26 白鳥ミレイ宅
深夜。
白鳥ミレイ宅。
静かだった。
……はずだった。
「のだぁ♡」
静かな空間をぶち壊している男が一人。
佐藤レイ。
20歳。
国民的人気アイドル。
現在、
芸能界で最も忙しい男の一人。
そして。
人のササミを勝手に食べている男でもある。
「それ私のなんだけど」
ミレイが真顔で言った。
レイはモグモグしていた。
「のだぁ?」
「のだぁ?じゃない」
「ササミは共有財産なのだぁ♡」
「違う」
ミレイは机に突っ伏した。
今日は普通に疲れていた。
朝から撮影。
CM。
インタビュー。
美容院。
雑誌。
移動。
帰宅したのはさっき。
やっとご飯。
そのタイミングで。
レイ襲来。
しかも。
勝手に冷蔵庫を開けた。
勝手にソファで寝転がった。
勝手にササミを食べ始めた。
最悪である。
「のだぁ〜〜」
レイはご機嫌だった。
最近。
本当に忙しい。
だが。
その分。
変にテンションが壊れていた。
「ミレイぃ〜〜」
「何」
「吾輩たちぃ〜〜」
嫌な予感。
「来年あたりぃ〜〜」
「うん」
「電撃結婚でもしてみるのだぁ?」
静止。
空気停止。
ミレイ。
完全に固まる。
レイはモグモグしていた。
「お騒がせ芸能人リスペクトなのだぁ♡」
「は?」
ミレイ、
真顔。
「……何言ってんの?」
「電撃結婚なのだぁ♡」
「聞こえてる」
レイはササミを食べながら続けた。
「最近よくあるのだぁ」
「あるね」
「人気絶頂!」
「うん」
「突然結婚!」
「うん」
「世間大荒れ!」
「うん」
「話題独占!」
「うん」
「最高なのだぁ♡」
「最低♡」
ミレイはクッションを投げた。
ベシィ!!
「のだぁ!!」
「何その発想」
「話題性なのだぁ♡」
「芸能界をSNSのおもちゃだと思ってる?」
「おもちゃなのだぁ♡」
「終わってる」
レイはケラケラ笑っていた。
だが。
実際問題。
20歳結婚など、
事務所的には大事故である。
しかも。
種馬ズセンター。
白鳥ミレイ。
両方売れっ子。
もし本当に結婚発表などしたら。
事務所。
スポンサー。
局。
広告代理店。
全部発狂する。
「のだぁ〜〜」
レイはソファに転がった。
「絶対ニュースになるのだぁ」
「なるね」
「株価も動くのだぁ」
「そこなの?」
「経済効果なのだぁ♡」
「本当に嫌」
ミレイは呆れていた。
だが。
少しだけ笑っている。
レイがあまりにも馬鹿だから。
「そもそも」
ミレイが腕を組む。
「なんで結婚前提なの?」
「のだぁ?」
「付き合ってもないのに」
レイ、
数秒停止。
「……確かにのだぁ」
「そこから?」
「じゃあまず付き合うのだぁ?」
「軽いなぁ♡」
レイは真顔だった。
「吾輩たちぃ」
「うん」
「割と一緒にいるのだぁ」
「まあね」
「ご飯も食べるのだぁ」
「食べるね」
「吾輩、ミレイの家の暗証番号知ってるのだぁ」
「それは勝手に見たからでしょ♡」
「家族なのだぁ?」
「違う♡」
レイは少し考えた。
そして。
「……愛人?」
「昭和の社長か♡」
ミレイは笑ってしまった。
レイは本当に距離感がおかしい。
だが。
その雑な距離感が、
妙に楽でもある。
変に気を遣わない。
芸能人同士なのに、
芸能人っぽくない。
だから今まで続いている。
その時。
レイが急に真顔になった。
「のだぁ」
「何」
「もし本当に結婚したらぁ」
「うん?」
「飼い主たち暴れるのだぁ?」
静止。
ミレイ、
吹き出した。
「飼い主って言うな♡」
「でもぉ」
「うん」
「絶対SNS燃えるのだぁ」
「燃えるねぇ」
「うわぁ……」
レイは少し引いていた。
自分で言い出したくせに。
「怖いのだぁ……」
「じゃあ言うな♡」
「でもぉ〜〜」
レイはまたニヤニヤし始める。
「伝説にはなるのだぁ♡」
「嫌な伝説」
「“国民的アイドル電撃婚!”なのだぁ♡」
「絶対事務所会議室修羅場になる」
「社長泣くのだぁ?」
「泣くと思う」
「のだっ♡」
レイ、
ちょっと嬉しそう。
「絶対黒崎にも怒られるのだぁ」
「うん」
「神谷には静かに引かれるのだぁ」
「うん」
「ハルは普通に“おめでとー!”って言うのだぁ」
「想像できる」
二人とも笑った。
その後。
少し静かになる。
ミレイがレイを見る。
「……で?」
「のだぁ?」
「本気なの?」
レイはササミを食べながら考えた。
数秒。
そして。
「……のだぁ」
「何その間」
「吾輩ぁ」
「うん」
「まだ20歳なのだぁ」
「そうだね」
「だからぁ」
レイは真顔で言った。
「もうちょっと稼いでからなのだぁ♡」
ミレイ、
数秒停止。
そして。
「そこだけ妙に現実的なのやめて♡」
レイはドヤ顔だった。
「結婚にも資本が必要なのだぁ♡」
「ほんと俗っぽいよねアンタ」
「現実主義なのだぁ♡」
その時。
ミレイのスマホ通知。
事務所マネージャー。
『週刊誌最近また動いてるから気をつけて』
ミレイ。
静かにスマホを伏せる。
レイは気づいていない。
「のだぁ〜〜♩」
まだササミを食べている。
ミレイはため息をついた。
「……アンタほんと危機感ないよね」
「あるのだぁ?」
「どこに」
「だからまだ結婚してないのだぁ♡」
「ギリギリのラインで生きてるなぁ……」




