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午後一時。
都内テレビ局。
ゴールデンドラマ大型会議。
スポンサー大量。
有名脚本家。
ベテラン演出家。
局上層部。
広告代理店。
全員いる。
つまり。
レイが一番苦手な空間である。
「のだぁ……」
局の廊下を歩きながら、
レイは珍しく真顔だった。
サングラス。
帽子。
マスク。
完全装備。
だが中身は。
「なんか偉そうな人ばっかりなのだぁ……」
めちゃくちゃビビっていた。
マネージャー田村が横を歩く。
「変なこと言うなよ」
「のだぁ」
「今回は本当に大事な案件だからな」
「のだぁ……」
レイは静かに頷いた。
そして。
数秒後。
「うむ!」
急に目が光った。
田村が嫌な予感を覚える。
「なんだその顔」
「決めたのだぁ」
「嫌だなぁ」
「全員に媚びるのだぁ!!!」
「うわぁ」
レイは拳を握った。
「靴を舐める勢いで行くのだぁ!!!」
「勢いじゃなくてもうやめろ」
「偉い人に逆らっても損なのだぁ!!!」
「その判断だけは正しい」
レイはどんどん早歩きになる。
「局長ぉ〜♡」
「まだ会ってねえよ」
「スポンサー様ぁ〜♡」
「落ち着け」
「脚本家先生ぇ〜♡」
「媚び先を増やすな」
レイは真剣だった。
本当に真剣。
何故なら。
彼は小物だからである。
芸能界の恐ろしさも、
立場の強さも、
空気の力も、
売れなくなった時の怖さも、
ちゃんと理解している。
だから。
格上には全力で媚びる。
しかも恥を捨てて。
「のだぁあああ!!」
突然レイが走り出した。
「おい!!」
「先制攻撃なのだぁあああ!!!」
「媚びを攻撃って言うな!!」
会議室前。
重厚な扉。
中から聞こえる業界人たちの声。
普通の若手俳優なら緊張する。
レイも緊張していた。
だから。
勢いで誤魔化すことにした。
ガチャ。
勢いよく扉を開ける。
会議室内。
局員。
プロデューサー。
スポンサー。
脚本家。
全員視線を向ける。
空気が止まる。
そこへ。
「のだぁああああ!!!」
レイ、
超高速でお辞儀。
「本日はありがとうございますなのだぁあああ!!!」
九十度。
深い。
異常に深い。
「吾輩、頑張るのだぁあああ!!!」
田村が頭を抱えた。
だが。
業界人たちはちょっと笑っていた。
「元気だなぁ」
「テレビのまんまですね」
「面白い子だ」
レイは即座に移動。
スポンサー席へ。
「いつもお世話になっておりますなのだぁ♡」
名刺を両手。
腰が低い。
異常に低い。
「CM見ましたのだぁ♡美味しそうだったのだぁ♡」
「え、あ、ありがとう……」
「吾輩、毎日飲みますのだぁ♡」
「いやそんな毎日は」
「三本飲むのだぁ♡」
媚びが雑。
だが勢いが凄い。
そのまま脚本家の方へ移動。
超有名脚本家。
レイより年上。
業界の大御所。
普通の若手なら距離を測る。
だがレイ。
「先生ぇえええ!!!」
突撃。
「台本めちゃくちゃ面白かったのだぁあああ!!!」
「お、おう……」
「三回読んだのだぁ!!!」
「へぇ」
「二回寝たのだぁ!!!」
「寝てんじゃねえか」
会議室が笑う。
レイは即座に頭を下げた。
「でも超面白かったのだぁ!!!」
「素直だなぁお前」
「吾輩、先生の犬になるのだぁ♡」
「ならなくていいよ」
田村は遠い目をしていた。
(こいつ今日ずっとこれか……)
その後も。
レイはひたすら媚びた。
演出家に。
「天才なのだぁ♡」
スポンサーに。
「お金持ちなのだぁ♡」
局幹部に。
「偉いのだぁ♡」
広告代理店に。
「スーツ高そうなのだぁ♡」
媚び方が小学生。
だが。
変にスカしてないので妙に場が和む。
しかもレイ本人は本気。
「のだぁ……」
会議中も必死だった。
「はいなのだぁ!」
「わかったのだぁ!」
「先生の言う通りなのだぁ!」
田村は気づいていた。
レイ。
今日、
一回もイキってない。
完全に“売れ続けたい若手芸能人モード”だった。
その理由も単純。
怖いから。
ここで嫌われたくないから。
数字が落ちたら終わる世界だと、
ちゃんと理解しているから。
会議終了後。
業界人たちが帰っていく。
「レイ君面白いねぇ」
「愛嬌あるな」
「現場明るくなりそう」
評判は悪くなかった。
レイは最後まで頭を下げ続けた。
「ありがとうございましたなのだぁ!!!」
扉が閉まる。
静寂。
その瞬間。
レイ、
ソファに崩れ落ちた。
「のだぁぁぁぁぁ……」
「お疲れ」
「疲れたのだぁ……」
魂が抜けている。
田村が水を渡す。
レイは飲みながらブツブツ言った。
「ちゃんと媚びたのだぁ……」
「媚びまくってたな」
「靴も舐める勢いだったのだぁ……」
「ギリギリ舐めてなかった」
レイは真顔になった。
「あとで田村たちの靴はポイ捨てするのだぁ」
「なんで!?」
「格上に媚びた反動なのだぁ!!!」
「最低!!」
レイはソファに寝転がりながらケラケラ笑った。
だが。
その笑いのあと。
少しだけ静かな声で呟く。
「……怖いのだぁ」
「ん?」
「売れなくなったらぁ……」
「……」
「誰も笑わなくなるのだぁ」
数秒。
静かだった。
レイは天井を見たまま言う。
「だから媚びるのだぁ」
その言葉だけは。
芸能界で急に売れた若手特有の、
妙な生々しさが滲んでいた。




