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種馬ズ  作者: 雪だるま
第一章

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16

午後一時。


都内テレビ局。


ゴールデンドラマ大型会議。


スポンサー大量。


有名脚本家。


ベテラン演出家。


局上層部。


広告代理店。


全員いる。


つまり。


レイが一番苦手な空間である。


「のだぁ……」


局の廊下を歩きながら、

レイは珍しく真顔だった。


サングラス。


帽子。


マスク。


完全装備。


だが中身は。


「なんか偉そうな人ばっかりなのだぁ……」


めちゃくちゃビビっていた。


マネージャー田村が横を歩く。


「変なこと言うなよ」


「のだぁ」


「今回は本当に大事な案件だからな」


「のだぁ……」


レイは静かに頷いた。


そして。


数秒後。


「うむ!」


急に目が光った。


田村が嫌な予感を覚える。


「なんだその顔」


「決めたのだぁ」


「嫌だなぁ」


「全員に媚びるのだぁ!!!」


「うわぁ」


レイは拳を握った。


「靴を舐める勢いで行くのだぁ!!!」


「勢いじゃなくてもうやめろ」


「偉い人に逆らっても損なのだぁ!!!」


「その判断だけは正しい」


レイはどんどん早歩きになる。


「局長ぉ〜♡」


「まだ会ってねえよ」


「スポンサー様ぁ〜♡」


「落ち着け」


「脚本家先生ぇ〜♡」


「媚び先を増やすな」


レイは真剣だった。


本当に真剣。


何故なら。


彼は小物だからである。


芸能界の恐ろしさも、

立場の強さも、

空気の力も、

売れなくなった時の怖さも、

ちゃんと理解している。


だから。


格上には全力で媚びる。


しかも恥を捨てて。


「のだぁあああ!!」


突然レイが走り出した。


「おい!!」


「先制攻撃なのだぁあああ!!!」


「媚びを攻撃って言うな!!」


会議室前。


重厚な扉。


中から聞こえる業界人たちの声。


普通の若手俳優なら緊張する。


レイも緊張していた。


だから。


勢いで誤魔化すことにした。


ガチャ。


勢いよく扉を開ける。


会議室内。


局員。


プロデューサー。


スポンサー。


脚本家。


全員視線を向ける。


空気が止まる。


そこへ。


「のだぁああああ!!!」


レイ、

超高速でお辞儀。


「本日はありがとうございますなのだぁあああ!!!」


九十度。


深い。


異常に深い。


「吾輩、頑張るのだぁあああ!!!」


田村が頭を抱えた。


だが。


業界人たちはちょっと笑っていた。


「元気だなぁ」


「テレビのまんまですね」


「面白い子だ」


レイは即座に移動。


スポンサー席へ。


「いつもお世話になっておりますなのだぁ♡」


名刺を両手。


腰が低い。


異常に低い。


「CM見ましたのだぁ♡美味しそうだったのだぁ♡」


「え、あ、ありがとう……」


「吾輩、毎日飲みますのだぁ♡」


「いやそんな毎日は」


「三本飲むのだぁ♡」


媚びが雑。


だが勢いが凄い。


そのまま脚本家の方へ移動。


超有名脚本家。


レイより年上。


業界の大御所。


普通の若手なら距離を測る。


だがレイ。


「先生ぇえええ!!!」


突撃。


「台本めちゃくちゃ面白かったのだぁあああ!!!」


「お、おう……」


「三回読んだのだぁ!!!」


「へぇ」


「二回寝たのだぁ!!!」


「寝てんじゃねえか」


会議室が笑う。


レイは即座に頭を下げた。


「でも超面白かったのだぁ!!!」


「素直だなぁお前」


「吾輩、先生の犬になるのだぁ♡」


「ならなくていいよ」


田村は遠い目をしていた。


(こいつ今日ずっとこれか……)


その後も。


レイはひたすら媚びた。


演出家に。


「天才なのだぁ♡」


スポンサーに。


「お金持ちなのだぁ♡」


局幹部に。


「偉いのだぁ♡」


広告代理店に。


「スーツ高そうなのだぁ♡」


媚び方が小学生。


だが。


変にスカしてないので妙に場が和む。


しかもレイ本人は本気。


「のだぁ……」


会議中も必死だった。


「はいなのだぁ!」


「わかったのだぁ!」


「先生の言う通りなのだぁ!」


田村は気づいていた。


レイ。


今日、

一回もイキってない。


完全に“売れ続けたい若手芸能人モード”だった。


その理由も単純。


怖いから。


ここで嫌われたくないから。


数字が落ちたら終わる世界だと、

ちゃんと理解しているから。


会議終了後。


業界人たちが帰っていく。


「レイ君面白いねぇ」


「愛嬌あるな」


「現場明るくなりそう」


評判は悪くなかった。


レイは最後まで頭を下げ続けた。


「ありがとうございましたなのだぁ!!!」


扉が閉まる。


静寂。


その瞬間。


レイ、

ソファに崩れ落ちた。


「のだぁぁぁぁぁ……」


「お疲れ」


「疲れたのだぁ……」


魂が抜けている。


田村が水を渡す。


レイは飲みながらブツブツ言った。


「ちゃんと媚びたのだぁ……」


「媚びまくってたな」


「靴も舐める勢いだったのだぁ……」


「ギリギリ舐めてなかった」


レイは真顔になった。


「あとで田村たちの靴はポイ捨てするのだぁ」


「なんで!?」


「格上に媚びた反動なのだぁ!!!」


「最低!!」


レイはソファに寝転がりながらケラケラ笑った。


だが。


その笑いのあと。


少しだけ静かな声で呟く。


「……怖いのだぁ」


「ん?」


「売れなくなったらぁ……」


「……」


「誰も笑わなくなるのだぁ」


数秒。


静かだった。


レイは天井を見たまま言う。


「だから媚びるのだぁ」


その言葉だけは。


芸能界で急に売れた若手特有の、

妙な生々しさが滲んでいた。

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