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種馬ズ  作者: 雪だるま
第一章

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「見たのだぁ!?見たのだぁ!?!?」

 

テレビ局の廊下を、フリッフリの白いエプロン姿で両手を万歳しながら爆走する長身男がいた。


身長193cm。


顔だけは異様に良い。


無駄に脚も長い。


だが格好は完全に意味不明である。


胸元にはピンク色のリボン。

裾にはひよこの刺繍。

しかもエプロンの中央には油性ペンで雑にこう書かれていた。


『視聴率23%』


「のだぁあああああ!!!天下取ったのだぁあああああ!!!!!」


叫びながら廊下を滑走するその男こそ、今まさに芸能界最大の謎として扱われている若手アイドル――

佐藤レイ、19歳であった。


ちなみに所属グループはそこまで人気がない。


ライブ動員も微妙。


CD売上も中堅。


SNSフォロワーも“そこそこ”。


本来なら深夜ドラマの主演など絶対に回ってこない立場である。


なのに。


何故か。


本当に何故か。


低予算ラブコメドラマ『恋する♡焼きそばエンジェル』が視聴率23%を叩き出した。


業界全体が困惑していた。


主演決定の経緯からして意味不明だった。


第一候補の人気俳優が映画撮影で降板。


第二候補がスキャンダル。


第三候補が骨折。


第四候補が事務所トラブル。


第五候補が海外逃亡。


その結果、制作費も時間も尽き果てた末に、


「……もう背高くて顔いい若いやつなら誰でもいいんじゃね?」


という投げやり極まりない理由で代役の代役の代役として連れてこられたのがレイだったのである。


しかも演技経験はほぼ無し。


台本もろくに読まない。


監督の指示も聞かない。


キスシーンで突然笑う。


告白シーンで噛む。


シリアスシーンで謎のアドリブを入れる。


「のだぁ……好きなのだぁ……焼きそばくらい好きなのだぁ……」


「カット!!!!」


監督が発狂。


スタッフが頭を抱える。


脚本家が胃薬を飲む。


ヒロイン役の若手女優が遠い目をする。


だが。


何故か。


何故なのか。


視聴率だけが異常に高かった。


SNSでは、


「なんか癖になる」

「腹立つのに見てしまう」

「深夜テンションの珍獣」

「演技下手なのに妙に存在感ある」

「こいつ出てくると空気変わる」

「なんで泣きシーンだけ妙に自然なんだよ」


などと意味不明な評価が飛び交っていた。


そして現在。


その数字に最も浮かれている男が――もちろんレイ本人である。


「のだぁ!23%なのだぁ!吾輩は国民的大俳優なのだぁ!!」


「レイ君!!廊下走らないで!!」


「うるさいのだぁ!視聴率23%なのだぁ!!」


「エプロン脱いで!!!」


「嫌なのだぁ!!成功者ファッションなのだぁ!!」


マネージャーの田村は頭を抱えていた。


三十代後半。


胃痛持ち。


慢性的寝不足。


ここ数日で白髪が増えた。


原因は全部レイである。


「……レイ。頼むから静かにしてくれ」


「のだぁ?」


レイはクルッと振り返った。


エプロンの裾がひらりと舞う。


無駄にスタイルが良いので腹が立つ。


「なんなのだぁ?その口の利き方ぁ?視聴率23%相手なのだぁ?」


「誰のスケジュール管理でここまで来れたと思ってんだ」


「吾輩の才能なのだぁ!」


「お前、初回放送の日に寝坊して番宣飛ばしただろ」


「天才は自由なのだぁ!」


「収録中に焼きそば作り始めたよな?」


「役作りなのだぁ!」


「お前焼きそば屋の役じゃねえよ」


「ラブコメなのだぁ!」


「意味がわからん!!」


田村が叫ぶ。


だがレイは鼻を鳴らした。


完全に天狗である。


しかも質の悪いことに、本人が“自分は今めちゃくちゃ偉い”と理解してしまっていた。


周囲も悪い。


局員は媚びる。


スポンサーは笑顔。


雑誌は持ち上げる。


昨日まで「誰?」扱いだった若手タレントたちまで急に挨拶し始めた。


人間、19歳で急にこんな扱いを受ければ大体壊れる。


レイは見事に調子に乗った。


「のだぁ。田村ぁ」


「なんだ」


「ジュース買ってこいなのだぁ」


「自分で行け」


「視聴率23%なのだぁ?」


「だからなんだ」


「23なのだぁ?」


「うるせえ」


「のだぁっ!?マネージャーのくせに反抗的なのだぁ!!」


レイはビシィッ!!と指を突きつけた。


「クビなのだぁ!」


「お前に人事権ねえよ」


「…………」


「黙るな」


レイは露骨に視線を逸らした。


そう。


彼は小物である。


なので事務所社長には怖くて絶対に逆らえない。


社長の前では、


「はいなのだぁ……」

「ごめんなさいなのだぁ……」

「靴舐めるのだぁ……」


くらい従順である。


だがマネージャー相手だと急にイキる。


典型的小物であった。


その時。


廊下の向こうからテレビ局プロデューサーたちがやってきた。


すると。


「佐藤レイ君!!」


「おおっ!!」


「次のドラマぜひお願いしたくて!!」


「映画もどうです!?」


「CMもぜひ!!」


「バラエティ特番も!!」


一斉に群がる大人たち。


昨日まで“代役の代役”扱いしていた連中である。


レイは一瞬ぽかんとした。


だが次の瞬間。


「のだぁあああああ!!!」


ものすごいドヤ顔になった。


「見たか田村ぁ!!!世界が吾輩を求めてるのだぁ!!!」


「はいはい」


「態度が冷たいのだぁ!!嫉妬なのだぁ!!」


「お前が炎上しないよう毎日謝罪電話してる身にもなれ」


「人気者の宿命なのだぁ!」


「昨日お前、女性誌インタビューで“恋愛観?顔が良い人が好きなのだぁ!”って言っただろ」


「事実なのだぁ!」


「アイドルだぞお前」


「吾輩も顔良いからセーフなのだぁ!」


周囲のスタッフたちが笑いを堪えていた。


なんというか。


妙に場が明るくなるのだ。


それがレイの厄介なところだった。


性格は調子乗り。


小物。


口は軽い。


演技も荒い。


なのに。


何故か現場が妙にレイ中心に回ってしまう。


気づけば皆こいつを見ている。


そして本人はそれを完全に勘違いしていた。


「のだぁ。田村」


「今度はなんだ」


「吾輩、ハリウッド行くのだぁ」


「英語喋れんの?」


「Helloなのだぁ!」


「終わってる」


「のだぁっはっはっは!!世界進出なのだぁ!!」


レイはエプロン姿のまま再び万歳した。


その瞬間。


ブチィッ!!


エプロンの肩紐が千切れた。


「あっ」


フリフリの布がずり落ちる。


沈黙。


周囲の空気が止まった。


レイは数秒固まった後、


「のだぁあああああ!?衣装さん呼べなのだぁああああ!!視聴率23%が半裸なのだぁあああ!!!」


絶叫しながら廊下を走り去っていった。


その背中を見送りながら、田村は疲れ切った顔で呟いた。


「……なんで売れたんだ、こいつ」


だが。


誰にも分からなかった。


業界全体が、

まだその答えを見つけられていなかったのである。

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