11 ファンの適応
種馬ズ。
冷静に考えると終わっているグループ名である。
初見の人間は大体こうなる。
「……え?」
二回聞く。
そして検索する。
その後ちょっと後悔する。
だが。
今やその名前は、
音楽番組ランキング上位に並び、
雑誌表紙に載り、
SNSトレンド入りし、
アリーナを埋めていた。
人類は慣れる生き物である。
そして何より恐ろしいのは――
ファンたちが“無理矢理意味を見出し始めた”ことだった。
「種馬って、生命力の象徴なんだよね……」
「彼らって泥臭くて人間臭いから……逆に深い」
「“生きる男たち”ってコンセプトなんじゃない?」
「資本主義社会で働く男性像への皮肉も感じる」
「“種”って夢とか希望のメタファーでは?」
「令和男性アイドルへのアンチテーゼだよ」
なお。
全部違う。
真実は。
数年前。
まだ種馬ズが売れておらず、
社長が焼酎を飲みながら会議室でダラダラしていた時。
「なんかインパクトある名前ねえかな〜」
と言い始め。
深夜テンションで、
「種馬ズでよくね?」
となり。
酔っ払った勢いで提出。
翌朝。
本人も少し忘れていた。
だが書類が通っていた。
それだけである。
芸術性も思想性も一切ない。
なのに現在。
ファンたちは必死に意味を見出していた。
ライブ終演後。
駅前カフェ。
ファンたちが語り合っている。
「最初は名前無理だったんだよね……」
「分かる」
「“種馬ズ推してます”って口に出すの勇気いる」
「親に聞かれて詰んだ」
「私は会社の人に“競馬好きなんですか?”って聞かれた」
「最悪」
だが。
その後。
全員ちょっと遠い目になる。
「……でも最近慣れてきた」
「分かる」
「なんか逆に愛着湧いてきた」
「レイが“餌代稼ぐのだぁ♡”とか言ってるともう意味分かんなくて好き」
「分かる」
恐ろしい順応力である。
特にレイファンは熱量が異常だった。
なにせ。
レイ本人が妙に“俗っぽい”。
完璧王子じゃない。
キラキラしすぎない。
金好き。
小物。
調子乗り。
転売見てる。
でもライブでは妙に感情が乗る。
そのギャップに脳を焼かれる。
結果。
「レイってクズっぽいのに可愛い」
「守りたい」
「でも絶対近くにいたら疲れる」
「そこがいい」
みたいな感情が大量発生していた。
そしてファンたちは、
そんなレイを正当化するために、
グループ名まで正当化し始める。
「種馬って本能的な生命力だと思うんだよね」
「分かる」
「令和の去勢された男性アイドル像への挑戦では?」
「分かる気がする」
「あと“種”って未来へ繋ぐ象徴じゃん」
「深い……」
なお。
本当に違う。
その頃。
事務所会議室。
社長はカップ焼きそばを食っていた。
「……種馬ズって深い名前ですよねって最近言われるんですよ」
スタッフが疲れた顔で言う。
社長は数秒止まった。
「……は?」
「だから、“生命力のメタファー”とか」
「…………」
社長は静かに焼きそばを飲み込んだ。
「酔ってたんだけど」
「知ってます」
「焼酎三本目くらいだった」
「知ってます」
「競馬見てた」
「知ってます」
社長は少し黙った後。
「……言わない方がいいか?」
「墓まで持ってってください」
その頃。
レイは楽屋でSNSを見ていた。
「のだぁ?」
「どうした」
田村が警戒する。
レイが真顔だったからである。
「なんか吾輩たちの名前について長文考察してる人がいるのだぁ」
「見せんな」
「“種馬ズは現代社会における男性性の再定義”らしいのだぁ」
「やめろ」
「“泥臭くも懸命に生きる男たちの寓話”なのだぁ」
「もう閉じろ」
だが。
レイは少し考えた後。
「……のだぁ」
「なんだ」
「なんか深そうなのだぁ」
「お前が言うな」
レイは腕を組んだ。
「吾輩たち、芸術だったのだぁ」
「違う」
「高尚アイドルなのだぁ」
「違う」
「種馬とは人生なのだぁ」
「お前絶対分かってないだろ」
レイはニヤニヤした。
そして。
「まあ実際は社長が酔っ払って決めたのだぁ♡」
静止。
田村が固まる。
「お前ェーーーーーー!!!」
「のだぁ!?」
「それ外で言うなって何回言えば分かるんだ!!」
「事実なのだぁ!」
「ファンが頑張って意味見出してんだよ!!」
「のだっ!?!?!?」
レイは本気で驚いた。
「頑張ってたのだぁ!?」
「頑張ってるよ!!」
レイはしばらく黙った。
そして。
「……健気なのだぁ」
「お前のファンだからな」
レイはスマホを見た。
そこには。
『種馬ズという名前を背負って戦ってる彼らが好き』
という投稿。
レイは少しだけ静かになった。
「のだぁ……」
「どうした」
「……頑張るのだぁ」
珍しくまともだった。
だが。
次の瞬間。
「その代わりもっとグッズ買うのだぁ♡」
「台無し!!!!」
レイは高笑いした。
「のだぁっはっはっはっは!!」
その笑い声を聞きながら田村は思った。
(……まあでも)
少なくとも。
この意味不明なグループ名を、
ここまで“自分たちのもの”にしたのは、
間違いなくこいつら自身なのだろう、と。




