46 黒崎回
黒崎蓮は、自分がモテることを理解していた。
理解しているが、あまり口には出さない。
そこがまた厄介だった。
レイみたいに「吾輩は世界一なのだぁ♡」と騒ぐタイプではない。神谷みたいに無自覚で周囲を狂わせるタイプとも少し違う。ハルみたいに全方向へ愛嬌を振りまくタイプでもない。
黒崎は、“ちゃんとしている”。
だから危ない。
昼過ぎ。都内テレビ局。
大型音楽特番リハーサル日。
黒崎は一人で先に局入りしていた。シンプルな黒ジャケットに細身のパンツ。変に着飾っていないのに、妙に目立つ。
エレベーターが開いた瞬間だった。
「……えっ」
女性スタッフが固まる。
「黒崎さん!?おはようございます!」
「おはようございます」
ニコッ。
終わり。
女性スタッフ、崩壊。
「っ……」
後ろの女性ADが小声で呟く。
「やばい……」
「分かる……」
「なんであんな爽やかなの……」
黒崎は普通に歩いているだけだった。だが、普通に歩いているだけで周囲の女性の空気が変わる。
しかも厄介なのは、“安心感”があることだった。
レイは危険な男感が強い。神谷は近寄り難い。ハルは距離感が近すぎる。
黒崎だけ妙に「ちゃんとしてそう」なのだ。
女性スタッフたちの間でもよく言われていた。
『結婚するなら黒崎』
『人生任せられそう』
『親に紹介したい』
『でも絶対モテるから無理』
勝手に理想化されている。
楽屋前。
若い女性メイクスタッフたちが待機していた。
「今日黒崎さん担当誰?」
「私!」
「いいなぁぁ!」
「やばい緊張してきた……」
そこへ黒崎登場。
「よろしくお願いします」
「は、はい!」
「今日も朝早くからありがとうございます」
ニコッ。
「っっ……!!」
メイクスタッフ、真っ赤。
後ろのスタッフたちがザワつく。
「今の無理」
「好きになる」
「距離感が社会人彼氏すぎる」
黒崎本人は何も分かっていない。
これが恐ろしい。
メイク中。
女性誌編集が挨拶に来る。
「黒崎さん、今度表紙ぜひ!」
「ありがとうございます」
「今回“理想の恋人ランキング”かなり上でしたよ〜」
黒崎、苦笑。
「なんか申し訳ないですね」
「その反応がまた良いんですって!」
キャーキャー。
本当にどこへ行ってもこんな感じだった。
しかも最近は年上女性人気まで強い。
スポンサー。
女性プロデューサー。
スタイリスト。
女優。
みんな黒崎へ妙に優しい。
以前、四十代女性アナウンサーが番組後にボソッと呟いていた。
「黒崎くんと結婚したら幸せそうよねぇ……」
周囲女性陣。
「分かります……」
完全に危険。
リハ終了後。
黒崎はコンビニへ行こうとしていた。
すると後ろから声。
「黒崎くん!」
若手人気女優。
かなり美人。
最近ドラマで共演していた。
「お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「今日も忙しい?」
「まあそれなりに」
「ちゃんと寝てる?」
「最近はあんまりですね」
女優、少し眉を下げる。
「心配になるなぁ」
黒崎は笑う。
「大丈夫ですよ」
その瞬間。
女優側マネージャーが遠くで頭抱えていた。
(まただ……)
黒崎は変に優しい。
しかも距離感が自然。
だから女性側が勝手に「特別かも」と思ってしまう。
本人は全然そんなつもりじゃない。
そこがさらに危険だった。
夜。
ブランドイベント。
黒崎が会場入りした瞬間、空気が変わった。
「黒崎さん来た!」
「今日ビジュやば……」
「脚長……」
「スーツ似合いすぎ……」
女性記者ですらテンションが高い。
黒崎は丁寧に挨拶しながら歩いていく。
「こんばんは」
「今日はよろしくお願いします」
その度に周囲女性がザワつく。
「声好き……」
「落ち着く……」
「なんかもう“良い男”って感じ……」
しかも最近は競馬CM効果まで乗っていた。
“誠実な大人の男感”。
女性人気にかなり刺さっている。
イベント中。
トークセッション。
司会女性アナが妙に嬉しそうだった。
「黒崎さんって本当に女性人気凄いですよね〜!」
会場拍手。
黒崎、苦笑。
「いやいや……」
「絶対モテるでしょ!」
「そんなことないですよ」
客席。
「あるーーーー!!!」
大歓声。
黒崎、ちょっと笑う。
その笑顔でまた悲鳴。
「きゃーーーー!!」
「今の無理!!」
「彼氏にしたい!!」
司会者ですら笑っていた。
「黒崎さんって、“国民の元カレ”感ありますよね」
会場。
「分かるーーーー!!」
黒崎、困る。
「なんですかそれ」
「優しそうなのに絶対モテるから不安になる感じ!」
「分かる!」
「それ!」
もう女性たちの共感大会だった。
その頃、裏。
女性スタッフルーム。
完全に女子会。
「黒崎さんマジでやばい……」
「優しいしちゃんとしてるし……」
「しかも顔いい」
「しかも背高い」
「しかもアイドル」
「しかも金ある」
「欠点どこ?」
数秒沈黙。
「……種馬ズ」
「そこかぁ……」
だが、その“ちょっと変なグループ感”すら最近は愛嬌として処理されていた。
そして深夜。
仕事終わり。
黒崎は車へ乗り込む。
疲れていた。
かなり疲れていた。
スマホ通知。
女性誌ランキング。
『結婚したい男部門1位』
黒崎。
「またか……」
田村が笑う。
「お前ほんとモテるな」
黒崎は窓の外を見ながらため息をついた。
「……正直ちょっと怖いんだけどな」
「何が?」
「理想化されすぎてる感じ」
それは本音だった。
黒崎はちゃんとしている。
でも完璧ではない。
疲れるし、イライラもするし、普通にだらしない部分もある。
だが世間は勝手に“理想の男”を投影する。
それが少し怖かった。
その瞬間。
スマホ。
女性芸能人から通知。
『今度ご飯行きません?♡』
黒崎。
静止。
数秒後。
「……また来た」
田村は爆笑していた。




