51 ミレイ回
深夜一時過ぎ。映画撮影終了後のホテル。
白鳥ミレイはソファに座ったままスマホを見つめていた。
静かだった。
普段なら撮影終わりは即シャワーを浴びて寝る。最近は主演映画の撮影で生活がかなり壊れている。朝四時起きもあるし、地方ロケもある。眠れる時に寝ないと肌が死ぬ。
なのに今日は、妙にスマホを閉じられなかった。
画面。
写真フォルダ。
そこに映っているのは、自分。
純白のウエディングドレス姿。
今日の撮影で着ていた衣装だった。
映画終盤の結婚式シーン。
かなり本気の衣装だった。
映画会社もスポンサーも気合いが入っているので、ドレスも数千万クラス。照明もヘアメイクも完璧。鏡越しに見た自分ですら、「あ、すごいな」と少し思ったくらいだった。
そして問題は。
その写真を。
レイに送るかどうか。
「……」
ミレイはスマホを見つめたまま止まっていた。
別に深い意味はない。
本当にない。
ただ。
なんとなく。
見せたらどういう反応するかなと思っただけ。
だが。
問題は相手がレイであることだった。
あの男は基本的にうるさい。
しかも最近、妙に距離感がおかしい。
数年前なら「電撃結婚なのだぁ♡」とかふざけていただけだった。だが最近は、時々本当に変な顔をする。
仕事の不安。
人気への恐怖。
芸能界への疲れ。
そういう弱い部分を、ミレイの前だけでは割と隠さなくなっていた。
だから余計に、変に意識する。
「……めんどくさ」
ミレイはソファへ沈んだ。
送るだけ。
それだけ。
なのに。
妙に悩む。
しかも写真が悪い。
かなり綺麗。
自分で言うのもなんだが、かなり似合っていた。
スタッフたちも大騒ぎだった。
「ミレイちゃんやばい!」
「本物のお姫様みたい!」
「結婚式したくなる!」
女性スタッフがキャーキャー言っていた。
そしてその時。
ミレイはふと想像してしまった。
レイの反応。
『のだぁ!?!?』
とか叫びそう。
いや。
最近のレイなら、逆に静かになるかもしれない。
それはそれで怖い。
ミレイは小さくため息をついた。
「何でこんなの悩んでんだろ」
その時だった。
スマホ通知。
タイミング最悪。
【レイ】
『のだぁ〜〜』
『撮影終わったのだぁ?』
『吾輩は今、映画会社に働かされて死んでるのだぁ』
『助けるのだぁ』
ミレイは少し笑ってしまった。
本当にタイミングが悪い。
そして妙に、らしい。
ミレイは少し考えたあと、返信を打つ。
『おつかれ』
数秒後。
即返信。
『褒めるのだぁ』
『偉い偉い』
『もっとなのだぁ』
『うるさい』
ミレイはまた笑った。
そして。
気づけば。
指が写真を開いていた。
ウエディングドレス。
白。
長いベール。
自分でも少しドキッとするくらい、“結婚式”だった。
ミレイはしばらく無言で見ていた。
送る?
送らない?
送ったら絶対調子乗る。
でも。
ちょっと反応は見たい。
かなり迷う。
その時。
また通知。
『のだぁ』
『今、偉い人にぃ』
『“続編やりましょう!”って言われたのだぁ』
『吾輩はもう限界なのだぁ』
『働きたくないのだぁ』
『助けてなのだぁ』
ミレイは吹き出した。
本当に情緒が忙しい男だ。
そしてその瞬間。
なんかもうどうでもよくなった。
ミレイは写真を一枚選ぶ。
送信。
数秒。
既読。
沈黙。
返信なし。
「……あれ」
逆に怖い。
レイが静か。
珍しい。
かなり珍しい。
一分。
二分。
まだ返信なし。
ミレイは少し不安になった。
(え、なに)
(変だった?)
(重かった?)
(いやただの衣装写真だし)
その時。
通知。
【レイ】
『……のだぁ』
短い。
ミレイ。
「何それ」
さらに通知。
『綺麗なのだぁ』
静止。
ミレイも止まる。
レイ。
普段なら絶対もっとふざける。
『結婚するのだぁ!?!?』
とか。
『吾輩の花嫁なのだぁ!?』
とか。
そういう方向へ行くと思っていた。
なのに。
『綺麗なのだぁ』
だけ。
それが妙に破壊力あった。
ミレイはしばらくスマホを見つめていた。
その時。
さらに通知。
『のだぁ……』
『なんか本当に結婚しそうで怖いのだぁ』
ミレイは思わず吹き出した。
「何それ」
完全にレイらしい。
結局最後は情けない。
そこに少し安心する。
ミレイはソファへ寄りかかった。
そして少しだけ口元を緩めながら返信する。
『安心しなよ』
『映画の衣装だから』
数秒後。
『……本当にですのだぁ?』
ミレイは笑っていた。
少しだけ。
かなり優しい顔で。




