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27 エルフ村④


 結局その夜は、客間ではなくレベッカの部屋に泊めてもらった。レベッカのベッドはセミダブルくらいの大きさだったから、二人で一緒に寝たのだ。

 ベッドに入ってからも、たくさんお喋りした。レベッカは、やはりというか何といか、ノエさんのことを聞きたがった。


「私、まだ出会って四日目なんだよね」

「嘘、あんなに親しそうなのに」

「だから、そんなにノエさんのこと知らないんだよ」


 それでも、レモンメレンゲパイが好物だとか、眠気覚ましにコーヒーを飲むらしいとか、知っていること話したらレベッカはすごく喜んだ。


「ねえ、パンジーのスカートってかわってるよね」

「スカートズボンだよ、スカートに見えるけどズボンなの」

「だよね、パンジーがノエ様に抱っこされてた時にズボンなのかなって思ったの」

「うん、抱っこはそろそろ忘れようか」

「エシャールで流行ってるの?」

「これは、服飾師の友達からもらった試作品なの。でも、これから流行ると思うよ」

「いいなぁ、いくらくらいなの?」

「どうかなぁ、二万円くらいだと思うけど」


 チョコレート色のスカートが一万二千円だったから、二万はしないと思うんだよね。


「それくらいなら何とか買えそう。ねえ、今度来る時に私の分を買って来てくれない?」

「買うのはいいんだけど私、ここまで一人で来れないから」

「ノエ様が連れて来てくれるでしょう?」

「どうかな、今回はすごく迷惑かけちゃったし」

「えー、来てよ。絶対に来て」

「うーん」


 私だってまたレベッカ達に会いたい。まるで前の世界でやったパジャマパーティみたいな楽しさだった。

 でも、ここまでの道中の大変さと、ノエさんに迷惑をかけまくったことを考えると、さすがに即答はできない。それにスカートズボンなら、またエルフ村に仕入れに来るであろうノエさんに預ければいいだけだし。


「それより、レベッカがエシャールにおいでよ。それならスカートズボンも自分で選べるじゃない」

「私が、エシャールに?」

「私が泊ってる宿、コマドリ亭っていういい宿なんだよ。レベッカも泊まったらいいよ」

「そう、だね……行ってみたいけど」

「うん、おいで」

「……考えてみるね」


 喋って喋って喋って、いつの間にか寝てしまったらしく気づくと朝だった。朝食を頂いて、ノエさんがコメの実を買いに畑まで行くというのでついて行くことにしたら、レベッカもついて来た。農作業のために畑に行く村人の荷馬車に乗せてもらって、ノエさんはララさんに乗ってしばらく行くと、目を疑うような広大な畑に着いた。

 見渡す限り一面に、緑色が風に揺れている。その緑の間にボコボコと、色々な色のラグビーボール。


「すごい!」

「コメの実は、あっちの方だよ。そんなにたくさんは、作ってないの」

「えー、いっぱい作ってよ。米料理、おいしいよ」

「パンジーがそう言うなら、お父様にお願いしてみるね」


 レベッカのお父さんは、エルフ村の村長だ。昨日の夕食の時にご挨拶したけれど、温厚そうな美青年だった。

 そうなんだよ、美青年なんだよ。エルフ種は、ある程度成長したら見た目が変わらなくなるから、お父さんでも二十代の若者にしか見えなくてね。

 ノエさんがリタかあさんから預かったマジカルバッグに入るだけ米の実を買って、それでエルフ村での用事は全て終わってしまった。帰るのにも時間がかかるから、日暮れまでにエシャールに着けるようにと昼前には出発だ。


「パンジー、まだ帰らないでぇー」


 帰る時には、三人娘が揃って見送りに来てくれた。村の入り口のところで泣き出してしまったのは、ミアだ。可愛い顔を涙で濡らして、私の腕をつかんで放さない。


「ねぇ、やっぱりうちの伯母さんの子になろうよ。伯母さん、とっても優しいよ」

「うーん、それは魅力的な提案なんだけど」

「いいでしょぉー」

「うーん」


 ノエさんが提示してくれた、この村に住むという選択肢。ここでなら私にも家族が出来る、だけど私には日本に本当の家族がいるのだ。

 もう会えないけど、お父さん以外の人をお父さんと呼べる気がしない。もう会えなくても、お母さん以外のお母さんの娘には、なれそうにない。おじいちゃんとおばあちゃんも、私にはあのおじいちゃんとおばあちゃんしかいない。


「悪いな、そろそろ返してくれるか」


 ノエさんが、私の腕に抱き着いていたミアの頭をポンポンってした。途端に、ボンって音がしそうな勢いでミアの顔が茹であがる。


「また連れて来るから」


 憧れのノエ様にそう言われ、ミアがロボットみたいなぎこちない動きでガクガクと頷いた。


「ノエさんノエさん」

「なんだ?」

「レベッカとリジーの頭もポンポンしてあげて」

「は?」


 見ると、レベッカとリジーは真っ赤な顔で二人並んで、祈るように両手を胸の前に組んでいた。


「わかっているんでしょう、二人の気持ち。だったら、少しくらいサービスしてあげてよ」

「サービスって、お前」

「私の友達なの」


 軽く息を吐いてからノエさんは、まずレベッカの頭をポンポンした。それから、リジーの頭も。


「「きゃー!」」


 お互いの手を取り合って、レベッカとリジーはその場で座り込んでしまった。ミアもギクシャクした動きで右手と右足を同時に出して、何とか二人に合流する。

 三人とも涙を浮かべてるよね、それだけノエさんを好きなんだなぁ。


「お前の頭も撫ぜればいいのか?」

「私は抱っこ、お願いします」

「……」


 いや、ちょっとふざけただけですよ。毎度おなじみの、抱き上げてララさんに乗せてくれって意味だったんですよ。


「ぎゃーっ!」


 ハーフエルフのお嬢さんたちとは似ても似つかない、可愛げのない悲鳴が私の喉から迸る。私はノエさんに荷物みたいに肩に担がれて、数メートルの距離を運ばれたのちにララさんの上に座らされた。


「ひどい」

「ひどくない」

「お尻さわった」

「……不可抗力だ」


 やっぱり大切にされてるよね、そうだよねとレベッカたちが言い合っているのが聞こえる。今の、荷物担ぎされたの見てなかったのかな?


「ほら、帰るぞ」


 おっと、このままでは落ちてしまう。慌てて横座りから右足を振り上げて、ララさんの体を両足で挟むようにして安定を図る。今日もギルさんのガウチョパンツですよ。

 ノエさんは、ひらりと私の前に乗った。何度見ても、どうしてそんなことができるのかと思う。


「「「パンジー、また来てねー」」」


 三人娘に手を振って私は、エルフ村をあとにした。まさか友達が三人もできるとは思わなかった、思いがけずすごく楽しかった。


「そう言えばレベッカが」

「何だ?」

「ノエさんが馬の後ろに乗せてくれないって言ってたよ」


 ポンポンしてあげてって言ったらしてあげてたし、ノエさんってお願いされたらわりと断らないよね。


「村長の娘なら、乗せたことあるぞ」

「え、そうなの?」

「だけど、いくらつかまれって言ってもつかまらないから危なくて、馬を歩かせられなかったんだ」

「あー、そうだったんだ」


 その時の光景が目に浮かぶようだよ。頭ポンポンで座り込んじゃうくらいなんだから、背中に抱きつくのはハードル高過ぎるよね。


「誰もがお前みたいにしがみつかないんだよ」

「命が大事」

「女の子がみんなお前みたいだったら、楽なんだけどな」

「私、ディスられた?」

「ディス……なんだそりゃ?」


 おや、スキルが仕事しませんよ。


「それよりノエさん、ノエさんのお嫁さん候補なら、三人もいるんじゃない。三人とも可愛かったよ」


 それにあの三人は、ノエさんのことが大好きだしね。

 ガルド親方の口振りだと候補が私しかいないみたいな感じだったけど、こんなに格好よくて世話焼きなノエさんにお嫁さんが見つからないなんてことあるはずないよ。


「あの娘たちは、村を出ない。そして俺は、エシャールから離れる気がない」

「そりゃあ、ノエさんには工房とお店があるからそうだろうけど、レベッカたちはエシャールに来ないの?」


 お嫁に行くのって、遠くなこともあるよね? それって、普通のことだと思うんだけど。


「来ないだろうな、一度も村を離れたことないと思うぞ」

「へえ、どうしてなんだろ」

「まず、レベッカはいずれ父親の跡を継いで次の村長になるだろう。リジーって娘は、その補佐役になることが決まっているらしい」

「そうなの?」

「ああ」


 エルフ村に住んでいるのは、三百人ほどだよね。村長は、その三百人をまとめる役割だ。


「レベッカはいつか、村長になるのか……なんか、すごいね」

「ミアって娘のことは、知らないけどな。でもあの娘はまだ、将来を考えるには若過ぎるだろう」


 まだ十二歳だもんね。それでなくても寿命が長いハーフエルフなんだから、人族みたいに十代や、遅くても二十代には結婚するなんてことは、ないのだろうし。


「それに、ハーフエルフも傲慢だって言っただろ。劣等種族が多い街になんて、来れないだろう」

「劣等種族……」

「あいつらがそう思ってるだけだ。人族も獣族も、ドワーフだって決して劣った種族じゃない。魔力量だけで優劣なんて、決められないだろ」

「そうだね」


 パカパカと、ララさんの足音が響く。ノエさんは、帰りも急がなかった。一時間ほど進むと必ず、休憩を入れる。


「昨日と違って、随分と余裕そうだな」

「だいぶ慣れた」


 嘘です、さっきの休憩でお花摘みに行った時にこっそりヒールしました。


「その様子だと、また行けるか」

「連れて行ってくれるの?」

「ミアって娘に、また連れて来るって約束してしまったからな」

「今度はお菓子、たくさん買って行こうっと」


 エシャールの街には、三の鐘が鳴る頃に着くことができた。門番をしていたのは、ユーゴさんだった。私たちを見て、すごくホッとした顔をしていた。


「昨日、帰って来なかったから心配したぞ」

「もしかしたら一泊するかもしれないって、言っておいただろ」

「わかってるけど、それでも何かあったんじゃないかと思ったんだよ」

「まあ、色々とあったけど」

「何があったんだよ」

「パンジーがチキンを倒した」

「はあ?」


 ノエさん、よりによってそこなの?

 あの巨大ニワトリは、村長さんにお土産にあげたら喜ばれたそうだ。夕食がチキンソテーだったんだけど、あいつだったのだろうか。

 おいしくいただいたけどね!

 二日間、大変お世話になったララさんとは門のところでお別れだ。私のせいでいつもより重かったよね、乗せてくれてありがとうとお礼を言っておいた。


「パンジー、おかえり」

「ただいま、リタかあさん」


 最初の頃は、私をパンジーちゃんと呼んでいたリタかあさんも、今では本当の娘みたいに呼んでくれる。リタかあさんの声を聞くと、帰って来たなと思う。


「楽しかったかい?」

「すっごく楽しかった、友達が三人もできたよ」

「それは、よかったね」


 そうして、この世界で初めての小旅行は、終わった。


 リタかあさんに部屋で少し寝るねと言っておいてから、隠れ家でお風呂に入った。リュシオンは来てなかったからすぐに戻って、コマドリ亭でマルロとうさんのご飯を食べる。

 再び部屋に戻ってから考えたのは、これからどうするかだ。

 エルフ村には、行かない。遊びには行きたいけど、住まない。私は、この街で生きて行く。

 いつか実現できればいいなと漠然と思い描いていた、ベーカリーカフェ。前の世界なら資金を貯めるところから始めなくてはならなかったけど、この世界でなら少し頑張れば手が届くかもしれない。

 やってみようかな……ううん、やる。

 まずは、店舗の確保かな? 明日、商業組合に行ってみよう。

 それに、肝心のパンをや焼いてみないとだね。馬に乗る練習もしたいけど、これは後回しにしようかな。

 馬は、しばらくはいいかな……ヒールですぐに治るけど、乗ってる間はやっぱり腰もお尻も足も痛いんだよ。

 もうお風呂にも入ったし、今日は早く寝ようかな思ったその時に、部屋の窓がコンコンコンと、ノックされた。


「……」


 いや、ちょっと待って。ここは二階だから! 部屋の前に登れそうな木もないし、まさか誰かが壁を登って来たの?

 泥棒? いや、ノックする泥棒はいないか。でも、ここは誰か呼ぶべき?

 今はまだ夜も浅い時間だから、みんな起きているだろう。ユーゴさんはまだ帰ってなかったけど、この宿には今、冒険者パーティ『炎の剣』が滞在している。

 叫べばきっと来てくれる、助けてくれる。よし、叫ぼう。


菫香(とうか)さん、菫香さん」


 叫ぼうとした一瞬前、聞こえたのはお馴染みの声だった。シャッとカーテン開け、窓も開けたら、白い少年が翼のある白馬に乗って、窓の前でふよふよと浮かんでいた。


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