽子は首を横に振った。
「や、やだ!」
月麻呂はその様子を見て、目を細めて言った。
「陽子ちゃん。それくらいにしなさい。お前は住む世界がその子とは違うのだ。大事な我が娘の如き子よ。早くこっちに来なさい。その子にも迷惑だろう。」
宗太郎は切り返した。
「待ってください。どうして陽子がここまで嫌がっているのですか。何か訳があるのでは話してくれても良くありませんか?」
「宗太郎君と言ったか。大人には言えぬ事情がある。その子は君が本来会える子ではない。宗太郎君。君は何も知らなくて良いのだ。」
「よく意味がわかりません。納得がいく事を説明してほしい。その上で彼女を連れかえれば良いではないですか。それともやましい事があるから説明を拒むのですか?」
「宗太郎君。何度も言っている。言っても無駄なのだと。早く陽子ちゃんをこっちに渡しなさい。」
月麻呂の声は徐々に強張っていく。宗太郎は少し気圧されそうになった。
だが、相手の気迫、雰囲気、そして、怪しさ、宗太郎は全てを感じ取っていた。しかし、陽子がここまで嫌がる何かがあるのか。
「私の自由を縛って。何がそんなに楽しいの。この子は私の友達なの。会っても何がおかしいと言うの。」
陽子が反論し始めた。
「陽子。友達ならば桜山で作れば良いだろう。公卿の空気はお前も慣れているはずだ。」
宗太郎は陽子に尋ねた。
「陽子。どうしてあの人たちと帰るのが嫌なの?」
陽子は数秒間黙った後、宗太郎に言った。
「詳しくは言えないけど、これだけは言えるの。もしここであの人たちと帰ったら、もう宗太郎とは金輪際会えなくなる。」
宗太郎は一瞬驚いた。
「どういうこと?」
陽子は黙ている。
宗太郎は兼家、月麻呂に対して大きな声で尋ねた。
「陽子を連れ帰ったら、陽子は俺と会えなくなるんですか?」
月麻呂は間髪入れずに答えた。
「その通りだ。当然のことと言える。さっきも言っただろう。その子と君は住んでいる世界が違う。その子が我々に無断で外出し、関係性を築いた人間とはだれも会えなくなる。そうした関係は非正規なつながりにあたるのでな。君も含め。」
宗太郎は唖然とした。そして、それをなんの悪びれもなく当たり前のことのように言うこの男の姿勢に対して強い違和感を覚えた。
宗太郎は陽子の手を掴んだ。陽子は驚いて宗太郎の方を見た。
「陽子。逃げたい?何があったか、どんな立場かは知らないけれど、事情は後で聞くよ。ここを抜け出したい?」
宗太郎は尋ねた。陽子は決意した様に頷いた。
「よし。」
宗太郎はそう呟くと、陽子を連れて西国院と西園寺と反対方向に走って行った。
西園寺は舌打ちをして言った。
「愚かな。」
「まだ一〇代の子供です。若いうちは親に反抗するものかもしれません。」
西国院は落ち着いた様子で西園寺を宥める。
「お前達。行って捕まえてこい。」
西国院の指示に従い、暗い屈強なスーツ姿の男達は宗太郎達を追いかけ始めた。
宗太郎と陽子は手をつないで全力で走った。シャッターが閉まる店の間を通り抜け、二人で走り抜けていた。後ろからはスーツ姿の男達が10名ほど全力で追いかけてくる。二人はショッピングモールを出るとそのまま、道に出た。
車道の反対側に行けば大丈夫だろうか。宗太郎がそう思っていると、視界に入るところにすでにスーツ姿の男達は迫っていた。
「うっそ、どういう足してるんだあの連中、、、!」
宗太郎がそう呟くと、陽子は「あっちに行こうよ!」と言い、車道の反対側ではなく、車道に沿ったより奥の方を指差した。
宗太郎は頷き、適当なところで車道の反対側に行こうと画策した。
宗太郎は陽子と手を繋ぎながら走って奥の方へと行った。すると、ちょうど真横から、五人の黒いスーツ姿の男達が現れた。どうやら別ルートから追跡してきたようだ。宗太郎は陽子を後ろに下げて、車道側に移動した。
男達はジリジリと宗太郎の元に詰め寄ってくる。
奥の方からは月麻呂と兼家が見える。月麻呂は息を切らしていた。
「おのれ、老人にこの様な酷な運動を強いりおって」
「普段から運動をせぬからです。」
月麻呂と兼家はお互いに言い合っていた。
「宗太郎君。娘から離れて欲しい。くれぐれも手荒な真似はしたくないのだ。」
宗太郎は致し方がないと思い、普段から背中にかけてある竹刀の包みを取り出すと、包みをほどき、竹刀を構えた。
「俺の欲求はただ一つです。何があったかは教えてください。俺も手荒な真似は好みません。」
「宗太郎君。自分がいかに無謀な事をしているかわかるか。今ならばその竹刀を構える姿勢も不問にして構わない。」
「断ります。陽子がここまで嫌がっている。こんな状態の陽子は渡せません。せめて陽子が納得いく形でないと。」
兼家は、「はぁ」とため息をついた。そして、耳の横に手を当てて行った。マイクの様なものが耳から口元にかけてついている。
「制圧せよ。」
兼家の指示とともに男達が一斉に宗太郎に襲いかかる。
宗太郎は呟いた。
「オンマリシテンソワカ。父さんどうかご加護を。」
その瞬間、宗太郎は一人の男の身体の左脇を竹刀で打った。一人が倒れた。そして、うずくまっている。
他の男が宗太郎に殴りかかろうとした。宗太郎はジャンプし竹刀で受け止めた。
兼家は驚いた顔でそれを見つめる。
宗太郎はすぐに下に落ちると、すぐに相手の肩を竹刀で叩いた。相手は肩を手で押さえてうずくまる。他の男達は少したじろいだ。
「これ以上手荒な真似はしたくは無い。どうか立ち去ってくれないだろうか!」
「どう言う事だ兼家!何故捉えられない!」
月麻呂の問いに兼家は黙っていた。
「流派のリストにない。あの子、関東の子ですか?陽子が葛飾区の子と言っていましたが、はったりかもしれませんね。東の剣ではない。」
「何を言っている兼家!流派などどうでも良い!速やかに捕らえよ!」
他の五人男達が再び襲いかかった。宗太郎はすぐにつき技、そして、脇に打ち込み、頭に打ち込んだ。三人の男達が倒れてうずくまる。宗太郎は殴られそうになっても身体を下にのけぞらせて避け、相手の顎につき技を放った。更に、すぐに体勢を立て直し、相手に飛びかかったかと思えば、相手を押し倒した後に相手の左脇に竹刀の下部の方で一撃を食らわせ、相手を唸らせた。
大人五人がわずかな時間でたった一人の中学生に倒され、うずくまる。普通に考えればあり得ない状況に、月麻呂は恐れと焦りを同時に感じていた。
兼家はやはり冷静であり、わずかな間黙っていた。そして、兼家は耳に手を当てて言った。
「二人で同時に飛びかかり片方が制圧された後に、もう片方で反対側から殴り掛かれ。」
兼家が指示を飛ばすと、二人の男が宗太郎に同時に拳を放った。宗太郎は片方をすぐにジャンプして竹刀で受け止め、次に相手の胸に突きを放ち相手を吹っ飛ばしたかと思ったその時、反対から宗太郎の鳩尾目掛けて拳が直撃した。宗太郎は「カッハ!!」とよだれを垂らしてうずくまった。すると、男は宗太郎の顔に蹴りを入れた。宗太郎の口から血が流れる。
「宗太郎!」
陽子が叫ぶ。
「手荒な真似はするな!制圧するだけでいい!」
兼家がすぐに叫ぶと、男は冷静さを取り戻し、宗太郎を地面に取り押さえた。
「離せ!」
宗太郎は暴れようとするが、「大人しくしろ!」と男は強い力で宗太郎を押さえつけ、宗太郎の背中に肘を押し付け痛みを走らせた。
兼家はゆっくりと陽子の元へ歩いて行った。陽子が男を宗太郎から離そうと男に抱きつき後ろに力を掛けようとすると、兼家はすぐ横までいき、陽子を男から引き離した。
「父さん!なんで!」
兼家は無言だった。そして、陽子の手を引き月麻呂のそばまで陽子を連れて行った。
「陽子!」
宗太郎が叫ぶと「宗太郎!」と陽子も名前を呼んだ。兼家は無言で月麻呂の元に陽子を連れてきた。陽子が月麻呂を睨み「宗太郎を離してよ!」と言うと、月麻呂は小声で囁いた。
「何故そこまで強がれる。君が大人しくしていれば、何もしていなければ彼が蹴られる事も無かったのではないか?君が大人しく我慢をすれば済んだ話を、彼をあんな風にしているのは陽子ちゃんじゃないかなぁ。」
陽子はそれを聞くと宗太郎を見た。涙が頬を流れる。
「陽子ちゃん。もうそれほどにしておきなさい。もう彼の苦しい姿を見たくないだろう。家に帰るんだ。」
「……。」
宗太郎は叫んだ。
「陽子!行っちゃダメだ!今そっちにいく!」
宗太郎は男の手を掴むと、強い力で起きあがろうとした!
「このガキが!」
男は宗太郎を押さえ込もうとする。
「陽子。早く帰るんだ。でないとあの子はお父さんが相手にしなければならなくなる。」
兼家がそう言うと、陽子は目から涙を流し、頬を赤らめ、唇を噛み締めながら、二人に連れられるまま、帰ろうとした。
「待つんだ!陽子!嫌なら嫌で良いじゃないか!
今そっち行くから!必ず迎えに行くから待っているんだ!」
宗太郎が叫んでも陽子は返事をしなかった。二人に連れられるまま、陽子は歩いて行った。そして、二人と共に側にある車に乗り込んだ。男は宗太郎を手放すと急いで車まで走って行った。
宗太郎はすぐに立ち上がり、車まで走ろうとするが、腰に痛みが走り、全速力で走れない。
男はすぐに車に乗り込むと、車は勢いよく発進し、過ぎ去って行った。宗太郎は全力で走って行き車をおったが、どうやっても追いつかなかった。
宗太郎はその場でうずくまった。
「くっそぉぉ!うわぁぁぁぁぁぁん!」
その場で泣き崩れ地面を何度も殴った。
四
その日の夜、最悪の気分で電車に揺られて帰った。instagramとLineで陽子に話しかけようにも、陽子のアカウントが削除されており連絡ツールが完全に凍結されている。本当にもう陽子とは金輪際会えないようだ。
口はいまだに痛く、心臓が地面につくのではないかと思うほど、気分が落ちていた。
家に帰りリビングまで行くと静子に呼び止められた。
「宗太郎。どうしたの。その傷は?お友達と喧嘩した?」
宗太郎は泣きそうになるのを堪えて笑って「なんでもない。」と呟いた。
静子は言った。
「なんでもないわけないでしょ。そんなところで痩せ我慢してどうするの。お母さんそう言うのは嬉しくないよ。」
母には敵わない。何もかも見透かされているようだ。そう思うと、宗太郎は母共にリビングの椅子に座り事の全容を話した。
全てを聞いた母は驚いた顔でこちらを見ていた。なんと声をかければ良いのかわからないらしい。
「大丈夫。ごめんね、困らせて。」
宗太郎がそう言って立ちあがろうとすると、母は宗太郎に言った。
「待って。どこかに行かないで。宗太郎。強くなりなさい。それは身体的にと言うだけの意味ではない。知恵もつけて、心も。大変だったわね。でもね。これは大事な事。中学生でこんな事を知るのはキツイかもしれないけれど、なんとかその子を守りたければ知恵を捻る方法もまだあったかもしれない。宗太郎。大きくなって、その子にあっても、恥ずかしくない様な大人に成長しなさい。今はまだ子供だったから、中学生だったから仕方ない部分もあったかもしれない。
でもね、あなたが大人になったら、そんな人達に負けない様な、陽子ちゃんを守れる様な男になるのよ。
陽子ちゃんだけじゃない。あなたが守りたい人達を守れる男になるの。」
宗太郎は涙が流れそうになった。そして、眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め、涙を流しながら頷いた。
「大変だったわね。お疲れ様。とってもキツかったね。一旦今日は休んで。明日からまた頑張れる様に。立派になれる様に。」
母の言葉は力強く、どこまでも説得力に満ちていた。宗太郎はその言葉を聞き強く頷いた。
自分よりも歳が上な大人に負けた。未成年で無力である事を強く嘆いた。そして、必ず強くなり、今度こそ悲しい事態を防ぐと心に誓った。
次の日学校にいくと、教室で三人に詳しく話した。
三人は宗太郎にどう言葉をかければ良いか分からなかった。だが、愛子が言った。
「その西園寺っていう人と陽子ちゃんのお父さん、ちょっとひどいんじゃないの。信じられないんだけれど。」
強い憤りを声から感じる。
「流石に納得がいかないでしょ。」
真紀子も珍しく怒っていた。
「ねぇ、迎えに行ってあげなよ。今じゃなくても良いから、いつか、できるなら、迎えに行ってあげなよ。国会議員とか、富豪の世界とか、名門とかお嬢様とか、よく分からないけれど、大事な人なんでしょ。」
宗太郎はそれを聞くと頷いた。
「そうだ。必ず、もし今度あったら迎えに行ける様にする。」
周りも頷いた。
宗太郎はそれから勉強も運動も頑張る様になった。そして、道場に通って練習している剣道の練習をより力を入れる様になった。剣は自分を強くしてくれる。精神的にも。宗太郎はそれを確信して竹刀を振り、素振りに励むようになった。
宗太郎の道はここから始まる。これは、彼の剣の道の物語。
宗太郎が学校にいる頃、静子はある人に電話していた。
「はい。はい。そうです。仲塚さん。なんとかなりませんか。」
「そうですね。花王家には紹太郎さんの恩もありますから。お力をお貸ししますよ。」




