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芸能事務所スターライト・クリエイティブ。
現在。
地獄だった。
「レイ君の出待ちがまた増えてます!!」
「種馬ズファン同士の揉め事がSNSで炎上してます!」
「空港写真の盗撮拡散されてます!!」
「地方ホテル特定されました!!」
「うちわ転売価格また上がってます!!」
「誰だよ限定色とか作ったの!!」
「レイです!!」
「なんでぇ!?」
会議室が悲鳴で満ちていた。
芸能界には“売れ始めが一番危ない”という言葉がある。
ファンの熱量。
事務所の未熟さ。
現場対応の不足。
全部が噛み合うと事故る。
今の種馬ズはまさにそれだった。
元々、
ここまで急激に人気が跳ねる想定ではなかった。
だから管理体制が追いついていない。
ライブ会場には徹夜組。
盗撮。
ホテル追跡。
メンバー同士の妄想カップリング戦争。
SNS晒し合い。
果てには。
「レイくんの飲んだ水のペットボトル15万円」
とかいう地獄みたいな出品まで出始めていた。
スタッフ全員が頭を抱えていた。
だが。
その頃。
元凶の一人であるレイは。
「のだぁああああ!!!」
楽屋で叫んでいた。
「野良転売ヤーには負けないのだぁあああ!!!」
「何の勝負だよ!!」
マネージャー田村が絶叫する。
だがレイは止まらない。
目がギラギラしていた。
完全に獣。
「アイドルが転売で一般人に負けてたまるかぁあああ!!!」
「お前アイドルだろ!!」
「だからなのだぁ!!!」
レイは机を叩いた。
「供給元が最強なのだぁ!!!」
「最悪の思想!!」
ちなみに。
今のレイは種馬ズで一番忙しい。
朝五時起き。
雑誌。
収録。
ラジオ。
CM。
ドラマ打ち合わせ。
ライブリハ。
SNS撮影。
取材。
移動。
睡眠三時間。
普通なら死んでいる。
だが。
転売の話になると急に元気になる。
「見ろなのだぁ!」
「見たくない」
「吾輩の初期アクスタ二十万円なのだぁ!!」
「もう嫌だこの世界」
レイはスマホを抱きしめた。
「愛されてるのだぁ……」
「違う方向でな」
だが実際、
人気は異常だった。
現在の種馬ズファン界隈はかなり荒れている。
古参ファン。
新規ファン。
ドラマから入った層。
ネタとして見てる層。
ガチ恋勢。
中年会社員。
既婚女性。
謎に演歌好きのおじさん。
ファン層が混沌としすぎていた。
しかもレイ本人が燃料を投下する。
SNSで余計なことを言う。
転売価格を見る。
ファンサが距離近い。
なのに妙に俗っぽい。
結果、
“リアルにいそう感”が強すぎて沼る人間が続出していた。
「レイくん最近寝れてるかな……」
「プリンちゃんと食べてるかな……」
「湿布送りたい……」
何故か母性本能を刺激していた。
一方で。
事務所は本当に限界だった。
会議室。
社長が静かに言う。
「……警備増やせ」
「予算が」
「増やせ」
「はい……」
「レイのSNS管理も強化」
「本人が勝手に投稿します」
「取り上げろ」
「暴れます」
社長は静かに天を仰いだ。
「なんで売れたんだあいつ……」
誰にも分からない。
その頃。
種馬ズは今日も仕事だった。
大型商業施設での公開収録。
人。
人。
人。
黄色い歓声。
カメラ。
警備員。
メンバーたちは疲れた顔をしながらも笑顔を作る。
黒崎は営業スマイル。
神谷は静かに会釈。
ハルはニコニコ手を振る。
そして。
レイ。
「のだぁあああ!!!」
元気だけは異常だった。
「ありがとなのだぁ!!!」
歓声。
「レイーーー!!」
「結婚してーーー!!」
「プリン買ってーーー!!」
「のだぁっ♡」
完全に調子に乗っている。
だが。
レイの脳内は半分別のことで埋まっていた。
(この限定タオル……)
チラッ。
(後で値段上がるのだぁ……)
最低である。
しかも。
収録中ですら転売市場を気にしていた。
司会者が話している横で、
レイが小声で呟く。
「むむっ……」
神谷が横目で見る。
「何してんの」
「市場確認なのだぁ」
「仕事中」
「今、限定グッズが高騰してるのだぁ」
「もう病気だろ」
ハルが笑う。
「レイ君ほんと好きだよね〜」
「資本主義なのだぁ♡」
「アイドルが言うな」
その時。
スタッフが青ざめながら駆け込んできた。
「大変です!!」
「のだぁ?」
「レイ君のアクスタを巡ってファン同士が揉めてます!!」
「また!?」
「“初期ビジュ至高派”と“最近の髪型派”で!!」
「なんだその戦争」
レイは少し考えた。
そして。
真顔で言った。
「初期はプレミアなのだぁ」
「煽るなァ!!!」
会場裏が地獄になる。
だが。
レイは本当に悪気が薄かった。
単純に。
「価値が上がる」
という現象に脳を焼かれているだけなのだ。
何故なら。
売れなかった時代が長かったから。
昔は誰も欲しがらなかった。
タオルも余った。
チェキも売れ残った。
ライブ後、
段ボールを見ながらため息をついた日もある。
だから今。
自分たちの商品に価値がついていることが、
レイには未だに信じられない。
「のだぁ……」
楽屋で、
レイはふと静かになった。
田村が見る。
「どうした」
「……不思議なのだぁ」
「何が」
「昔は無料で配ってたのにぃ……」
「……」
「今は皆お金払ってでも欲しいのだぁ」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
本音だった。
だが。
次の瞬間。
「だから吾輩が転売するのだぁあああ!!!」
「感動返せ!!!!」
レイは再びスマホを掲げた。
目がギラギラしていた。
「野良転売ヤーに市場は渡さぬのだぁあああ!!!」
田村は静かに頭を抱えた。
「誰かこいつの資本主義を止めてくれ……」




