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種馬ズ  作者: 雪だるま
第一章

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「のだぁっ♡お疲れ様なのだっ♡」


昨日まで誰も寄ってこなかった控室に、今日は若手タレントたちがわらわら集まっていた。


バラエティでそこそこ売れてる芸人。


人気急上昇中の若手俳優。


雑誌モデル。


アイドル。


TikTok系インフルエンサー。


全員、笑顔である。


全員、妙に距離が近い。


全員、“視聴率23%”という数字を見て来ている。


そしてその中心で。


フリッフリのエプロン姿のままソファにふんぞり返っていたレイは、普通に感動していた。


「のだぁあああああ!!」


突然泣き始めた。


「うぇえええええん!!!」


「えっ!?ど、どうしたの!?」


若手女優が引く。


だがレイは涙をボロボロ流しながら叫んだ。


「前まで舌打ちしてた奴らまで笑顔なのだぁあああ!!!」


「…………」


「無視してた奴らが“今度ご飯行きましょう♡”とか言ってるのだぁああ!!怖いのだぁあああ!!何か変な薬でもやってるのだぁ!?!?」


場が妙な空気になった。


何故なら。


数人ほど本当に心当たりがあったからである。


以前のレイは扱いづらかった。


売れてないのに態度だけデカい。


遅刻する。


うるさい。


SNSで余計なこと言う。


突然楽屋で筋トレ始める。


しかも妙に顔だけ良い。


そのため業界内での評価は、


「なんか怖い大型犬」

「売れないまま消えそう」

「顔だけ」

「絶対そのうち炎上する」


みたいな扱いだった。


だから挨拶も雑だった。


舌打ちもされた。


エレベーターで無視もされた。


だが今。


視聴率23%。


それだけで全部変わった。


芸能界は怖いくらい数字の世界である。


数字が出れば正義。


出なければ空気。


そのため現在のレイは、

急に“次世代スター候補”扱いされていた。


「レイ君って本当に面白いよね〜♡」


「肌綺麗ですね!」


「身長高っ!!」


「今度一緒に配信やりません!?」


「俺、前からレイ君好きだったんすよ!」


「嘘なのだぁ!!」


レイが即ツッコんだ。


「お主この前エレベーターで吾輩のこと見た瞬間スマホいじり始めたのだぁ!!」


「いやぁ〜あれはちょっと急ぎの連絡が……」


「のだぁ!?!?今は急ぎじゃないのだぁ!?」


「ははは……」


乾いた笑い。


だがレイは怒っていなかった。


むしろ妙に感動していた。


「のだぁ……」


うるうるしている。


「人気者ってすごいのだぁ……」


「…………」


「人類が優しいのだぁ……」


「お前も大概だからな?」


後ろから田村が冷静に言った。


レイは即座に振り返る。


「のだぁ?」


「お前、後輩アイドルにめちゃくちゃ偉そうだろ」


「当然なのだぁ!」


「堂々と言うな」


「先輩なのだぁ!」


「一歳しか変わらん」


「芸歴は吾輩の方が上なのだぁ!」


「お前、売れてない頃後輩の弁当食ったよな?」


「先輩特権なのだぁ!」


「最低だなお前」


だが。


その瞬間。


ガチャリと控室の扉が開いた。


事務所社長である。


空気が変わった。


レイの顔も変わった。


さっきまで玉座に座る暴君みたいな態度だった男が、


「のだっ♡」


急に立ち上がった。


しかも妙に姿勢が良い。


「しゃ、社長ぉ♡」


「レイ」


「お疲れ様ですなのだぁ♡」


「……お前そのエプロンまだ着てんのか」


「ファッションなのだぁ♡」


「脱げ」


「はいなのだぁ」


即答。


周囲の若手芸能人たちが思った。


(弱っ)


レイは社長にだけ異様に従順だった。


何故なら普通に怖いからである。


この社長。


元ヤン。


しかも昔かなり荒れていたタイプ。


怒鳴らない。


暴力も振るわない。


だが静かに詰めてくる。


レイは一度だけ本気で怒られたことがあるのだが、その日から完全に逆らえなくなった。


「レイ」


「はいなのだぁ!」


「最近調子乗ってるらしいな」


「のだっ!?」


「スタッフにジュース買わせたり」


「の、のだぁ……」


「後輩に“視聴率23%様って呼べ”とか言ったらしいな」


「冗談なのだぁ!」


「雑誌インタビューで“吾輩は芸能界の王なのだぁ”」


「盛り上げようと思ってぇ……」


社長は無言だった。


レイはどんどん縮こまっていく。


さっきまで193cmあったはずなのに今は多分160cmくらいである。


「……調子乗るなよ」


「はいなのだぁ……」


「まだ一発当たっただけだ」


「はいなのだぁ……」


「業界は数字落ちたら一瞬で手のひら返すぞ」


「はいなのだぁ……」


「お前、自分が特別だと思ってるだろ」


「…………」


レイは少し黙った。


だが次の瞬間。


「ちょっと思ってるのだぁ♡」


「正直だなテメェ」


周囲が吹き出した。


社長も少しだけ笑った。


レイはその瞬間を見逃さなかった。


「のだっ♡」


急にニコニコし始める。


「社長ぉ♡」


「なんだ」


「吾輩ぁ……社長の靴なら舐めてもいいのだぁ♡」


「やめろ気持ち悪い」


「恩義なのだぁ♡」


「そのテンションで来るな」


「芸能界で生き残るためなのだぁ♡」


「お前そういうとこ妙にリアルだな」


レイは真顔になった。


「のだぁ。芸能界、怖いのだぁ」


静かだった。


珍しく。


「売れてない時は誰も目を合わせないのだぁ」


「…………」


「でも数字出た瞬間みんな笑うのだぁ」


「…………」


「怖いのだぁ」


少しだけ。


ほんの少しだけ。


本音だった。


だが次の瞬間。


「だから吾輩も媚びるのだぁ!!!」


「台無しだよ」


「強い者に媚び!弱い者にはイキる!!これぞ芸能界サバイバルなのだぁ!!」


「クソ小物!!」


「のだぁっはっはっはっは!!!」


レイは高笑いした。


その時。


若手俳優の一人が恐る恐る聞いた。


「……ちなみにレイ君、次の目標とかあるの?」


レイは腕を組んだ。


真剣な顔。


そして。


「のだぁ」


ゆっくり口を開く。


「とりあえず社長に怒られない範囲で調子に乗るのだぁ」


「スケール小っさ!!」


控室に爆笑が起きた。


そしてレイはその笑い声を聞きながら、少しだけ嬉しそうに笑った。


昨日までは、

この部屋に自分の笑い声しかなかったのだから。

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