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田村は三十代後半になってから、「売れる」という言葉の怖さを理解した。
若手タレント担当時代にも、そこそこ人気が出たグループは見てきた。雑誌の表紙を飾る程度なら珍しくない。ライブが埋まる程度なら芸能界にはいくらでもいる。
だが、種馬ズは違った。
あれはもう、“社会現象”に近い。
特に最近は異常だった。
朝。局入り。
まだ六時半。
一般人なら眠っている時間。
しかしテレビ局周辺には既に人がいる。しかも若い女だけじゃない。高校生、大学生、OL、主婦、さらにはスーツ姿の社会人まで混ざっている。
「レイ来るかな……」
「黒崎って今日生?」
「神谷近くで見たら死ぬかも」
「ハルの笑顔やばい」
そんな声が普通に聞こえる。
田村は車内からその光景を見ながら、毎回ちょっと引いていた。
「……朝だぞ」
だが、本人たちはもっと慣れている。
レイは窓の外を見ながら言う。
「のだぁ〜〜。今日もいっぱい飼い主がいるのだぁ♡」
「お前その言い方やめろ」
「人気者は辛いのだぁ」
「一番楽しんでるだろ」
実際、レイはかなり楽しんでいた。
ただ、田村は知っている。
レイは本気で“モテてる自覚”がある。しかもかなり細かい。
「あのOL風の人ぉ、三週間前もいたのだぁ」
「よく見てんな」
「左の大学生っぽい子ぉ、吾輩のアクスタ持ってるのだぁ」
「怖いわ」
「人気確認なのだぁ♡」
レイはそういうところが妙に芸能人っぽかった。
だが、田村からすると、本当に恐ろしいのは他の三人だった。
黒崎は昔からモテるタイプだった。礼儀正しい。顔が良い。落ち着いている。しかもライブでファンサが上手い。だから昔から女性人気は高かった。
ただ最近は、“結婚したい男”扱いされ始めている。
これが厄介だった。
スポンサーの女性社員。
テレビ局の女性スタッフ。
メイク。
衣装。
年上女優。
みんな黒崎へ妙に優しい。
以前、ある化粧品CM現場で、四十代女性プロデューサーが本気で黒崎に惚れかけていたことがある。
「黒崎くんって本当に誠実よねぇ……」
「ありがとうございます」
「今どき珍しいわぁ……」
「いや普通ですよ」
「普通じゃないのよぉ……」
完全に危険だった。
黒崎本人は気づいていない。
そこもまた危険だった。
一方、神谷は別方向でまずい。
あれは“顔面で黙らせるタイプ”。
田村は何度も見ている。
社交場で何も喋らない神谷を、女性芸能人たちが勝手に「ミステリアス」と解釈していく様子を。
実態。
ただのコミュ症。
しかし世間はそう思わない。
「あの静かな感じ素敵……」
「余裕ありそう……」
「なんか色気ある……」
違う。
会話が苦手なだけだ。
だが顔が良いせいで全部プラスになる。
以前、ファッション誌撮影後、若手人気モデル三人が神谷の楽屋前で待機していたことがある。
理由。
「ちょっとでも話したい」。
神谷本人はその時、楽屋で一人静かにコンビニサラダを食べていた。
そしてハル。
こいつは犬だった。
本当に犬。
だから異常に人懐っこい。
男女問わず距離が近い。
笑う。
褒める。
手を振る。
リアクションが大きい。
その結果、“自分だけ特別扱いされてる”と思う人間が大量発生する。
危険。
かなり危険。
以前、映画舞台挨拶後。
ファンレター。
三百通。
うち七十通くらい。
「ハルくん絶対私のこと覚えてるよね?」
系。
田村は頭を抱えた。
ハル本人は何も分かっていない。
「えぇ?みんな好きだよ〜!」
最悪である。
そして。
レイ。
問題児。
だが、一番危険。
何故なら、レイのファンは熱量がおかしい。
ただの「好き」を超えている。
崇拝。
依存。
情緒を握られている。
しかもレイ本人が俗っぽくて弱音も吐くせいで、「支えなきゃ」と思わせてしまう。
ライブで。
「働きたくないのだぁ〜〜」
と言えば、
「養うーーー!!!」
が返ってくる。
終わっている。
以前、田村はある女性ファンを止めたことがある。
泣きながら言っていた。
「レイがいたから仕事辞めずに済んだんです」
怖かった。
その熱量が。
アイドルというのは時々、人の人生へ入り込みすぎる。
特に種馬ズは、“生活感”がある。
だからファン側も距離感が壊れる。
「会えそう」
「支えられそう」
「分かってくれそう」
そう思わせてしまう。
実際には、ドームの向こう側の人間なのに。
そして一番怖いのは、四人ともまだ若いことだった。
まだ二十代前半。
なのに。
スポンサーが媚びる。
局が頭を下げる。
女優が距離を詰める。
芸能界全体が甘やかす。
普通なら壊れる。
田村は最近、時々思う。
(よくここまで大事故起こしてないな……)
その瞬間だった。
楽屋。
レイ。
「のだぁ?」
スマホを見ながら言う。
「吾輩、また“抱かれたい男ランキング”入ったのだぁ♡」
「うるせぇ」
「人気者なのだぁ♡」
黒崎は苦笑。
神谷は静かに水を飲む。
ハルは「すごーい!」と笑っている。
田村はその光景を見ながら深いため息をついた。
国民的アイドル。
華やか。
夢。
歓声。
莫大な金。
そして。
異常な熱狂。
その全部が、今この四人に集まり続けていた。




