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白鳥ミレイのマンション。
都内高級タワー。
オートロック三重。
セキュリティ完備。
芸能人御用達。
そして現在。
その部屋のソファでは。
「のだぁ〜〜♩」
佐藤レイが寝転がっていた。
しかも。
白鳥ミレイの膝の上で。
完全に猫。
193cmの大型猫。
最悪である。
もしファンが知れば、
SNSが三日ほど燃える。
種馬ズファンが暴れる。
週刊誌が狂喜乱舞する。
だが当人たちは。
普通にダラダラしていた。
「重いんだけど♡」
ミレイが雑誌を読みながら言う。
「のだぁ〜〜」
レイは動かない。
むしろさらに頬擦りしていた。
「吾輩は疲れてるのだぁ……」
「最近ずっと働いてるもんね〜」
「寝不足なのだぁ……」
「なのに転売価格は見るんだ?」
「当然なのだぁ♡」
最低だった。
ミレイは笑った。
「ほんと終わってるよね、レイ君」
「芸能界を生き抜く知恵なのだぁ」
「その知恵いらない♡」
レイはソファに転がりながら、
新ドラマの台本を読んでいた。
表紙には大きくタイトル。
ゴールデン帯。
大型予算。
超有名脚本家。
超豪華キャスト。
スポンサー大量。
テレビ局が本気で“次の国民的ドラマ”を狙いにきている空気が伝わる。
しかも主演。
佐藤レイ。
完全に“主演前提”で企画が進んでいた。
レイはページをめくる。
「ふむふむ」
真面目に読んでいる。
珍しい。
「のだのだぁ……」
「ちゃんと読んでるじゃん」
「吾輩だって仕事はするのだぁ」
「たまにね♡」
ミレイはレイの髪を適当に触っていた。
完全に距離感がおかしい。
だが。
二人とも芸能人なので、
外では絶対にこの空気を出さない。
バラエティでは営業距離。
SNSでは匂わせ無し。
なのに裏ではこんな感じ。
芸能界は怖い。
その時。
レイの目が光った。
「むむっ」
「どうしたの?」
「正統派なのだぁ」
「今回?」
「のだぁ」
レイは台本を掲げた。
「王道恋愛ドラマなのだぁ」
「へぇ〜」
「しかも主要キャラ有名人だらけなのだぁ」
実際かなり豪華だった。
主演級俳優。
人気女優。
ベテラン。
旬の若手。
全部乗せ。
局が本気で金をかけている。
レイは数秒考えた。
そして。
ニヤァ……。
「ははーん?」
「あ、その顔嫌な予感」
「局は冒険から逃げたのだなぁ!?」
「失礼」
レイは急に元気になった。
「前回は低予算だったのだぁ!」
「うん」
「脚本も意味不明だったのだぁ!」
「うん」
「吾輩も代役の代役だったのだぁ!」
「そうだね」
「つまりぃ!」
レイはビシッと台本を指差した。
「今回はビビってるのだぁ!!!」
「言い方」
「“もしコケても豪華キャストのせいじゃないですよね?”って保険なのだぁ!!」
「芸能界に染まってきたね〜♡」
「のだぁっはっはっは!!」
レイは大爆笑した。
「大量投入するが良いのだぁ!!」
「最低」
「コケたらそいつらのせいにしてやるのだぁ♡」
「主演が言うな♡」
ミレイは笑いながら、
レイの額を軽く叩いた。
レイは全然反省していない。
むしろご機嫌だった。
「のだぁ〜〜」
またゴロゴロし始める。
「でもぉ」
「ん?」
「ちょっと怖いのだぁ」
珍しく静かな声。
ミレイが少しだけ視線を下げる。
「……何が?」
「期待値高いのだぁ」
「……」
「前は皆“どうせ低予算ラブコメ”って感じだったのだぁ」
「うん」
「だから失敗してもいい空気だったのだぁ」
レイは天井を見ながら呟く。
「でも今は違うのだぁ」
静かだった。
窓の外の夜景。
エアコンの音。
遠くの車。
ミレイは少しだけ優しくレイの頭を撫でた。
「プレッシャー?」
「のだぁ」
「珍しく芸能人っぽい悩みじゃん♡」
「吾輩、芸能人なのだぁ」
「普段が普段だから忘れる♡」
レイはむくれた。
「のだぁ……」
だが。
次の瞬間。
「でもぉ〜〜」
ニヤァ。
「もし成功したらぁ〜〜」
「うん?」
「吾輩のうちわ、十五万いくのだぁ♡」
「最低♡」
ミレイは笑いながらレイの頬を引っ張った。
「結局それ?」
「資本主義なのだぁ♡」
「ほんと俗っぽいよねレイ君」
「人間味なのだぁ!」
「欲望味だよ♡」
レイはケラケラ笑った。
そして。
再びミレイの膝に頭を乗せ直す。
「のだぁ」
「なに?」
「お主、オーディション受けなかったのだぁ?」
ミレイは少し笑った。
「受けてないよ」
「なんでなのだぁ?」
「だってまたレイ君相手だと絶対変な記事書かれるもん♡」
「のだっ!?」
「“熱愛再燃か”とか♡」
「面倒なのだぁ」
「でしょ?」
ミレイは笑顔のまま言った。
「あとぉ」
「のだぁ?」
「レイ君、今めちゃくちゃ面倒なファン多いし♡」
空気が止まる。
レイは真顔になった。
「……のだぁ」
「怖いねぇ♡」
「怖いのだぁ」
本音だった。
ミレイは笑った。
だが。
その笑顔の奥で。
ほんの少しだけ、
何かを考えるような目をしていた。
そして。
レイはそんな空気に全く気づかず。
「すぴー……」
また寝始めた。
「早っ」
ミレイは呆れながら、
眠るレイの髪をぐしゃぐしゃにした。
もしこの光景をファンが見れば大炎上だろう。
だが。
芸能界には。
絶対に表に出ない距離感というものが、
確かに存在していた。




