2話
学校の帰り道、雨はすでに上がっていた。
近藤 茜は、柚月の隣を歩きながら、ひたすら褒めてくる。
顔が小さくてモデルみたいだとか、綺麗な銀髪が人形のようだとか。
柚月は今までそんな言葉をかけられたことが一度もなかった。
どう返せば良いのかわからず困っていると、茜が真剣な表情になって切り出してきた。
「あのね、急すぎるかもしれないけど私……柚月ちゃんと友達になりたいの! だめ、かな?」
「どうして……?」
「だって、柚月ちゃんがすごく辛そうに見えるから。放っておけないよ」
茜は立ち止まり、柚月の手を取った。
「柚月ちゃん、家族のことで悩んでるんだよね。大丈夫。私がなんとかしてあげる」
ぎゅっと手を握りしめられて、柚月は戸惑いを隠せなかった。
茜とは昨日初めてしゃべったばかりだ。
彼女は柚月の家庭の事情など、知っているはずはないのに。
「そんなの無理だよ。知った風なこと、言わないで」
柚月は茜の手を振り払った。
それでも茜は、自信に満ちた明るい笑みを浮かべた。
「気持ち、わかるよ。私も同じだったから。でも、騙されたと思って、一緒にいて。私の秘密、柚月ちゃんだけに見せてあげるから」
「……秘密?」
柚月が眉を顰め、首を傾げた時。
白猫が茜の足元に飛び出してきた。
その尻尾の先に赤い宝石のようなものが輝いている。
『茜、エモスの反応だ。もうすぐここは、奴の領域になる』
穏やかな低い声が、直接頭の中に響いた。
どうやら、この白猫が発している声らしい。
「わかってる。私に任せて! 柚月ちゃんはここにいて!」
茜はにこっと笑うと、勢いよく駆け出した。
跳躍する瞬前、足元から白い光が溢れて、制服が一瞬で光り輝く衣装へと変わる。
彼女は軽々と家の屋根の上まで飛んで、着地した。
柚月の理解が追いつかないうちに、空は禍々しい紫色に染まった。
柚月の家の赤い屋根から、黒い霧がどっと溢れ出す。
やがて黒い霧は上空で渦を巻き、巨大な鳥の姿へと変貌した。
耳を裂くような悲鳴が、空を震わせた。
柚月は足がすくみ、その場から動けなかった。
こんな光景が、現実であるはずがない。
塀の上に飛び乗った白猫が、柚月に視線を移し、小首を傾げた。
『君は……? 魔法少女ではないみたいだけど』
白猫の尻尾がアンテナのように立ち、先端の赤い宝石が波打つように点滅する。
『なるほど。素質は十分というわけか』
白猫は呟くと、塀を飛び越えて茜の後を追った。
茜の全身が光を纏っていた。
胸のリボンに輝く赤い宝石からも、強い光が溢れている。
彼女が弓を構えるような姿勢を取ると、白い弓が形を成した。
照準を鳥の頭に定めようとしている。
「柚月ちゃんは、私が守る……!」
光の矢が放たれた。
弓矢は光そのもののような速度で、鳥の頭を貫き、黒い霧を大きく抉った。
甲高い絶叫が響き、鳥の体が霧散する。
「やった……!」
茜はガッツポーズしたが、白猫は上空を睨み、警告した。
『まだだ。次の形態がくる』
黒い霧は再び収縮し、巨大な魚の姿に変わった。
紫色の空を、海の中を泳ぐように滑らかに動き回る。
魚の真っ赤な瞳が、茜をぎろりと睨みつけた。
茜は再び矢を放った。
しかし、矢が当たる寸前。
魚は小さな魚に分裂したあと再結合し、巧みに攻撃をかわした。
『コアを狙わないとだめだ』
白猫の声に茜は頷き、弓を構えた。
狙う場所は、真っ赤に光る魚の瞳。
絶えず動く魚の小さな眼に、矢を当てるのは困難かと思われた。
だが、茜は迷いなく弓を引き、魚の赤い眼を射抜いた。
不気味な呻き声と共に、巨大な魚は跡形もなく消えた。
空が裂けたように青く澄み渡り、大きな虹が架かった。
茜は柚月の前にふわりと降り立つ。
服装はいつの間にか元の制服に戻っていた。
「実は私、魔法少女なんだ。街に現れる怪物をやっつけて、みんなの平和を守ってるの」
茜は悪戯っぽく笑った。
その隣で白猫が冷静に補足する。
『怪物じゃなくてエモスだよ。悪い心から生まれる存在で、放っておくと世界に悪影響を及ぼす。過去に起きた大きな戦争も、エモスが原因だ。奴らに対抗できるのは、魔法少女だけ。でも、魔法少女の素質を持つ者は限られている。とても貴重なんだ』
白猫の瞳が、真っ直ぐに柚月を捉える。
『君も、僕と契約をすれば魔法少女になれる。どうかな? 茜と一緒にこの街を守ってくれないかい?』
白猫の誘いに、茜は目を輝かせて飛び上がった。
「えっ、本当!? 柚月ちゃんも魔法少女になれるの!? 私、嬉しい。ずっと一人だったから……!」
『茜、気が早いよ。彼女が望まなければ、契約はできないのだから』
白猫は穏やかに茜を諭した。
茜の期待を込めた視線が、柚月に注がれる。
「……急にそんなこと言われても」
柚月は俯き、声を小さくした。
今日は色々な出来事が起こりすぎて、まだ頭の中が整理できていない。
『今すぐに答えを出さなくていいよ。家に帰って落ち着いてから、ゆっくり考えてほしい』
白猫の提案に、茜は素直に頷く。
「うん、そうだね。柚月ちゃん、今日はびっくりさせちゃって、ごめんね? 帰ったら、もっと驚くことがあるかもしれないけど、絶対に悪いことはないから安心して」
茜の含みのある言葉に、柚月は胸に小さな引っかかりを覚えながらも、頷いた。
そして、二人は並んで歩き、帰路についた。




