28 ペガサス
しばらく馬はいいやと思ったのに、私は今も馬上にいる。しかも、ただの馬ではない。神秘的なほど真っ白で、美しい翼を持つ馬。そう、ペガサスである。
「こんな派手に飛んでたら、伝説にならない?」
夜とはいえ、今夜は月が明るい。なのにリュシオンは、エシャールの街のすぐ上を横切って、南西に向かったのだ。
「大丈夫ですよ、見えませんから」
「見えないの?」
「はい、見えません」
ララさんに乗った時には、ノエさんの背中にがっつりとしがみついていないと落ちそうで怖かったけど、ペガサスはそんなことない。一応、前に乗っているリュシオンの服の端っこを握っているけれど、空を飛んでいるのにも関わらず不安定さなんて微塵も感じないのだ。
さすが神獣、ペガサスだったらエルフ村までひとっ飛びだったな……いやいや、そんなことを言ったら頑張って乗せてくれたララさんに申し訳ないか。
「そう言えば、菫香さん。ララさんから伝言をあずかっています」
「……へ? ララさんって、あのララさん?」
「そのララさんだと思いますよ」
「リュシオン、馬語わかるの?」
「馬も僕が創造した生き物ですから」
「えー、すごい」
あまりに気さくに接してくれるからつい忘れちゃうけど、リュシオンって本当に創造神様なんだよねぇ。
「それで、ララさんからの伝言です。どういたしまして、あなたはちっとも重くないわよ。またいつでも乗せてあげるから、うちの息子をよろしくね、だそうです」
うん、ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんだらいいのやら。とりあえずノエさんは、ララさん的に息子な認識なんだね。
でもそうか、ララさんは言葉を理解していたんだね。だったらもっと話しかければよかった。乗る時によろしくね、降りた時にありがとうぐらいしか言ってなかったよ。
「あ、見えて来ましたよ」
「え、もう?」
「はい、あの小屋です」
リュシオンがペガサスに乗って来た理由は、私が詳しい設定をお願いしていたからだ。アスカム山に私がおじいちゃんと暮らしていたことにするのにちょうどいい小屋があるから見に行きましょうと言われて今、こうして夜空を飛んでいるというわけだ。
「降りますよ」
小屋のすぐ前の、広場のように開けた場所に降り立つ。小屋の周り以外は、鬱蒼と木々が生い茂っている。
「ジェームズ・アースキンと言うのがこの小屋の住人の名前でした。元は、ノースロップ王国で騎士団長を務めていましたが、王の不評を買って一人娘を連れて逃げ、最終的にはここに住み着いたようです」
「なんか、予想外に重い話が来たんだけど」
「気にしなくていいですよ、孫娘設定の菫香さんは、そのあたりの事情は、知らないってことでいいと思います。あくまでパンジーは、物心がついた頃にはすでにおじい様と二人暮らしで、詳しいことは何も知らない」
「そっか」
「なので、おじい様はジムじいさんです。名前を聞かれたら、ジムと名乗っていたようなので」
降りる時にはなんと、ペガサスは前足を折って低くなってくれるのだ。だから、私一人でも降りられた。
「小屋の中を見てみましょうか」
「勝手に入っていいの?」
「もう八年も放置されている小屋です、かまわないでしょう」
「八年?」
「ジェームズさんが亡くなって、八年です」
「ダメじゃん!」
私は、一緒に暮らしていたおじいさんが亡くなったから山を下りたってことになっているんだよ。それが八年前だと、辻褄が合わなくなっちゃう。
「大丈夫ですよ、ジェームズさんのことを知っていたのは、ジェームズさんが狩った獲物と交換に生活に必要な物を運んで来ていた行商の方のみです。その方もすでに亡くなっていますから、もう誰もジェームズさんがここで暮らしていたことを知っている者はいません」
「いつ死んだのかわからないし、孫がいたかどうかもわからないってこと?」
「そういうことです」
それは、今にも崩れてしまいそうな小屋だった。リュシオンが扉を開けて、指ひょいっと動かしたら中にあった灯りの魔道具が点いたから私にも見えるようになった。小さなキッチンとテーブルに椅子は一脚だけ。奥の部屋は、寝室だろうか。ここからでもベッドがあるのが見えている。
何というか、こんなところで一人で暮らしていたなんてどれだけ寂しかっただろうと、そんなことを思った。多分、私だったら耐えられない。
リュシオンは、ひょいひょいと指を振って一脚しかなかった椅子の隣に同じようにくたびれた椅子を作った。奥の部屋では、ベッドも二つになったのだろう。私が暮らしていたように細工しているのだ。
「ジムじいさんは、その行商の人以外とは誰にも会わなかったの? たまには、山を下りたりとか」
「していなかったようですね、いわゆる世捨て人というやつですよ」
「娘さんがいたんだよね?」
設定では、私を産んだお母さんということになる。勝手に経産婦にしてしまって、本当に申し訳ない。
「彼女は、ジェームズさんがここに辿り着く前に亡くなっています」
「おいくつだったの?」
「七歳でしたね」
「可哀想……」
「ですね」
亡くなってしまった娘さんも可哀想だけれど、ジムじいさんが本当の本当に可哀想だ。こんな見も知らない私に同情なんて、ジムじいさんはされたくないかもだけど。
それに、実際には七歳で亡くなっているのに私のお母さんにしてしまって、いくら謝っても謝りきれない。しかも、レイプされての出産かもしれないなんて、ひどすぎるね。
「裏にお墓があります、行ってみますか?」
「うん、行く」
裏にまわってみたら、大きな石が二つ並んでいた。これがお墓?
「そちらは、亡くなったお嬢さんのお墓です。埋まっているのは、遺髪だけですが」
旅の途中で亡くなった娘さんの髪をジムじいさんは、大切にここまで持って来たんだね。
「こちらが、ジェームズさんのお墓です。埋めたのは、行商人の方です」
私は、二つの石の前でしゃがんで手を合わせた。たくさんたくさん謝って、どうか安らかにお眠りくださいと祈る。
「それでは、菫香さんが旅した道を少し見てみましょうか。行商人が荷馬車で通っていた道がありますので、その道を使ってパンジーは山を下りたことになります」
そう言われてリュシオンについて行ったけれど、そこに道らしきものはなかった。
「八年もの間、誰も通らなければ木々に飲み込まれてしまいますね」
リュシオンは、左手を前に突き出した。すると、ズザザザーっという音と共に木々が勝手に動いて、ずっと向こうの方まで続く道が姿を現した。
「すごっ!」
「歩いてみましょうか」
「うん」
夜だけど、月が明かるいから歩くのに不便はなかった。幅は、二メートルくらいだろうか。土の道がどこまでも続いている。
「ここからエシャールまで歩くと、屈強な男性でも半月以上かかります。パンジーなら、少なくとも一月はかかったかと」
「それは、みんな驚くわけだよ」
ノエさんは、嘘だろうと思ったって言ってたよね。ユーゴさんは、着替えより食料をマジカルバッグに詰めたいよな、だったかな? 一月もかかるなら確かに、着替えより食料だよねぇ。
「このあたりも魔素が濃いですから魔獣は少ないですが、いくらかは出ます。パンジーは、運よく出くわさずに旅したということで」
「魔獣がいるの?」
「いますね、少ないですけど」
「魔素が濃いと、魔獣はいない?」
「そうです、魔素というのは多ければ多いほど大気を澄ませ清浄にします。そんなところでは、魔獣は生まれません。魔獣は、瘴気の中で生まれるので」
「瘴気」
「はい。エシャールでは無縁ですが、他の国に行けば瘴気に侵されている土地も多いです」
あの巨大ニワトリを魔獣なのかと思ったけれど、あれは普通に動物らしい。魔獣ってどんなんだろうと気にはなるけれど、絶対に会いたくないな。
「魔素って、システア山脈にハイエルフの郷があるからこのあたりは濃いんだよね?」
「はい、世界樹がありますから」
「世界樹……リュシオン、よくそんな物を私のマジカルバッグの中に植えたよね」
「あれは、ごくごく小さい世界樹です。ハイエルフの郷の世界樹は、菫香さんの世界の高層ビルより高くて大きいですよ」
「嘘ぉ」
「本当です、この世界の中心ですから」
ファンタジーアニメでも世界樹といえば、とても美しく幻想的に描かれていた。この世界では、それが実在するんだ。ちょっと信じられないくらいだけど。
「この山にも村が二つあります。一つは、この道からはかなり外れていますのでパンジーは通っていませんが、焼き物を生業とする職人たちの村で、エシャールや他の街から来た商人とも交流があります」
「焼き物って、食器とか?」
「そうです。エシャールで売っている陶器は、ほぼその村で作られていますよ」
「へぇ、そうだったんだ」
「もう一つは隠里的な村なので知られていませんが、薬草を育てて薬を作る薬師の村です」
「薬師が隠れているの?」
「はい、彼らは魔法薬を作れます。なので、権力者たちが彼らの腕や知識を欲しているのです。金や権力を笠に無理難題を押し付けたり、時には薬師の子供を攫っていうことをきかせようとしたり」
「ひどっ!」
「なので、彼らは隠れてしまったのです」
「そりゃそうだわ」
権力者たちって、バカなのかな? そんなことをせずに薬師さんたちと誠実につき合っていたら、今でも質のいい薬が手に入っただろうに。
「菫香さんがおつき合いなさっているハーフエルフの彼ですが」
「ちょい待て、つき合ってねーわ」
ハーフエルフの彼って、ノエさんだよね? 男性でハーフエルフとなれば、ノエさんしかいない。エルフ村の村長さんも知り合いではあるけれど、まさかここで村長さんはないだろうし。
「つき合ってないんですか? 僕が見た時、いちゃいちゃしてましたけど」
「ないからっ! てか、見たって何」
「いつも見てるわけじゃないです、菫香さんはどうしてるかなと思ってたまたま見てみたら、ハーフエルフの彼と仲良くララさんに乗っていました」
「あれは、いちゃいっちゃしてたんじゃなくて、落ちないようにしがみついていただけ」
「そうなんですか、少し残念です。彼は、魔力も多いしなかなか格好いいですから、僕の愛し子の伴侶にいいと思ったんですけど」
「ツッコミどころが多すぎる……リュシオンの愛し子って、もしかしなくても私?」
「はい、パンジーです」
「まあ、そこはいいよ。よくしてもらってる自覚はあるし。で、ノエさんが何だって?」
「彼のお母様は、薬師村の出身ですね」
「はあ!?」
ノエさんのお母様って、エレインさんだ。どこからかやって来てコマドリ亭に滞在していたって聞いたけれど、薬師村からだったの?
「ちなみに彼のお父様は……」
「ちょっと待って、言わないで。ノエさんも知らないことを私が知るわけにはいかないよ」
しかも創造神から教えてもらうなんて、そんなチートな方法で!
「そうですか?」
「うん、お願い」
「わかりました」
エレインさんは、リタかあさんに聞かれてもノエさんの父親が誰かは言わなかったらしい。エレインさんがそんなに隠したかったことをこんな簡単に私が知ってしまうのは、やっぱり違うと思うから。
「あとは、村とは呼べない数人が集まって暮らしている集落が山中にいくつかあります。ほとんどが獣人の集落ですが、人族の集落もありますす。パンジーは、そんな集落に助けられながら旅を続けたというあたりが妥当でしょうか。食料を分けてもらったとか、数日泊めてもらったとか」
「そうだよね、女の子が一人で山の中を一月も旅をするのは無理だと思うわ」
「あまりやりたくはないのですが、彼らの頭の中に旅の女の子を助けたことがあるなーと言う程度の曖昧な記憶を植え付けておきます」
「ごめんね、やりたくないことをやらせちゃって」
「いえいえ」
リュシオンとしゃべりながら結構歩いたと思うけれど、道はまだまだ続いている。そうだよね、一月もかかるんだもんね。
「実は、この山にはエルフの集落もあるんです。エルフの郷に嫌気がさして飛び出したものの、遠くまでは行けずにこんなところに住み着いてしまったんですね。もっとも強力な結界が張られていますので、エルフ以外は辿り着くことが出来ませんが」
「エルフの郷って、ハーフエルフも行けないんだってね」
「そうなんです、ハーフエルフに流れる人族の血を結界が阻みますので」
「エルフって、排他的なんだね。傲慢だってノエさんが言ってた」
「まあ、そうですね。それだけの力を僕が与えてしまいましたから」
「リュシオンは、その与えすぎてしまった力を少しずつ削いでる?」
「正解です、再びこの世界が絶滅の危機を迎えないように。強すぎる力は、危険ですから」
「うん、わかる気がするよ」
私の前の世界での強すぎる力と言えば、核だろうか。発電とか便利に使えてしまう一方で、世界を滅ぼす可能性もある力だ。
「疲れてきましたね、あとは上空からルートの確認をしながら帰りましょう」
いつの間にかペガサスがそこにいた。乗りやすいように、また前足を折ってくれる。
「この子の名前は?」
「ありません」
「リュシオンの愛馬じゃないの?」
「いえ、僕が呼べばいつでも来てくれますが、飼っているわけではないので」
そうなんだ、あの白い空間で飼ってるのかと思ってたよ。でも、名前がないのは不便だよね。
「じゃあ、私がつけてもいい?」
「いいですよ」
「じゃあ、ペガちゃんで」
「菫香さんのネーミングセンス……」
「何か文句があるの?」
「いえ、ありません」
「もしかして、あなたも気に入らない?」
ララさんに言葉がわかるなら、神獣であるこの子も当然わかるだろう。もしペガという名前が嫌だったら可哀想だから聞いてみたのだけれど、ヒヒンという返事をもらっても私の方がわからない。
「気に入ったそうですよ」
「本当? それならよかった」
私は、手を伸ばしてその輝くような純白の体を撫ぜた。ベルベットのような手触りって、こういうのを言うのかな。
「帰りもよろしくね、ペガちゃん」
「ヒヒン!」
「もちろんですご主人様、だそうです」
「……ん?」
知らなかったの、本当の本当に知らなかったの。神獣に名前をつけて、その名前を神獣が受け入れると、それで主従契約が成立するってことを。
ストックがなくなりました!
「淡雪ラプソディ」の方を先に完結させようと思いますので、パンジーはしばらくお休みします。
ぶっちゃけ人気もないので、続きを書くか、ここで終わりにして違う作品を書くかどうかを考えたいと思います。
もし楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。
感想を受付ける設定に変更しましたので、よろしければ気軽にどうぞです。




