45 レイ回
朝七時半。都内高級タワーマンション。佐藤レイはベッドの上で死んだ顔をしていた。
「のだぁ……」
眠い。
とにかく眠い。
昨晩も深夜まで番宣、撮影、取材、SNS動画、ライブリハ。帰宅したのは二時過ぎだった。だが売れっ子に人権などない。スマホには既にマネージャー田村から通知が十件以上来ている。
『起きろ』
『車着く』
『今日生放送』
『寝るな』
『スポンサー来る』
レイは布団へ顔を埋めた。
「働きたくないのだぁ……」
だが、その十分後にはもうメイクされていた。
テレビ局。朝の情報番組。
エレベーターが開いた瞬間だった。
「きゃっ……!」
女性スタッフの小さな悲鳴。
レイが眠そうな顔のまま歩いてくる。黒髪、長身、一九三センチ。パーカー姿なのに妙に目立つ。しかも朝だからか機嫌が悪そうで、余計に色気がある。
女性ADが固まっていた。
「レ、レイさんおはようございます!」
「のだぁ〜〜……おはようなのだぁ……」
眠そうに返事。
その瞬間。
「やば……声……」
「近い……」
「顔ちっさ……」
後ろで女性スタッフたちがザワつく。
レイ本人は慣れていた。というより、最近はどこへ行ってもこんな感じだ。局、スタジオ、雑誌社、CM現場。女がいる場所では大体空気が変わる。
しかも厄介なのは、レイは妙に愛想が良いことだった。
「寒いのだぁ?」
「えっ?」
「顔真っ赤なのだぁ?」
ニコッ。
「っ……!!」
女性AD、崩壊。
後ろのスタッフたちもザワつく。
「近い近い近い」
「やばい今の」
「無理なんだけど」
レイはもうメイク室へ向かっている。完全に無自覚だった。
メイク室。
女性ヘアメイクたちが既にテンション高い。
「レイくん今日ビジュいい!」
「肌つよ……」
「寝不足なのに顔終わってないの怖い」
レイは椅子へ座りながらボソッと言う。
「吾輩は常に美しいのだぁ♡」
「腹立つけど顔がいい」
「それなのだぁ♡」
キャッキャ。
完全に慣れた空気。
だが、周囲の女性たちは本当に楽しそうだった。レイはうるさい。俗っぽい。変なことばかり言う。なのに、顔が良すぎるせいで全部ギリギリ成立してしまう。
メイク中。
若い女性スタッフが恐る恐る近づいてくる。
「あ、あの……」
「のだぁ?」
「その……いつも応援してます……」
レイは鏡越しにチラッと見る。
「ありがとなのだぁ♡」
ニコッ。
「っっ……!!」
女性スタッフ、限界。
後ろへ下がる。
「無理……」
「分かる」
「至近距離やばい」
メイク室、女子校みたいになっていた。
その後、生放送。レイが出るだけでスタジオの空気が妙に華やぐ。MCの女子アナですら若干テンションが高い。
「今日は種馬ズのレイさんでーす!」
「のだっ♡」
ニコッ。
観覧席。
「キャアアアア!!」
歓声。
SNS。
『朝から顔が強すぎる』
『レイ見てから出勤した』
『女子アナ嬉しそうで草』
『あの顔で“働きたくないのだぁ”はズルい』
朝からトレンド入り。
その後、雑誌撮影。
女性誌。
これがまた地獄だった。
スタジオ入りした瞬間。
「きゃーーー!!!」
若い女性編集たちがザワつく。
「レイくん今日やばい」
「脚長……」
「待って横顔……」
レイは眠そうに欠伸しているだけなのに、何故かそれすら絵になる。
撮影開始。
カメラマンが叫ぶ。
「いい!!」
「その目線!!」
「ちょっと気だるそうに!」
レイ。
「のだぁ〜〜」
ダルそう。
だが、それが女性ウケ最強。
モニター確認した編集部女性陣。
「やば」
「国宝」
「なんでこんな顔面であんな喋り方なの」
「ギャップ死ぬ」
撮影休憩中。
モデル系女優が近づいてくる。
「レイくん久しぶり〜」
「のだぁ?」
かなり美人。
だがレイ。
「誰ですのだぁ?」
最低。
「ひどっ!去年会ったじゃん!」
「覚えてないのだぁ♡」
「ムカつく〜〜!」
なのに。
女性側、笑っている。
何故なら顔がいいから。
そして妙に距離感が近い。
「相変わらずモテてるねぇ」
「吾輩は国民的アイドルなのだぁ♡」
「自覚あるのウザい」
「事実なのだぁ♡」
周囲女性スタッフ。
(顔が良すぎる……)
結局そこ。
夜。高級ブランドイベント。
今度は大人の女性たちが危険だった。
女優。
モデル。
女性経営者。
スポンサー。
みんなレイを見る。
しかも最近のレイは、以前より少し大人っぽくなっている。二十代前半特有の危うさが妙な色気になっていた。
会場入り。
フラッシュ。
「レイーーー!!」
「こっち向いて!」
「今日もかっこいい!」
女性記者ですらテンション高い。
レイは軽く手を振る。
「のだっ♡」
それだけで。
「無理……」
「破壊力やば……」
「近くで見ると人間じゃない……」
騒然。
そしてイベント後。
レイは疲れ果ててソファへ沈んだ。
「のだぁ……」
田村が水を渡す。
「おつかれ」
「モテる男は大変なのだぁ……」
「自分で言うな」
だが。
実際。
最近のレイは異常だった。
SNS。
テレビ。
雑誌。
全部で“佐藤レイ”という存在が回っている。
しかも本人が俗っぽくて隙だらけだから、女性側も勝手に「私でもいけるかも」と錯覚する。
危険。
かなり危険。
その瞬間。
レイのスマホ通知。
『女性誌が選ぶ国宝級イケメン1位』
レイ。
静止。
そして。
「のだっ♡」
ニヤァ。
「吾輩、今日も世界一なのだぁ♡」
田村は深いため息をついた。
「その自信だけは本当に凄いよお前……」




